ななわめ:ハクとセイと少年と
週一投稿になる予定です。当初は毎日出せてたんですけどね。ハハハ······
「う、動くなよ、今助けてやるからな......!」
少年が言葉を震わせながら呟いた。訴えかけるような台詞だが、実に泣きそうな声でもある。自分がやらなければならない、という義務感で己を突き動かしているようにも見えた。
意を決した様な表情をし、叢から体を晒す。慎重な足取りで横に動き位置を探し始めた。
少年がからハクまでの距離は凡そ10メートル。彼が持つ得物は弓。十分な射程距離内だ。
(なんだなんだ。私がセイを虐めているようにでも見えたのか?失礼だな)
ハクがムスッとした顔をする。少年はセイの毛皮に埋もれた現状から、ハクがセイを虐めていると勘違いした、と勘違いしたのだ。
勿論逆である。少年はハクがセイに、少女が狼に襲われていると勘違いしていた。誰がどう見ても、少女が狼を襲うようには映らないだろう。
一般的な狼よりも体躯の大きいセイが、幼子に等しいハクを包んでいる。この様を見れば襲われていると判断するのも無理はない。ただ、よく観察してみれば敵意が無いことは分かったはず。セイを見つけ慌ててしまった少年の過ちだ。
少年が弓を構える。矢筒から1本の矢を取り出し、ピンと張った弦に番えた。それを引き絞り、狙いを定める。腕は震えていた。標準が定まらない。
少年の脳裏に矢がハクを射抜く画が横切った。今のまま撃てば、誤射をする可能性が十分にある。魔物へ対する恐怖以外の恐怖が少年を襲った。
頬の上を冷や汗が伝う。本当に撃つべきか否か。ここで撃てばあの魔物は少女のみならず自身をも襲いに来るだろう。撃つべきじゃない。逃げるべきだ。少年の本心が叫んだ。
チラリと視線をハクへと移す。
少年の目にはハクが苦しんでいるように見えた。絶望を悟り諦めいるように見えた。助けを乞うているように見えた。
事実を言えばハクの表情筋が機能を停止させているだけである。ほぼ無表情故にどうとでも捉えられたのだ。
「......やめて」
続いて小さなか細い声が吐かれる。あまりに弱々しい声。しかし、助けを求めるのではなく。それが少女の気遣いだと察した。私に構わず行ってくれ、逃げてくれ。何かをすれば貴方まで襲われる。そういう意図だと理解した。
事実を言えば"構わないでくれ"という意味だ。そこで大人しく待っていてくれ、という意味も付け加わる。
少年は一度目を伏し、弓を下ろした。
良かった撃たないのか。ハクは1つため息を漏らした。争い事は無いに限る。そう安心したため息だった。
そんな安堵も束の間だった。
少年が再び顔を上げ、弓を構え始めたのだ。その顔は覚悟を決めた者のそれ。身体の震えも無くなり、今直ぐに撃ちそうな格好だ。
嘘だろ、とハクが呟くより早く。少年が矢から手を離した。音もなく放たれた矢は風を切り、真っ直ぐに飛来する。
飛んでくる矢に対してハクが咄嗟に魔法を使う。慣れ親しんだ物体操作の魔法だ。勢いよく放たれた矢はハクの魔力に絡め取られ、推進力を失い空中で停止した。
「なっ......!」
驚愕の表情を浮かべた少年。彼は自身の腕に自信があった。そんな彼の一射が届くこと無く止められた。その事実に驚かざるを得なかったのだ。
しかし、直ぐに立ち直り次弾を用意し始める。狩人らしい切り替えの速さを見せた。素早く矢筒から矢を取り出し、間もなく番える。その直後にハクが口を開いた。
「......やめろ」
苛立った声でハクが呟く。
ハクの心情は、この毛皮が傷ついたらどうしてくれるんだ、である。矢が己を狙っていても怒らないが、セイの毛皮を射抜こうものなら唯ならぬ憤りを覚えるだろう。少なくとも既に怒っていた。
低く吐かれた声は少年の動きをピタリと止める。まるで金縛りにあったかのように、少年は微動だに出来なかった。
ハクは少年の動きが止まったことを確認してから一息吐く。そしてまた口を開いた。
「......この子は、私のペット......私が襲うわけ......ない」
「え、え......?ペット......?」
説得するような口調で少年に語り掛ける。その言葉に少年は戸惑った。
それから落ち着いて観察する。確かに青い狼は少女を襲っているようには見えなかった。どちらかと言えば、そう、守っているのだ。その大きな身を用いて少女を覆い守っている。
ただ、魔物が人に懐く、という不可解な事象を中々に受け入れられない。常識が否定してくるのだ。
「そ、そいつは本当に危険じゃないのか......?」
「......とうぜん」
少年の問い掛けにハクを頬を膨らませて答えた。
改めて確認し、少年は漸くセイが危険な魔物ではないと理解した。正確に言えば、そう自身を納得させた。
「すまなかった。ちょっと慌てちまったんだ」
弓を下ろした少年がセイの元に近付いた。と言っても距離は作っている。危険ではないと聞いているが、何も考えずに接近してくる程能天気ではなかったようだ。
「......セイは、良い子」
ハクが手を伸ばしてセイの頭を撫でる。身を呈して主人を守る行為。まさに忠犬、いや忠狼と言ったところか。
主人に褒められたことでセイは喜んだ。耳を振り、尻尾を振り、喜びを露わにする。そして警戒態勢を解き、隠していたハクを晒した。
その瞬間、少年が驚愕のあまり目を見開いた。そして直ぐに目を閉じ、顔を背ける。
「お、お前......!」
「......ん......?」
震えた声を出した少年はハクを指差す。唐突に奇怪な行動を見せる少年に、ハクは疑問符を浮かべるばかり。なんだコイツ、という訝しげな視線を少年に向けた。
「服を着ろよぉぉっ!!」
少年が叫ぶ。その声は森に響き渡った。
その言葉を聞いてハクは自分の体に視線を落とした。そこには白く痩せこけた玉露のような素肌がある。つまり、ハクは未だに裸だった。
「......あ、確かに」
ここでようやく思い出し、ハクは手をポンッと打ったのである。




