オタクに戻れば青春出来る
「佐々倉さん……何であんなことを言ったのさ」
寝不足な表情で、朝礼の直前に教室に入ってきた慎吾は自分の席に座ると隣でスマホを弄っている雲母にぼやく。雲母が慎吾がオタクであるとカミングアウトした結果、目を輝かせて慎吾の部屋にやってきたミアに今の日本のトレンド等を語ったり、封印するつもりだったオタクグッズを見せたりと、長時間をかけてオタク卒業から遠ざかる結果になってしまった。そんな慎吾に馬鹿だな、と指を振りながら笑う雲母。
「考えてみろよ。お前が頑張ってオタクから卒業したところでさ、その面でまともな青春なんて出来るか?」
「デリカシーがないんだね佐々倉さんは。別に彼女が欲しくてオタク辞めようって思った訳じゃないんだよ。単に俺には向いていなかった。ただそれだけさ」
「近所に引っ越して来たオタクな美少女! 向こうは外人だから美的感覚もズレてる! お前がオタクを辞めて努力して真人間として生きてきたところで、あんな上物と会話できるチャンスはもう無い! だったら今からでもオタクに戻るべきだろ? ほら、昔やってたアニメでも言ってたぜ? 運命だって、お似合いだって」
最近リメイクされた魔法少女アニメのオープニングを引用しながら、恋のキューピッドを気取る雲母。慎吾は顔を赤らめながら昨日の出来事を振り返る。確かにミアはとても可愛かったし、同年代の女子にはキモいと言われがちな自分にも抵抗は無さそうだった。彼女と部屋で色々会話をしている時にはドキドキしていたし、彼女が帰って行った後には色々と妄想して自分を慰めた結果遅刻ギリギリになった。それは事実だ。
「不相応な願望を持つのは後々辛いだけだって。あんなに可愛いんだし、例えオタクでももっとイケメンと結ばれるさ。大体年齢も学校も知らないし。家柄良さそうだしこんな底辺高校じゃないだろ」
それでも慎吾は今まで自分が見てきた漫画やらアニメやらラノベやらに出てくる、そんな都合のいい展開を信じてはいなかった。いつか自分の目の前に自分を好きな美少女が来てくれるなんて妄想に耽って何の努力もしないからキモオタのままなのだと、オタクを辞めて真人間になって、ブサイクなりに努力して人並の幸せを目指す方が健全だと、そう思っていた。チャイムが鳴り、茶化す雲母との言い合いを止めて教卓の方を見る。
「お前ら席につけー、転校生紹介するぞ」
そして教室に金髪の少女が入って来て慎吾と雲母を見て少し驚いた表情の後に自己紹介をし始めるのを見ると、二人は顔を見合わせて運命的な何かを信じざるを得ないのだった。
「風見さんイギリスのどこから来たの?」
「ウェールズってところから来ました」
「日本語上手だね」
「いつか日本で父親と暮らすからと母親に色々塾行かされたんです、だから母親より上手です」
「趣味は何なの?」
「え!? ……えーとですね、向こうではアニ……じゃなくて、ドラマとかバラエティとかよく見てたんですけど、こっちだと番組全然違うから、また一から趣味を見つけようと思ってます」
休憩時間中にクラスメイトの質問攻めを受けるミアを、慎吾と雲母は教室の片隅から眺める。その容姿からクラスの人気者になることが確定しているようなミアからは、昨日主に慎吾に見せていたオタクとしての一面はどこにも見当たらず、きっかけとなった髪飾りも今日はつけてはいなかった。
「昨日はオタク上等とか言ってたけど、全然そんな感じしないな?」
「俺の部屋で色々喋った時にね。あんま学校でオタクアピールしない方がいいよって。てっきりお嬢様学校みたいなとこに行くと思ってたし」
「お前と違ってオタクだとしても皆に愛されると思うけどな。ま、そっちの方が都合がいいか」
「都合? 近所に越してきただの余計な事は言うなよ? 彼女の転校デビューを邪魔するな」
何か良からぬことを考えているなと訝しむ慎吾を他所に、まぁ見てなと不敵に笑いながら自分の席に戻る雲母。その後もミアが休憩時間の度にクラスメイトに囲まれることを遠巻きに眺め、そういうのに混ざれないながらも美少女には興味津々なオタクグループの友人達と下らない会話をすること数回。昼休憩時間に昼食を終えた慎吾が雲母にSNSで呼び出されて人気の無い場所へ向かうと、そこには雲母と質問責めを受けすぎたのか疲れ果てた表情のミアがいた。
「ども……同じ学校だったんですね」
「やあ風見さん。昨日はオタク趣味は隠した方がいいって言ったけど、この学校なら大丈夫だと思うよ。馬鹿ばかりだから、オタクなんかじゃないと自分では思ってるけど同年代に比べたら漫画ばかり読んでる人とか多いし、俺は交流無いけど女子のオタクもそこそこいるみたいだし」
「なるほど、では早速明日から髪飾りとかグッズをつけて……」
「いーや! この学校はいじめが酷い! 特にオタク女子なんて格好の的だ! だからミアはオタク趣味を隠した方がいい!」
「そ、そうなんですか?」
ミアに昨日言ったアドバイスを撤回する慎吾とは対照的に、オタク女子はいじめられると脅しをかける雲母。そんな話は聞いたことが無かった慎吾だが、女子との交流が少なすぎて真偽がわからないので否定することも出来ず、悩むミアを見ることしかできない。
「しかしそれじゃあ抑圧された欲望とかそんなのが溢れるだろ? そこでこいつの出番だ。隣の家だからいつでも会える! こいつは完全に周囲からの評価とかを捨て去った修羅だから目立つミアの代わりにアニメグッズを買いにいくこともできる! 学校では清楚な女の子として生きて、こいつの部屋ではオタクな女の子として生きる……こいつの部屋でそんなラノベ見たことがあるぞ、憧れないか?」
「た、確かに……! アニメのヒロインになった気分です、でも慎吾さんが大変では?」
「それくらい朝飯前だよな? な? な?」
「う……わ、わかったよ。風見さんはまだ色々慣れてないだろうし、俺が手伝えることなら協力するよ」
「おいおい、ミアはお前を同志だと思って下の名前で呼んでるんだぜ? 下の名前で呼んでやれよ」
「え……ミ、ミア……さん」
「はい! よろしくお願いします、慎吾さん!」
全ては慎吾とミアをどうにかくっつけようとする雲母の嘘だったようで、尤もらしいことを言いながら二人が一緒の時間を過ごすことを提案し、突然言われて困惑する慎吾に圧をかけて承諾させる。下の名前呼びも強制し、SNSも交換させて即席カップルを作ったところで満足そうに雲母はミアを先に教室に戻らせ、私に感謝しろよなと恩着せがましい態度を慎吾に取ってくる。
「佐々倉さん……悪ノリが過ぎるよ、変な嘘までついて」
「利用できるものは利用する、戦いと恋愛に手段は選ぶなって確かイギリスの人も言ってたぞ?」
「そもそも俺はオタクを辞めたいんだよ」
「辞める必要ないじゃん、だってあんなに可愛い子と仲良くなれるんだぜ? 今まで全然そういうのに興味が無かった人でも、仲良くなるために向こうの趣味に合わせてお釣りが来るレベルだ。私だって勉強なんて大嫌いだけど、生きてくためには必要だからアホでも一応学校行ってんだよ。だからお前もオタクを辞めるな、彼女と仲良くなれ、そうすれば多分オタクっていいなあってなるから。本当に嫌なら私が皆の前で、ミアってオタクなんだぜーって発表してやろうか?」
「そういうカミングアウトの仕方は本当にいじめだからやめろ。……わかったよ、しばらくは風見さんに付き合うよ」
折角のチャンスを逃すな、時には相手に合わせることも大切だ……雲母なりに慎吾の事を考えての行動ということもあったし、あれだけ可愛い子と仲良くなれるならオタク趣味に戻るのもアリだという下心もあった。とにかく慎吾は雲母の作戦を受け入れ、第三者によって無理矢理作り出された、陰キャのオタクが隠れ美少女オタクと仲良くなる話の主人公となるのだった。