1話 僕の就職先、決まりました⑬
前回の続きです。1話最後です。
太陽の光が木々の隙間から射し込み、春風が吹き抜け心地よい、昨日とは打って変わって森の雰囲気は明るい。
「風が気持ちいいですね」
風に揺られる白髪をかきあげながらアストリアさんは微笑む。
「昨日迷っていた森とは思えないですね……道も綺麗にありますし」
「この森は生きていて姿が変わるのですよ。私達が入る時は過ごしやすい明るい姿となるんです」
「そうなんですか、すごいなあ……うぶっ!!」
魔法という計り知れない存在に感動していたとき、突然前が見えなくなった。
顔に生暖かく毛深い感触が……この流れどこかで。
「アデル様!? 大丈夫ですか!」
「あ、ポーチスクウィラル」
勢いがあり頭が後ろへ仰け反いたが、なんとか踏ん張り今度は倒れずに済んだ。
「ほうい? あおほえほってうはだい(ポーチ? あのこれとってください)」
「屈んで」
ティノンの声が聞こえたと思うと、いきなり服の裾が下に引っ張られた。
結局僕はそのまま尻もちをつく。
「いいこいいこ、その人から離れてね」
初めて聞くティノンの優しい声に僕は少しドキリとした。
すると顔に張りついていた力が緩み、真っ暗だった視界が晴れた。
「ぷはっ、はあはあ。ありがとうございます、ティノンさん」
「別に……」
「怪我はありませんか?アデル様」
「大丈夫です、なんともありません。それよりも」
ティノンの手に抱かれた小さいネズミのような生き物を見る。
「その生き物は? さっき名前を言っていたみたいですけど、たしかポーチ……」
「ポーチスクウィラル、モモンガの魔法亜種。見た目はモモンガがそっくりだけど、飛膜が自由自在に伸びて大きな袋状になるのが最大の特徴なの。時には、体長が三メートル以上にも伸びたりし……て……」
とても饒舌になり、目をキラキラさせ活き活きとしたティノンをポカンとした顔で見ていると、急に顔を紅潮させ俯いてしまった。
「あの……その……それだけ」
「ポーチスクウィラルって言うんですか、初めて見ました。結構詳しく知っているんですね。すごいです」
「お嬢様は動物がお好きなんですよ。よく森に来ては動物達と戯れているんです」
「そうなんですか。僕も動物好きなんですよ……っと」
ティノンの腕に抱かれていたポーチスクウィラルが、肩に飛び乗ってきた。
キュルキュルと喉を鳴らし、僕の頬に顔を擦り付ける。
「あはは、可愛いですね!よしよし」
ポーチスクウィラルの石ころのように小さい頭を指で優しく撫でる。
「どうやらアデル様に懐いてしまっているようですね」
「え?でも僕、懐かれるようなことなんて何もしていないんですが……」
「むぅ……」
僕の方にポーチスクウィラルが来てしまったせいか、ティノンが頬を膨らませジト目でこちらを見ている。
「すみません! 今、返します」
「別にいい。その子があなたのこと気に入ったみたいだし。無理矢理はよくない」
そう言ってティノンは、近くの木下にちょこんと座ると、ドレスの色と対になる白い鞄を背から下ろす。その中から、くまのぬいぐるみと明らかに鞄よりも大きい一冊の本を取り出して読み始めた。
「アデル様、私ちょっと夕食で使う木の実を取ってきますので待っていてください」
「それなら僕も手伝います」
「いえ、私一人で大丈夫なので、アデル様はお嬢様をお願いします」
「いや、でも……って、あれ」
一瞬ティノンの方に視線を向けていた隙に、アストリアさんはもう居なくなっていた。早すぎるだろ。
ただ、ティノンに言っておきたいことが合ったから丁度いいか。
ティノンの正面の木下に腰を下ろす。
本に集中していて僕に気づいていない様子だ。キリがつくまでしばらく待つことにした。
それにしても心地よい。僕は森の体温に身を委ねる。そよ風と森の隙間から射す陽の光が実に良い。そして眠りに落ちたーーーー
「……んあ、寝ちゃったか。これは?」
目を覚ますと日は夕刻に差し掛かっていた。春なので肌寒くなるはずなのだが、僕の身体には毛布が掛けられていた。その上でポーチスクウィラルも丸まって寝ている。
もしかしてティノンが掛けてくれたのだろうか。
ティノンは未だに本を読んでいる。
「あの、これ掛けてくれたんですか?」
ティノンは返事をしなかったが、こちらをチラッと見て小さく頷いてくれた。
「ありがとうございます。お陰で風邪を引かずに済みました」
「ん……」
僕はポーチスクウィラルを起こさないように毛布で包み、ティノンの側へと起き上がる。
するとティノンは開いていた本を音を出して閉じ、それを両手で抱え込む。
「見ないで……! 手伝いなんかいらないから」
やっぱりまだその認識だよね。僕はティノンに伝えたかった事を口にする。
「そのことなんですけど、お部屋で話した修業のお手伝いっていうのは全部嘘です。僕はアストリアさんと同じ使用人です。嘘をついてしまい、すいませんでした」
「……え?」
ティノンは案の定きょとんとしている。
「ですから安心してください」
ティノンは疑うように僕を見つめ、悩むように頭を動かす。
「そうなんだ、よかった……」
納得してくれたみたいだ。本を抱えていた腕の力を緩め、膝の上に置く。
そこにアストリアさんが戻ってきた。
「遅くなってすみません。日も暮れそうですし、そろそろお屋敷に戻りましょうか」
「わかりました。ええとこの子どうしましょうか?」
僕は腕に抱えた、毛布に包んでぐっすり寝ているポーチスクウィラルを見る。
「……かして」
すると、帰り支度の済んだティノンが両手を伸ばしてきた。ティノンの手に毛布ごと手渡す。
「屋敷に連れて帰る」
「承知しました。さあアデル様も帰りましょう」
三人並んで森を抜ける。
毛布を抱いたティノンが笑っていた。とても可愛らしい年相応の笑顔だ。
僕はこの子を魔女の試験に受からせたいと改めて思った。
沈む夕陽を遠目に眺め、僕達は屋敷へと帰った。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
とても恥ずかしいですが、これからもどんどん上げていけたらと思います。
色々勉強したいので指摘(文構成、表現、使い方……)などあったら是非ともお願いします!
水無月 涼