クリスマスSS 野人転生IF クラスで一番可愛い女子と、クリスマスにデートすることになった件について
吐き出される白い息を眺めながら、落ち着かない心を持て余していた。
どこかの店から流れてくるクリスマスソングが、街頭に響いている。
ラスト・クリ◯マスか……。
確かに名曲だけど、振られた気持ちを引きずる男の歌なんて縁起が悪い。
歌のような結末にならないよう、頑張らなければいけない。
初デートがクリスマス。今世で童貞心を取り戻した僕にはハードルが高い。
待ち合わせ場所から少し離れたクリスマスツリーには、ホログラム映像の幻想的な景色が映し出されている。
それをうっとりと眺めるカップルたち。
来年も、彼女と一緒にあの景色を眺められたらいいな。
正式に付き合ってもいないのに、そんな妄想を抱いてしまう。
期待と不安で胸が張り裂けそうだ。
こんなにも強く気持ちを動かされたのはいつ以来だろうか? 前世の年齢を足せば今年で50歳。
徐々に感性も薄れ、大きな感情の動きは少なくなっていた。
もっとも、性欲だけは肉体年齢に引っ張られて旺盛だ。
うまくいけば、今夜彼女と……。
だめだ。こんなゲスな妄想は良くない。僕は心の中で高槻さんに謝罪する。
彼女は、こんなゲスな妄想で汚していい子ではない。
高槻鈴音さん。僕が今日、デートする相手だ。
綺麗な長い髪。前髪は一直線に切られていて、少し眉が隠れるぐらい。
アニメキャラのような髪型も、まったく違和感がない整った顔。
今、夜空を白く染めている雪よりも白い肌。
そんな、現実離れした美少女である高槻さん。
幼少期からチヤホヤされていたはずなのに、その性格にはまったく嫌味がない。
その儚げな外見とは裏腹に、彼女はとても活発で明るい。
男だけではなく、クラスの女子からも好かれている。
前世の記憶がある僕は、精神年齢がクラスメイトより高い。そのため、みんなのノリについていけず少し浮いている。
高槻さんは、そんな僕に声をかけてクラスの輪に入れてくれる。
なにか裏があるのでは? そう疑ったこともあるが、平凡なフツメンである僕を利用しても利点は薄いだろう。
転生した世界は、微妙に歴史が変わっていて前世の知識は通用しなかった。
平行世界というやつだろうか? そのおかげで、競馬や株で大儲けすることはできなかった。
前世の記憶も、他の人より少しだけスタートが有利なことと、武道や格闘技の記憶がいざというとき護身に使えるぐらいだ。
最初はがっかりしたが、普通の人に比べたら有利なことは変わらない。
それからは、普通に一般人として生活してきた。
武道や格闘技は道場には通っていないが、前世の記憶を元に鍛錬を続けている。
それ以外は、多少成績がいいぐらいの一般人だ。
そんな僕が、高槻さんからクリスマスに誘われるなんて……。
なにかの罰ゲームだったり、遠くから仲間たちと笑いものにしたりするのだろうか? そんな不安が頭を過る。
いや、高槻さんはそんなことしないはずだ。頭の中で、期待と不安がぐるぐる駆け巡る。
待ち合わせ場所に着いてからずっと、こんな感じで落ち着かない。流石に一時間前は早すぎた。
遅刻するぐらいなら、早すぎた方がいい。そんな風に考えていたが、待っている時間がとてつもなく長く感じる。
腕時計を確認すると、待ち合わせの15分前だった。
「ごめんね、おまたせ」
彼女の名前と同じ、鈴を鳴らしたような美しい声が僕の鼓膜を震わせる。
「今きたところだよ」
僕は緊張に震える声でなんとか答える。
「髪と肩に雪が積もってるよ」
彼女はそう言うと、僕の頭と肩の雪を払ってくれた。
「寒かったでしょ、温かいものでも飲みに行こうよ」
彼女は僕の手を掴むと、近くにあったカフェへと歩きだした。
こんなん! 惚れてまうやろおおおおおお!!
高槻さんとのデートはとても楽しかった。
カフェで他愛もない話をした。二人でクリスマスツリーを眺めた。クリスマスプレゼントとして、お互い服を贈りあった。
僕には服をコーディネートするセンスがなかった。
ただ、高槻さんを注意深く観察して反応を確認。全神経を注いで彼女の反応に集中した。中国拳法で聴勁と呼ばれている技術だ。
その結果、なんとか及第点をもらえる服を選ぶことができた。
楽しい時間は過ぎて行き、周囲の店が閉まる時間になった。
デートも終わりかな。とても楽しい時間だった。だから、終わりの時間がとても寂しく感じてしまう。
ずっと、このまま一緒にいたいな。そんな気持ちを抱えたまま、高槻さんに送るよと声を掛けた。
高槻さんと一緒に歩いていくと、高槻さんはホテルの前で足を止めた。
混乱する僕に、高槻さんは顔を近付け耳元で言った。
「部屋を取っているの」
そう言われた瞬間、僕は頭が真っ白になった。気が付くと、彼女とホテルの一室に入っていた。
高校生には分不相応な、高級ホテルのスイートルーム。
どこか現実感のないふわふわとした気持ちが、僕から思考力を奪っていた。
「誰にでもこんなことする訳じゃないからね。野崎くんだからだよ」
彼女は頬を赤く染め、瞳を潤ませながら言った。
その言葉を聞いた僕は、理性が吹き飛び彼女に襲いかかろうとした。
「待って! 慌てないで。シャワーを浴びてきて」
そう言っておあずけを食らった僕は、カクカクと壊れたおもちゃのように頭を縦に降るとバスルームへと向かった。
服を脱ぎ、全裸になった僕はシャワーを浴びる。熱に浮かされながら念入りに体を洗う。
体を洗い終えると丁寧に体を拭き、バスルームに置いてあった高級そうなバスローブに身を包んだ。
シルクで作られたバスローブのなめらかな肌触りが、女性の肌を連想させ僕の欲望を刺激した。
胸から心臓が飛び出るんじゃないかと思うほど、ドクンドクンと心臓が高鳴る。緊張で喉がカラカラだ。僕はゴクリと唾を飲み込むと、バスルームの扉を開けた。
扉を開けると、高槻さんが拳銃を構えていた。
え、ドッキリ? それとも、高度なプレイ? 僕は混乱してしまう。
「動かないで」
高槻さんの声から冷たい言葉が発せられる。さっきまでの高槻さんとはまるで別人のようだった。
僕はとりあえず、両手を上げる。
「あの……高槻さん。これは……いったい……」
「貴方、何者?」
言っている意味がわからない。
「えっと……そういうプレイじゃないよね?」
高槻さんが銃を構える姿は堂に入っている。ウィーバースタンスではなく、アイソセレススタンスというところがガチ感を感じさせる。
「答えて! 貴方は奴らの仲間なの?」
「奴ら? 何を言っているのかわからないよ!」
「そう……」
高槻さんが銃口を太腿に向ける。まさか、本気じゃないよね?
ドッキリかなにかで、僕がビビった後にオラオラ系の男やギャルが入ってきて大爆笑。とかならまだいい。
いや、よくはないけどまだマシだ。
彼女がイメージプレイガチ勢で、そういうシチュエーションが好きなら我慢して付き合おう。
でも、彼女の身にまとっている空気がヤバい。限りなくゼロに近い可能性だけど、何かヤバいことに巻き込まれた可能性がある。
拳銃がグロック17だからプラスチックパーツが多くて、エアガンか本物か区別がつかない。
サプレッサーもなしに実銃をぶっ放すだろうか? でも、この部屋に誘い込まれた。広くて防音性が高そうだ。
発砲音で通報される可能性は低いかもしれない。
距離を詰めて拳銃を奪うとしても、高槻さんとの距離が7、8メートルはある。接近されるまでに3発は発射できるだろう。
あれが本物なら、十分に僕を殺せるはずだ。
映画のように「安全装置が外れていないぜ!」なんてブラフをかまそうにも、グロックは安全装置がトリガーセーフティだから通用しない。
ウィーバースタンスなら右肘の外側方向に移動すれば、関節の可動域の問題で狙いにくくなる。
しかし、高槻さんは左右の動きに強いアイソセレススタンスで構えている。横に飛びながら距離を詰めるといった動きも通用しなさそうだ。
もっとも、ネットで見た知識を元にしているから、実際想定通り動ける保証もないんだけどね。
僕は現実逃避まじりに、そんなことを考えていた。
高槻さんがトリガーに指を掛け引き絞ろうとした、そのときだった。突然、ホテルのガラスが割れた。
何だ? ッ! ガラスの後ろの壁に穴が空いている。銃撃、マジかよ。
高槻さんの方に目線を戻すと、彼女はいつの間にかソファーの後ろに隠れていた。
ぼうっとしている場合じゃない。僕は慌ててバスルームに逃げ込む。扉を締め、混乱する頭を落ち着かせようと深呼吸を。
ドン! という爆発音が響き、何か争う音が聞こえる。
壁を爆破して侵入してきた? 何が起きているんだ? くそ、わけがわからない。大掛かりなドッキリでありますように。
僕は祈るような気持ちで、バスルームの隅で膝を抱えていた。
どのくらいの時間が経っただろうか? そんなに長くはないはずだ。いつの間にか静かになっていた。
僕は恐る恐る扉を開ける。
扉を開けた瞬間、ドッキリ大成功という看板をもったテレビ局の人が立っているに違いない。
きっとそうさ。こんなの現実なはずがない。
扉を開けた僕の目に飛び込んできたのは、特殊部隊のような格好をした男たちの死体。それと、馬乗りになられてナイフを突き刺されそうな高槻さんの姿だった。
一瞬頭の中が真っ白になりかけるが、固まっている場合じゃない。
僕は床に落ちている拳銃を見つける。あれは、高槻さんが持っていたグロック。
僕は慌ててグロックを掴むと、映画を真似て構える。
僕の動きに気付いた、高槻さんにナイフを刺そうとしていた男がこちらを向いた。
狙うなら、アーマーを着ている胴体ではなく頭だ。僕は銃口を男の額に向ける。
バラクラバの隙間からでている血走った目が、僕の顔をまっすぐ見つめていた。一瞬、恐怖に飲まれかけた。
しかし、僕は自分でも驚くほど冷静に引き金を絞った。
ビギナーズラックとでも言うのだろうか? 僕の放った弾丸は男の額を一発で撃ち抜いた。
驚いた顔をしている高槻さんを尻目に、僕は窓からの狙撃を警戒して遮蔽物に隠れながら近付く。
そして、動かなくなった男の頭部に念の為もう一発銃弾をお見舞いした。
「高槻さん、大丈夫?」
「えぇ、貴方のおかげで助かったわ」
高槻さんの口調がいつもと違う。こちらが『素』なのだろうか?
僕は拳銃をくるりと反転させると、高槻さんに差し出した。
「貴方、奴らの仲間じゃなかったのね。完全に信用したわけじゃないけど、とりあえず今は共闘しましょう」
高槻さんは拳銃を受け取りながら言った。
「はぁ、なんでこんなことに。僕はただの一般人なのに……」
「あの距離で額を一発で撃ち抜ける一般人なんていないわよ。戦闘中も冷静だった。もう演技は止めたら?」
「本当に僕は一般人なんだよ。銃だって初めて撃ったし、さっきのは無我夢中で……。僕には何がなんだか分からないよ!」
僕は頭を掻きむしると、思わず高槻さんを睨んでしまう。
「貴方、本当に一般人なの?」
「本当だって。あぁ、なんでこんなことに……」
「貴方、まだ覚醒していないのね。いえ、覚醒しかかっているか……」
「覚醒?」
高槻さんは何のことを言っているのだろう?
「野崎くん、一緒に来て」
「え?」
「私と一緒にきなさい。まだ死にたくはないでしょう?」
高槻さんはそう言うと、死体からMP5とマガジンを回収した。
そして、さっき高槻さんに返したグロックを僕に差し出してくる。
「ここはまだ安全とは言えないわ。死にたくなかったら、自分の身は自分で守りなさい」
僕は拳銃を受け取ると、高槻さんの後を追った。
今の僕は多分、毎回クリスマスにひどい目に遭うM字ハゲのニューヨーク市警察の刑事よりひどい目に遭っている。
僕はただ、クラスで一番可愛い女子と、クリスマスにデートすることになっただけなのに……。
俺は素早く起き上がると、ウィーバースタンスで拳銃を構え周囲を見渡した。
ってあれ? 拳銃を持っていない。高槻さんもいないし、周囲の景色も変わっている。
あぁ、夢か。
いつのも見慣れたホテルの部屋を見て、自分が寝ぼけていたことを理解した。ベッドでは、緊急事態だと思ったパピーが尻尾をピーンと立てて警戒している。
俺は回路を通じて、寝ぼけていたすまないとパピーに送った。
俺が無事ならそれでいいよ。そんな優しい気持ちが帰ってきて、ほっこりする。
俺はありがとうの気持ちをこめ、パピーを撫で回した。
最初はワシャワシャと撫でていたが、毛並みに沿って優しく撫でていると、パピーがうつらうつらしだした。
おやすみパピー。俺はパピーを寝かしつけると、ベッドサイドに会った水差しから水を汲む。
喉を潤しながら、見た夢について考えた。
なかなかスリリングな夢だった。それにしても、高槻さんは美人だったな。夢の中でも、あんな美人とデートして握手までできるなんて、俺は幸せもんだよ。
ハッ! 俺は股間に手を当てるが、幸い夢精はしていなかった。いくら寝ぼけていたとはいえ、下着が濡れていればすぐ気付くか。
しかし、異世界でも童貞。夢の中でも童貞か。まったく切ないねぇ。
こちらにクリスマスのようなイベントはない。夢の中の自分が少しだけ羨ましかった。
もう一生、そういうキラキラしたイベントとは縁がないかもしれないな。夢の中とはいえ、やたら現実感があった。
パラレルワールドか何かで、あの二人が実在していたら楽しいのに。そんな妄想をしていたが、眠気がぶり返してきた。
さて、俺も寝ることにしょう。
ベッドに入り、夢の中の野人と高槻さんに向けて言った。
メリークリスマス。