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夢物語  作者: 倉野哲也
第一章 
1/1

そういえば、山に来たのは久しぶりだった

 

 僕はそれなりに稼ぎのある行商人の家に生まれた。父は、剣術に優れ大胆な性格の人間だった。自分ならば何でも成し遂げることが出来ると考えているような人だった。

 母は、誰の肩も持たない中立的な立場の人間だった。様々な角度から父の意見に修正案を打ち出し、意見の粗を綺麗に磨く役割を担っていた。相性がとてもよかった。

 両親が商談に出掛ける際は孤児院に預けられた。そこには母の知り合いが働いていた。

 僕が五歳くらいになる時、両親は死んだ。魔物に襲われたことが原因だった。僕は信じることが出来なかった。父は剣術の達人だし、そこには護衛も居たはずだったからだ。

 僕は部屋にこもって、泣き続けた。その日は食事も食べたいと思えなかった。

 いくらか月日が流れたころ、僕は庭に出た。その場所には、大きな木があって僕はよくそこに座って絵本を読んだ。

 僕が膝に頭を沈め泣いていると、綺麗な声が聞こえた。僕が驚かないように配慮された声だった。僕がその方向を見ると、綺麗な少女が立っていた。目鼻立ちが綺麗で、木の葉の隙間から漏れた小さな小石みたいな光が彼女の金髪に当たっていた。

 彼女は、僕を抱きしめた。彼女に抱きしめられている間だけは泣き止むことが出来た。気が付いたときには僕は眠っていて、彼女の姿は無かった。遠くで僕を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

 

 

 彼女は次の日にも姿を現した。彼女は、昨日とは違う薄い緑色のワンピースを纏っていた。彼女は、涙が止まった僕を見て嬉しそうに笑った。

 「涙が止まってくれ嬉しいよ」と彼女は言った。

 「君のおかげだよ。ありがとう」と僕は言った。

 彼女は何があったか僕に聞かなかった。彼女の配慮に僕は嬉しくなった。

 彼女は姿を見られることを極端に嫌がった。だから、僕を呼ぶ声が聞こえるとすぐに姿を消した。

 彼女の肩まで伸びた綺麗な金髪が、地面をけると同時にあらゆる方向になびいた。

 翌日、彼女はいつもより早い時間に僕の元に訪れた。彼女は一冊の本を僕に手渡した。その日僕は彼女を部屋に案内した。彼女はそれを望んだ。絵本より面白いか分からないけどと彼女は言った。

 「君がくれた物だ。面白いに決まっているよ」と僕は笑みを浮かべて言った。

 彼女は、僕の部屋を隅々まで眺めていた。

 「こういう、部屋の方が私は落ち着くんだ」と彼女は言った。

 彼女は、何も置かれていない小さな本棚を指でなぞると、ベッドに腰を降ろしていた。

 「どういう、絵本を読んでるの?」と彼女は僕に尋ねた。

 「英雄伝のようなものだよ。僕はそれが気に入っている」と僕は答えた。

 「そうなんだ」と彼女は言った。

 彼女は僕に自分の事を詳細に話そうとしなかった。それを恐れているように見えた。

 彼女は、僕に別れた告げると足早に帰って行った。そろそろ、皆が活動を始める時間だった。

 僕は新しい友人の誕生に心躍った。それに、彼女は僕を救ってくれた大事な人でもある。その日の昼僕は本を開いて、読み進めてみた。最近発見した面白い小説だと彼女は語った。

 結論から話すと僕は数ページ読んだだけで、頭が痛くなって、気が付いたら眠っていて、夕食の時間になっていた。

 

 

 

 翌日、彼女はいつも通りの時間に姿を現した。

 「読んでくれた?」と彼女は僕に尋ねた。

 「読んだよ。だけど、少し読んだだけで頭が痛くなってしまって」と僕は正直に話した。

 「初めは誰でもそうだよ」と彼女は言った。何かを思い出すように左上を見つめた。「私も少しぐらいしか読めなかった」

 意外だと僕は思った。彼女だったら、軽く読み終えてしまったと思っていたのだ。

 彼女は、散った木の葉を手で掴んだ。長い間、僕達は何も話さなかった。

 「ねえ」と彼女は、小さい声で言った。

 「海に行ったことはある?」

 「無いよ。一度も。僕の自我がないときに、一度ぐらい行ったことがあるのかもしれないけど」

 「君の記憶に残っていることが重要なの」

 「そうだね。思い返しても、海に行った記憶は無いね」

 「私と、海に行かない?」彼女は恐る恐るそう言った。

 「いいよ。楽しそうだ」

 「本当に?」彼女は信じられないように言った。

 「本当だよ」

 僕は海に佇む彼女の姿を想像した。海の浅瀬で足首までが水に浸かり、彼女はこちらを微笑んで見つめている。綺麗な金髪は太陽に照らされて、丁寧に磨かれ照明を当てられた金貨のように輝いている。頬を伝う汗と水までも輝いている。

 僕は、彼女が自分の事をすぐに忘れてしまうと考えていた。彼女はこれから、沢山の男性と顔を合わせることになる。僕はどこかで彼女のリストから突然追い出され、彼女の記憶の中から消去されてしまう。

 「だけど、それは叶わないと思う。君はすぐに僕の事を忘れてしまうと思う」

 「そんなこと無い」彼女は大袈裟だと思うほど、それを否定した。

 「大人になってお金も稼げるようになったら、私はまたここに来るから。その日になったらね。だから、待っていてよ」

 僕は彼女がそう話しても信じることが出来なかった。彼女がその年齢になった頃には、僕のことを覚えていないだろうし、僕も忘れていると思う。自然な流れだと思う。朝になると鳥が鳴くのと同じように。自然にこの関係は消滅してしまうと思う。

 「待っているよ。その頃には僕も違うところに住んでいると思うけど」

 そうに違いないわねと彼女は笑って言った。


 

 

 

 僕はまだ、太陽が姿を見せていない時間に起きると、体と顔を拭いて剣を振った。剣を買ってから欠かさず毎日こなしている。一通り終えると、僕は体を拭いた。寝る前に汲んでおいた水だから、既に冷たさを失っていた。

 僕は、バケツの水を捨てるとまたバケツに冷たい水を汲んだ。そして、防具と盾と剣を固定した後、僕は馬車に乗り込んだ。今日は世話になっている雑貨屋の店主から、ポーションの材料に必要な花──彼の話では──痛みと疲労を和らげるポーションとやらに必要になるそうだ。馬車は東へ進んだ。

 

 

 

 馬車は、山を走っていた。幅が狭い道で馬車と馬車がギリギリ通ることが出来そうなくらいの広さしか無かった。道が平坦になるように、山に沿うように道が引かれていた。だから、必然的にカーブが多くなっていた。山の山頂付近には雪がまだ残り、針葉樹が様々な傾斜に広がっていた。自分が好む場所を選んだように間隔が空いていた。

 僕は御者の記憶を頼りに、花を探していた。「青色の花を咲かせるのが特徴的だから、すぐ見つかると思うぞ」と彼は言った。彼が話していたことと目の前で起きていることは整合性がとれていなかった。

 僕は決心して馬車を降りて、登ることが出来る傾斜まで登って探していた。それでも、一つも見つからなかった。まだ花は咲いていないのかもしれない。彼は、まだ咲いていないのにも関わらず、僕に依頼を頼んだのかもしれない。

 一個目が見つかったのは、御者が僕に知らせてくれた時だった。もう、結構な時間が過ぎた頃で僕はもう諦めかけていた。僕はナイフを使い、見えている部分を全て切り取った。どの部位を持ち帰ってくれと、聞いていなかったからだ。後で、クレームを付けられないように全て持って帰ることにした。

 「いやー、全く見つかりませんね」と御者は尋ねた。三十になったばかりの男だった。

 「そうですね」と僕は答えた。

 まあいいや。山に来たのは久しぶりだったからな。僕は、大きく息を吸い込んだ。

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