ファイッ!!
そんなウルシュ君のお母様の衝撃的な近況を聞いて、呆然としていたのだけど、ふとある事に気が付きハント先輩に疑問をぶつける。
「あれ? ハント先輩ってウルシュ君の知り合いだったんですか? 」
さっきハント先輩は、私の横に居るのがスネイブル商会の息子だと指摘していたので、そう思い口にすると、ハント先輩は首を横に振った。
「違うよ、一方的に知っているだけ。多分、錬金術科の生徒の殆どが彼を知っているよ。彼はその歳ですでに有名な錬金術師だからね。なんか切ない」
あ”ぁ? 今のどこに切ない要素があったって言うんだ?
ウルシュ君が錬金術師としての腕を認められているなんて、素晴らしい事じゃねぇか! ちっとも切なくないだろが、ゴルァ!
先輩の口癖にメンチ切りかけた私を、ウルシュ君は横でドウドウと馬のように宥めつつ、ハント先輩に向き直る。
「僕はたまたま環境が良かっただけだよぉ。まだまだ学ぶ事が有るから、婚約者共々錬金術科でお世話になろうと思うんだぁ。学科長に入科届を貰いたいんだけどぉ、今ここに居ます?」
「一番下にいるよ。今は対魔法戦士科用ゴーレムの整備をしている所だけど、ウルシュ・スネイブルが来たって言えば喜ぶと思うよ。ただ婚約者を一緒に連れて行って見せつけられると、燃え尽きてヤル気を失うから、出来れば気を使ってあげて欲しい。なんか切ないから」
こいつら魔法戦士科相手にゴーレム持ち出す気でいやがる。殺る気マンマンだな。
ちなみに学科長と言うのは、それぞれの科の生徒会長みたいな物だ。
ロゼリアル学院では、全生徒をまとめて代表する生徒会と言う物は無い。各科の学科長と副学科長および教師達の会議で予算などの決定が行われる。
学科長や副学科長以外の委員会と言う物も無く、学院内の警備や図書室の司書といった物は、専門の職員が雇われている。
王族や貴族に平民が、ごちゃ混ぜに集められているこの学院で、生徒に風紀委員みたいな役職を与えても、上手く機能しない為らしい。
領地に魔物が出たと聞けば、領主が単騎で突っ込んで行くような脳筋ばかり居るこの国で、生徒に暴走する貴族子息を押さえろと言っても無理があるのだ。その辺は専門職の大人の出番。
いつぞやか、辺境伯に嫁いで行った次姉に、王族と平民同じ学び舎に放り込んでも大丈夫なのか? 暗殺とか大丈夫なのか? と聞いてみたところ、
『それ、戦場でも同じ事言えるの? 学院内で死ぬ程度の王族ならばそれまでよ』
と言われた事を考えると、この国がどの程度脳筋なのか分かると言う物だろう。
日ごろ魔物や魔獣による脅威にさらされているとは言っても、血の気が多すぎないか?
よく回ってんな、この国。優秀な文官が多いんだろうな。
確かに大規模な戦場だと王族も平民も同じ場所に居るけど、状況違うし。
でも、戦場よりぬるい学院内で死ぬなら、混乱する戦場じゃ生き残れないだろうし。
考えても思考の泥沼に沈むだけなので、私はそのあたりを考えるのを止めた。
そんな感じで脳筋がゆえに、魔獣や魔物との戦いで子息がメッチャ死んでいくので、王族の一部とダンジョンが在る場所の周囲に領地を構える領主、そして辺境伯は、その土地の危険度によって人数は変わるが、複数の嫁を持って良い事に成っている。
えーー。国がハーレム認めちゃってんの? と複雑になったが、一夫多妻が認められる土地は本気で危険度高いらしいので、やっぱり考えるのを止めた。
だって私、平民のウルシュ君に嫁ぐから関係無いし。平民は一夫一妻だし。
クリス様の兄である王太子は、今三人お嫁さん居て子供がそれぞれに居る事で、クリス様は一夫多妻を今の所認められていないから、アリスちゃんも関係無いし。
と、なぜ急に、私が一夫多妻について考えを巡らしているかと言うと・・・。
「ちょっと邪魔よ貴女達。私がルイス様に、イザベラ様への対応を任されたのよ」
「あら、まだルイス様の婚約者として確定していない貴女には、イザベラ様をもてなすには荷が重いんじゃ無くて?」
「二人ともお止めなさい。ここはルイス様の正妻となる事が、すでに決定している私が引き受けますわ。ですのでお二人はもう持ち場にお戻りに成って」
ルイス・ハント先輩の婚約者二人と、婚約者候補一人に囲まれて身動きが出来無いからである。
彼女達三人はルイス・ハント先輩ルートでの、悪役令嬢ポジションに居る三人だ。
そう、攻略対象のルイス・ハント侯爵子息の家は、ダンジョンが在り、魔物が多く出現する領地を治めている為に一夫多妻が認められていて、嫡男の彼には、すでに婚約者が二人居る。
そして彼のルートに入れるVer2の時点では、彼の婚約者は三人に増えるのだ。
ルイス・ハントてめぇ!! ハーレム築いていて、切ねぇとか抜かしてんじゃねぇぞっ!!
全然切なくないだろお前!! 他の独り身の男子生徒全員に謝れ!!
そして揉めてる三人を私に押し付けて、ウルシュ君を連れて下に降りて行きやがった、アイツ!!
もう、本気で許さないルイス・ハント。本格的に学院が始まったら覚えていろよ。
そんな中、私に対してルイス・ハントのハーレムメンバーが声をかけて来た。
「イザベラ様、ルイス様から言い遣った私から、学科の説明を聞く方がよろしいですわよね?」
「そんな事有りませんわよね? この中で一番年上の私の方が、上手くご案内できると思いますわ。そうでしょう?」
「いいえ、イザベラ様のご家庭の環境に一番近いのは私ですのよ。私にも騎士をやっている厳しい兄がおりますの。だから私の方が話は合うはずですわ。そうでしょ? イザベラ様」
これは困る。誰にお願いしても後々面倒な事に成りそうだ。
正妻予定の娘の家庭環境には興味を惹かれるものが有るが、私がいかにも釣れそうな話題を、上手く振って来ている時点で、やり手感半端ない。さすが正妻予定。
とにかく私はこの場から逃げたい。上手く隙を突いて逃げたい。隙が無いなら作るまでよ。
三人に向きあって、片手を高く挙げて口を開く。
「皆さま、ハント先輩の為にも頑張って案内係を勝ち取って下さいね。それでは・・・・・・ファイッ!! 」
掛け声と共に、挙げていた手を勢いよく振り下ろすと、彼女達はそれを合図に一瞬でローブを脱ぎ捨て、三つ巴の壮絶なキャットファイトを始めた。
・・・・・・だろうと思った。
一夫多妻が認められている程の、危険な土地の領主子息に嫁ぐ予定なんだ。脳筋じゃない筈が無い。戦闘特化の令嬢じゃないハズが無い。
きっと脳筋令嬢には口喧嘩なんてもどかしい筈だ。
誰かがゴングを鳴らせば素手喧嘩が始まると思ったんだよ。
あ、そうか。こんな脳筋嫁が三人居れば切ないわなぁ。ごめんハント先輩。貴方にはちょっと同情する。
とりあえず、三人が殴り合っている間に、この場から逃げ出そう。
キリが良いところで止めたので、今回短めです。
実はルイス・ハント先輩はリア充。(本人が望んでいるかどうかは置いといて)