58 ネックホールダ―男爵の優雅な朝食
まだまだ続きます
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「では頂きましょう」
義理母がそう言って朝食が始まった
クロワッサン
ゆでたまご
ソーセージ
紅茶
定番のメニューだ
どこにでもある風景だ
ちょっと前から始まっていなければ、だ
大体夜会に行くと帰ってくるのは真夜中
そこから着替えて化粧を落としてと一仕事をすると寝るのは夜明け前
起きるのは昼過ぎ
当然朝食なんてものは食べない
・・・義理母と妻と娘だけだけどな
え?
夫ならエスコートで一緒に行くのでは?
もちろん行く
開始1時間で帰るけどな
主催者に挨拶してダンスを一度すれば夫はお役御免
用なしだ
馬車で一人帰ることになる
・・・もちろん馬車は後で折り返して妻達を迎えに行く
もちろん夜会になれば御当主様達が家間のトラブルや、派閥内の利権の調整が別室やホールの片隅で行われる
でも種馬は何の実権もない
居てもいなくても同じ
いや居ると邪魔
そんな存在は早々に立ち去るのが暗黙のルールだ
ちなみに女性達はお喋りに忙しい
妻達は真夜中まで延々と噂話をしている
まあ、壁の花ならぬ、壁のシミになって暇しているよりは、家にいた方がいいからいいんだけどな
当然、夜になると寝て、朝になったら起きるという普通の生活だ
もっとも実権を握る義理母にあわせて食事が作られるとなれば・・・わかるよな?
朝食抜きで、義理母と妻が起きてくるまでお腹をすかせてまっている日々だ
おまけに食欲がないからとスープ皿に入れたミルクにパンを細かく千切って入れふやかしたものが出てくる
・・・あれだけ夜遊びした上、ワインを飲みまくっていれば食欲がないもの当然
あるだけマシというものだ
成人男性には全然物足りない量と質
腹を空かせるのが普通な日々だった
ところが『旅人』の売人がオレだとバレ
夜会やら園遊会やらで『お願い』がひっきりなしに舞い込んだ
それで妻達は夫への御機嫌とりに走った
『旅人』を融通してもらうために必死になった
え?
立場が弱いんだから命じられたら逃げられないだろう?
ああそうだよ
全部持ってかれたよ
でも貴族の欲望なんてものは際限がない
オレが持っている、いや胡散臭い商人からまわされる量だけでは足りない
要はオレに商人に『お願い』してもっと融通して貰え、というわけだ
そのためにわざわざ朝早く起きてきて朝食をとっている
思惑が透けて見えるので反応に困る
どれだけバカにすればいいのか
まあ所詮子供が生まれて役目の終わった種馬だ
扱いなんてそんなものだ
とりあえずは目の前の朝食に感謝しよう




