10 SuP 侵攻する魔王軍
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色々と批判がありそうですが、いよいよ魔王軍の登場です。
時はマナス王国の建国祭へと巻き戻る。
一年のうちで最も盛大に開催される舞踏会。
今年は特に王太子の結婚一周年の祝いも兼ねており、例年よりも華やかだった。
中央の巨大なシャンデリアの下で、本日の主役であるアランとライラがファーストダンスを踊りはじめる。
ロイヤルウェディングから一年。
王太子妃となったライラだったが、王宮暮らしは思ったよりも退屈なものだった。
外には勝手に出てはいけないといわれたが、OLだったころのようにテレビや娯楽などない。許されたのはたまに呼ばれるお茶会のほか、図書館の本を借りて読むくらいだった。
とうとうストレスが溜まったライラは、あれこれと口うるさい女官長をさっさとクビにして、アランの許可を得たとして好き勝手に動きはじめる。
実家のグレイツ商会や義理の父のマルグリット公爵(陞爵した)からの願いごとをかなえ、かわりに贈り物をねだったり、国政にも遠慮なく口を出して、現代知識チートのつもりで消費税を強引に導入したりもした。
しかもこの消費税。別に福祉事業を行うわけでもなく、王室の財源として組み込んでしまっていた。
他にも、むかつく貴族の家を取り潰したり、気にくわない女を奴隷に落としてグレイツ商会に売り飛ばすなんてこともした。
貴族だろうが侍女だろうが関係ない。お高くとまっていた女が、必死に泣き叫んで謝る様子を見るのは、実に痛快なものだった。
ともあれ、今日は自分が主人公だ。ライラはいつにも増して上機嫌だった。
しかしその時、突然、
「ほほほほほ!」
と大きな笑い声が響きわたり、会場が一瞬で静まりかえる。
……いったい誰よ? 私たちのダンスの時に!
ライラは一気に頭に血が上って、イライラしながら笑い声の主を探していると、誰かが「上だ!」とするどく叫ぶ。
キッと顔を上げた視線の先には、礼服を着た不審人物がシャンデリアにぶら下がっていた。丸く太ってコウモリのような翼を持ち、丸眼鏡をしている。
どこかの女性が、
「きゃあぁぁぁぁ!」
と金切り声を上げると、それが合図になったように一気に広間は混乱に陥った。
女性たちが逃げようとして転んだり、あわてた貴族が給仕にぶつかって頭からワインを浴びたりしている。ライラはアランとともに近衛騎士によって壁際まですぐさま避難させられた。
逃げ惑う人々を見て、男は笑いながらシャンデリアを引っ張り落とした。
大きな音を立ててガラス片が散らばっていき、翼を広げてゆっくりと男が舞い降りる。
魔人種でもこのような種族はしられていない。いったい何ものだろう。……しかし、ライラにはどこかで見た覚えがあった。
男は両手で蝶ネクタイを直すと、国王の前で恭く一礼して大げさに腕を広げた。
「ぎょきげんよう。国王陛下。……私は魔王さまの忠実なる部下、カオスでございます。どうぞお見知りおきを」
いきなり言葉を噛んだが、誰もそれを指摘する者はいない。カオス自身もなかったことにするようで、にぃっと笑顔を浮かべて、壇上の国王を見上げた。
「招待状もなく失礼しましたが、魔王さまから皆さまへのメッセージをお持ちしました。
これより魔王さまはご自分の国を建国します。もし貴様ら人間も、我らに隷属を望むならば一緒に歩む権利を認めるとの思し召しにございます」
成り行きを見ていたライラは、ここで大事なことを思い出した。
――これは、おまけゲームのストーリーだ。
本編はアドベンチャーゲームだったが、おまけゲームはロールプレイングゲームとなっていた。
主人公は神託によって聖女に認定され、攻略したキャラとともにパーティーを組んで、復活した伝説の魔王と戦うのだ。
そういえば、目の前のこの男は魔王の一歩手前に出てくるボスだったはずだ。トリッキーな攻撃をしてきた割にはあっさりと勝てたことを覚えている。
ふふふ。おまけゲームが始まるってことね。……おもしろいじゃない。
内心ではほくそ笑みながらも、ライラはゲームと同じセリフを大きな声で叫んだ。
「ふざけないで! 魔王と私たちが相容れられるわけがないでしょう!」
すると記憶にあるゲームと同じく、王太子もつづいて叫んだ。
「魔王の国など認められぬ! 失せろ! 薄汚い奴め!」
しかしカオスは、さもおかしそうに身体を揺らして笑っていた。
「ほほほほ。これは面白いことを言う。
ですが、よろしい。そちらの意思は確認しました。またお会いしましょう!」
そう言うと、多くの人々の目の前でボフンッと煙になって消えてしまった。
カオスがいなくなった途端、混乱した人々によって、大広間は騒然とした。
「いったい今のは?」「まさか本当に伝説の魔王が復活したのか?」
「なんなの? 一体なんなのよ!」
その中で一人、ライラはこれからの展開に心を躍らせていた。
◇◇◇◇
ほぼ同時刻、星々の輝く空の下で一つの村が炎上していた。
マナス王国の国境より東。とある自由都市国家に所属している辺境の村だ。
その村から、絹を切り裂くような女性の叫び声が響きわる。
全長50メートルはあろうかという巨大なランドドラゴンが村に侵入して、火炎のブレスをまき散らし、しっぽで建物を豪快に破壊していた。
必死の形相で人々がちりぢりになって村から逃げていく。
親は子の手を引き、赤子を抱え、森を目指して走っていく。
しかし、そこへと青白いスケルトンソルジャーの大群が襲いかかっていく。
手にした農具で防戦しようとする村の男たち。容赦なく捉えられる女性。
幸運にも、命からがら森に飛び込んだ男が、必死に息を殺しながら茂みの中でブルブル震えていた。
逃げる際に左腕を折ってしまい、体のあちこちにできた傷からは血が流れている。
いつもならジクジクと痛むはずだが、今はそれより恐怖の方が勝っていた。
木の陰から村を見る。
炎上する村を背景に、男も女も抵抗むなしく、次々にスケルトンに捕らえられていた。
……なんてこった。どこからあんな化け物が来やがったんだ?
ましてやスケルトンソルジャーまで!
その時、男のそばの茂みが揺れ、金縛りになったように体がこわばった。
――なにかいる!
次の瞬間、上から何かが落ちてきた。
ベチャアとした粘液に体が包まれた。スライムだ。
驚く暇もなく粘液が鼻や口からも入り込んで息ができなくなる。必死でもがく手足が燃えるように熱くなったが、幸いにもすぐに男の意識は無くなっていった。
少し離れた小高い丘の上で、獅子の頭をした筋肉質の男、魔王四天王の一人である魔獣王ブルーゴがいた。
上機嫌で、腕を組んで村を見下ろしている。
「がはははは。いいぞ! 計画通りだ!」
そこへ、王国から転移してきたカオスが現れた。
「ご満悦のようですね」
「そういうカオスだって楽しそうじゃないか」
「何しろ堂々と姿を現していいのですからね!」
「これも魔王様のお陰だ! がはははは」
四天王にはほかに、魔霊王カロン、魔剣士ゴルゴダがおり、それぞれ一軍を率いてマナス王国に進軍している、はずである。
この4人は、かつての魔王ベルセルクによって創られたモンスターだった。
ずっと封印されていたのだが、ある日、急に封印が解け、彼らの目の前に新たな魔王が姿を現したのである。
ブルーゴは手に持った酒瓶をあおると手の甲で口をぬぐい、
「さてと、そろそろ終わったころか。後は俺様が仕上げに更地にしてやるぜ」
とつぶやいた。
背中の翼がぶわさっと広がり、ブルーゴが空を飛んでいく。
今度の魔王さまは一風変わっているが、その力は本物だ。
その魔王さまが国を創るといったからには、その理想を実現するのが我らの役目。……それも思いっきり暴れてもいいのであれば、こんなにうれしいことはない。
「さてと、ここには城砦都市をつくる予定なんだよな」
酒瓶を腰にくくりつけると、すうーっと息を吸い込んで腹の底に力を入れる。気合いは充分だ。
「……ふん!」
ブルーゴの鼻息とともに、お尻からブウー! と盛大におならが出た。
「がはははは! 今日も調子がいいぜ!」
闘気がゆらりと右腕から立ち上る。
「それじゃあ、始めるか!」
右手を頭上に持ち上げ、眼下の地面にぺったんと叩きつけるように振り下ろした。
ブルーゴの放った闘気が広がりながら地面に向かっていく。
次の瞬間、ズズズズンン……と重い音が響き、まるで巨大な手が叩きつけられたように窪みができあがっていた。
「おら! おら! おら!」
振り下ろすたびに、手の窪みが増えていく。
「がはははは! どんどん行くぜ!」
ブルーゴは楽しそうに笑いながら、右手を振り下ろしつづけた。
――またとある洞窟では、豪華な黒いローブに身を包んだ魔霊王カロンが、「うむ。すばらしい」とつぶやきながら怪しげな薬品を作っていた。
――またとある港では、漆黒の鎧に身を包んだ魔剣士ゴルゴダが海から上陸していた。
魔王軍は、着々とその侵攻の手を広げていったのである。
次回予告「神託の儀」
◇
プロットをダウンロードされた方へ。
魔王軍はもともとコメディ風味で描くつもりでしたが、プロットの設定はさすがにライトすぎるというか、コメディ過ぎるかなと思い直し、大幅に変更しています。
併せて四天王からアナスタシアを無くしました。
コメディパートとシリアスパートのバランスをどうしようか、だんだん混乱しつつある……。せめてオープニングくらいの雰囲気にしないと。