27 CL オルドレイクの教え
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王城の地下牢のなかでロナウドは一人静かに瞑想をしていた。
幸いなことに、あれほどまでに身体のむしばんでいた倦怠感は、昨日から少しずつ回復していた。
おそらくオルドレイクに教わった気功法を、ずっと続けていたからだろう。そして、あの黒い茨の効果もわかった。
あの茨は体内の魔力をぐちゃぐちゃにして、上手く使えないようにする。そういう呪いのようなものだった。
もしも、あの攻撃を魔法戦主体のセシルが受けていたら深刻なダメージを受けていただろう。
心を落ち着けて、呼吸を整え、気配を空気にとけこませていく。あたかも石像となったように瞑想をしていると、オルドレイクの言葉が耳に蘇ってきた。
◇◇◇◇
あれはセシルと出逢う少し前。今から5年前の18歳の時のことだ。
ロナウドは鋭い気合いとともに、オルドレイクに迫り、剣を横薙ぎに振るった。
オルドレイクはバックステップをして、ギリギリの距離でそれを避けると、逆に一気にロナウドの懐に踏み込んでくる。
下段からの切り上げだ。ロナウドは振り切った腕をそのまま肘を中心に回転させるように曲げて、ギリギリのタイミングで受け流すが、衝撃を殺せずに体勢を崩してしまった。そのままオルドレイクに蹴りを放って、一度距離を取る。
肩で息を切らすロナウドに対し、オルドレイクはまったく息を乱していない。
「おおお!」
再びオルドレイクの懐に入ろうと迫るロナウド。左下からの切り上げに対し、オルドレイクは真っ正面から勝負をするように左上から切り下ろした。
2人の間でぶつかり合った剣と剣。
しかし、あっけなくロナウドがはじき飛ばされてしまう。
そのまま倒れ込んでしまったロナウドの首元にオルドレイクの剣が添えられた。
「……ここまでだな」
「くそ! また一本も取れなかったか……」と悔しがるロナウドの前にオルドレイクはしゃがみ込んだ。
「前よりは強くなっている。刃の痛みがほとんどなくなったからな」
何か言いたげなロナウドの表情に、オルドレイクは苦笑しながら立ち上がった。
「――だがお前の剣は軽すぎて話にならん」
オルドレイクはそう言い置くと、少し離れたところに腰を下ろした。
ロナウドは何も言い返せなかった。
「くそっ!」
そう言ってごろんと仰向けになる。
ここから東方に大森林がある。ロナウドは、その奥にあるエルフの村で育った。
両親は村で少ない人間同士の夫婦で、ロナウドはその四男だった。
その村に、数年おきに外の世界からふらっとやってきていたのがオルドレイクである。
村に来る度にオルドレイクは子どもたちに剣を教えていた。ロナウドが弟子入りを願ったのもその時だった。
オルドレイクの娘が課題を与えられて独り立ちしてすぐだったこともあり、弟子入りを許されたのだが、あれからもう少しで8年。まだまだ一本も取ることができなかった。
そのまま空を見上げているロナウドに、オルドレイクが話しかける。
「お前も知っているとおり、勇者ライナードとともに魔王と戦った剣聖は、勇者と聖女の結婚式の後、賢者と一緒に王国を出た。剣聖は自らの後継者を見いだすため。そして、賢者はさらなる知識を求めて大森林を通り抜けてさらなる遠方へ行ったという」
ロナウドが身体を起こしてオルドレイクの方を見る。
「剣聖は本来、血筋ではない。厳しい修行の末、前の剣聖が認めた者のみが、この宝剣ディフェンダーとともに剣聖の名を継ぐのだ」
「ああ。じいちゃん。わかってるよ。その話は」
「お前の剣が軽いといったが、そこにこそ剣聖のふるう剣の極意がある。……お前にはわかるか?」
頭を掻きながら考え込んだロナウドは、
「鍛錬が足りないんだろ? もっと強く踏み込んで力を一点に――」「違うな」
ばっさりと否定されたロナウドは、
「え? 違うのか?」と驚いている。
オルドレイクは笑いながらこっちを見た。
「はははは。そんな単純なものなら、とっくにわしは娘にこの剣を渡しておるわ!」
「そ、そっか」
「――守る剣なのだ。剣聖の剣は大切なものを守るための剣なのだ」
「守る剣?」
「魔王ベルセルクは果てしなく強かった。勇者ライナードでさえ一度は死を経験したほどにな」
ロナウドは黙ってオルドレイクの話を聞く。
「勇者が倒れてから復活までの間、圧倒的な暴虐の主である魔王から、仲間たちを守り抜いたのが剣聖だ。神に選ばれた聖女ではない。勇者でもない。ただ人である剣聖が守ったのだ」
オルドレイクは立ち上がり、ディフェンダーを抜いて天に掲げた。あたかもその場に当時の剣聖が降り立ったかのような光景。威厳が漂っている。
「私は折れぬ。貴様が破壊の嵐をまき散らそうと、人々を守りぬく1本の剣だ。……今では名前すら失伝してしまった剣聖の言葉だ」
単なる強がりではない。剣聖の誓い。そこに込められた大切な思いが、オルドレイクから伝わってくるようだ。
再びディフェンダーを納めたオルドレイクは、ロナウドに向き直った。
「ちっぽけな1本の剣だ。……だがしかし決して折れぬ。重い、重い剣だ。その1本に多くの人々の命がかかっていた。勇者や聖女の命すらかかっていたのだ」
オルドレイクは誇らしげにそう言うと、ロナウドの顔をのぞき込む。
「お前に足りぬのは大切な者だ。自ら命をかけてもいいと思えるような人。……もしその人と巡り逢うことができ、さらなる修練を積んだならば、その先に真の剣聖の道があるだろう」
セシルと出逢ったのは、それから数日後のことだった。
天啓ともいうべき、精霊の導きというべき出逢い。
あの日の朝に感じた不思議な予感は間違っていなかった。
この人になら命をかけてもいい。そう思える女性と出逢えたのだから。
しかし、後にオルドレイクは言った。
「彼女にはきっと重い使命がある。でなければ、あのような出逢い方はせぬ。きっと将来、なにか大きな嵐に巻き込まれる。
……力をつけろ。もしお前が、セシルを本当に命がけで守ろうと思うのなら、その誓いを立てろ」
――――――
――――
――
牢屋の中で瞑想をしていたロナウドが、ゆっくりと目を開いた。
無意識のうちに胸もとに手をやるが、そこにロケットペンダントはなかった。
もとは家族の似姿を入れていたロケットだったが、ある時から中の絵はセシルに変わった。
きっと今ごろは魔王城の片隅で転がっているか。意識がなかった間に、あの女に捨てられてしまったのだろう。
しかし、無いからといってセシルとの繋がりが途絶えたわけではない。なぜかその確信だけはあった。
「絶対に折れない剣……」
ロナウドのつぶやきが漏れた。剣は主のもとへ。自らが誓いを立てたセシルのもとへ戻らねばならない。そして何より、ライラの魔の手からセシルを守らねばならない。
……さっさとこの牢屋から脱出しよう。
たとえ自分のミスリルの剣はなくとも、自分にはオルドレイクから伝授された技がある。
大切なものを守るための技。それはなにも剣技だけではなかった。
ロナウドは静かに立ち上がった。
耳を澄ませて気配を探ってみたところ、ここは特殊な囚人を収監しておく牢屋のようで、周りに収監されている者はいない。
見回りの間隔、食事の時間からしてしばらくは誰もここに来ることはないが、監視のために、2人の看守が格子の先の通路でイスに座っている。
まずは彼らをどうにかしなければならない。
そう思った時だった。
鉄の扉が開いて、壮年の騎士が牢屋に入ってきた。
2人の看守と何かを話している。
「――しかし、それは……」
「奴には恨みがあってな。責任は私が取るし、少し話をするだけだ」
「……手早くしてくださいよ」
「感謝する」
そういって、騎士が通路を進んできた、そばには看守も一人付いてきている。
鉄格子を隔てて、その騎士を見るが、ロナウドには見覚えがまったくない。恨みだと? いったい何の?
「おい。貴様。……俺の顔を覚えているか?」
「いいや。いったい――」「ふざけんな!」
その騎士は鉄格子を殴った。ガシンと音がして、看守がハラハラとしながらこっちを見ているのが感じられる。
騎士は激怒に顔を赤くして、
「貴様が余計な事をしたせいで、私がベアトリクス様から見放されたじゃないか! このクソ野郎が!」
……ベアトリクス様?
身に覚えはないが、その名前には聞き覚えがある。よく騎士の表情を見ると、いかにも激高している様子だが、その瞳は冷静にロナウドを見ているような気がする。
「しらねえよ。お前の事情なんて、俺が知ったことか」
わざと挑発するようにいうと、騎士は、「なんだと……」と再び鉄格子を殴る。
そこへ看守が慌てて、
「そこまでだ。戻れ」
と騎士を止める。
騎士は舌打ちしながら、最後にロナウドを見て、
「魔王に与した裏切り者め。……ネズミにでもかじられて死んでしまえ」
と言うときびすを返してさっさと通路を戻っていった。
……いったい何だったんだ? カリステで出逢った冒険者の関係者のようだが。
去って行く騎士と看守の方を眺めていると、足元にどこからともなく一匹のネズミがやってきた。
看守に気取られぬように、壁際に座り込むとネズミもやってくる。その背中には、一本の鍵がくくりつけてあった。
……なるほど。
ロナウドは見つからないようにその鍵を隠して、ネズミを逃がした。
◇
プロットご覧になっている方へ
最初は、ロミオ・マスト・ダイのイメージで一人で脱獄でしたが変更してあります。
◇
クライマックスは『Save the cat の法則』のフィナーレに当たる部分です。
本だとフィナーレと言いつつ、4幕全体という結構な長さがありますね。
それからプロットをご覧になっている方へですが、もう結構細かいところが変更になってます。
その意味でも、まだまだプロットを作る力が足りませんでしたね。