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ヒロインごっこはもうおしまい


「殿下が最初に見いだした『つがい』は、メアリー・アルドリッジ様でした。レメンタム出身のあなたはご存じないかも知れませんが、アルドリッジ家は由緒正しい子爵家です。そのご令嬢ですから、『つがい』ともなれば竜太子妃になるのは何の問題もありませんでした」


 ああ、と私は胸の中で嘆息した。『メアリー・アルドリッジ』それこそが『ゲームのヒロイン』のデフォルトネームだったと思い出したのだ。あえて確認はしなかったが、多分メアリー様の容姿はヒロインと同様の、ふわふわとした桃色の髪と赤みがかった金の瞳を持つ美少女だったに違いない。ゲーム中では他の貴族令嬢たちに「竜太子殿下とは身分が釣り合わない」と陰口をたたかれていた筈だけれど、王族や公女様からすれば由緒正しい貴族であり『つがい』であるならば全然問題はなかったらしい。


「四年前の建国祭の日、私は殿下によって王宮の一室に呼びだされました。そして告げられたのです。婚約を破棄して欲しいと。そしてつがいであるメアリー様と添いたいのだと」


 私は冷や汗をかいた。四年前の建国祭。そして私は五人目の『つがい』。もしや……アリアンロッド様は毎年カレトヴルッフ殿下に婚約破棄を言い渡されていた? 四年前といえばアリアンロッド様もまだ十二、三歳の筈。そんな幼い頃から婚約者に忌み嫌われ、毎年別の女性を連れた婚約者に婚約破棄を言い渡されるなんて、一体どれほどの苦痛だっただろう。建国祭の日広間で見たアリアンロッド様のなにもかも諦めたような顔を思い出し、私は気まずく思った。だってその推測が正しいなら、私は五人目の加害者なのだから。


「私はその場で婚約破棄を了承致しましたが、竜王陛下は『婚約者変更の公表は保留する』と仰いました。陛下をはじめ二十一竜家の当主はメアリー様が本当に『つがい』なのか、そしてたとえ『つがい』であったとしても、本当に殿下の狂乱を鎮められるのか疑問視していたのです。そもそも『つがい』であるか否かは竜側にしか分からない、というのが定説で、『つがい』たる自覚が『つがい』側にある事自体が眉唾でしたし、殿下の竜の血の濃さでは精霊公女でなければ抑えられないのではと思われていたからです」


 アリアンロッド様の、平坦なのに徐々に緊張感を孕んでいく声に、私は顔を上げられないまま黙って彼女の話を聞くより他無かった。


「そのため、翌日からメアリー様は『竜太子妃候補としての教育・試験期間』の名目で王宮に滞在することになりました。結果、彼女は確かに彼女が『つがい』であることを証明しました、が……陛下の危惧自体は現実の物となってしまったのです」


 それまで淡々としていた語り口に突然滲みだした悔恨に、私は思わず顔を上げた。アリアンロッド様は歪めた口元から苦しげに吐きだした。


「……開始三日後のことです。陛下からの緊急の呼び出しによって殿下の寝室に突入した私は……意識不明のメアリー様を救出しました」

「えっ……まさか、殿下が暴力を……?」

「いいえ」


 アリアンロッド様は一瞬私と目を合わせると、なんとも言えない複雑な表情で首を横に振った。


「ごく単純に、腹上死、寸前だったのです」


 一瞬その単語を飲み込めず停止し、次に理解して気が遠くなった。恐らく端から見れば真っ青になっていただろう。しかしアリアンロッド様はそんな私の様子に構わず話を続けた。


「愛する『つがい』との交接に興奮した殿下は、メアリー様の拒絶に構わず、三日三晩『止まらなかった』のです。言葉通り、一度も。休憩どころか飲食も排泄も睡眠さえ許されずに揺さぶられ続けたメアリー様は、疲労と脱水で衰弱死する寸前でした。

回復したメアリー様は殿下の顔を見るだけで怯え錯乱するようになり、ご実家に戻られ……今も静養していらっしゃいます。あの日から四年近くが経ちましたが、未だにお屋敷から一歩も外には出ず、男性と接触することが困難であるとのことです」

「……」

「お二人目はヴィオレット・ベニントン様でした」


 私はそう聡い方では無いけれど、この時点で既に続く話の結末に予想がついてしまっていた。だから許されるのならば、アリアンロッド様の足下に縋り付いて「もうやめてください!」と、恥も外聞もなく泣きわめきたかった。けれどもアリアンロッド様の人形のように美しい顔はまさに能面のような無表情で、死んだ魚のような目は恐らく一切を……目の前の私すら映しては居なかった。

 私は覚悟を決め、どうかなるべく早くこの話が終わりますようにと祈ることにした。


「三年前の建国祭の日です。メアリー様の件は極秘とされていましたが……殿下がメアリー様を連れ歩く姿を衆目に晒していたこと、メアリー様が領地で静養している事もあって隠しきれませんでした。そしてヴィオレット様は……メアリー様に比べてその……注目されるのがお好きな方でした」

「ああ……」


 それだけの情報で先の展開が読めてしまったのは、昔取った杵柄……だろうか。ヴァイオレット様とやらが、テンプレ通りゲーム上の婚約破棄シーンを再現しようとしたのだろうと分かった。


「ヴィオレット様は建国祭の祝賀会会場で……言い方は宜しくありませんが、殿下に婚約破棄を宣言『させ』ました。私はメアリー様の件を踏まえて、ヴィオレット様に忠告致しましたが……」


 敢えて公衆の面前での婚約破棄をそそのかすような女性ならアリアンロッド様の忠告を聞き入れるはずもない。なんだか私の方が胃が痛くなってきた。ゲームや漫画、小説なら面白く読めていたけれど、現実にこの王宮で婚約破棄イベントが行われたと考えると鳥肌が立つ。ヴァイオレット様とやら、どうしてそう事を荒立てるのが好きなのか。


「……ヴィオレット様は、勝ち気な方で、乗馬や狩りの腕も男性顔負けだったと……あるいはヴィオレット様ならば、という周囲の思惑が、あの惨事を招いたのです」

「……」


 その続きを、聞きたくなかった。だって絶対R-18G……。


「失神したヴィオレット様は、股関節を脱臼したまま激しく揺さぶられたことで」

「申し訳ありません痛い話が苦手なのでそれ以上は何卒……何卒ご容赦下さいませ!!」


 あまりの恐怖に涙も鼻水も止まらなくなった私は、三人目と四人目の『つがい』の方についてはお名前を聞くだけに留めた。


「それで、殿下のお部屋には」


 とアリアンロッド様に問われて私は首を大きく横に振った。それでおしまいだった。私の『ゲームみたいな王子様との恋』は。


 『生き別れの妹の子』として私を引き取って下さった子爵様は、これまでも殿下の見いだした平民出身の『つがい』を養女として引き取っていたのだという――殿下からの援助と引き替えに。だから実際子爵様とは何の関係も無い私は、大人しく故国に戻ることにした。流石に実家のある街に戻るのは恥ずかしいので、別の街に。幸い、アリアンロッド様の伝手でとある貴族家の女中として雇って貰えるらしい。中流商家の娘としては申し分ない就職先だ。


 故郷へ戻る馬車の中で私はアリアンロッド様の言葉を思い出した。『ゲームの情報は断片的、あるいは上澄みのようなもの』

改めて考えて見るまでもなく、ごく当たり前の話だった。ここは私にとって現実。例えゲームと同じ展開があったとしても、シナリオが終わった後も、シナリオの外側の世界も、絶えず動いて止まらない。前世の現実と同じように。

 私が生きているのはゲーム上ではない。

 自分の愚かさに呆れる気持ちで大きく息を吐いたところで、ふと気づいた。


「そういえば……アルタキエラ殿下は何故プラチナブロンドだったんだろう?」


 私は首を傾げ、しかし見えてきた故国の風景にその疑問をすぐ忘れた


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