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5話

 始めた時には、もう終わっていた。

 これはたぶんそういう話だ。



 ある噂が『都市伝説』から『脅威』に格上げされた時にはもう、国家からかなりの数、若い男が失われていた。


『楽園への案内人』。


 もし国家が兵力をあげてその都市伝説を征伐に向かうとすれば、それはもう五十年以上前、その都市伝説によって都市が一つ滅ぼされた時点でおこなわれるべきだった。


 ……だが、そのような責任の追及を今さらしたところで意味もないだろう。

 国家には様々な問題があって、そのどれもがあやふやでない、放置できないものばかりだったのだ。


 街を一つ滅ぼした――かもしれない、都市伝説への対応。

 そんなものを、様々な、原因のはっきりした問題を放置してまで優先したならば、それこそ国民から『行政は無能である』というそしりをまぬがれない。


 しかし、街一つを滅ぼした怪異が、今までなぜ『かもしれない』止まりの扱いだったのか?

 男たちが消えていった過程は観測できたわけだし、もっと早くに、もっと大きく、もっと緊急性のある問題として取り上げることはできなかったのか?



「そこが『都市伝説』の恐いところさ。モンスターに人が食い殺されてるってんなら、実数も出るし、棲息区域も割り出せる。なにより『驚異的な人食いモンスター』っていうものは、センセーショナルだ。簡単に人口に膾炙する。ところが『都市伝説』はそうじゃない。実数もあいまいだし、棲息区域もあいまいだ。『このような被害が出ているかもしれない、このような場所にいるかもしれない、このような脅威かもしれない存在に、国軍を派遣しよう』となれば、人々は文句を言う。そういうもんだよ」



 その国軍で長く部隊長をつとめている――すなわち将校に昇進できない――ベテラン兵士に言わせると、そういうことらしい。

 彼にはよくわからない。

 それは彼が若いからかもしれなかったし、あるいは、もう、いち部隊の長以上に昇進しないであろう老兵を、心の底で馬鹿にしていて、聞く耳を持てなかったからかもしれない。


 ともあれ、彼とその老兵を含む国軍は、一万人規模の部隊で、『都市伝説の街』を包囲した。

 目的は『都市伝説の討伐』だ。


 ……たしかに、こんな作戦目標、今でなければ馬鹿馬鹿しくて、こんなものに一万もの軍隊を派兵するするのは、誰も納得しなかっただろう、と思える。

 今のように――差し迫った状況でなければ。


 彼が生まれるより以前、国軍の兵士といえば、その九割が男性だったらしい。

 しかし今では女性が多く、今回の一万人のうち、実に七千人が女性だ。

 指揮官も女性だし、軍の一番上の元帥も女性で、さらに言えば元帥の上にいる王も、女性だ。


 ……この部隊派遣計画の発端は、現女王の息子が消えたことだったという。

 いわく『気付いたらいなかった』ということだ。


 これが女王陛下の息子がいなくなっただけなら『王族特有のお忍び旅行でもしてるんじゃないか』というゴシップが流れるだけで終わっただろう。

 しかし、女王の発表とともに、市井からも次々『気付けば息子がいない』『気付けば夫がいない』などの発見があった。



「しかし、都市伝説による失踪、ですか。消えた連中はよっぽど現実に不満があったんですかねえ」



 彼は馬鹿にしきった口調で言った。

 展開する一万人、そのうち最後尾の男だけが固められた一角。

 腰を下ろして待機中だからだろう、老兵は彼の言葉に苦笑まじりで応じた。



「そりゃあ、不満のない現実なんかないさ」

「部隊長も不満……まあ、ありそうですね」

「ははは。まあな。……そもそも私は、もともと将校になる予定だったんだ。それが、私を将校に押し上げてくれる予定だった人が失踪しちまって、なしになった」

「……」

「そこらへんからかな、人生が転落していったのは。男社会だった軍隊は、いつのまにか女社会に変わった。そういった環境で生きるのに慣れていなかった私は、女性の上官に気に入られなかったらしい。昇進のチャンスはふいになり続け、もはや望むべくもない」

「一生部隊長ッスか」

「それならそれでいいんだがな。軍人は、一生はできない。軍に入ったなら、いかに素早く昇進し、いかに素早く退役し、いかに早く年金で悠々自適なアーリーリタイアライフを送るかを考えるべきなんだよ。実際、私は将校になったら軍人を辞めて、将校の年金をもらいつつ、田舎で畑でも耕そうと思っていたんだ。もう、その夢は潰えた」

「……世知辛いッスね」

「そうだな。お前は女性上官に気に入られる努力を怠るなよ。私は、無理らしい。センスというか、常識というか、そういうのがもう、ダメだ。彼女らが私のなにを気に入らないのか、私には想像もつかないし、彼女らに気に入られるよう変わることもできそうにない」

「部隊長も『消えたい』んですか?」

「できたらいいが、なんでも『都市伝説』は若い男性しかターゲットにしていないそうじゃないか。私にはもう無理だろうな。最後の希望は――英雄になること、かな」

「英雄?」

「若い男を消し去り続けた都市伝説――その首級をあげられたら、英雄になれる。軍隊が出張るほどのモンスターもおらず、戦争もない今の世で英雄になるには……昇進するには、それしかない」

「……」

「お前は気を付けろよ。都市伝説が好むのは、お前みたいな若者らしいからな」

「俺は大丈夫ッスよ。人生に不満ないですから」

「そうか、うらやましいな」



 翌日、老兵の姿は消えていた。


 功を焦って突撃したのか。

 あるいは、都市伝説に吸い込まれたのか。


 どちらにせよ、突撃の号令がくだって、ゴーストタウンに巣くう怪異を討伐すればすべてが解決するのだろうと思っていた。


 自分には怪異につけこまれるような不満もない。

 そもそも、自分の人生というものにそこまでの理想を抱いてはいないのだ。

 理想が低ければ絶望も不満もない。


 彼は、自分の身の安全だけは信じて安心していた。

 なにせ怪異が『消す』のは、『人生に不満のある若い男性』だけだという話なのだから。


 ……だから彼が焦りを覚えたのは、とある本営発表の時。



「女性、老人をふくむ、部隊の半数が、いつの間にか、消えている」



 薄くなった包囲網。

 言われてみればずいぶんとまばらになった、一万人の部隊。


 女性比率実に七割の、一万人部隊――その半数が消えている。



「……おいおい、話が違うだろ」



 怪異が対象を選ばぬ脅威と化したことを思い知らされ――

 彼は、初めて、焦燥と不安を覚えた。

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