やっぱりヒロインじゃ無かった
「冗談ではなく……笑い事でもないのです」
アリアンロッド様が再び残念なものを見るような目で私を見た。絶世の美少女にそんな目で見られると正直傷つく。いや、でもだって、なんかすごいシリアスだったのに突然狂乱イコール色狂いですとか言われたら誰だって唖然とすると思う。そんな抗議の気持ちが顔に出てしまったのか、アリアンロッド様は頬に手を当て小さく溜息をついた。
「巨竜の血が濃すぎる殿下の精は強い。強すぎるのです。普通の人間の胎にその種を撒いたところで、赤子になることはありません。万が一受精したところで、今度は母体が保たない」
『精』とか『胎』とか生々しい単語を出されて、やっとこの素っ頓狂な話が他人事ではないことに思い至った私は、本当に阿呆なんだと思う。核心に近づいたことに気づいて息を呑んだ私に、アリアンロッド様は真っ直ぐな視線を向けた。
「ですから、殿下の子を為せる女性は三種だけ。ひとつは私。精霊の血を引く娘。そして次に殿下と同じく竜の血を引く娘、それからあなたのような『つがい』になります。しかし竜の血を引く娘を殿下の妻とする訳には行きません。その子はさらに血を濃くしてしまう可能性が高いからです。……そして精霊の血を引く娘というのは、竜にとっては天敵の血を引く者です。ですから殿下には、私に対する本能的な忌避感があります」
「えっ」
思わず隣の殿下を見上げると、殿下は気まずげに目を逸らしつつも小さく頷いた。まるきり拗ねた子供のようなその態度に、私は殿下のアリアンロッド様に対する情緒不安定の原因を理解した。誰よりも強大な力を持つが故にプライドも高い殿下は、ただ精霊の血が流れていると言うだけでアリアンロッド様を苦手に思い避けようとする矮小な自分を恥じているのだ。それが恐らくアリアンロッド様への、反抗的であるのに同時に年上の女性に甘えるような、中途半端な態度にあらわれてしまっているのだろう。
「……ですから『つがい』が現われること自体は、王家にとっても、精霊公家にとっても喜ばしい事ではあるのです」
なるほど、と私は納得した。精霊公女は竜王の狂乱を防ぎ、同時に万が一、つまり誰にも竜王の子を為せなかった時、王家の血を繋ぐためだけに保存されている、いわば最終手段にすぎないのだ。きちんと竜王に愛されその血を鎮め、かつ子を為せる『つがい』がいるのであれば、竜王がわざわざ苦手とする精霊公女を妻にする必要はない。精霊公家としても精霊の血を次代に残さなければならないのだから、一番血を濃く引く娘は竜太子と結婚せず公爵家に残る方が望ましいのだろう。
「ですが今までの『つがい』の方々にはそれを理解しては頂けず……私ばかりか王族の方々の説得にも耳を傾けては頂けませんでした」
「説得、ですか?」
何のだろう、と私は首を傾げた。今までの話では、私と殿下の結婚を妨げる要素はどこにも見当たらなかったのに、と。するとアリアンロッド様は一瞬、次の言葉を口にするのを躊躇うように、僅かに視線を揺らめかせた。
「婚約者である私の存在自体が受け入れがたいというのもありますが、我々の説得の中に『つがい』の方々……いえ、『ゲーム』の『プレイヤー』には受け入れがたい事実があったからです」
「受け入れがたい事実、ですか?」
「ええ」
そこでアリアンロッド様は小さく咳払いして、それからお茶のカップを手に取り唇を湿らせると、もう一度顔を上げ、強ばった顔で私を見た。
「我々の……王族と精霊公女、それから二十一竜家の間の認識では『つがい』というのは『相手の竜の血が濃くとも子を為せる女性』全般を指します。王宮所属の学者達の研究では、『つがい』たり得る……強い竜の精による妊娠が可能な女性に特有の要素はいくつかありました。例えば抗魔力の高さであるとか、竜の魔力を打ち消す逆位相の魔力を持つ女性であるとか……つまり『つがい』とは特定の種族や特性を指すものではないのです。ですから……」
そこまで言われてやっと分かった。
「あ、もしかして、だから複数……今までにも四人いた、んですね?」
「そう。今までの方々はみな竜とつがいは、一対一の関係、自分は竜太子殿下の唯一の伴侶だと誤解されていましたが、そうではないのです」
アリアンロッド様は、恐らく私がこの事実を受け入れないと思ったのだろう。確かめるようにじっと私の目を見つめた。多分、今までの『つがい』の人達がそうだったから。けれど私は不思議と納得していた。
やっぱり本来の『ヒロイン』は私みたいに国外なんかには居なかったんだ。私はゲームと現実の誤差だと思って居たけどそうじゃない。正規ヒロインはちゃんと竜王国内にいて、シナリオ通りに殿下と出逢っていた。
だけど……その正規ヒロインさえ、エンディングを迎えられなかったのは何故なのか。
『この世界がゲームではないから』
投稿サイトの異世界転生小説で幾度も見たフレーズが私の頭を過った。
「……それでも殿下が、もう少し竜の血が薄ければ、何も問題はなかったのでしょうけれど」
「……え?」
考え事に気を取られていた私は、アリアンロッド様が小さな声で零したその言葉をかろうじて聞き取ったけれど、その意味が飲み込めなかった。だから私はアリアンロッド様に聞き返した。
不思議そうな顔をする私から逃げるように俯いたアリアンロッド様は、視線をご自分の膝に落したまま「殿下」と小さく呼んだ。殿下はそれを聞くなり沈鬱な表情で立ち上がり、その場から離れようとした。敵陣……ではないとはいえ、アウェー感がひどい場にひとり置いて行かれそうになって焦った私は、座面から腰を浮かそうとして、肩を抑える殿下の手にそれを阻まれた。
「……私は私室に居るから。アリアンロッドの話を聞いた後で来て欲しい」
殿下にそう言われてしまえば座り直すより他ない。私は不安に震えながら、アリアンロッド様に向き直った。
「ティアナ様」
アリアンロッド様は、慎重に、丁寧に私の名を呼んだ。私を、私の意志を軽んじるわけではないと示すように。
「私の話を聞いた後で、選んで下さいませ。カレトヴルッフ殿下の妃になるか否か」