私には無くてですね・・・
仁義なき極妻達の戦いから何とか逃げ出した私は、魔法薬を創りながら様子を窺っていた先輩達の方へと逃げて行く。
先輩達はフラスコだとか、ガラスの筒がウネウネした謎の機械だとかに入った液体を、冷やしたり熱したりする謎の作業をしていた。
長い作業テーブルの端では、出来上がった魔法薬を瓶に詰める作業をしている。
彼等に近づいて行き、一番近くに居た作業グループの先輩に声をかける。
「スミマセン。今年入学して来た、錬金術科に入る予定の者なんですけども、先輩達の作業を見学してもよろしいですか? 」
「え・・・。あ、良いよ。え~と今は、最終段階の、出来上がったポーションの中に入っている不純物を取り除いている所で、これをちゃんとやっておかないとポーションの劣化が早く・・・・・・あーー、こんな最終段階から見るより、初めから見た方が良いかも。初めから見る?」
途中まで説明してくれていた先輩が、ふと思いついたように提案してくれる。
「良いんですか?」
「良いよ。錬金術科入るんでしょ? ポーション創りは、どの分野の錬金術師に進むとしても、一番初めに必ず創らされる物だからね。今は大量生産中だから普段より材料の分量が多いし、作業や道具も微妙に違うけど、工程は大体一緒だから見といて損は無いよ」
「わぁ!! 有難うございます!」
実は錬金術科と言っても、分野が分かれていたりする。
作業場の階層が違うように、薬品系、生活用魔道具、武器系魔道具、移動用の大型魔道具と言った具合に、同じ錬金術師でも分野が違ったりするのだ。
ある意味、工業科って言っても良いのかな?
ウルシュ君はオールマイティだけど、学院では持ち運びが出来るマジックアイテムと、移動用マジックアイテムの二つを学ぶらしい。どちらも私と行商するのに役に立つからだと。
私は、ウルシュ君が創る魔道具の説明を聞いても、難し過ぎてサッパリ理解できなかったので、調合とかの薬品系に進む予定。行商しながら薬草とか採取出来たら、移動中に創れるかな? と思って。
だから先輩の申し出は本当に嬉しかった。先輩達の作業を見て予習が出来ると言う事だ。
「じゃあ、まずは薬草庫の隣に、下ごしらえしてる部屋が有るから、そこに行ってみようか」
「下ごしらえですか?」
「そう。薬草や素材を切ったり潰したりしている部屋だよ。魔法薬創りはある意味料理と同じでね、下ごしらえをきちんとやっておくと、完成品の質が良くなるから大事なんだ」
魔法薬創りは料理と同じ・・・だと。
待って、私、まだ自分の料理がヘドロ化する原因も特定出来ていないし、解決もしてない。
料理と一緒なら、私の創る魔法薬が全てヘドロ化するかもっ!!
不安に襲われながらも先輩に付いて行き、下ごしらえの部屋に入ると、石臼の周囲で座り込み、息を切らしている先輩達がいた。
石臼は碾き臼ではなく、つき臼タイプで、中に潰れた薬草が入っている。
座り込んでいる先輩達は、真ん中辺りが持ち手のように細くなった棍棒を持っていて、どうやら私達が部屋に入ってくる直前まで、石臼に入った薬草を潰す作業をしていたようだ。
私を部屋に案内してくれた先輩は、座り込んでいる先輩達に近づいていき、彼らに声をかけた。
「休憩中に悪いんだけどさ、新入生にポーション創りを見学させてくれる? ここから順に彼女に説明と案内をして行きたいんだよ。だからちょっとお邪魔するね。ちなみに彼女はスネイブル商会のウルシュ・スネイブルの婚約者さんだよ」
話し始めた先輩を、床に座ったまま黙って見上げていた先輩達だったが、私がウルシュ君の婚約者だと聞いたとたんに、一斉に私に視線を向けた。同じ部屋で他の作業をしている先輩達も一斉にこちらを振り返っている。
そんなに注目されたら、怖いんだけど。と、思っていたら、床に座り込んでいた先輩達がカサカサと虫の様に移動して来て私を取り囲む。
えっ?! いや、何?! 本当に怖いんだけど!!
「スネイブル商会の若奥さん・・・だと」
「スネイブル商会のウルシュ様の奥さん!! 」
いや、まだ結婚して無いです・・・。奥さん呼びは嬉しいですけど、そのギラついた視線が怖いです。
本当に、一体なんなんだ。
「若奥さん!! わ、私、スネイブル商会のキーケイ都市支店の工場で働きたいですっ!! 」
「はい! はい!! 俺はチネール都市の魔法薬工場に就職したいです!!」
「俺は、ランバート領のダンジョン都市『ゼルバンダム』のスネイブル薬草研究所に入りたいです!!」
その声に続いて、ほかの作業していた先輩達も希望の就職先を、口々に言い始めた。
あーー。なるほど、就職活動。
先輩達はあと二年か一年で卒業だから、就職先を探さないといけなくて必死なんだね。
たしかスネイブル商会って、ガルファシア大陸の要所要所に支店構えてるらしいね。
きっと彼らが希望している地域は、地元か有名な所の支店なんだろな。よく知らんけど。
ただ、私にそんなん言ってもどうしようも無い。私には人を雇うような権限ないし、そもそも私とウルシュ君は独立して行商に出る予定だ。
とりあえず、必死な先輩達には申し訳ないけど『それ、私に言ってもどうしようもないよ』って言うことを理解してもらわないと。
「えーと。そういった雇用に関する権限は、私には無くてですね・・・」
「俺は、若奥さんとウルシュ様の行商について行きたいです!!」
「はい! はい! 私もっ!! 私も世界制覇の商隊に入れてください!!」
聞いちゃいねぇ。しかも、私とウルシュ君が行商に出る情報まで入手してて、なんか怖い。
それと世界制覇の商隊ってなんだ。そんな物騒なもの結成する予定は無いよ。どこ情報よソレ。世界一周はするけどさ。
なんだろなぁ、スネイブル商会の情報収集能力を考えると、この世界の商人って、その位の情報収集が出来ないとやっていけないのかなぁ?
そんな就職活動に必死な先輩達が騒ぐ中、ここまで案内して来た先輩が手を叩き場を静めた。
「はーい、彼女が困っているから、そろそろ止めようね。アピールがあからさま過ぎて、ちょっと見苦しいよ皆。ちゃんと魔法薬創りを見学させてあげて」
そう言って先輩は集まって来ている先輩達を追い返した。案内役の先輩がしっかりした人で良かった。
そう思いながら、ふと先輩を見上げると、ある事に気付いた。
・・・先輩、耳が、・・・伸びている。
もしかして、薬品をずっと扱っている所為で、副作用的な症状が耳に出たんだろうか?
案内をして貰ったり、今みたいに対応してくれたりと、ウルシュ君が帰って来るまでお世話に成るので、お返しにと思って、先輩の耳に手をかざして治癒魔法をかけてみた。
だけど、どれだけ治癒魔法をかけても、伸びた耳が縮まない。
不思議に思って、首をかしげると、こちらの様子を窺っていた先輩達も不思議そうに首をかしげた。
治癒魔法をかけられている先輩も、不思議そうな表情で私を見下ろしている。
なんで治らないんだ? 不思議だ。
そう思っていると、周りで見ていた先輩の一人が近づいて来て、不思議そうに声をかけて来た。
「なぁ、なんでダーヤンに治癒魔法をかけてるの? 」
なんでって、見れば分かるだろうに。副作用で伸びている耳の治療だよ。
「いや、なんでって、薬品の副作用で耳が伸びて尖っているから・・・」
答えた瞬間、聞いて来た先輩がその場に崩れ落ちた。どうした?! 急病か?!
慌てて崩れ落ちた先輩を支え起こすと、彼は声も出ないくらい笑っていた。
どうしたっ?! なんで笑ってる?!
笑いすぎて呼吸困難を起こしている先輩の背中を、混乱しながら擦っていると、耳が伸びた先輩が困惑顔で私の肩を叩いた。
「えーと。自分、エルフだから。この耳は元から」
元からだった!! 私やらかした!!