『廻るメリーゴーラウンド』についての調査報告
裏野ドリームランドは、この地方では古くから知られた遊園地だった。
しかし、バブル期の拡張工事で莫大な借金を重ねていたところへ、追い打ちをかけるように悪い噂が広まり客足が低迷。経営は九〇年代中頃に行き詰って閉園を迎え、今やすっかり荒廃した不気味な廃墟と化している。
だが、そんなどうしようもない廃墟にもニッチな需要というものがある。
いわゆるオカルトマニアや廃墟マニアの間では、テーマパークの廃墟というのは是非とも訪れてみたい場所であり、例えはなんだが聖地巡礼のような気分で訪れる者も多いのだ。
かくいう私は別にオカルト好きでもなんでもないが、ちょっとしたバイトでそうした地の情報収集をしている。
そんなわけで、わざわざこんな僻地までやって来たのだが、どうにもツイていなかった。
「困るんだよね本当に。たまったもんじゃないよ。君みたいな連中が次から次へとやって来るんだからさ」
ふん、と鼻を鳴らしながら中年の警備員が吐き捨てる。その隣には無言で佇む白髪の警備員。
本当に間が悪いったらない。
園に侵入して早々、たまたま巡回していた警備のおじさん達に捕まってしまうなんて。おかげでこってりとしぼられて、即刻退去を命じられてしまった。
「まっすぐ帰るんだぞ。戻ってこようなんて思うなよ。しばらく園内にいるから、次に会ったらその場で警察に通報だ。分かったな?」
なんて釘を刺された以上は、すごすご退散するしかない。
聖地にまできて御本尊を拝まず帰るのは非常に心残りだけど、管理者相手に無茶はできない。
ここは大人しく引き返す――ふりをして、どこかに潜んで警備員の帰りを待つことにしよう。
などと思っていたのだが、
「案内しよう」
と、白髪の警備員に付いて来られてしまっては、どうにもならない。
残念無念。
やむなく先導されて出口に向かい歩くことしばし。
やがて、朽ち果てたメリーゴーラウンドの近くを通りかかった時、私はつい声を荒げてしまった。
「これは! 一体どういうこと?」
「どうした?」
突然の大声に、何事かと警備員の振り返る警備員のお爺さん。
「どうしたもこうしたも……木馬が全部無くなっているじゃないですか」
「それが?」
「それがって……」
それが意味するところは、裏野ドリームランドの名高き怪談話の一つ『廻るメリーゴーラウンド』に関わる重大事なのだが、そんなこと言っても理解を得られるとは思えず口籠ってしまう。
けれど、幸いにもお爺さんは勘のいい人だった。
「ひょっとしてあれか。廻るメリーゴーラウンドの噂が気になってたのか?」
「ええ、まぁ」
「あの噂は本当だよ。いや、本当だったかな」
「詳しく話を聞かせていただいても?」
思わず身を乗り出すと、お爺さんは苦笑しながら小さく頷いた。
「あんたみたいな人が、怖いもの見たさにわざわざこんな所まで来るなんて奇特だねぇ。まぁ、警備員としては不法侵入者にはさっさとお帰りいただくんだけど、せめて土産話くらいはしてもいいかな」
それから、お爺さんはポケットから煙草を取り出すと、すぱぁと一服。
紫煙が辺りに立ち込めた頃、遠い目をして語り出す――
◇ ◇ ◇
あれは四年前、裏野ドリームランドを定期巡回で訪れた時のことさ。
その頃、ここは質の悪い不良共が頻繁に入り込んでいて、施設のあちこちで悪さをしていてな。特にその日はひどく荒らされた後で、確認や後始末に追われて、帰る頃にはすっかり日暮れになってしまった。そんなわけで、真っ暗な園内を出口に向かって歩いていると、園の一角に明かりが見えたんだ。
こりゃいかんと思ったね。
なにせ園内の電気が停まっているのに明るいんだ。
いつの間にか入り込んでいた不良共がいて、火の不始末でもやらかしたんじゃないかと、慌ててそっちへ向かったんだ。
けどね、途中で気付いたんだよ。あれはそんなもんじゃないって。
いやぁ驚いた。
だって、メリーゴーラウンドが動いてるんだからさ。
不法侵入の連中、まさかそこまでやるかと呆れたね。
だってどうやって動かしたんだ? 発電機で? わざわざ電源を持ち込んだのかって話だよ。
ともあれ、施設に異常が見付かった以上は確認しないわけにいかないからな。用心しつつ近付いたんだが……ある程度近付いたところで明かりがふっと消えたのさ。悪ガキに逃げられちまうと思って急いで駆けつけたんだが、メリーゴーラウンドには人っ子一人いなくてな。装置の状態も確認したんだが、ボロボロもいいところで、当然動いた形跡なんて全くなかった。
ま、その時は疲れていたからそれで帰ったんだが、その後何度か同じような事があったんだ。
決まって日暮れ、いわゆる黄昏時になるとメリーゴーラウンドが動いてる。でも確認のために近付くと煙のように消えてしまう。
さすがにもう、不良共の仕業とは思えなかった。
ただ、何らかの現象が起きてるんだろうから、何としてもそれを確認してやろうって気になってな。カメラで撮影することにしたんだ。報告を上げるにも証拠は必要だしな。監視カメラをメリーゴーラウンドのすぐ近くに設置して、ずっと回しっぱなしにしておいたんだ。
でも駄目だった。どうもその現象はカメラに映らないらしいんだ。
ま、実害があるわけでもなし、他に見たって警備員もいない。そこで諦めてもよかったんだが、どうにも気になって仕方なくてね。現場で見張ることにしたんだよ。メリーゴーラウンドから少し離れたところにある、でかいプランターの影に潜んでな。
そして、ある日の夕暮れ。
遂に見た。
見ちまったんだよ。
現象の起こる頃合いになると急に空気が重くなった。何て言ったらいいか……うまく説明しにくいんだが、低気圧になったような気分というのが近いかな。
それから音が……いや、喧騒と言った方がいいだろうな。大勢が慌てふためくような声が聴こえてきたんだよ。
よりによって背後からさ。
『裏切りじゃあ、裏切りじゃあ』『逃げろ、逃げろ』って。
驚いて振り返ると、そこにはぼんやりと青白く光る男達の集団がいたんだ。
いやぁ、思わず口から心臓が飛び出るかと思ったよ。しかも、そいつらがどんどん近付いて来るから参ったね。おかげで間近に見る羽目になったんだが、どいつもこいつも酷い格好でさ。ざんばら髪に矢の刺さった甲冑を纏ってて、いかにも戦国時代の落ち武者って感じだったな。顔? さすがに怖くて見れなかったよ。
幸いこちらに気付くことはなかったから、仕方なくじっと隠れて見ていたんだが、奴らよたよたと歩いてメリーゴーラウンドの前まで行くと、突然大騒ぎをおっ始めやがったんだ。
『おお、馬じゃ馬じゃ』『急げ』『乗れ』って。
で、奴らはいっせいに木馬の上に乗り移った。
すると、その姿がたちまち騎馬武者に変わったのさ。
いや、木馬そのものはそこに残ってて、落ち武者が騎馬武者に変身したってこと。
つまり、廻るメリーゴーラウンドのように見えたのは、亡霊達が駆け回る姿だったってわけさ。
そう!
あいつら騎馬武者姿の幽霊になっても、なんでか知らんが律儀にメリーゴーラウンドの中を廻り続けやがるんだよ。いやぁ、恐ろしくも間抜けな光景なんだが、ありゃ一体なんでなんだろうな?
ま、それはともかく、あの時見たものが一体何だったのか気になって仕方なくて、すぐに調べてみたんだよ。
そうしたら、多分これじゃないかなって記録が幾つも見つかったんだ。
戦国時代にこの辺りででかい合戦があったのは知ってるかい?
そうそう、テーマパークから電車で二駅ほど離れたところだよ。合戦の名前も地名からきてるから、分かる人にはすぐに分かるみたいだな。
それでな、その合戦の最中に裏切りがあったんだってさ。
裏切りに遭った側はたちまち劣勢に陥って、みな我先にと逃げ出したんだが、多くは追撃で討ち取られたんだそうだ。
で、その追い詰められた先がちょうどテーマパークの辺り、裏野の地ってわけ。だから、裏野って名前も『裏切りの野』とか『恨みの野』が由来だって説もあるらしい。
いやあ、これを知った時には改めてゾッしたね。
そんなこと、全然知らなかったのに視ちゃったんだからさ、こっちは。
で、目撃したことと調べたことを上司には一応報告したんだが、疲れてるんだろうって取り合っちゃくれなかった。
ま、仕方ないんだろうが……もう少し気にしてくれれば良かったのにな、とは今でも思う。
見ての通り、あの後メリーゴーラウンドの撤去工事が入ったんだよ。
なんでも、木馬の部分だけを舞台のセットだかショップのディスプレイだかに使いたいって話があったらしくてな。とにかく産廃が売り物になるってんで、バラして運ぶことになったんだ。
ところが、その作業中に事故が起きちまった。
木馬の取り外しを担当してた作業員が、落ちてきた鉄板に当たって重傷だとか。
もちろん野ざらしでボロボロの施設だったし、そういうことが起きても別に不思議はないんだろうけどさ。
でもな、噂によると作業員は背中をパックリとやっちまってて、まるで刀で斬られたみたいな深手だったんだとか。それにさ。作業員の中には、こんな声を聞いた人がいるって話もあるんだよ。
『この馬泥棒め!』ってさ。
◇ ◇ ◇
『廻るメリーゴーラウンド』についての調査報告。
本件は、メリーゴーラウンドの木馬が中途半端に慰霊の役割を果たしていたがゆえに起きたものと推察される。戦場から逃げようとする落ち武者達にとって、馬を求める想いは殊更に強いものであったことは想像に難くない。そうした想いは亡霊と化した後も強く残るため、メリーゴーラウンドの木馬を依代として憑りついたのだろう。その結果、回転木馬の性質に引き摺られ回転し続けるに至ったのである。
亡霊達が出現した理由。
テーマパークという施設全体が、外界と隔絶した空間を作り出すことを志向した設計になっているという点で、ある種の結界となっていることが大きいだろう。そういった場所には澱みが溜まりやすく霊的に不安定となる傾向がある。また、この世とあの世の境が揺らぐ黄昏時というタイミングが関わっていることは言うまでもない。
鎮魂の方法。
怨霊を慰めるのに相応しい馬の形代を与えるのが効果的だろう。お盆のお供えに使われる精霊馬程度で充分かもしれない。
備考。
管財人が木馬を撤去したことで、亡霊が荒ぶる御霊となって園内を徘徊している可能性があるので注意が必要である。
――以上。