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100話記念SS 野人転生IF『七つの死に至る罪』

皆様のおかげで100話目を投稿することができました。

感謝の意を込めSSを投稿します。

野人転生本編とは無関係です。

野人が、別の世界に転生していたらというIFをお楽しみください。

 俺が展開した多重魔法防壁は、6枚のうち5枚を砕かれ、最後の魔法防壁もヒビだらけになっていた。


 何時砕けてもおかしくない、ヒビだらけの魔法防壁。残された最後の魔法防壁に、過剰とも思える攻撃が加えられる。


 最後まで耐えていた魔法防壁が、ついに砕け散った。残された防御は、自身を包むように展開されている薄い結界のみになっていた。


 勝利を確信した相手が、剣を抜き近付いてくる。


 あと少し、あと少しなんだ。俺は焦る気持ちを抑え、深域にアクセスする。自身の肉体を媒介に、魔法領域へ封じた存在に干渉するためだ。


 男が勝利の笑みを浮かべ、剣を構えた。微かに見えた動きは、突きの動きだった。


 パリーン。ガラスを割ったような、澄んだ音が鳴り響いた。


「お兄様!」


 異空間に少女いもうとの悲鳴にも似た叫び声が響く。


 ポタリ、ポタリ、と赤い血が流れ地面に吸い込まれていく。


 危なかった、なんとか間に合った。俺は刃を掴み、眼球に突き刺さるギリギリのところで止めていた。


 俺は右手に宿った憤怒サタンの力を使い、剣を握り砕く。砕かれた剣の破片が手に食い込み、傷が広がるが構わない。


 剣を砕かれ、動揺している相手の顔面に左拳を叩き込んだ。左拳に宿った暴食ベルゼブブの力で、相手の生命エネルギーを喰らう。


 傷ついていた俺の右手は、相手の生命エネルギーを吸収することで、即座に修復された。


「顔を殴るなんてひどいじゃないか、人志ひとし

「顔に剣をブッ刺そうとした奴に言われたくないぜ、しん


 いつもの口調で軽口を叩き合う。幼馴染みとして、幾度も交わされたやりとり。だが、いつもとは違う。


 お互いから殺気が溢れ、緊張感が漂っている。


 コイツ、神楽かぐらしんとは、赤ん坊の頃から知り合いだ。一族の人間として、出来損ないだった俺とは違い、本家の嫡男に相応しい実力を持っていた。


 分家の出来損ないとさげすまれていた俺にも普通に接してくれた。妹の美月みづきと三人でいつも一緒だった。


 それがなぜ。しんにいったい何があった。


 しん神楽かぐら一族が代々封印してきた、堕ちた神々の封印を解き、世界を破壊しようとしている。


「誰かに操られている訳じゃなさそうだ。なぜ封印を解こうとする、しん

「勝たなければいけない相手がいる。手に入れたい物がある。それだけのことだ」

「それだけのこと? 世界が壊れるんだぞ! 人が、人がたくさん死ぬんだぞ! わかってんのか!」

「わかっているさ……」

しん……」


 しんはうつむき、唇を噛みしめる。


「今からでも遅くはない、封印を戻せ。勝ちたい相手がいるなら、俺が訓練に付き合ってやる。ほしい物があるなら一緒に頑張ろう。だから、こんなことはもうやめてくれ!」


 起きてしまったことは消せない、昔のように三人仲良く。そんなことは無理だとわかっていた。それでも、願わずにはいられなかった。


「一緒に頑張ろう? そう言ったのか、人志」

「あぁ、すべてが元通りとは行かないかもしれない。それでも、まだやり直すことは出来るはずだ」

「ハハッ、ハハハハハ、ハーッハッハッハ」


 突然、しんが狂ったように笑い出す。


「一緒に頑張るだって? 俺が勝ちたい相手はお前だ! 人志」


 俺はしんの言葉を理解出来なかった。


「何を言っているんだしん。俺はお前に何ひとつ勝てなかった。勉強でも、スポーツでも、何ひとつだ。なのになぜ、堕ちた神々の封印を解いてまで……」


 俺は何時もしんに劣等感を抱いていた。イケメンで、勉強もスポーツもできる。


 家業も歴代最高と言われた力を持ち、すでに当主様を凌ぐ力量を持っていた。


 膨大な魔法領域を持ちながら、一切の出力ができない出来損ないの俺とは違う。


 しんは常に人の中心にいた。まるで太陽のように眩しくて、しんの近くにいると、太陽に照らされた影のように、自分の駄目な部分がくっきりと見えた。


 劣等感に苛まれた。うらやましいと思った。何かひとつでも勝ちたいと思った。


 俺から見て完璧な存在だったしんが、一族の役目を捨ててまで、世界を破壊してまで、俺に勝ちたいと言った。理解ができない。


 俺は何ひとつ、しんに勝ってなどいないのだから。


 俺が困惑の表情を浮かべていると、しんがぞっとするような笑みを浮かべながら言った。


「たしかに人気、勉強、スポーツ、家業、どれをとっても人志、お前には負けたことがない」

「ならなぜ」

「だけど! だけど、本当に欲しい物はいつもお前が手にしていた」


 俺の言葉にかぶせ、しんが怒声を……悲鳴を上げた。しんの声には、どうしようもない苦悩と苦痛がこもっていた。


「俺は人の中心にいた。だけど、本当の俺を見てくれる人間はいなかった。成績が優秀な俺。スポーツができる俺。本家の嫡男である俺。だれも、俺の本当の姿を見てくれなかった。俺に付随する記号でしか俺をみなかった」

しん……」


 俺には何も言えなかった。他人から見たら贅沢な悩みだ。甘えるなと思うだろう。だけど、頭の良いしんには、そんなことわかっているんだ。


 きっとたくさん悩んで、苦しんで、どうしようもなくなって……。何が親友だ。俺はしんの苦しみに、何ひとつ気付いてやれなかった。


「人志、お前の周りにはお前自身を見てくれる人がいつもいた。出来損ないと馬鹿にされても、お前を大事にしてくれる人に囲まれていた。いつも思っていた。なぜ俺じゃない? 俺が本当に欲しい物を、なぜ出来損ないのお前が持っている」


 しんの端正な顔が醜く歪む。


しん、お前の苦悩に気付けなかった俺には言う資格がない。だけど、本当のお前を見てくれていた人がいたはずだ」


 俺がそういうと、しんは美月の方を見た。しんの結界に囚われた美月が目に涙をため、しんを見る。


しん君、なぜこんなことを……」


 しんが指をパチンと鳴らすと、美月を覆う結界が厚みを増し、声が聞こえなくなった。


「そう、美月だけが、本当の俺を見てくれた。だけど、美月の目線はいつも、お前に向いていた」


 俺は絞り出すように言った。


「ッ、美月は妹だ」

「そうだ、血の繋がらないな」

「俺たちは仲がいいだけで、そういう感情はない」

「いや、俺にはわかる。お前もわかっていたはずだ。鈍感なフリをして、事実から目を背けていただけだ」

「違う、それは……」

「違わないさ。お前だって本当は……。俺の欲しい物はいつもお前が持っていた。もう我慢できないんだ。何をしてでも、例え世界を破壊してでも、俺は美月を手に入れる」


 しんが魔力を高めると、異空間が軋みを上げる。なんて魔力量だ。これが人の持つ魔力だと言うのか。


 一族最高傑作と呼ばれた男の本気。俺に勝てるだろうか? 俺は結界に囚われた美月を見る。美月はひどく辛そうな顔をしていた。


 負けるわけにはいかない。


 美月をあんな顔にさせる奴に、美月は渡せない。


 覚悟は決まった。しんを殺すことになっても、アイツを止める。


 俺は両手、両肩、両太股に封印されている、憤怒サタン嫉妬レヴィアタン怠惰ベルフェゴール強欲マモン暴食ベルゼブブ色欲アスモデウスの封印を限界まで緩める。


 両手、両肩、両太股に封印された大罪を司る悪魔たちの顔が浮かび上がり、怨嗟の声を上げる。


 少しでも気を抜けば、即座に封印が破られ、悪魔たちが解き放たれる。


 俺は封印を維持しつつ、多重詠唱に入った。浮かび上がった悪魔たちから詠唱が紡ぎ出される。


 魔力によって描かれた、積層型の立体魔法陣が複雑な文様を描く。


 俺に使える、最強の魔法で決める。


 封印を解こうと悪魔が暴れ出す。俺は悪魔を押さえつけ、詠唱を続けさせる。


 封印を維持すること。悪魔を表層に出し、力を行使すること。相反する二つの作業を同時にこなさなければいけない。


 脳に負荷がかかり、鼻血が流れる。全身の筋肉が、神経が、細胞が。体中が悲鳴を上げる。だが、失敗するわけにはいかない。


 ここで俺が敗れれば世界が破壊されてしまう。


 出来損ないと馬鹿にされ、たくさん傷付けられた。こんな世界滅んでしまえばいいと思ったこともある。


 だけど、今は違う。よくしてくれた人が、大切な仲間が、そして……美月がいる。


 世界を壊される訳にはいかない!


破滅の厄災ディザスター


 展開されていた魔法陣が極限まで圧縮され、魔法領域からの干渉により、世界が変異する。


 放出された『負』のエネルギーがしんに向かって行った。


 しんが『負』に飲み込まれようとする、まさにそのとき。異空間に光が差した。


 7つの光り輝く剣が、大地に突き刺さる。


 しんの母親はヴァチカンの人間だ。神道ではなく、キリスト系の力も使える可能性はある。


 だが、今まで使用しているのを見たことがない。まさか、これほどの力を使えるとは。


 大地に突き刺さった剣から光が溢れ、『負』のエネルギーを浄化していく。


 俺の行使する、悪魔の力はキリスト系の力と相性が悪い。このままでは不味い。


 光により『負』の力が弱められると、しんは手を掲げた。大地に刺さっていた光の剣が収束し、一本の聖剣となる。


 聖なる輝きを放つ、聖剣が振り下ろされた。


審判の光ジャッジメント


 聖剣から放たれた光は『負』のエネルギーを切り裂き、俺へと迫る。


 このままでは不味い! 俺は新たな魔法陣を描き、破滅の厄災ディザスターにエネルギーを上書きする。


 発動させている魔法に干渉、さらに力の上乗せなど正気の沙汰じゃない。想像を絶する繊細な魔力コントロールと、複雑な魔法陣が必要になる。


 通常なら不可能な行為。だが、俺は悪魔たちの脳を使い、処理速度を上げる。


 自前の脳と、封印された悪魔たちの6つの脳を使用すれば、現実には不可能と思える、発動中の魔法への干渉を実行できる。


 無茶な力の行使で、俺へのダメージはさらに深刻になった。肉体を過ぎ、魂が傷付いている。自分の根本が、何か大切な物が、ガリガリと削られている。


 怖い、自分が消えてしまうようで。だけど、辞めるわけにはいかない。守るんだ、世界を。俺の大切な人たちを。


「うおおおおおおお」

「馬鹿な、発動中の魔法へさらにエネルギーを上乗せするだと!」


 力を増した破滅の厄災ディザスターが光を飲み込み、しんへと迫る。


「ぐううううう、負けるわけにはいかない。俺は、俺は……」


 微かに光が押し返したが、光が闇に飲まれるように、破滅の厄災ディザスターは光ごとしんを飲み込んだ。


「はぁはぁ」


 精も根も尽き果てた俺は、膝から崩れ落ちる。


 敵を倒した充実感など欠片もない。親友を殺してしまった。無茶な魔法の行使でボロボロの体より、胸が痛んだ。


 痛む体を引きずるように、美月の元へと向かう。そして違和感に気付いた。この異空間はしんが作り出した物だ。


 なぜ、まだ存在している。そして、美月を覆う結界はなぜ消えていない。


 その瞬間、大地が鳴動した。


 ゴゴゴゴゴと音を立て、地面が揺れている。異空間が軋みを上げ、空間が歪む。


 圧倒的な何かが、こちらに向かって歩いてくる。プレッシャーなどの生やさしい物じゃない。そう、これは神威だ。


 思わず平伏してしまいそうな圧倒的な威圧。これはあり得ない。人ではあり得ない。


「驚いたよ、まさか発動中の魔法へ干渉するとはね。出来損ないと馬鹿にしたことを謝罪させてもらう」

しん、その姿は……」

「何をしてでも、美月を手に入れると。そのためなら世界を破壊しても、人間を辞めても構わない」

「まさか、堕ちた神々の力を」

「そうだ、堕ちた神々を俺は喰った。そして俺は名の通り、神になった」


 神を喰う。どうすればそんなことができるというのだ。勝てるのか? 人である俺が神に。


「できればこの力を使わずにお前に勝ちたかった。だが、もういい。お前を殺し、世界を破壊し、美月と二人だけ、世界に二人だけで過ごす。俺と美月がこの世界のアダムとイヴになる」

「瓦礫に楽園を築いて美月が喜ぶとでも思っているのか? 堕ちた神々に蹂躙された世界で、多くの死の上で、美月が笑える女性だと、本当に思っているのか?」

「美月の心が手に入らないというなら、殺すだけだ。すべてを無に帰す。俺を受け入れない世界など、消えてしまえばいい」

しん。美月を殺す。そう言ったのか?」


 俺がしんに尋ねる。


「どうせ手に入らない物なら消えてしまえばいい。あるから欲しくなる。あるのに手に入らないから苦しいんだ。俺の手に入らないのなら、すべて消してしまえばいい」

「そうか、それがしんの答えなんだな」


 すべてを捨ててでも、例え世界が壊れてでも美月が欲しい。しんはそう言った。俺にそこまで強い気持ちがあるだろうか? そう思った。


 思いの強さでは、かなわないと思ってしまった。俺が負けても美月を大切にしてくれるなら、そう考えてしまった。


 だけど、しんは美月を殺すと言った。だめだ、それだけはさせない。


 俺は、深域にアクセスする。魔法領域に残った最後の封印。傲慢ルシファーの封印を解くために。


「せいぜい、隠世かくりよで祈るんだな、美月が俺を愛することを」


 しんが魔力を収束させた剣を持ち、近付いてくる。


 しんが勝利の笑みを浮かべ、剣を構えた。微かに見えた動きは、突きの動きだった。


 ポタリ、ポタリ、と赤い血が流れ地面に吸い込まれていく。


 俺は刃を掴み、眼球に突き刺さるギリギリのところで止めていた。


 俺は右手に宿った憤怒サタンの力を使い、剣を握り砕く。砕かれた剣の破片が手に食い込み、傷が広がるが構わない。


 剣を砕かれ、動揺している相手の顔面に左拳を叩き込んだ。左拳に宿った暴食ベルゼブブの力で、相手の生命エネルギーを喰らう。


 傷ついていた俺の右手は、相手の生命エネルギーを吸収することで、即座に修復された。


「人志、キサマ!」

しんどこかで見た展開だな」


 俺の胸には、最後の悪魔。傲慢ルシファーの顔が浮かんでいた。


 神に逆らった天使であり、サタンの別名とされている存在。だが、人々の『負』の意識が魔素マナと干渉し生まれた悪魔たちは、別個体として存在している。


 すべての悪の根とされている罪、傲慢。七つの死に至る大罪を司る悪魔たちの中でも最強の存在。赤子だった俺に封印された、最初の大罪。


 神にも匹敵すると言われた、最強の悪魔。他の六つの大罪を統括し、力を最大限に引き出せる存在。


 他の六つの大罪が傲慢ルシファーの元に集うとき、それは世界の終わりを意味する。ヴァチカンにそう伝えられている。


 最強の悪魔の封印を解き、他の大罪を統括できる今なら。七つの大罪がそろった今の俺なら、神にだって勝てる。


 堕ちた神々を喰らったしんと、七つの大罪を司る悪魔の封印を解いた俺。一進一退の攻防が続く。


 堕ちた神々とはいえ、神を複数喰らったしんは自分の器を超えたエネルギーを取り込んだことで、自己崩壊を起こしかけていた。


 取り込んだ力を定着させる時間が必要なのに、俺と激しい戦闘を繰り返したことで、限界を迎えそうだった。


 俺も、解放ギリギリで封印を維持し、悪魔の力を行使するという作業の負荷が限界に近かった。お互いこれ以上時間は掛けられない。


 次の一撃が最後になる。


 俺は、すべての力を収束させ、剣を作った。黒い闇の剣を。


 しんも、すべての力を収束させ、剣を作った。輝く光の剣を。


 俺たちは同時に動き出す。


七つの死に至る罪セブン・デットリー・シンズ

神々の黄昏ラグナロク


 光と闇が交差する。圧倒的なエネルギーの奔流。荒れ狂うエネルギーが消えた後は、静寂がそこにあった。


 静寂を破ったのは、しんが倒れる音だった。


 俺は倒れたしんを抱きかかえる。


「負けてしまったな。やはり、お前には勝てなかった」

しん……」

「これで……いいんだ。きっと、お前がいなくなっても、美月はお前を思い続ける。だから、これでいいんだ」


 手に入らないのなら消す。しんはそう言った。だが、美月を殺したくはなかったのだろう。だけど、もう自分じゃ止められなかったんだ。


「美月と幸せになってくれ、俺の分までなんて図々しいことは言わない。ただ、彼女の気持ちに応えてやってくれ」

「だめだ、それはできない」

「なぜだ、人志。どうしてそこまで頑なに拒む」

「役目がある」

「役目?」

「俺は膨大な魔法領域を持って生まれた。だが、領域にある魔力の出口が存在しない、出来損ないだった」

「あぁ、それは知っている。だが、何の関係がある」


 これは誰にも話していない、一族でも当主様と美月しか知らない話だ。存在の崩壊が始まっているしんはもう助からない。こんな話をしていいのだろうか? 死に行く者をさらに苦しめることになるかもしれない。


 俺は悩んだが、このまま真実を知らずに死ぬのは嫌だと思う。俺はしんにすべてを話すことにした。


「俺が生まれた頃、ヴァチカンで大事件が起きた。聖杯が破壊され、七つの死に至る大罪を司る悪魔たちの封印が解かれた。聖人が存在しない今、新たな聖杯は作れない。そこで、膨大な魔法領域を持つ俺に、悪魔たちを封じることになった。しんの母である、ヴァチカンの聖女と当主様が力を尽くし、傲慢ルシファーを封じた。当時の俺は、膨大な魔法領域を持つとは言え、赤子だった。傲慢ルシファーを封じたことで、俺の魔法領域はいっぱいになった」


 昔は、魔法領域も少ない、魔法も行使できない。そう言われていじめられたな。俺も真実を知ったときは驚いた。


「それで、成長を待って、魔法領域が広がるのを待っていたんだ」

「それと役目に何の関係がある?」

「聖杯は器だ。悠久の時を越えても失われないはずだった。だが、俺は人だ。いつか死ぬ。俺が死ねば封印が解かれてしまう。だから、俺の魔法領域に悪魔たちを封印したまま、俺ごと隠世かくりよへ送る。そこで輪廻転生の輪から外れ、悪魔たちを封じ込める」

「人志……お前」

「俺は二十歳になったら死ぬ運命だったんだ。輪廻の輪からも外れ、悪魔たちを抱え、隠世かくりよで永劫を過ごす。そして、輪廻の輪から俺を断ち切れるのは、草薙剣くさなぎのつるぎを宿して生まれた美月だけだった」


 しんが絶句している。


「俺は、現世うつしよに未練を残しちゃ駄目なんだ。美月も俺を殺すときに、ためらうようになってはいけない。役目を果たせなくなるからな。だから……俺と美月は結ばれることはないんだ」

「美月はそのことを知っているのか?」

「あぁ、知っている。だから、俺が死ぬ前に思い出が欲しかったのかもしれない。だけど、俺の方が未練を残してしまう。だから、気持ちに応えることはできないんだ」

「人志……」

「俺が死んだら、しんに美月を託すつもりだった。役目を終えた後は、すごく傷付いてるはずだから」

「それじゃあ、俺が、俺がやったことは……」

しんには話しておくべきだった。そうすれば、こんなことには……」

「いや、きっと同じだ。お前が死んだ後も、美月はお前を思い続ける。俺はそれに耐えられなくなったはずだ。しかも、競争相手が死んでるんだ。勝ち目なんてない」

「それは、キツいね」

「あぁ、すごくキツいだろうな」


 不思議な感覚だった。殺し合いをした。なのに、昔のようにまた笑い合っている。胸に寂寥感せきりょうかんが押し寄せてくる。


 なぜだか涙が溢れた。


「なに、泣いてんだよ。昔から人志は泣き虫だったよな」

「そういうしんだって、泣いているじゃないか」


 急速にしんの魂が崩壊していく。器以上に神の力を取り入れたことで、しんの魂が消えようとしている。


 おそらく、輪廻の輪には戻れない。魂の存在自体が、消滅してしまう。


 輪廻の輪から外れ、永劫を隠世かくりよで過ごす俺と、魂ごと消滅してしまうしん


 どちらもろくな死に方じゃない。もう一人の幼馴染み、美月は幸せに暮らしいて欲しい。心からそう思う。


「そろそろ、消えそうだ」


 しんはそう言うと、立ち上がった。


「神楽一族として、最後の勤めを果たす」


 しんの周囲に魔力が集まる。


「俺が喰った堕ちた神々はほんの一部だ。今は様子をうかがっているが、俺が死ねば外に飛び出してくる。だから俺の力を使って出口を塞ぐ。今までの封印より、もっと強い封印だ。なんせ神が自分の存在と引き換えに行使する封印だからな」

しん……」

「このまま放っておいても、崩壊して消えるんだ。最後に一族の勤めを果たしたい」


 複雑な魔法陣が浮かび上がる。魔法陣にしんが溶け込むように消え、光が広がった。


 光にくらみ閉じた目を開けると、そこは教室だった。


 隣には美月が立っている。


「美月、怪我はないか?」

「はい、大丈夫です、お兄様」


 妹の無事な姿を見てほっとする。


しん君は……」


 俺は首を横に振る。


「お兄様、私は」

「美月、責任を感じることはないよ」

「ですが……」

「人の心や気持ちはどうしようもないんだ。きっと本人でも」


 俺は美月の髪を優しく撫でる。


「それにしんは、止めて欲しかったんだと思う。あれだけの激しい攻防でも、美月の結界はびくともしなかった。その分を攻撃に回せば、俺に勝てていた。最後に封印を行使する余力もあった。本当にすべてを壊したいなら、全力で俺を殺しにきたはずだ。だから、しんは止めて欲しかったんだよ」


 しばらく感傷に浸っていたかったが、そんな時間はないようだ。


「ぐがあああああ」

「お兄様!」


 封印が解けようとしている。力を限界まで行使しすぎた。魂を削られたことで、悪魔たちを封じることができなくなった。


「美月、封印が解ける。予定より早くなったが役目を果たすんだ」

「そんな、お兄様。私には無理です。お兄様を殺すなんて」

「頼む、時間が、時間がないんだ。悪魔たちが解放されれば世界が終わる。美月だって死んでしまう。そんなのは耐えられない。俺のために、俺のために生きてくれ!」

「お兄様は卑怯です。そんな風に言われたら……」


 美月の胸元に光が収束する。収束した光が剣の形を作り出す。光が収まると、そこには一振りの剣が存在していた。


「ぐうううう、悪魔たちを押さえておけない、早く、早くするんだ」


 美月は震える手で剣を構えた。


「お兄様、無理です、私には……」

「役目を果たすんだ! 俺以外にも大切な人たちがいるだろう。世界をみんなの笑顔を守るんだ」


 酷なことをしている。妹に兄を殺させようとしている。だけど、このままだと悪魔たちが解き放たれてしまう。


 俺は力を振り絞り、震える手で美月の頭を撫でた。美月の震えが止まった。


 美月はにっこり微笑むと、ふわりと舞った。


 美月の濡れ羽色の艶やかな髪が視界に広がる。


 美月は、自分の体を俺に重ね、自分の体ごと、俺の心臓を貫いた。


「お兄様、共に隠世かくりよまで」

「美月」


 俺たちは手を重ねた。美月の温もりが伝わる。


 これからは一緒だ、ずっと一緒に……。






「美月!」


 俺はガバッと起きる。目に入ってくるのは、ヤシの葉を互い違いに重ねて作った壁だった。


 俺は自分の胸を見る。俺の胸は傷ひとつない。たしかに草薙剣くさなぎのつるぎで貫かれたはずなのに。


 そこで気付いた、夢だ。俺はハッとして股間に手を当てる。良かった夢精はしていない。夢の中とはいえ、黒髪の美少女と手をつないだからな。


 長いこと独り身だった俺には刺激が強い。まぁ、心臓に剣ブッ刺さってんだけどね。はっはっは。


 それにしても、リアルな夢だった。もし、この世界に転生していなかったら、あんな風にドラマチックな人生を送れたのだろうか。


 もっとも、悪魔の封印を抱えて、あの世で永遠に暮らすなんて俺はゴメンだけどね。


 そんなことを考えていると、パピーが俺の足下にやってきた。


「あーごめん、起こしちゃったな」


 俺はしゃがみパピーを撫でる。どうやら心配させてしまったようだ。


「大丈夫、なんでもないよ。ちょっと夢を見ただけ」


 改めて寝転がり、パピーを撫でる。艶やかな手触りを味わいながら、俺はゆっくりとまどろんでいく。


「お休みパピー、いい夢を」

「わふわふ」


 美人の妹もいいけど、やっぱりモフモフだね。


 俺はパピーの温もりを感じながら、眠りに落ちた。

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