3話
その街はどこか荒涼とした雰囲気が漂い、裏通りはもちろん、表通り、大通りだってどことなく活気や精力が感じられなかった。
ゴーストタウンというわけではない。
人は、いる。
昼時の大通りは暗い顔の主婦が行き交い、街の中央にある噴水広場では老人たちが歓談していた。
鳥の群れが石畳の上を行き交い、広場に集まった人たちの昼食のおこぼれを狙っている。
それは鳥だけではなく猫も同じようで、連中は無害な生き物のフリをしてゆったりと噴水の周囲をぐるぐる回りながら、サンドイッチのパン屑がこぼれるのを今か今かと待っている。
平和そのものの情景。
けれど、なにかが足りない感じがぬぐえない。
街の中央にある噴水広場から南下して、南側の労働者が多く住まう区画に行けば、足りないものの正体がより顕著になっていくだろう。
そうだ、この街には、若い男がいない。
普通の街であれば少年・青年が活気ある声とともにせわしなく行き交うはずの労働者区画には、老人と女性、子供ばかりの姿があって、若い男がいなかった。
少ない、ではない。
いない。
冒険者ギルドに入れば、やはり内部もなんとなく――実数ではなく、感覚的に、がらんとしている。
木造二階建ての建物。
入口から入ればまず目に入るのは、受付と、その前に広がる飲食スペースだ。
椅子はない。
席のすべてが立ち飲み用であり、大きなテーブルは酒樽をそのまま利用しているようだった。
……と、彼が足を踏み入れたギルド内から、視線が注がれる。
それは彼がよそ者だから珍しがられたのか――それとも、若い男性だから、珍しがられたのか。
視線に気持ち悪いものを覚えながら彼が目指したのは、ギルド端にある古びた立ち飲み席だ。
冒険者ギルドには女性と老人がそれなりの数いるが、その席の周囲だけ、ぽっかりと空間ができている。
避けられている、忌まわしく思われている――そういった様子ではない。
ただ、単純に、誰も近付いていない。
近付くという選択が無意識下で避けられているというような、不自然な様子だった。
なにを注文するでもなく立ち飲み席に着くと、彼は、
「はああああああああああ……」
大きく、長く、ため息をついた。
ほぼ同時、少年の正面に、ぴょこん、と黄金の毛がフサフサと生えた、大きな三角耳が現れる。
次いで、きょろり、と黄金の大きな瞳が、少年の姿を捉えた。
「なんじゃ、おぬし、若いのに悩んでおるのか」
黄金の毛並みの、三角耳の、瞳の大きな少女は、幼い、鼻にかかったような声で言った。
少年はわずかに目を輝かせる。
待ち望んでいた相手にようやく出会えた――そんな、顔だ。
「本当に、いた。本当に、いたんだ」
「なんじゃ、なんの話じゃ?」
「いや、いい。いいんだ。……なあ、あんただろう? 『楽園への案内人』は……頼むよ。俺を楽園に連れて行ってくれ。もう、生きているだけでつらいんだ」
「なんじゃ、なんじゃ、ようわからんことを、早口で……なににせよ、悩みがあるのはたしかなようじゃな。ほれ、言うてみ。わらわが、聞いてやるでな」
「……悩みはそりゃあ、多いさ。生きていくのはつらいことだ。疲れるだけの薄給の仕事。報われた試しのない挑戦。癒しを求めればそれは全部有料で、金がなけりゃあすり減るしかない。……息詰まるような人生だよ。なにもかも、始まる前に終わっているような気がする。だから、疲れたんだ。死んでしまいたい」
「そうか。それはつらかったのう」
「つらいんだ。死んで、しまいたいんだ。……でも、死ねない。ああ、そうだ、死んでしまいたいだなんて言うから誤解が生まれる。俺は死にたいんじゃない。生きていたくないんだ。夜、明日やるべき仕事に不安と恐怖を覚えながら眠る。そうしたら翌朝、痛みもなく、苦しみもなく、誰の責任でもなく――俺の責任でさえなく、いつの間にか死んでいる。そういうのが理想なんだ」
「だいぶ、疲れておるようじゃな。死のみが救い。しかも、己でそれを選ぶこともできん、と」
「自殺する度胸がない。……ああいや、度胸より、甲斐性かな? ただ死ぬっていうのもな、迷惑がかかる。俺は冒険者で、多くの冒険者がそうであるように宿泊施設で暮らしてるんだ。部屋で死人が出たら後処理とかで迷惑がかかるだろう? でも、その後処理のために遺してやるたくわえさえない。迷惑をかけずに死ぬのは、難しいんだ」
「魔物に食われて死ぬというのは、いかんのか?」
「それはダメだ! 痛くて苦しいのは、イヤだ。生きたままかじられて、じっくり溶かされるような目に遭ったらと思うと、恐くてできない。……死は救いなんだよ。でも、俺は、救われるために痛みや苦しみに耐えるほどの精神力さえ残っていないんだ」
「重症じゃな」
「……なあ、楽園に連れて行ってくれよ。知ってるんだ、そういう都市伝説を。俺はもう疲れた。疲れたんだよ」
「……よいよい。つらかったんじゃのう。誰もおぬしを褒めてくれんかったのか。誰もおぬしを認めてくれんかったのか。未来が、見えんかったのか。……かわいそうにのう」
「……」
「おぬしの言うておることが、わらわには、いまいちわからん。……だがな、胸を貸してやることはできる。さ、わらわの胸に飛び込んでおいで。頭をなでて、褒めてやろう。苦しいのに生きていて偉いねと、褒めてやろう」
この日、また一人の若者が消えた。
 




