オタクもヤンキーも犯罪者予備軍だろうが
「う……佐々倉さん」
「お? お前昔の名残で『うんも』って言いかけただろ? 今それNGワードだからな? 友達には『うんもちゃん』って呼ばれることもあるけどうんこみてえじゃねえかって内心キレてっかんな?」
慎吾は自分にお金を貸せと呼んでいる幼馴染の少女、佐々倉雲母の方へ近寄る。同じクラスの、幼馴染どころか自分の家の向かい側に住んでいる、小学生くらいまでは兄妹も同然のような存在だった少女。大人しく顔があまり良くない慎吾がオタクになるのが必然だとしたら、活発だが馬鹿だったこの少女がヤンキーになるのも必然なのだろう。慎吾達が通っている高校が偏差値が低く校則もあってないようなものなのもあるが、髪は金髪に染めてピアスもつけて、手に持っているスマホにはじゃらじゃらと大量のアクセサリーをつけている、慎吾とは別の意味で周囲に笑われそうな存在であった。
「佐々倉さんも俺をキモオタって呼ぶの辞めてくれないかな」
「あ? キモオタはキモオタだろ、クラスの皆もLUNEでそう言ってるし。つうか金貸してくれ」
「悪いけど俺も聖人じゃないからさ、人前で堂々とキモオタなんて馬鹿にしてくる人にはお金貸せないよ」
「ひぅ……あーわかったわかった、特別に一緒に店に入ってやる! お前みたいな私以外の女子と会話してないどころか私以外の女子の名前全く知らなさそうなやつが女の子にラーメン奢ることが出来るってラッキーだろ? しかも待ち時間無し! あ、2名でーす」
雲母に悪気はない。ただ馬鹿なだけだ。そんなことは数年間一緒に過ごしてきた自分がよく知っている。そう自分に言い聞かせながらも、自分で自分をキモオタだと思っていても衆人の前で人をディスり続ける人間に金なんて貸せるものかと慎吾は人相の悪さを活かして雲母を睨みつける。若干たじろぎながらも、店に入るのが自分の番だったこともあり強引に慎吾を列に割り込ませる雲母。こんな順番抜かしは明らかにマナー違反だしネットで晒されても仕方のない事だが、お腹も減っていたので甘んじてそれを受け入れ、慎吾と雲母は店内の机に向かい合って座った。
「私はラーメンの麺少なめで」
「並ぶ割にはシンプルな注文にするんだね。俺は特製ラーメンと半チャーハン」
「小食なんだよ、見りゃわかるだろ」
ラーメンのために長い行列に並ぶ割には食いしん坊という訳でもなく、身長145cmと女子の中でも小柄な彼女は一杯のラーメンを食べきることも難しい。行列に並んだのもどうしてもここのラーメンが食べたかった訳ではなく街をぶらついていたら行列を見つけたのでお金を持っていないことを忘れて並んでしまったという理由なのだろう、と運ばれてきたラーメンをパシャパシャと撮る彼女を眺めながら分析する慎吾。その後は慎吾は黙々と食事をし、雲母もスマホを片手にだらだらと食事をするので量は全然違えど食べ終わる時間は同じになりそうな、けれどもお互い無言という相性が良いのか悪いのかわからない状況が続く。沈黙を破ったのは雲母の方だった。
「ていうかさー」
「?」
「オタク辞めた方がいいんじゃない?」
片肘をついてラーメンをすすりながら、チラリと慎吾の方を向いて呟く雲母。自分のことなんて何一つ理解していないと思っていた彼女に自分の悩みを見抜かれてしまい、思わず箸を落としてしまう。
「何でそう思ったんだ?」
期待するような目で雲母を見やる慎吾。薄々自分でも悩んでいた、迷っていたことをこの馬鹿だと思っていた幼馴染の少女が、純粋故にたまに見せる本質をついた言葉で背中を押してくれることを願っていたのだが、
「だってオタクって犯罪者予備軍じゃん」
返ってきたのは知性の欠片もない、偏見に満ちた回答。慎吾が大きなため息をつくより先に、周囲の空気がピリっとしたものになる。いわゆる周囲には、『ラーメンオタク』も数多くいるだろうから。
「酷い事を言うんだね」
「事実だろ。普段ニュース見てるか? 犯罪者って大体アニメオタクとかゲームオタクだぜ。お前が将来犯罪して捕まったらな、私もご近所さんも皆揃って『いつかやると思ってました』って言うからな。クラスの女子もお前とその仲間達の事をそのうち痴漢で捕まりそうだよねって言ってたぜ、流石にあんまりだから私も擁護してやったんだけどな。『あいつらは二次元しか興味ねえから大丈夫だろ』ってな」
周囲の客の何人かが雲母を睨んでいることには気づかず、そのままマシンガントークで問題発言を繰り返す雲母。最悪お店を追い出されるかもしれないと食べるペースを速めながら、目の前の馬鹿にどう返したものかと考える慎吾。オタクだから社会的弱者に必然的になり犯罪をするのかもしれないし、オタク趣味にハマっていくうちに危険な思想になるのかもしれない。彼女が直球すぎるだけで、世の中の大半の人間は同じような事を考えている。そんな事は理解しても、目の前の彼女にそれを言う資格があるとは思えなかった。
「ヤンキーは犯罪者予備軍じゃないのか?」
「……! ゲホッ、ゴホッ、て、てめえ、人が水飲んでる時に何わけのわからない事を言ってんだ」
ひとしきり喋って水をゴクゴクと飲む雲母に慎吾がそう言い返すと、虚を突かれたようにむせてしまう。何度か咳をしたり深呼吸をしたりして正常状態に戻るまでしばらくかかった後、彼女は慎吾を睨みつけた。
「ヤンキーとオタクが同レベルだって言いたいのか? 人が優しくしてりゃ付け上がりやがって」
「……最後にお酒を飲んだのは?」
「1週間前に先輩の家で。鍋パだぜ鍋パ。いいだろ」
「最後にタバコを吸ったのは?」
「昨日の昼休憩。まあ私は正直苦手だから付き合いで吸ってるだけだけどな」
「万引きは?」
「先月じゃんけんで負けて罰ゲームでコンビニでトロルチョコをな」
オタクは犯罪者予備軍でもヤンキーは違うと本気で言っている彼女に、冷静に飲酒や喫煙の経験について尋ねて見ると、悪びれもなく問題行動を告白する。慎吾は大きくため息をつくと、
「予備軍どころか普通に犯罪者だよ」
「……き、キモオタの癖に私を馬鹿にするな!」
このお店の誰もが思っているであろう突っ込みを目の前の彼女に放つ。彼女は顔を真っ赤にして、だらだらと食べていたので食べ終えていないラーメンを放置して怒りながら店を出て行ってしまった。将来警察に捕まったら絶対にやると思ってましたと言ってやろうと誓いながら会計を済ませ家に帰り、自分の部屋で漫画やゲームを目の前にして手放すべきか悩んでいると、母親の声がする。
「慎吾、雲母ちゃん来てるわよ」
「はぁ?」
ついさっき怒って自分の前からいなくなってしまった、完全に決別して今後は教室でも自分の悪口を言うと思っていた幼馴染が、その日のうちに家に来るという展開に困惑する間もなく、ノックもせずに雲母が部屋のドアを開けた。
「シコってる途中邪魔……してないな。ここに来るのは10年ぶりくらいか? はん、随分オタクっぽい部屋になったんだな」
「何しに来たのさ。ああ、ラーメンの代金払いに来たの? 律儀だね」
「ラーメンごちそうさまでした。……腐ってもキモオタでも数年一緒に遊んできた仲だ、まぁまぁ私の事を理解していると思ってちょっと相談に来たんだよ」
「人の相談に乗っている余裕は無いけど、何さ」
ずかずかと部屋に立ち入り、キョロキョロと周囲を眺めながら相談があると言う雲母。同年代の女の子を部屋に入れると言う男子高校生的には重要なイベントだが、慎吾の中では現状雲母は頭の悪い疎遠になった妹なので何の感情も湧かない。慎吾が尋ねると雲母は真剣そうな表情で慎吾の方を向き、
「私、ヤンキー辞めたいんだよ」
奇しくも慎吾と似たような悩みを抱えていることを打ち明けた。