100話記念SS 野人転生IF『七つの死に至る罪』
皆様のおかげで100話目を投稿することができました。
感謝の意を込めSSを投稿します。
野人転生本編とは無関係です。
野人が、別の世界に転生していたらというIFをお楽しみください。
俺が展開した多重魔法防壁は、6枚のうち5枚を砕かれ、最後の魔法防壁もヒビだらけになっていた。
何時砕けてもおかしくない、ヒビだらけの魔法防壁。残された最後の魔法防壁に、過剰とも思える攻撃が加えられる。
最後まで耐えていた魔法防壁が、ついに砕け散った。残された防御は、自身を包むように展開されている薄い結界のみになっていた。
勝利を確信した相手が、剣を抜き近付いてくる。
あと少し、あと少しなんだ。俺は焦る気持ちを抑え、深域にアクセスする。自身の肉体を媒介に、魔法領域へ封じた存在に干渉するためだ。
男が勝利の笑みを浮かべ、剣を構えた。微かに見えた動きは、突きの動きだった。
パリーン。ガラスを割ったような、澄んだ音が鳴り響いた。
「お兄様!」
異空間に少女の悲鳴にも似た叫び声が響く。
ポタリ、ポタリ、と赤い血が流れ地面に吸い込まれていく。
危なかった、なんとか間に合った。俺は刃を掴み、眼球に突き刺さるギリギリのところで止めていた。
俺は右手に宿った憤怒の力を使い、剣を握り砕く。砕かれた剣の破片が手に食い込み、傷が広がるが構わない。
剣を砕かれ、動揺している相手の顔面に左拳を叩き込んだ。左拳に宿った暴食の力で、相手の生命エネルギーを喰らう。
傷ついていた俺の右手は、相手の生命エネルギーを吸収することで、即座に修復された。
「顔を殴るなんてひどいじゃないか、人志」
「顔に剣をブッ刺そうとした奴に言われたくないぜ、神」
いつもの口調で軽口を叩き合う。幼馴染みとして、幾度も交わされたやりとり。だが、いつもとは違う。
お互いから殺気が溢れ、緊張感が漂っている。
コイツ、神楽神とは、赤ん坊の頃から知り合いだ。一族の人間として、出来損ないだった俺とは違い、本家の嫡男に相応しい実力を持っていた。
分家の出来損ないと蔑まれていた俺にも普通に接してくれた。妹の美月と三人でいつも一緒だった。
それがなぜ。神にいったい何があった。
神は神楽一族が代々封印してきた、堕ちた神々の封印を解き、世界を破壊しようとしている。
「誰かに操られている訳じゃなさそうだ。なぜ封印を解こうとする、神」
「勝たなければいけない相手がいる。手に入れたい物がある。それだけのことだ」
「それだけのこと? 世界が壊れるんだぞ! 人が、人がたくさん死ぬんだぞ! わかってんのか!」
「わかっているさ……」
「神……」
神はうつむき、唇を噛みしめる。
「今からでも遅くはない、封印を戻せ。勝ちたい相手がいるなら、俺が訓練に付き合ってやる。ほしい物があるなら一緒に頑張ろう。だから、こんなことはもうやめてくれ!」
起きてしまったことは消せない、昔のように三人仲良く。そんなことは無理だとわかっていた。それでも、願わずにはいられなかった。
「一緒に頑張ろう? そう言ったのか、人志」
「あぁ、すべてが元通りとは行かないかもしれない。それでも、まだやり直すことは出来るはずだ」
「ハハッ、ハハハハハ、ハーッハッハッハ」
突然、神が狂ったように笑い出す。
「一緒に頑張るだって? 俺が勝ちたい相手はお前だ! 人志」
俺は神の言葉を理解出来なかった。
「何を言っているんだ神。俺はお前に何ひとつ勝てなかった。勉強でも、スポーツでも、何ひとつだ。なのになぜ、堕ちた神々の封印を解いてまで……」
俺は何時も神に劣等感を抱いていた。イケメンで、勉強もスポーツもできる。
家業も歴代最高と言われた力を持ち、すでに当主様を凌ぐ力量を持っていた。
膨大な魔法領域を持ちながら、一切の出力ができない出来損ないの俺とは違う。
神は常に人の中心にいた。まるで太陽のように眩しくて、神の近くにいると、太陽に照らされた影のように、自分の駄目な部分がくっきりと見えた。
劣等感に苛まれた。羨ましいと思った。何かひとつでも勝ちたいと思った。
俺から見て完璧な存在だった神が、一族の役目を捨ててまで、世界を破壊してまで、俺に勝ちたいと言った。理解ができない。
俺は何ひとつ、神に勝ってなどいないのだから。
俺が困惑の表情を浮かべていると、神がぞっとするような笑みを浮かべながら言った。
「たしかに人気、勉強、スポーツ、家業、どれをとっても人志、お前には負けたことがない」
「ならなぜ」
「だけど! だけど、本当に欲しい物はいつもお前が手にしていた」
俺の言葉にかぶせ、神が怒声を……悲鳴を上げた。神の声には、どうしようもない苦悩と苦痛がこもっていた。
「俺は人の中心にいた。だけど、本当の俺を見てくれる人間はいなかった。成績が優秀な俺。スポーツができる俺。本家の嫡男である俺。だれも、俺の本当の姿を見てくれなかった。俺に付随する記号でしか俺をみなかった」
「神……」
俺には何も言えなかった。他人から見たら贅沢な悩みだ。甘えるなと思うだろう。だけど、頭の良い神には、そんなことわかっているんだ。
きっとたくさん悩んで、苦しんで、どうしようもなくなって……。何が親友だ。俺は神の苦しみに、何ひとつ気付いてやれなかった。
「人志、お前の周りにはお前自身を見てくれる人がいつもいた。出来損ないと馬鹿にされても、お前を大事にしてくれる人に囲まれていた。いつも思っていた。なぜ俺じゃない? 俺が本当に欲しい物を、なぜ出来損ないのお前が持っている」
神の端正な顔が醜く歪む。
「神、お前の苦悩に気付けなかった俺には言う資格がない。だけど、本当のお前を見てくれていた人がいたはずだ」
俺がそういうと、神は美月の方を見た。神の結界に囚われた美月が目に涙をため、神を見る。
「神君、なぜこんなことを……」
神が指をパチンと鳴らすと、美月を覆う結界が厚みを増し、声が聞こえなくなった。
「そう、美月だけが、本当の俺を見てくれた。だけど、美月の目線はいつも、お前に向いていた」
俺は絞り出すように言った。
「ッ、美月は妹だ」
「そうだ、血の繋がらないな」
「俺たちは仲がいいだけで、そういう感情はない」
「いや、俺にはわかる。お前もわかっていたはずだ。鈍感なフリをして、事実から目を背けていただけだ」
「違う、それは……」
「違わないさ。お前だって本当は……。俺の欲しい物はいつもお前が持っていた。もう我慢できないんだ。何をしてでも、例え世界を破壊してでも、俺は美月を手に入れる」
神が魔力を高めると、異空間が軋みを上げる。なんて魔力量だ。これが人の持つ魔力だと言うのか。
一族最高傑作と呼ばれた男の本気。俺に勝てるだろうか? 俺は結界に囚われた美月を見る。美月はひどく辛そうな顔をしていた。
負けるわけにはいかない。
美月をあんな顔にさせる奴に、美月は渡せない。
覚悟は決まった。神を殺すことになっても、アイツを止める。
俺は両手、両肩、両太股に封印されている、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲の封印を限界まで緩める。
両手、両肩、両太股に封印された大罪を司る悪魔たちの顔が浮かび上がり、怨嗟の声を上げる。
少しでも気を抜けば、即座に封印が破られ、悪魔たちが解き放たれる。
俺は封印を維持しつつ、多重詠唱に入った。浮かび上がった悪魔たちから詠唱が紡ぎ出される。
魔力によって描かれた、積層型の立体魔法陣が複雑な文様を描く。
俺に使える、最強の魔法で決める。
封印を解こうと悪魔が暴れ出す。俺は悪魔を押さえつけ、詠唱を続けさせる。
封印を維持すること。悪魔を表層に出し、力を行使すること。相反する二つの作業を同時にこなさなければいけない。
脳に負荷がかかり、鼻血が流れる。全身の筋肉が、神経が、細胞が。体中が悲鳴を上げる。だが、失敗するわけにはいかない。
ここで俺が敗れれば世界が破壊されてしまう。
出来損ないと馬鹿にされ、たくさん傷付けられた。こんな世界滅んでしまえばいいと思ったこともある。
だけど、今は違う。よくしてくれた人が、大切な仲間が、そして……美月がいる。
世界を壊される訳にはいかない!
「破滅の厄災」
展開されていた魔法陣が極限まで圧縮され、魔法領域からの干渉により、世界が変異する。
放出された『負』のエネルギーが神に向かって行った。
神が『負』に飲み込まれようとする、まさにそのとき。異空間に光が差した。
7つの光り輝く剣が、大地に突き刺さる。
神の母親はヴァチカンの人間だ。神道ではなく、キリスト系の力も使える可能性はある。
だが、今まで使用しているのを見たことがない。まさか、これほどの力を使えるとは。
大地に突き刺さった剣から光が溢れ、『負』のエネルギーを浄化していく。
俺の行使する、悪魔の力はキリスト系の力と相性が悪い。このままでは不味い。
光により『負』の力が弱められると、神は手を掲げた。大地に刺さっていた光の剣が収束し、一本の聖剣となる。
聖なる輝きを放つ、聖剣が振り下ろされた。
「審判の光」
聖剣から放たれた光は『負』のエネルギーを切り裂き、俺へと迫る。
このままでは不味い! 俺は新たな魔法陣を描き、破滅の厄災にエネルギーを上書きする。
発動させている魔法に干渉、さらに力の上乗せなど正気の沙汰じゃない。想像を絶する繊細な魔力コントロールと、複雑な魔法陣が必要になる。
通常なら不可能な行為。だが、俺は悪魔たちの脳を使い、処理速度を上げる。
自前の脳と、封印された悪魔たちの6つの脳を使用すれば、現実には不可能と思える、発動中の魔法への干渉を実行できる。
無茶な力の行使で、俺へのダメージはさらに深刻になった。肉体を過ぎ、魂が傷付いている。自分の根本が、何か大切な物が、ガリガリと削られている。
怖い、自分が消えてしまうようで。だけど、辞めるわけにはいかない。守るんだ、世界を。俺の大切な人たちを。
「うおおおおおおお」
「馬鹿な、発動中の魔法へさらにエネルギーを上乗せするだと!」
力を増した破滅の厄災が光を飲み込み、神へと迫る。
「ぐううううう、負けるわけにはいかない。俺は、俺は……」
微かに光が押し返したが、光が闇に飲まれるように、破滅の厄災は光ごと神を飲み込んだ。
「はぁはぁ」
精も根も尽き果てた俺は、膝から崩れ落ちる。
敵を倒した充実感など欠片もない。親友を殺してしまった。無茶な魔法の行使でボロボロの体より、胸が痛んだ。
痛む体を引きずるように、美月の元へと向かう。そして違和感に気付いた。この異空間は神が作り出した物だ。
なぜ、まだ存在している。そして、美月を覆う結界はなぜ消えていない。
その瞬間、大地が鳴動した。
ゴゴゴゴゴと音を立て、地面が揺れている。異空間が軋みを上げ、空間が歪む。
圧倒的な何かが、こちらに向かって歩いてくる。プレッシャーなどの生やさしい物じゃない。そう、これは神威だ。
思わず平伏してしまいそうな圧倒的な威圧。これはあり得ない。人ではあり得ない。
「驚いたよ、まさか発動中の魔法へ干渉するとはね。出来損ないと馬鹿にしたことを謝罪させてもらう」
「神、その姿は……」
「何をしてでも、美月を手に入れると。そのためなら世界を破壊しても、人間を辞めても構わない」
「まさか、堕ちた神々の力を」
「そうだ、堕ちた神々を俺は喰った。そして俺は名の通り、神になった」
神を喰う。どうすればそんなことができるというのだ。勝てるのか? 人である俺が神に。
「できればこの力を使わずにお前に勝ちたかった。だが、もういい。お前を殺し、世界を破壊し、美月と二人だけ、世界に二人だけで過ごす。俺と美月がこの世界のアダムとイヴになる」
「瓦礫に楽園を築いて美月が喜ぶとでも思っているのか? 堕ちた神々に蹂躙された世界で、多くの死の上で、美月が笑える女性だと、本当に思っているのか?」
「美月の心が手に入らないというなら、殺すだけだ。すべてを無に帰す。俺を受け入れない世界など、消えてしまえばいい」
「神。美月を殺す。そう言ったのか?」
俺が神に尋ねる。
「どうせ手に入らない物なら消えてしまえばいい。あるから欲しくなる。あるのに手に入らないから苦しいんだ。俺の手に入らないのなら、すべて消してしまえばいい」
「そうか、それが神の答えなんだな」
すべてを捨ててでも、例え世界が壊れてでも美月が欲しい。神はそう言った。俺にそこまで強い気持ちがあるだろうか? そう思った。
思いの強さでは、かなわないと思ってしまった。俺が負けても美月を大切にしてくれるなら、そう考えてしまった。
だけど、神は美月を殺すと言った。だめだ、それだけはさせない。
俺は、深域にアクセスする。魔法領域に残った最後の封印。傲慢の封印を解くために。
「せいぜい、隠世で祈るんだな、美月が俺を愛することを」
神が魔力を収束させた剣を持ち、近付いてくる。
神が勝利の笑みを浮かべ、剣を構えた。微かに見えた動きは、突きの動きだった。
ポタリ、ポタリ、と赤い血が流れ地面に吸い込まれていく。
俺は刃を掴み、眼球に突き刺さるギリギリのところで止めていた。
俺は右手に宿った憤怒の力を使い、剣を握り砕く。砕かれた剣の破片が手に食い込み、傷が広がるが構わない。
剣を砕かれ、動揺している相手の顔面に左拳を叩き込んだ。左拳に宿った暴食の力で、相手の生命エネルギーを喰らう。
傷ついていた俺の右手は、相手の生命エネルギーを吸収することで、即座に修復された。
「人志、キサマ!」
「神どこかで見た展開だな」
俺の胸には、最後の悪魔。傲慢の顔が浮かんでいた。
神に逆らった天使であり、サタンの別名とされている存在。だが、人々の『負』の意識が魔素と干渉し生まれた悪魔たちは、別個体として存在している。
すべての悪の根とされている罪、傲慢。七つの死に至る大罪を司る悪魔たちの中でも最強の存在。赤子だった俺に封印された、最初の大罪。
神にも匹敵すると言われた、最強の悪魔。他の六つの大罪を統括し、力を最大限に引き出せる存在。
他の六つの大罪が傲慢の元に集うとき、それは世界の終わりを意味する。ヴァチカンにそう伝えられている。
最強の悪魔の封印を解き、他の大罪を統括できる今なら。七つの大罪がそろった今の俺なら、神にだって勝てる。
堕ちた神々を喰らった神と、七つの大罪を司る悪魔の封印を解いた俺。一進一退の攻防が続く。
堕ちた神々とはいえ、神を複数喰らった神は自分の器を超えたエネルギーを取り込んだことで、自己崩壊を起こしかけていた。
取り込んだ力を定着させる時間が必要なのに、俺と激しい戦闘を繰り返したことで、限界を迎えそうだった。
俺も、解放ギリギリで封印を維持し、悪魔の力を行使するという作業の負荷が限界に近かった。お互いこれ以上時間は掛けられない。
次の一撃が最後になる。
俺は、すべての力を収束させ、剣を作った。黒い闇の剣を。
神も、すべての力を収束させ、剣を作った。輝く光の剣を。
俺たちは同時に動き出す。
「七つの死に至る罪」
「神々の黄昏」
光と闇が交差する。圧倒的なエネルギーの奔流。荒れ狂うエネルギーが消えた後は、静寂がそこにあった。
静寂を破ったのは、神が倒れる音だった。
俺は倒れた神を抱きかかえる。
「負けてしまったな。やはり、お前には勝てなかった」
「神……」
「これで……いいんだ。きっと、お前がいなくなっても、美月はお前を思い続ける。だから、これでいいんだ」
手に入らないのなら消す。神はそう言った。だが、美月を殺したくはなかったのだろう。だけど、もう自分じゃ止められなかったんだ。
「美月と幸せになってくれ、俺の分までなんて図々しいことは言わない。ただ、彼女の気持ちに応えてやってくれ」
「だめだ、それはできない」
「なぜだ、人志。どうしてそこまで頑なに拒む」
「役目がある」
「役目?」
「俺は膨大な魔法領域を持って生まれた。だが、領域にある魔力の出口が存在しない、出来損ないだった」
「あぁ、それは知っている。だが、何の関係がある」
これは誰にも話していない、一族でも当主様と美月しか知らない話だ。存在の崩壊が始まっている神はもう助からない。こんな話をしていいのだろうか? 死に行く者をさらに苦しめることになるかもしれない。
俺は悩んだが、このまま真実を知らずに死ぬのは嫌だと思う。俺は神にすべてを話すことにした。
「俺が生まれた頃、ヴァチカンで大事件が起きた。聖杯が破壊され、七つの死に至る大罪を司る悪魔たちの封印が解かれた。聖人が存在しない今、新たな聖杯は作れない。そこで、膨大な魔法領域を持つ俺に、悪魔たちを封じることになった。神の母である、ヴァチカンの聖女と当主様が力を尽くし、傲慢を封じた。当時の俺は、膨大な魔法領域を持つとは言え、赤子だった。傲慢を封じたことで、俺の魔法領域はいっぱいになった」
昔は、魔法領域も少ない、魔法も行使できない。そう言われていじめられたな。俺も真実を知ったときは驚いた。
「それで、成長を待って、魔法領域が広がるのを待っていたんだ」
「それと役目に何の関係がある?」
「聖杯は器だ。悠久の時を越えても失われないはずだった。だが、俺は人だ。いつか死ぬ。俺が死ねば封印が解かれてしまう。だから、俺の魔法領域に悪魔たちを封印したまま、俺ごと隠世へ送る。そこで輪廻転生の輪から外れ、悪魔たちを封じ込める」
「人志……お前」
「俺は二十歳になったら死ぬ運命だったんだ。輪廻の輪からも外れ、悪魔たちを抱え、隠世で永劫を過ごす。そして、輪廻の輪から俺を断ち切れるのは、草薙剣を宿して生まれた美月だけだった」
神が絶句している。
「俺は、現世に未練を残しちゃ駄目なんだ。美月も俺を殺すときに、ためらうようになってはいけない。役目を果たせなくなるからな。だから……俺と美月は結ばれることはないんだ」
「美月はそのことを知っているのか?」
「あぁ、知っている。だから、俺が死ぬ前に思い出が欲しかったのかもしれない。だけど、俺の方が未練を残してしまう。だから、気持ちに応えることはできないんだ」
「人志……」
「俺が死んだら、神に美月を託すつもりだった。役目を終えた後は、すごく傷付いてるはずだから」
「それじゃあ、俺が、俺がやったことは……」
「神には話しておくべきだった。そうすれば、こんなことには……」
「いや、きっと同じだ。お前が死んだ後も、美月はお前を思い続ける。俺はそれに耐えられなくなったはずだ。しかも、競争相手が死んでるんだ。勝ち目なんてない」
「それは、キツいね」
「あぁ、すごくキツいだろうな」
不思議な感覚だった。殺し合いをした。なのに、昔のようにまた笑い合っている。胸に寂寥感が押し寄せてくる。
なぜだか涙が溢れた。
「なに、泣いてんだよ。昔から人志は泣き虫だったよな」
「そういう神だって、泣いているじゃないか」
急速に神の魂が崩壊していく。器以上に神の力を取り入れたことで、神の魂が消えようとしている。
おそらく、輪廻の輪には戻れない。魂の存在自体が、消滅してしまう。
輪廻の輪から外れ、永劫を隠世で過ごす俺と、魂ごと消滅してしまう神。
どちらもろくな死に方じゃない。もう一人の幼馴染み、美月は幸せに暮らしいて欲しい。心からそう思う。
「そろそろ、消えそうだ」
神はそう言うと、立ち上がった。
「神楽一族として、最後の勤めを果たす」
神の周囲に魔力が集まる。
「俺が喰った堕ちた神々はほんの一部だ。今は様子をうかがっているが、俺が死ねば外に飛び出してくる。だから俺の力を使って出口を塞ぐ。今までの封印より、もっと強い封印だ。なんせ神が自分の存在と引き換えに行使する封印だからな」
「神……」
「このまま放っておいても、崩壊して消えるんだ。最後に一族の勤めを果たしたい」
複雑な魔法陣が浮かび上がる。魔法陣に神が溶け込むように消え、光が広がった。
光に眩み閉じた目を開けると、そこは教室だった。
隣には美月が立っている。
「美月、怪我はないか?」
「はい、大丈夫です、お兄様」
妹の無事な姿を見てほっとする。
「神君は……」
俺は首を横に振る。
「お兄様、私は」
「美月、責任を感じることはないよ」
「ですが……」
「人の心や気持ちはどうしようもないんだ。きっと本人でも」
俺は美月の髪を優しく撫でる。
「それに神は、止めて欲しかったんだと思う。あれだけの激しい攻防でも、美月の結界はびくともしなかった。その分を攻撃に回せば、俺に勝てていた。最後に封印を行使する余力もあった。本当にすべてを壊したいなら、全力で俺を殺しにきたはずだ。だから、神は止めて欲しかったんだよ」
しばらく感傷に浸っていたかったが、そんな時間はないようだ。
「ぐがあああああ」
「お兄様!」
封印が解けようとしている。力を限界まで行使しすぎた。魂を削られたことで、悪魔たちを封じることができなくなった。
「美月、封印が解ける。予定より早くなったが役目を果たすんだ」
「そんな、お兄様。私には無理です。お兄様を殺すなんて」
「頼む、時間が、時間がないんだ。悪魔たちが解放されれば世界が終わる。美月だって死んでしまう。そんなのは耐えられない。俺のために、俺のために生きてくれ!」
「お兄様は卑怯です。そんな風に言われたら……」
美月の胸元に光が収束する。収束した光が剣の形を作り出す。光が収まると、そこには一振りの剣が存在していた。
「ぐうううう、悪魔たちを押さえておけない、早く、早くするんだ」
美月は震える手で剣を構えた。
「お兄様、無理です、私には……」
「役目を果たすんだ! 俺以外にも大切な人たちがいるだろう。世界をみんなの笑顔を守るんだ」
酷なことをしている。妹に兄を殺させようとしている。だけど、このままだと悪魔たちが解き放たれてしまう。
俺は力を振り絞り、震える手で美月の頭を撫でた。美月の震えが止まった。
美月はにっこり微笑むと、ふわりと舞った。
美月の濡れ羽色の艶やかな髪が視界に広がる。
美月は、自分の体を俺に重ね、自分の体ごと、俺の心臓を貫いた。
「お兄様、共に隠世まで」
「美月」
俺たちは手を重ねた。美月の温もりが伝わる。
これからは一緒だ、ずっと一緒に……。
「美月!」
俺はガバッと起きる。目に入ってくるのは、ヤシの葉を互い違いに重ねて作った壁だった。
俺は自分の胸を見る。俺の胸は傷ひとつない。たしかに草薙剣で貫かれたはずなのに。
そこで気付いた、夢だ。俺はハッとして股間に手を当てる。良かった夢精はしていない。夢の中とはいえ、黒髪の美少女と手をつないだからな。
長いこと独り身だった俺には刺激が強い。まぁ、心臓に剣ブッ刺さってんだけどね。はっはっは。
それにしても、リアルな夢だった。もし、この世界に転生していなかったら、あんな風にドラマチックな人生を送れたのだろうか。
もっとも、悪魔の封印を抱えて、あの世で永遠に暮らすなんて俺はゴメンだけどね。
そんなことを考えていると、パピーが俺の足下にやってきた。
「あーごめん、起こしちゃったな」
俺はしゃがみパピーを撫でる。どうやら心配させてしまったようだ。
「大丈夫、なんでもないよ。ちょっと夢を見ただけ」
改めて寝転がり、パピーを撫でる。艶やかな手触りを味わいながら、俺はゆっくりとまどろんでいく。
「お休みパピー、いい夢を」
「わふわふ」
美人の妹もいいけど、やっぱりモフモフだね。
俺はパピーの温もりを感じながら、眠りに落ちた。