56 とある貴族当主の糾弾劇
どこかの貴族のお話
旅人の葉を入手するための苦労話です
よくある風景かも?
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「兄上、すなおに仲直りしてください」
婿に行った弟が言う
「おじ上、一体何があったのですか?相手が悪いなら謝らせますよ」
と嫁に行った姉の息子が若さゆえの純真さで追い打ちをかけてくる
「若い時は感情の赴くままに行動するが齢をとると後悔するものだ」
これは伯父上
「酒でも飲もうか?人に話すと新しい展開が見えてくるものだぞ」
こちらが叔父上
親戚の男達一同様に押し掛けられた上に囲まれて糾弾されている
世の中理不尽すぎる・・・
はじめまして
スカーフェイス子爵家の当主のフランツです
現在、なぜか血縁をたてに多勢に無勢で責められています
いや理由はわかっている
今、流行りの『旅人』だ
当初は、行商人やその護衛が野営のための眠気覚ましに使っていた
しかし、いつしか疲れた時に吸うと疲労感が減るといったことが明らかになった
その結果、下々の者、特に肉体労働者が好んで使うようになった
もっとも乾燥させた葉を口に入れ、クチャクチャと噛みつぶした後に吐き出すという使い方から下層民にしか広がらなかった
それが変化したのがパイプの登場だ
乾燥した葉を細かく砕き、パイプに入れて火を付ける
その煙を吸うと、葉を口に入れた時とは比べ物にはならない効果が表れた
疲れてもパイプで一服すると気力が回復するという魔法のようなシロモノ
おまけにパイプを使うしぐさが優美となればやらないはずはない
使用する者は日に日に増え、商会の偉い人間や貴族にまで広がった
なにせ上流階級の仕事の大半は書類作成だ
それも文章の間違いが即座に命取りになるものばかり
貴族が招待状の手紙の綴りの失敗を一つでもしようなら、翌日には噂が本人には届かないようにしながら社交界に醜聞として広がっている
商会では契約書の文章の一か所の間違いで、いいように解釈され多大な損失が生じる
常に神経を使う過酷な仕事である
そこで疲れがとれ、注意力が増すモノがあるとなれば求めないはずはない
一度使い、その便利さに慣れると手放せなくなっていた
そしていつの間にか大流行していた
当初、『旅人』は出入りの商人、知り合いの貴族といろんなところから買えた
入手した人間が自分の分を取った後、余った分を転売していたからだ
ところが使う人間が増えても供給量が変わらないとなると問題が出てくる
早い話、買おうにも誰も持っていない、である
・・・使えばなくなるのだから、当然である
ところが最初、供給元は誰も知らないし、探しても判らなかった
そのため入手するのに苦労することになっていった
そして価格が徐々に上がっていった
みなが困り目の色を変えて探していた
そんな時、供給元の一つが判明した
ネックホールド男爵である
正確には男爵が懇意にしている商人である
もっとも店を構えているわけではなく、常に仕入れと販売のために旅を続ける行商人であるので捕まえることは不可能だった
そのため家のありかが明らかな男爵が標的となった
つまり男爵と親しければ『旅人』が手に入り、親しくなければ手に入らない、というわけだ
『旅人』を愛用するオレにとってもいい話だった
男爵が過去に仲違いした貴族でなければ、の話
ネックホールド男爵は学院にいた頃の友人だった
同じ派閥の、同じ子爵家の息子という点でも気があった
オレが長男でアイツが三男であることに気が付くまでは、である
成人してしばらくするとオレは父親の跡を継ぎ子爵になった
アイツは三男であることから格下の男爵家に婿入りした
立場が違うと目線が違う
なまじ同格の友人だったということが災いして些細なことで仲違いをした
早めに謝れば良かったのだろう
でも若さゆえにお互いにできなかった
同じ派閥なので会えば挨拶はする
でもそれだけ
アイツがオレを嫌っていることをオレは知っている
オレがアイツを嫌っていることをアイツは知っている
お互いに存在を無視している関係だ
ところが最近になって男爵が『旅人』を売っていることが明らかになった
当然、品薄なので売る人間は厳選だ
過去に仲違いした昔の友人などというものは見向きもされない
ついでにそれに連なるもの ~早い話が弟や甥や伯父達~ も同様だ
手に入らない原因を知ってオレの所に押し掛けて友人との関係修復を持ちかけていた
・・・正確には強制しにきた、だな
オレのプライドとかは些細なこと
問題は手に入るか、入らないか、の二択
人身御供を差し出すだけで手に入る
みんなの胸の内が透けて見える
・・・見え過ぎてドン引きだ




