・・・・・・ウルシュ君。早く帰って来て。
本日二回目の投稿。読む順番にお気を付けください。
変な勘違いで治癒魔法をかけた事を、エルフのダーヤン先輩に謝ると、先輩は笑いながら許してくれた。
「自分、典型的なエルフの見た目してるのに、まさかエルフだと気付かれてないなんて、思わなかった。初体験だよ」
誠に申し訳ありません。確かによく見れば、細身で身長高くて耳が長く尖っていて、金髪碧眼の物凄い美形と、まんまエルフだ。初エルフだ。
ウルシュ君以外の男の容姿に興味無いから、大して見て無くて、まったく気付かなかった。
それに何より、凄い美形っぽいのに、ゲームにモブとしてすら出て来なかったから、余計に注目して無かった。
そりゃ、エルフの耳に『伸びてる』って言って真面目な顔して治癒魔法かけてたら、笑われもするわ。
「本当に申し訳ないです。ところで、エルフと言う事はダーヤン先輩は、もしかしてかなり年上なんですか?」
「ん? 自分は今、十六歳だよ? なんで? そんなに老けて見える?」
あれ? エルフって、すっごい長寿で人より老けるのが遅いから、見た目と年齢が違うんじゃ無かったけ?
そう思ってダーヤン先輩に聞いてみると、それは『ハイエルフ』だけだと言われた。あっれぇ?
もしかして、この世界のエルフと、前の世界のファンタジーに出て来るエルフは違うのかな? あまり変な質問して不審に思われてもいけないから、後でウルシュ君に聞こう。困った時のウルシュ君。
そんな会話を、ダーヤン先輩としていると、他の先輩が薬草棚から薬草を抱えて戻って来た。
「さて、じゃあ薬草を潰す所から見せるね。この五種類の薬草を潰して混ぜるんだけど、潰した後に混ぜないといけない物と、一緒に混ぜて潰しても良いものとに分かれているんだよ」
それぞれの薬草の種類と効能について知るのは、授業で教科書を見ながらの方が良いだろうと言う事で、今回は手順だけを見せて貰う。
さっきまで石臼の中に入っていた物は潰し終えていたようで、布巾が敷かれた蒸篭の中に平べったく伸ばす様に詰められて、他の部屋に運ばれて行った。
先輩は新しく持って来た薬草の重さを計り、一緒に潰して良いものだけを、石臼の中に千切りながら入れて行く。
それを見ていると、ダーヤン先輩が横から説明をしてくれる。
「これは、魔法薬三十本分の薬草だね。授業では五本分から始めるから、もっと小さい乳鉢で潰すんだけど、大量生産時はこんな感じで石臼に入れて潰すんだよ。急いでなければ一人で潰すんだけど、今は兎に角数が必要だから、数人がかりで潰すんだ」
ダーヤン先輩が言い終わる頃、ちょうど石臼に必要分の薬草を入れ終わったらしく、先輩達は石臼を取り囲むと、棍棒を手に薬草を潰し・・・フルボッコにし始めた。
「おらぁっ!! さっさと潰れやがれぇ!!」
「クソがっ!! クソがぁ!! 何が魔法薬五千本だっ!! ふざけてんのか教師共ぉ!!」
「いい加減に帰らせろやっ!! イベントごとに俺らを酷使してんじゃねぇぞ!!」
「ふははははっ!! 薬草共めっ!! 泣け! 喚け! そしてバラバラになれぇ!!」
・・・・・・。違う。思ってたのと違う。
私の想像していた魔法薬創りは、こんなんじゃ無い。
これは魔法薬創りじゃ無くて、集団リンチだろ。
はたから見ると、大勢で取り囲んで、棍棒で集団リンチしているようにしか見えない。これを誰が魔法薬創りだと思うんだよ。
無言でダーヤン先輩を見上げると、先輩は達観した表情で呟いた。
「うん。皆ね、疲れてるんだよ」
ブラック企業か、錬金術科は。
内心、錬金術科に入るのやっぱり止めようかな、と思っていると、ダーヤン先輩がフォローを始めた。
「あ、心配しなくても、薬草潰す時に、必ずしも罵詈雑言を飛ばす必要は無いからね」
でしょうね。罵詈雑言が製造過程に必須だなんて、誰も思ってないよ。
急に罵詈雑言の嵐が収まり、静かになったので視線を戻せば、石臼の周りで先輩達がゼーゼーと息を切らせて、座り込んだ所だった。
どうやら潰し終わったらしい。お疲れ様です。
潰した薬草を他の容器に移し替えて、石臼を水拭きすると、今度は別々に潰す薬草が入れられる。
それを、他の先輩達が交代で潰し始めた。ジャングルの奥地で聞くような、鳥や動物の鳴き声みたいな雄たけびを上げながら。
・・・・・・ウルシュ君。早く帰って来て。
潰し終えた薬草を全部石臼に入れると、それをヘラの様な物で掻き混ぜ、布巾を敷いた蒸篭に平べったく伸ばす様に入れた物を、手渡される。これを持って、この部屋から続く隣の部屋に行くらしい。
蒸篭を持ったまま、微妙な気分で混沌とした部屋を後にし、次の部屋へと移動した。
次の部屋では、湯通しした薬草と生の薬草、乾燥させた薬草を刻んでいる部屋だった。
小柄で可愛らしい先輩が、
「小さくなぁれ。小さくなぁれ」
と可愛い声で呟きながら、薬草を刻んでいる。彼女の目が虚ろで死んでいるのには気付かなかった事にしたい。
その可愛らしい先輩の横で、聖母のような微笑みを浮かべながら、
「君にはなんの恨みも無いのよ? 大丈夫、怖い事は何も無いわ。ちょっと君の身体を切り刻むだけだからね?」
と猫なで声で語りかけながら、薬草に包丁を叩きつけている先輩(♂)の姿も見なかった事にしたい。
どいつもこいつも刃物持たせて良いのか不安になるような虚ろな目をしている事を、ここに記そう。
唯一まともそうに見えるのが、カンフーの達人みたいな声を上げながら、両手に持った包丁で薬草を切り刻んでいる先輩だけと言うのが、なんか切ない。
・・・・・・ウルシュ君。早く帰って来て。