オタクじゃない俺に一体何の価値があるんだ?
「よくもまあこんだけ買えたもんだな」
段ボールに大量に詰め込まれた漫画やゲーム等を見て、中古買い取り業者を呼ぶべきかどうか悩む慎吾。親から貰えるお小遣いだけでは到底買えるような量ではない。友達と一緒にアルバイトをしたり、ゲームの攻略をする動画を投稿して収入を得たり……キモオタと呼ばれるようなスクールカーストの底辺に位置する存在ではあったが、社会でやっていくためのスキルは同年代に比べるとかなり養われていた。
「オタクを辞めて、アルバイトとかで身についたスキルを活かして、社会で普通に暮らせるのか?」
特に目立った趣味の無い、生きるために仕事をして、流行りのテレビや音楽を嗜む程度の人間なんて世の中にいくらでもいる。自分もそういう人間になればいいだけ。そう自分に言い聞かせても、心はそれを拒み続ける。オタクとして充実した人生を送っていた頃は、趣味の無い、周りに流されるだけの人間を見下していた。例えスクールカーストが底辺だとしても、人間としては自分の方が上だと自分を慰めながら生きることで、周囲に笑われることから耐えていた。そんな彼が、オタクを辞めて、ただのキモい、周りに流されながら生きる人間になることを、彼の深層心理が許さなかったのだ。
「色々やってみるか……」
漫画やゲームを段ボールに詰める等整理して目につかないようにした後は、目的も無く外に出てその辺をうろつく。とりあえず運動をしてみようと軽くジョギングをして見るが、すぐにバテてしまいベンチに座ってスポーツドリンクをガブ飲みする。昔から運動が出来た訳でも無いし、そもそも運動が出来ていればオタクにはなっていなかった可能性が高い。ベンチで休憩しながらジョギングをしている他の面々を見やる。いかにもスポーツマンと言った感じの青年がハイペースで走っていたり、どちらかのダイエットや運動不足解消に付き合っているのかカップルが走っていたり、息を切らしながら腹の出た汗だくのおじさんが走っていたり。自分のような人間でも目立たないのかもしれないが、特にランナーズハイといった感情は出てこなかったので、運動不足解消にたまに走るくらいはしようかなと飲み終えたスポーツドリンクをゴミ箱に捨ててまたあても無く彷徨い続ける。
「お、慎吾氏ではないか!」
「これからゲームセンター行くんだけど一緒に行こうぜ?」
「……わかった」
途中でオタク友達と偶然出会い、ゲームセンターへ向かう。ゲームセンター自体はオタクしかいない訳ではない。普通の家族連れだって、カップルだって、自分達の嫌いなヤンキーだっている。普段は友達の音ゲーを眺めていたり、クイズゲームで一緒に遊んだり、メダルゲームで遊んでいたりしていたが、ついでに別のジャンルにも手を出して新しい世界を見てみようと思ったのだ。
「たまにはこういうのやってみないか?」
「お、バイクゲーですな? 丁度拙者も昨日バイクアニメの一挙放送を見ていて興味があった所なのですよ! 慎吾氏も?」
「いや、アニメは見てないけど、気分転換にな」
「ふふふ……実は俺、原付の免許を取っていたのだ! その力、解放する時が来たようだな!」
オタク友達もそれぞれの理由でバイクゲームに興味があったようで、三人で並んでバイク型のコントローラーに跨り遊び始める。原付の免許を取っていた友人は勿論、武士語? を使う友人も音ゲーをやっているだけあって反射神経でそつなく運転をこなす。当の自分は今までバイクだのに興味を持ったことも無ければ反射神経とかが良い訳でも無く、最下位を連発して自分で誘ったくせに若干苛立った表情になってしまう。その流れでバイクでは無く車の、日頃から友達の家で一緒にやっているバナナや亀の甲羅を投げているようなゲームでは無く、もっと本格的なレースゲームも遊んでみるが、結果は同じだった。
「いやー、たまにはこういうゲームもいいものですな! コンシューマ版買いたくなったでござる」
「俺も早く原付買いたいぜ」
誘われた側は満足げで、誘った側は不満げ。バイクだとか車だとかも、特に自分の興味を引くようなジャンルでは無さそうだと、その後は友人の好みに合わせて遊んで数時間後に解散。再びあても無くぶらついていると、オシャレそうな服屋という自分にとって一番遠い存在に直面してしまう。服はずっと母親が買って来るチェーン店の物ばかり。今だって無難と言えば無難だが、こんな服屋にいる人達からすればダサいと言われても仕方のないような代物。ただ、オシャレな服を着れば、顔にコンプレックスのある自分でもそれなりに見えるんじゃないか、自信がつくんじゃないかと考えて、勇気を出して服屋の中に乗り込む。
「お客様、どのような服をお探しでしょうか?」
「え、あ……その、ジーンズとかを」
キョロキョロしていると初心者オーラを感じ取ったのか店員さんが接近してきて、あれよあれよと営業トークで自分に似合うらしい服を用意してくる。店員さんにとっては自分のような顔の人間なんて見慣れているのだろう、笑顔を崩すことなく売上のためにそこそこの値段の服を何着か持ってきて試着室へと誘導した。
「なんか、そこそこな気はするけど、うーん……」
用意された服に着替え、鏡の前に立つ。格好いい、は自画自賛が過ぎるが、日頃の鏡に映る自分を見るだけで嫌になるようなレベルに比べればマシになっている気がする。ただ、多少見た目がマシになったところで、内面はオタクのまま。今更こんな付け焼刃に頼ったところで新しい友達が出来る訳ではない。数年前に服を気にしていればな、と後悔しながら、上着に比べたら使うことが多いしとジーンズを一着だけ買って店を出た。
「最近出来たラーメン屋凄い評判いいらしいよ? 行列も凄くて。並んでみる?」
「そんなに? うーん、じゃあ並んでみよっかな」
服屋を出たところで、近くの女性二人組がそんな話をしながらラーメン屋のあるであろう方向へ向かって行く。そういえば昼飯を食べないままゲームセンターで友人達と遊び続けていたのでお腹が空いた。並ばずに食べることのできるような牛丼屋やハンバーガー屋でも良かったが、食欲は人間の三大欲求だし、並んででも美味しいものを食べることが何か新しい自分に繋がるのではと考えて慎吾もこっそりと後に続く。
「こちら最後尾となっておりまーす」
ついた先では確かにその辺のラーメン屋ではまず見られないような、ラーメンの回転率を考えても1時間は待つであろう行列が出来上がっていた。期待に胸を膨らませながら自分もその行列に入ろうとしたが、並んでいる人達がカップルだったり友達だったりと複数人なのを見てその足取りが止まる。どんな長い待ち時間だって、友達とお喋りしていればすぐかもしれないが、自分のような一人で来ている人間が行列含めて食を楽しむなんてことはできるのだろうかと疑問に思ってしまったのだ。
「おーい、そこのオタク君、金貸してくれ」
更に言えば最近はラーメンオタクなるものが世間を悪い意味で賑わせている。行列のできるラーメン屋に一人寂しく並ぶ見た目からしてキモオタな自分は、ネットで晒されたりしないだろうかと若干自意識過剰な事を考えながら、行列がどんどん長くなっていく中立ち尽くす。
「おい! こら! キモオタ! 金貸せっつってんだろ! もうすぐ店に入らないといけないんだよ! 財布忘れたんだよ私は!」
ふと気づけば行列の前の方にいる少女がこちらを睨みつけながらお金を貸せと呼んでいる。それは随分と疎遠になってしまった幼馴染であった。