88 ネックホールダ―男爵の友との和解(その12)
ネックホールダ―男爵が寄り親の子爵に夜会に誘われています
災難のおすそわけをされています
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「よく来てくれた」
寄り親の伯爵様が笑顔で出迎えてくれた
「・・・はい」
頭を下げて言った
本心はもう勘弁してくれ、だがな
どうしてこうなった?
そう思わずにはいられない
少し前に寄り親の伯爵様は、疎遠になった子爵との和解を勧めてきた
子爵本人の願いではない
その親族からの願いだ
そりゃそうだ
『旅人(の葉)』を子爵とその親族、ついでに友人へは売っていないのだ
もしも手に入れたければ他の貴族から高い金を払って手に入れなければならない
貴族は金を持っているというのは幻想だ
もちろん領地からは税として多額の金が入る
正確には麦なんかの農作物だがな
それを運んで売ったりするだけで金がかかる
街道を整備したり
川の氾濫を抑えるために工事をしたり
盗賊なんかを取り締まるためにも金がかかる
出る方も多い
大体がトントンか赤字だ
そこに他から高値で買わなければならないとなれば業腹だろう
特に子爵本家の当主がバカやって怨みを買ったせいとなればなおさらだ
さらにいえば子爵は謝る気がサラサラない
解決するために親戚が寄り親の伯爵を頼るのも当然だ
「許してやれ」
伯爵様は本当に一言だったな
でもそれだけですべてを水に流すなんてできないってものだ
だから面従覆背してやった
早い話
「わかりました」
と良い返事をしたが
「入荷が遅れています」
「在庫がありません」
「王家(あるいは公爵)が全部持って行きました」
と言って『旅人』は売ってやらなかった
伯爵様は歳若いから人の機微に疎すぎる
そんなものでは人は従わないぞ?
・・・本当に従ってやらなかったんだがな
その後もたびたび伯爵様のありがたいお言葉があった
頭を下げて台風が通り過ぎるのを待つって所だ
ズルズルと伸ばし続けたおかげで子爵一党は結構悲惨なことになっていった
本家と分家の仲が段々悪くなっていった
そんな噂が漏れ聞こえている
胸がスッとしたな
気分が晴れて爽快だ
世界が輝いて見えたな
いっそのこと子爵様をこのまま最後まで追い込んでやれ
そう思っていた
しかし腐っても伯爵様
・・・いや腐っていないが
夜会に男爵を招待するようになったんだ
いままで招待されなかった貴族が招待されるようになった
・・・翌日には目を掛けられているとのうわさが広がっていた
他の貴族から招待された夜会にとりまきとして連れて行かれるようになった
・・・翌日には男爵は妻と離縁して伯爵のツテのあるどこかの家に婿養子するとの噂が広がった
伯爵様が寄り親として相談される場に男爵が居て相談を解決するようになった
・・・その日のうちに将来の右腕候補との噂が広がった
2日とあけずに夜会やら狩猟やら観劇やらに誘われるようになったおかげで全然商売ができない
『旅人』の販売に支障をきたすほどだった
・・・貴族の対応は平民ではできないから男爵がやるしかないんだよ!
表向きは厚遇されているので文句は言えなかった
イヤガラセかもと思ったがそれは言えない
言ったらどうなのかはオレには判らないんだけどな
しかし伯爵様の仕事の量はハンバないな
出たくもない夜会に出なければならない
あるいは夜会を開かなければならない
まさに苦行でしかない
特に夜会の主催なんて最悪だ
出席を依頼するために紹介状を出すんだが、それが全部手書きなんだ
その数約200通
書くだけで一日かかる
オレの目の前で伯爵が文句を言いながら書いていた
・・・伯爵様から手伝えと呼び出されたんだよ
伯爵様が書いた招待状を封筒に入れて蝋で封印して伯爵様の紋章を押す
酒や料理の手配をする
当日、声を掛ける順番を考える
馬車を置く場所も考えた
貴族なんて人の足を引っ張ってナンボだからな
爵位だけでなくその時点の勢力の強弱も含めて決めなければならないんだ
上手くやっても後でケチをつけられるのが普通だ
少しでも失敗しようなら鬼の首でもとったかのように大騒ぎだ
・・・貴族ってクズだよな
夜会を開くなんてやっていられない
だがしないと力が弱まったとみられる
見栄と虚勢だけの世界
ただでさえ忙しいのに男爵と子爵の仲裁なんてやってられないわな
伯爵様に同情した
・・・その伯爵様の手伝いに駆り出される男爵には誰が同情してくれるのだろう?




