野人転生IF『野人VSエステバン』
小倉ひろあき様の作品。好色冒険者エステバンとのコラボ作品です。
好色冒険者エステバンの方でも、野人が登場します。興味のある方は読んで頂けると幸いです。
野人がめちゃくちゃにされています。
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森の中をパピーと移動していると、気配察知に反応があった。気配はふたつ、いやみっつか。ひとつの反応がとても小さい。今まで感じたことのない気配だ。
用心のために接触を避けようとしたが、相手がこちらに向かってくる。俺は警戒レベルを引き上げ、神経を研ぎ澄ます。
ガサガサと草をかき分け姿を表したのは、女性のエルフだった。
エッエルフ! ファンタジーの代名詞じゃねぇか! 衝撃を受けた俺が固まっていると、エルフはシュッと手を伸ばし、パピーを捕まえた。
「エステバン! この子かわいいぞ!!」
早い! エルフを見た衝撃で反応が遅れてしまった。
パピーは反応しなかった。害意を感じなかったのかもしれない。傷付けるつもりはないのだろう。
「シェイラ、勝手に捕まえたらダメじゃないか」
ガサガサと草をかき分けながら、筋肉ムキムキの男が出てくる。こんなにマッチョな人間はゴンズ以来だ。筋肉量だけならゴンズ以上かもしれない。
「ねーねー、シェイラ。あたしもその子なでていい?」
小人!! エルフよりファンタジーっぽいの出てきた!!! ムキムキ男の胸ポケットから、かわいらしい小人の女性が顔を出していた。
今まで見たことのない、ファンタジー世界の住人を見てしまった。
「なぁ、アンタ。あの子狼はアンタのペットか?」
俺が衝撃で固まっていると、ムキムキの男が話しかけてきた。
「ペットじゃなくて、俺の大事な相棒だ」
「そうか……」
なんかリアクションが薄いな。くそ、こいつイケメンじゃねぇか。リア充オーラ振りまきやがって、気に入らねぇ。
美人エルフとかわいい小人を連れたマッチョなイケメン。しかも、俺の大事な相棒をペット呼ばわりしやがって、まったくもって気に入らねぇ。
「そう睨むなって。敵対するつもりはないんだ。シェイラとレーレが満足するまで、あの子狼をなでさせてやってくれないか?」
「オレの相棒、パピーは賢い。パピーに聞いてくれ。もっとも抵抗しないところを見ると、受け入れているようだ」
回路からも、不快な感情は伝わってこない。なでられて嬉しそうだ。パピーが喜んでいるので、俺も嬉しい。少し嫉妬してしまったが。
このムキムキ男も、外見の割には理知的なようだ。少し態度が気に入らないが、嫉妬からくる悪感情なんだろう。
「なぁ、アンタ。性癖は人それぞれだけど、子供は良くないぞ。狼とはいえ、子供は良くない」
はぁ? 何いってんだコイツ。突然の台詞に理解が追いつかなかったが、意味を理解した。
「相棒ってそういう意味じゃねぇよ!」
「わかった、わかった。性癖は人それぞれだけど、大人になるまで待ったほうがいいぞ」
コイツ全然人の話を聞かねぇ! ちょっと『いいやつかも』なんて思った俺が馬鹿だった。
「レーレだって小さく見えるが大人だからな。やっぱり子供はいかんよ」
こいつ、あの小人とやってんのかよ。ガチの変態じゃねぇか! 筋肉ムキムキの変態とか言葉の響きがヤバすぎて笑えねぇよ。
「お前も欲望に負けず、狼が成長するまで待ってやれ」
なにいい笑顔で俺の肩に手を置いてんだよ。
「さすがに獣とやったことはないな。頑張ればいけるか? ブツブツ」
なんかとんでもねぇこといい出したぞコイツ。パピーのことも性的な目で見てるんじゃねぇだろうな。
俺がジトーっとした目で男を見ていると、男が言った。
「おい、俺にそっちの気はねぇぞ」
「ちげぇよ、睨んでんだよ!」
わざとやってるのか? 狙ってやっているなら煽りスキル高すぎんぞ。
「パピーは大事な相棒だけど、そういう意味じゃねぇし、俺は男性に性的興奮を覚える嗜好はねぇんだよ」
「うんうん、認め辛いよな」
なに、俺は全部わかってるからなって顔してんだよ。あーむかつく。コイツ嫌いだわ。
「いい加減にしろよ、このハゲ!」
イラッとした俺が言ったハゲという言葉。男は別にハゲているわけじゃない。何気なく発しただけだった。
「誰がハゲだ! ふさふさだろうが!」
「いいや、ハゲだね。生え際が怪しい。それに、ムキムキだから男性ホルモンが多いはずだ。将来的にもハゲるね。っていうかもうハゲだね」
ハゲが男の怒りスイッチだったのか、怒り出した。俺もイライラしていたので、ついつい小学生みたいな煽り方をしてしまった。
自分もM字ハゲが進行しているのに、相手をハゲいじりしてしまった。
特大のブーメランが突き刺さりながら相手を罵倒していると、キレた男が殴りかかってきた。
冒険者は短気な者が多い。殴り合いなんてちょっとしたコミュニケーションみたいなものだ。
俺は外見から差別されているので、殺し合いに発展することが多い。普通の冒険者たちは、殴り合っても次の日には普通に話していたりする。
この男もそんな感覚で殴りかかってきたと思う。だけど、体がつい反応してしまった。
大振りの右ストレートをインサイドに入りながらかわす。鼻にジャブを入れ、動きを止める。ジャブを打った左腕を引き戻しながら、すれ違うように右ストレートを顎に打ち込んだ。
所謂ワンツーと呼ばれるコンビネーションだ。
完璧に顎にヒットしたが、男は倒れなかった。太い首の筋肉が衝撃を吸収したのかもしれない。
やっちまった。男はじゃれ合いのつもりだったのに、俺は本気で攻撃してしまった。男は鼻血を流しながら俺を睨む。
あきらかに空気が変わった。
お互い武器は抜いていない。殺し合いとまでは行かないが、じゃれ合いの空気でもない。まずいことになった。
素手での殴り合いで負けるつもりはないが、男の筋肉は見せかけだけではないようだ。完璧に顎を捕らえた右ストレートで揺るぎもしない。
眼球や睾丸などの重要器官を破壊せず制圧するのは難易度が高い。締め落とすしかないか。俺がファイトプランを練っていると男が飛び込んでくる。
右手を振りかぶり、突っ込んでくる。パンチングマシーンのスコア狙いかよ。フィジカルは凄いが技術はないらしい。
俺はさっきと同じように、インサイドに攻撃をかわした。すると男は突っ込んできた勢いそのままに、俺に体当たりをかます。
パンチは釣り餌か! 見事に引っかかっちまった。
パンチの空振りした後の不安定な体勢だったため、威力はあまりなかった。ただ、体勢を崩されてしまう。
体勢が崩れたところを攻撃されると、衝撃を逃しきれないかもしれない。
崩れた体勢で強烈な打撃を受け流す。そのことに集中していると、俺の意識の隙間を縫うように手が伸びてきた。
スピードはあまりなく、ヌルっと意識の隙間を縫うように、男は俺の胸ぐらをつかんだ。
やられた! 打撃を警戒している、意識の隙を突く動き。
早い動きだと、想定外の動きでも反応できる。だが、ギリギリ体が反応しない、微妙な速度で手が伸びてきた。
武術の達人が繰り出す、早くもない攻撃を何故か避けられない。そういうたぐいの技術だ。天性のセンスと積み重ねられた経験が必要な技。
何気ない動きひとつに、エステバンと呼ばれた男の凄みが滲み出ていた。
俺は焦りながら、胸ぐらを掴んでいる腕に関節技をしかけようとする。しかし、ものすごい力で強引に引き寄せられた。
次の瞬間、ゴンという鈍い音と共に、視界に火花が散った。 頭突き! なんて威力だ。一撃で効かされてしまった。
胸ぐらを掴まれ、釣り上げられているので踏ん張りが効かない。関節技を掛ける隙もない。
男は慌てる様子もなく、静かに俺を観察した。そして、もう一度頭突きを繰り出そうとする。
俺は男の左足に右足を足払いのように当てる。だが、姿勢を崩していないので、効果はでない。男は、少しだけ動きを止めた。
ほんの一瞬。足払いを当てた瞬間の僅かな隙。その隙を突くように、俺は動いた。
胸ぐらを掴まれたまま、左手で相手の奥襟を掴む。そして、足払いのときに、相手の左足に当てた右足を支点に、斜め後ろに引き抜くように、後ろに倒れながら奥襟を引っ張った。
体重だけだと、この男は投げれない。右足を相手の足に当てて、支点にする。さらに、奥襟を背筋力を使って引っこ抜くように持ち上げる。
自重、テコの原理、筋力。その総てをつぎ込み、男をぶっこ抜いた。
俺に引っ張られるように倒れる男の腰に左足を当て、変則の巴投げのように蹴り飛ばす。しかし、男は胸ぐらを掴んだまま離さない。
俺は自分の投げの勢いに巻き込まれるように、男と一緒に後方へと転がった。後方には坂があり、お互い掴み合いながら坂を転がり落ちていく。
坂を転がり落ちた後、意図せず俺はマウントポジションを取っていた。左手で顔面を殴るふりをして、右手の親指を相手の眼球に押し込もうとする。
だが、男は俺の右腕を掴む。なんて力だ。眼球まであと少しだが、掴まれてから一ミリも動かない。それどころか、右手の骨がキシミを上げている。
俺は掴まれている腕を回しながら、相手の親指に圧を掛け抜き取る。その隙を突き、男が下から俺を蹴り飛ばそうとした。
俺は後ろに飛び、蹴りをかわす。
お互いの距離が空くと、俺はふぅーと息を吐いた。集中力は切らさない。ただ、一呼吸間を置きたかった。
強い。技術に粗はあるが、肉体が強い。生きる力が強い。生き物として強い。こういうタイプは苦手だ。
何より厄介なことに、この男は関節技を知っている。そういう技があると意識しているだけで、技は掛けづらくなる。
ましてや、このフィジカル差だ。
だめだ、弱気になるな。怯える心を蹴り飛ばし、冷静に相手を見る。打撃は効きづらい、だけど打撃の技術は俺のほうが上だ。そこに活路を見出す。
ジリッジリッと距離を詰める。リーチは相手の方が長い。遠くから飛び込めばわからないが、隙が多い。相手がその隙を見逃すとは思えない。
男の間合いに入ると、男は右ストレートを繰り出してきた。最初のパンチに比べると、ずいぶんとシャープな軌道だった。
だが、この程度なら簡単にさばける。
俺は最初と同じように、インサイドに入りながら攻撃をかわす。この右ストレートは餌だった。
男は右ストレートを空振りすると同時に、右膝を抱え込むように上げ、グンと腰を入れ横蹴りを出す。
近い間合いでの蹴り技。確かに意表は突かれたが、重心から右ストレートがフェイントなのは分かっていた。今度はそっちが釣り餌に引っかかったな。
横蹴りをかわすと同時に、膝を真っすぐ上げ、脹脛の筋肉を使いスパンと蹴り上げる。足の甲が男の睾丸を跳ね上げるようにヒットした。
硬てぇ、股間が鉄でできているのか? 予想外の硬度に、追撃を止めて距離を取る。もしかしたら股間に防具を仕込んでいたのかもしれない。
だとしたら、ダメージが少ない可能性がある。追撃は危険だった。
男は顔をしかめ、少し前屈みになった。しかし、目は死んでおらず、強い意志を感じさせる。
「男にここを責められる趣味はない」
男はそうつぶやくと、腰の剣を抜いた。
金色に輝く、刃渡り50センチほどの剣。何故だかわからないが、危険だと感じた。あの剣はやばい。
俺の本能が警報を発していると、男が斬り掛かってくる。
俺は黒鋼のナイフを素早く抜き取ると、角度を付けたナイフで受け流す。ギャリィンと金属がぶつかりながら擦れ合う音が響いた。
受け流しで、ほんの少しだけ男が体勢を崩すが、攻撃を仕掛けるほどの隙ではない。俺はバックステップで距離を取る。
受け流した右手が衝撃で痺れている。
相手の力が強いのもあるが、受け損ねた。驚くことに、相手の男は攻撃のとき、スキルを使用していなかった。
スキルを使用した機械のように正確な太刀筋ではなく、荒々しくも実戦慣れした生きた斬撃だった。
スキルによって放たれた、機械のように正確な太刀筋じゃない。完璧に受け流すのが困難だ。
さらに、男の持っている剣がやばい。少し受け損ねただけなのに、黒鋼のナイフが欠けている。まともに受け止めれば、ナイフごと斬られてしまうかもしれない。
あれが、うわさに聞くミスリルか? だが、色が違う。金色はオリハルコンを連想させるが、まさか……。
とにかく不味い。完璧に受け流せない以上、相手の斬撃を受けるのは危険だ。かと言ってリーチ差があるため、こちらから仕掛けるのは難しい。
いっそ逃げるか? しかし、パピーが男の仲間と共にいる。仲良さげにはしていたが、俺と男が敵対した後だと、どうなるかわからない。
俺が動揺を隠せずにいると、気配察知から男の仲間とパピーが近付いて来るのがわかった。万事休すか……。
追い詰められた状況の中、打開策を懸命に探していると、男の仲間とパピーがやってきた。
「こらーエステバン。喧嘩しちゃダメでしょ!」
「わんわん!」
回路からパピーの怒りが伝わってくる。ヤジン、喧嘩しちゃダメだよとパピーが伝えてきた。
「男の子なんだから、殴り合いぐらいはいいけど、武器はダメだよ!」
「わんわん!」
エステバンと呼ばれていた男は、小人の女性に怒られていた。パピーはエルフの女性に抱かれながら、俺を叱っている。
「でもなぁ、コイツ俺の股間を蹴ったんだぜ」
「その男が俺を挑発してきたんだ」
俺とエステバンが同時に口答えをする。
「エステバン、悪い子は小人攻めだよ! 白髪になるまでゆるさないからね」
「がふぅ!」
「「ひぃ」」
小人攻めと聞いたエステバンは、肩をすくめて怯えていた。だが、その瞳には微かに期待の色が込められていた。
こいつやっぱり変態だ……。
エステバンに呆れながら、俺はパピーに叱られていた。
パピーがあんなに太い声を出したのは初めてだ。怒られている恐怖というより、パピーに嫌われる恐怖で俺はすっかり意気消沈してしまった。
お互い、戦い続けるようなテンションじゃない。
その後、俺とエステバンはお互いに謝罪し、肩を組みながら仲良しアピールをした。女性陣の怒りが収まる頃には、エステバンとの変な連帯感が生まれていた。
河原で殴り合って、その後親友。みたいな話は信じられないが、命懸けで戦ったエステバンには不思議な縁を感じていた。
戦いの理由が、くだらない口喧嘩から発展したからだとおもう。その後、和解も出来た。今までは殺伐とした殺し合いばかりしていた。
久しぶりに、日本で試合をした後のような爽やかな気持ちになれた。
合同で昼食を取り、雑談の中でエステバンたちが森に入った理由を聞いた。
なんでも、アレがデカすぎて恋人のエルフに入らないらしい。この森の植物から、ローション的な潤滑剤が手に入ると聞いてやってきたといっていた。
ジェラシーで血涙が流れそうになったが、やりたくても出来ないというのも、なかなか辛いらしい。
俺は、ギルドに依頼された植物を採取しに来ていた。お互い植物採取だが、ターゲットは違うらしい。
食事を終え、お互いのターゲットに向かう。
わずかな時間だったが、女性陣(パピーは雌)はすっかり打ち解けており、別れを寂しがっていた。
町から町へと移動する冒険者に別れは付き物。俺はまだまだ冒険者歴は浅いが、別れには慣れた。
改めてエステバンと握手をして、短い別れを済ます。
「この森は迷いの森と呼ばれている。ベテランでも行方不明になる危険な森だ。忽然と人が消えるため、異世界とつながっている。そんな伝承もある。エステバン、気を付けてな」
「森はまかせろ! 私は森の狩人だからな!」
シェイラと呼ばれていた女性のエルフが意気揚々と声を上げた。
「ヤジン、お前も気を付けろよ」
エステバンがそう言うと、パピーが一声鳴いた。
「パピーの鼻は優秀だ。匂いをたどっていけば、帰り道を迷うことはないさ」
お互い、頼りになる相棒がいるな。俺たちはそう言って笑い合った。
別れ際に、レーレと呼ばれていた小人がぽそっと言った。
「ヤジンにも小人攻めしてみたかったな」
その瞬間、謎の戦慄が背中を突き抜けた。別れは寂しいが、深みにはまらなくて良かった。小人攻めが何かはわからないが、なぜかそう思った。
楽しい出会いだったが、依頼はまだ完了していない。俺は気を引き締め直し、森の奥へと歩き出した。
小倉ひろあき先生の著書。リオンクール戦記1・2巻が好評発売中です。
好色冒険者エステバンとは違う、ハードな中世戦記物となっています。
野人転生と同じようなハードな世界観なので、興味のある方はチェックしてみてください。