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オタクもヤンキーも辞めてやる

「なあ……お前は何でキモオタになったんだ?」


 慎吾の部屋で、慎吾の母親が持って来た煎餅をバリボリと貪り床に欠片を落としながら、そんな問いかけをする雲母。言われて自分の中学生時代を思い返してみるが、はっきりとしたきっかけは思い出せない。ただ中学二年生になってからオタクになった気がする。


「覚えてないよ。中二になって、気づいたらオタク友達とつるむようになってた」

「名探偵雲母様が当ててやるよ。お前はキモいから中一で友達が出来ずに、中二になってオタク集団に誘われてそこに居場所を見出したんだ」

「とても的確な推理だね。まあそんな感じだと思うよ」


 小学生の頃はもう少し交友関係があった気がするが、多分それは雲母の存在が大きかったのだろうとあまり思い出したくない昔を懐かしむ慎吾。中学校に上がり、雲母ともクラスが別れた慎吾はほとんど誰とも会話しない一年間を、いじめの標的にすらならない空気のような、触れてはいけない存在として過ごしてきた。中学二年になってもそれは変わらなかったが、そんな慎吾を見かねて声をかけてくれたのかもしれないし、『あいつオタクっぽくない?』という偏見から仲間だと思って声をかけてきたのかもしれない。オタク特有のコミュニケーションで既にクラスを超えた繋がりを作っていた彼等に声をかけられた慎吾は、飼い主が見つかった犬のように喜びながら仲間に入り、そのまま充実したオタクライフを過ごし続けてきた。


「楽しかったか? 流されるままになったオタクは」

「楽しかったさ。でもそれはオタク趣味が楽しかったんじゃなくて、友達が出来たから楽しかったのかもね」


 オタク女子と仲良くなれるようなタイプの人間では無かったため異性との交流こそ絶望的だったものの、オタクグループに入ったおかげで慎吾は中学校生活を苦にすることなく乗り越えることが出来た。他に趣味が無かったこともありゲームの攻略といった時間がかかる分野に適性を持ち、仲間内からも頼られる存在になった。高校生になり一旦交友関係がリセットされても、中学時代の友人もいたので高校一年生からスムーズに学校生活を送ることが出来た。けれども慎吾はオタク趣味を心から愛していた訳では無いので、高校二年生になり自我が強化されるタイミングで、急に冷めてしまったのだ。


「そんな人生を否定するわけじゃねえ。私みたいなヤンキーでも無い、お前みたいなオタクでも無い普通の人達だって、話題についていくためにテレビを見たりするしな。で、どうなんだ? 10年後も20年後もオタクやるのか?」

「きっと周りの皆はオタクをどんどん卒業していくだろうね。本物のオタクは仲間が減っても平気なんだろうけど、俺みたいな偽物のオタクはどうなることやら」


 小学生の頃は皆アニメやゲームが好きだったが、中学、高校に上がるにつれて段々と周りは卒業していき、卒業するどころかのめり込んでいくオタクという存在は周囲から奇異な目で見られることになった。きっと大学生になれば、大人になれば、慎吾が今つるんでいる仲間達は半分以上が卒業することだろう。絶対数が少なくなってもインターネットを通じて今までと同じようにつるむことはできるかもしれないが、学校で顔を合わせてオタク趣味を楽しみ合うという現実の繋がりを好んでいた慎吾は現実では友人を作れずにネットで同士とつるむような将来を想像しては恐ろしくなった。


「まだオタクは絶滅しないだけマシだろ。仕事にだって繋がるかもしれねえし。聞いたぜ? ゲームで遊んでいるだけの動画で小遣い稼ぎしてるんだってな? すげえじゃねえか。遊んで暮らせるな?」

「所詮は小遣い稼ぎだよ。大人になって、仕事としてやるだけのモチベーションは無い。……人の本名をバラすな」


 誰から聞いたのかはわからないが、スマホを取り出して慎吾の投稿した本来30時間くらいクリアにかかるゲームを4時間でクリアしたプレイ動画に解説をつけたものを見せつけながらニヤニヤと笑う雲母。よく見ると『ウェーイ慎吾見てるー?』というコメントがつけられていた。


「……それに比べて私はお先真っ暗だな?」

「自己分析が出来るくらいには頭が良かったんだね」


 慎吾のオタクライフをひとしきり弄った後、大きなため息をつく雲母。そのまま彼女は自分がヤンキーになった経緯を語り始めた。


「中学校になってからさぁ、私はお前と違って普通の友達結構いたんだけどな? 私頭悪いじゃん? 気づいたら浮いちまってよ。今思うと、頭悪い私ともちゃんと遊んでくれたお前はいいやつだったんだな?」


 中学校に上がりクラスが別々になり疎遠となった後も雲母の評判を慎吾はたまに耳にしていたが、あのクラスに馬鹿な女がいるんだってよ、ヤラせてくれそうだよな、といったロクな評判では無かった。慎吾がオタク集団に引き込まれて学校でも誰かと一緒にいることが多くなってからも、たまに一人で不機嫌そうに廊下をうろつく雲母を目にしていたので、雲母の孤立期間は慎吾より長かったようだ。


「それでよー、街中をフラフラしてたら他校の生徒にナンパされてさ? それがいわゆる暴走族でさ、どうせ学校じゃ浮いてるしそっちとつるんじゃおうかなって思って。学校じゃ怖がられるようになって更に孤立しちまったけど、まぁ虐めは受けなかったし、暴走族仲間とやんちゃやってるの楽しかったし」


 中三あたりから雲母が暴走族に入った、なんて噂を聞くようになったし、家の前で母親同士が『うちの慎吾ったら変な漫画やアニメばかり見てるらしいのよ。将来が心配だわ』『いいじゃないそれくらい。雲母なんて誰に影響されたのかピアスを開けたり髪を染めたり、こないだ部屋の掃除をしたらタバコがあったのよ。警察のお世話になるのかしら』というお互いの子供が良からぬ方向へ向かっていることを嘆く世間話を聞いてしまったこともある。自分はただのキモオタなだけだが雲母は警察に捕まる可能性もあるということで、疎遠にはなったが何だかんだいって心配はしていたのだが、会話をすることもなく今に至る。


「今も暴走族にいるの? ギャルっぽい子とつるんでるみたいだけど」

「それが暴走族が解散したんだよ。リーダーとかが捕まってさ。私は何とか逃げきれたんだけど。んで、高校生になったら残党に暴走族とまでは行かないけどヤンキーとギャルのハイブリッドな子達を紹介して貰って、今はそっちとつるんでるって感じだな」


 慎吾には暴走族とヤンキーの違いはわからないし、先ほどまで雲母は堂々と犯罪自慢もしていたはずだが、雲母からしたら暴走族から足を洗ってマトモになったらしい。犯罪の代表例であるタバコをポケットから取り出すと、ポイと慎吾の部屋にあるゴミ箱に投げ捨てる雲母。


「自分の部屋で捨てなよ。俺の家は誰も吸ってないんだから、見つかったら家族会議だよ」

「ま、それなりにヤンキーも楽しいけどさ。段々皆が卒業していくんだよ。こないだもギャルメイクしてた子がさ、そろそろ受験も考えないといけないからって、髪も黒にして、塾に行くとか言い出してさ。高校卒業したら皆バラバラになるから、他の皆も卒業する準備はきっと始めてる。このままじゃ私は取り残される気がするんだよ。……だからさ、お前もオタク辞めたいって思ってるならさ、一緒に卒業しようぜ? あ、卒業ってそういう意味じゃねえからな」


 そのまま恐らくは誰にも打ち明けた事が無いであろう悩みや不安を曝け出しながら、協力しようと手を差し出してくる。彼女が自分の脱オタク計画に役立つとは思えなかったが、それでも一人でやるよりはモチベーションになるだろうと慎吾は彼女の手を握ろうとし、『本気で握ろうとするやつがいるかよキモオタが!』と顔を赤くした彼女に手を払われてしまうのだった。

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