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ヒロイン、だと思うんだけど


 私は隣国レメンタムの、竜王国アルビオンとの国境近くの商業都市に生まれた。こんな王宮のど真ん中で本物の王子様にエスコートされてはいるけれど、残念ながら貴族ではなく然程大きくもない商家の次女。つまりドがつく庶民だった。


 でも私には、他の人とは違うところが一つだけあった。それが前世の記憶を持つ、転生者だってこと。それに気がついた当初は、大いに浮かれましたとも。だって生前ウェブ小説やらコミカライズやらアニメ化やらで大流行していた『異世界転生』を果たしたんだもの! チートスキルが使えるのかな? それともある日ばったり王子様と出会う? もしかしたら前世の記憶で一山当てて大金持ちになれるのかも? なんてね。でもそんな夢を見ていられたのは幼女の頃だけ。ステータスオープン! なんて千回は唱えたけど、透過ウインドウが出ることなんて一度も無かったし、この世界には魔法があるって聞いていたのに使える気配もなかった。親には王子様がこんな国境近くの、しかもウチがあるような下町に来る事なんてあるわけないと笑われたし、前世の知識で役に立ったのは精々、四則演算が習わなくても出来たことくらい。考えて見れば私は前世も、そこにある便利な電子機器や電化製品を使ってただけで、その原理とかは全然知らない典型的な文系女子高生オタクだったんだよね。


 だから私は早々に転生デビューを諦めて、人生こんなものよね、なんて知った風にぼやきながら地道に家業を手伝い、そのうち嫁の貰い手がやってくるのを待っていたんだけど。


 そんな私の生活が一変したのが半年ほど前。

 現在の養父の使いが実家にやってきて「当家の主人がティアナ嬢を養女として引き取りたいと申しております」と言い出したのだ。あまりに突飛な申し出で、両親も兄弟達もものすごく驚いてリアルにひっくり返った。驚きから立ち直った後は悪質な詐欺かと疑ったけど、使いの人は街を治める領主の一筆まで持ち出した。ウチで扱っている品が比較的ニッチなこともあって、領主館にも出入りしていたことのある父が唸っていたから、恐らくは本物のサインだったんだろう。

 それにしても他国の平民をわざわざ養女にするなんて、どう考えてもおかしな話で、「何故」と理由を尋ねた父に、使いの人はあっさりと理由を教えてくれた。

「アルビオンのとある高貴な方がお嬢様を見初めた。けれども平民のままでは結婚できない。だから伝手のある当家に養女として迎えて欲しいと頼まれた」のだと。

 

 そこまで教えられて、私はようやく、本当に遅まきながら気づいた。

 16年の人生で耳にする度なんか聞いたことがあるような、と思いながらも思い出せなかった単語。

 『アルビオン竜王国』『竜太子カレトヴルッフ』『精霊公女アリアンロッド』って。


 これ、『竜王国物語』の世界じゃない……!? と。


■■■


 殿下の宣言に静まりかえった広間を見渡すには勇気が足りず、俯いて殿下の腕に強くしがみついたら、その腕が震えていることに気づいた。私自身の震えだけではない。殿下も震えているのだ。

 無理も無い、と思う。カレトヴルッフ殿下とアリアンロッド様のの婚約は、単なる皇太子と公爵令嬢の政略結婚ではないことを、私も良く知っていた。


 前世の私がプレイしていた『竜王国物語』は、ジャンルとしては恋愛シミュレーション。所謂乙女ゲームだった。つまり私は流行の――生前の流行だけど――乙女ゲーム内転生をしたって事になる。メインヒーローであるカレトヴルッフ殿下は、アルビオンの第一王子であり、竜太子と呼ばれている。

 何故皇太子ではなく竜太子なのか。

 実は竜王国と呼ばれるこの国の王の血統には、建国伝説の通り本当に巨竜の血が流れている。そしてその巨竜の血が最も濃い者が王座に就くことが王室法によって定められている。なんでその必要があるかっていうと、アルビオンには多くの竜がいるから。アルビオンには飛竜に騎乗する竜騎士団があるし、沿岸部は海竜によって守られている。つまりアルビオンは竜を使役することによって魔物や他国からの侵略を防いでいるってこと。でも竜は本来竜王、つまり巨竜にしか従わない。彼等が今現在人間に使役されているのは、ここが竜王の統べる国だから。そのため最も竜の血が濃い者が王となることが決まっているのだ。


 けれど、濃い竜の血には一つ、大きな問題があった。

 いにしえの巨竜と同じく、狂うのだ。血が濃ければ濃いほど、王位継承者は荒れ狂う。それを防ぐ為に残されたもう一つの血。それこそが精霊の血を引く娘──初代竜王の母アリアンロッド、の妹君の家系……現在私達の目の前に立つ精霊公女アリアンロッド様のご実家である公爵家だった。かの公爵家は、竜の血が濃い王子が生まれる度に、精霊の血を引く娘をあてがい、その猛る血を鎮めたとされている。だからこそ、この婚約は決して解消できない──と、誰もが思っている。けれど私は、私だけは知っている。


 前世『竜王国物語』をプレイした私だからこそ知っている事実。


 実は竜の血を引く者には『つがい』という存在がいるのだ。要するに惹かれあう運命の相手。

 その『つがい』は竜の血の狂乱をおさめることができる力を持つ。


 『竜王国物語』のヒロインは竜太子のつがいであり、彼と出会い彼に見出されたヒロインが愛によって竜太子の狂乱を鎮める力を証明し、冷血な『精霊の血を引く娘』であるアリアンロッド様を退けて竜太子と結ばれる……のが、『竜王国物語』のメインルートである『竜太子トゥルーエンド』だった。


 ちなみに『愛の力で云々』というのはゲーム中では濁されているけれど、所謂エッチをすることで竜太子の狂乱を鎮める……ということらしいのだが、こんな設定の癖にゲーム自体はR-18ではないものだから、肝心な部分は暗転からのヒロイン視点の朝チュン添い寝スチル止まりだったりした。



……なんて回想していた十数秒ほどの間、アリアンロッド様はじっと殿下を見つめていたらしい。


 フロストシルバーの髪と眼を持つアリアンロッド様は、ほっそりとした身体のラインもあって、まるで銀彩を施した陶器人形のように美しい。その表情が凍り付いたように動かないから、本当に人形みたい。とても同じ人間には思えない。

 だから、生前『この人何考えてるんだろうな』って思ってたことを思い出した。


 かつてのプレイヤーとしての正直な感想では、ゲーム上のアリアンロッド様は不思議なキャラクターだった。不思議ちゃんって意味じゃなくて、彼女の役どころがよく分からなかったのだ。寒色系の外見といい、メイン攻略対象の婚約者という立ち位置といい、所謂ライバル令嬢、あるいは悪役令嬢と呼ばれる役割なんだと思うんだけど。

 でも、アリアンロッド様はヒロインと対立しない。嫌がらせもしなければ、忠告もしなかった。ただ無機質な表情でイベントに現われ、最後の最後に「本当にそれで良いのですね」と殿下に尋ねるだけ。


 プレイヤーだった当時の私はそれを『二人の愛を阻む保守的な貴族社会』の象徴たるキャラクターなのかな、なんて思っていたのだけど。


「……陛下。二十一竜家、及び精霊公家以外の貴族に退出を」


 ふっと、諦めたように殿下から視線を外したアリアンロッド様が吐いたその言葉には、どうしようもなく人間的な、疲労感がにじみ出ていたように聞こえた。


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