ろくわめ:早朝の一時
ハクが眠りに落ちてから長い時間が経過した。陽が落ち暗くなり、森は静けさに包まれ夜となる。空では月が輝き、その周囲に浮かぶ星々もまた輝きを放っていた。
森という事もあって夜はかなり冷え込んでしまう。寝具のない野外泊。焚き火もせず、洞窟に潜ることもせず。ただ無防備に小川の側で横になるだけ。しかし、セイの毛皮によってハクは寒さを感じず、むしろ心地良さに溺れていた。安心出来る温もり。それがハクを包み込んでいた。
何人も彼女の睡眠を妨害する者はいない。何時もは活発に行動する狼ですら、遠吠えの1つ上げずに大人しい。
食糧の調達に勤しむ魔物達も、ハクとセイの付近には寄らない。例え近付いてきたとしても、声を出さず、静かに立ち去っていくのである。
まるで森全体がハクの眠りを守るかのように、
起床する素振りも見せず眠り続け、やがて陽は昇った。空が白みを帯び始め、段々と山際の方から明るくなっていく。
眩しい光が朝を告げた。
「......うぅっ......うん......?」
重たい瞼を開き、目を擦る。頭が起床を拒絶するも、体を無理やり動かし起こした。
「......ふあぁぁ......あれ......?」
欠伸を漏らしながら周囲を見る。
明るくなり始めだと言うことに気づき、朝になっという事に気付いた。最後の記憶はまだ昼過ぎてから夕方の手前。そこから意識がないということは、つまりそういうことだろう。自分が長時間爆睡したのだと察した。
「......ま、いっか」
特に急いでいた訳でもない。確かに時間を無駄にしたのは痛いが、心地良かったのだから仕方がない。そう思う事にした。
「......よし」
1つ呟くと立ち上がり、最高の寝床であったセイから離れる。因みにセイはとっくに目覚めていた。気持ち良く眠る主人を起こさないよう、静かに待機していたのだ。流石忠犬、いや忠狼。
ハクはローブを脱ぎ捨て、その下に身に付けていた簡素な衣服を剥いでいく。
最低限の服装しかしていないため脱衣に時間はかからない。ものの十数秒で裸になると、ガリガリに痩せこけた裸体が顕となった。
羞恥心が欠如しているのか、特に体を隠そうともせず、堂々とした足取りで川辺に向かう。その後をセイが追従する。
川岸の開けた場所で足を止め、右手を前に出した。
「......水よ」
ハクが言葉を紡ぐ。すると空中に頭程の水球が作られた。その水球はふよふよと宙を漂い、
ハクの意志で作られた水球は微温湯となっている。
先ずは眠気覚ましも兼ねて顔にバシャバシャと水を掛けて洗う。その次に髪を、体をと順に洗っていく。
「......変質」
体全体を濡らし終えると、錬金術を用いて洗剤を作り出した。先ず髪に染み込ませ、両手で掻くように優しく泡立てる。自慢の長髪の根元から先まで、丁寧に洗っていく。
この洗剤を川へと捨てるのは流石に不味いと思い、空中に作り出した水球に洗剤を吸わせた。後で無害な水に変質させるつもりらしい。
ふんっふふんっふふふんっ。と奇怪な鼻歌を奏ながら体を洗う。
『わふっ!』
「......ん?」
『わふっわふっ!』
機嫌よく体を洗っていると、後方から鳴き声が聞こえた。思わず其方へと目線を向ける。
キラキラとした眼差しをハクへと向けながら尻尾を勢いよく揺らしていた。砂埃を巻き起こす程の回転だ。
明らかに求めている瞳。何をかと訊ねればハクが使っている洗剤だろう。この狼、中々に綺麗好きなようだ。もしくは唯の興味心。どちらにしろ洗って欲しそうに見つめてきていた。
ハクは考えた。水洗いだけであれ程のビフォーアフターを見せたセイの毛皮。洗剤を用いて洗ったならどうなるか。ついでにブラッシングをしたらどうなるか。想像を絶するモフモフとなるに違いない。
「......おいで」
『わふっ!』
ハクが手招きをするとセイは嬉しそうに近づいた。
それからセイを泡まみれとなるように洗った。足の爪先から尻尾の先まで。体の隅々を丁寧に洗った。その間、セイは気持ち良さそうに目を閉じ、ハクのされるがままになっていた。
最後に水で洗い流し、洗剤を無害な水に変質させて終了だ。
「......風よ」
『わふーっ』
ハクが魔法を使ってセイの毛皮を乾燥させる。やはり気持ち良さげに目を閉じ、リラックスしているセイ。至極幸せそうな顔をしている。
次いでハクは自身の乾燥を行う。長い髪も慣れた操作で水気を飛ばし、タオル要らずの乾燥を済ました。
「......むふーっ」
『わうっ?』
そして間を置かずハクはセイに抱き着いた。と言うより飛び込んだに近い。浮遊を駆使して体を持ち上げ、セイに飛び付いたのだ。
セイは一瞬慌てるも直ぐにハクを受け止める体勢になった。
「......ふぉぉぉっ......!」
セイの青い毛皮に包まれたハクは奇声を上げる。至福がこれでもかと詰め込まれた声だ。
それはハクの知らない世界だった。なんて柔らかく、ふさふさで、ふわふわなのか。嘗て作ったベッドよりも数倍心地好く眠れそうだ。
「......私......死ねる......」
『わふっ!?』
セイに身を預け、脱力したハクが呟いた。やりたい事や野望すら忘れられる幸福がそこにはあった。尋常ではない達成感に包まれていたのだ。
破顔させてセイにしがみつくハク。既に数分経っていると言うのに、全く動きを見せない。
その時、セイが尻尾を使ってハクの体を覆った。顔だけは出しているものの、その下を全て隠してしまう。
ハクがセイへと、どうしたのかと、そう訊ねようとした時だ。
「えっ!?」
「......ん......?」
小川を挟んだ対岸の叢が揺れ、その奥から1人の少年が姿を現した。
「......人だ」
ハクが望んでいた人がそこに居た。
彼はセイを見て顔を顰め、ハクに視線を移し目を丸めたかと思えば直ぐに顔を歪めた。その表情は憎しみに塗れているようにも見える。
(憎まれること、何かしたかな)
ハクはこてんと首を傾げた。
新キャラです。当初は女の子だったんですが、気付いたら性転換してました。




