ヤラシイ事を考えているとっ!?
そのままウルシュ君は私を肩に担いだまま学科棟の中を移動していく。
私はと言うと、運ばれ方が情けないので降ろして欲しい乙女心と、姿勢はともかくウルシュ君と密着出来て嬉しいスケベ心が入り交ざってどうして良いか分からず、荷物の様にウルシュ君の肩の上でブラブラと揺れている。
「う~ん。爆撃したり、ケルベロスが学院の敷地内をうろついてたりしてるから、建物の中より地下のシェルターみたいな所の方が安全かも知れないねぇ。学科居残り組は地下の方に居るのかも~」
そう言いながらウルシュ君は陶器のユニコーンが現れた廊下の角へと進んでいく。
角を曲がると二階に上がる階段が有った。
正直、二階から上の階の廊下が消失しているため、階段を上がったところで教室に入れなくなっている。
廊下側の教室の壁も全て消失して、ドールハウスみたいな建物に成っているので、私やアリスちゃんのような人間なら跳べば二階の教室に上がれるだろう。
ウルシュ君もギリギリ二階までなら跳べるかな?
ウルシュ君は階段の下に来ると、階段の周りの床や壁を蹴って調べ始めた。
「階段ってさぁ、別の場所に造るより、同じ場所に続けて造った方が楽なんだよねぇ。建物の耐久面から考えても」
そう言いながらウルシュ君が階段下の壁を蹴ると、そこの壁がガコンと音を立てて回転扉の様に開いた。
ここは忍者屋敷か何かか。
「イザベラ、地下に行ける階段が有ったよぉ。降りてみよっかぁ」
そう言ってウルシュ君は私を担いだままカラクリ扉をくぐる。
「あっ! 待ってウルシュ君。私を抱えたまま階段を降りるのは危ないから、もう降ろして良いよ」
そう言って、モゾモゾと動きウルシュ君の肩から降りようとすると、ウルシュ君の焦った様な声が響いた。
「ちょ!! イザベラ! 今、動かないで!! 床、何か塗ってあって・・・わぁ!! 滑るっ! 」
そのまま足を滑らせたウルシュ君は、私を担いだまま下り階段の方へと飛び込んで行く。
咄嗟にウルシュ君は自分が下敷きになるよう、空中で身体を反転させた。
ウルシュ君!! カッコイイ!! 男らしい!! 好き!!
でもソレ、ウルシュ君が怪我するからっ!!
私はこの位の高さ平気だけど、ウルシュ君は怪我するから!!
私は慌てて階段と激突しそうなウルシュ君の制服を掴むと、遠心力をつけてウルシュ君を上へとぶん投げた。
そのまま階段の段差を片足で蹴ると、空中を舞うウルシュ君をキャッチして抱き込み、自分がクッションに成るように階段の下へ落ちた。
背中で床に着地した瞬間、凄い音が立つと共に埃が舞い上がる。
とりあえず舞い上がる埃でむせそうだけど、ウルシュ君を下敷きにしながら階段を転げ落ちる展開は防げたので良しとしよう。
しかし、冷静に考えるとこの体勢はいかがなものか。
いや、私がウルシュ君の下に来るように身体の位置を入れ替えたのだから、下に私が居て、上にウルシュ君が居るのは当然だ。
だから、ウルシュ君が仰向けになった私の上に覆いかぶさっているのは、当然なのだ。
そう、私の上にウルシュ君が覆いかぶさっている・・・・・・ウルシュ君が覆いかぶさっている?
私の上に!? ウルシュ君が、覆いかぶさっている・・・だとっ?!
「ふっ?! う、うひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ?! 」
思わず女子として失格であろう変な声が上がる。私の女子力、本当に息して無い。
いや! でもっ!! だって!! 私の上に十五歳のウルシュ君が圧し掛かっているんですよっ!!
私の胸からお腹に、ウルシュ君の体重とぬくもりを感じる!!
首筋にウルシュ君の温かい呼吸がかかって、くすぐったい!!
やだ、私の上に覆いかぶさっているウルシュ君、温かい!!
「ふひょぉぉぉっ!! ごほっ・・・げっへっ!! 」
興奮しすぎて思いっきり埃を吸いこみムセると、我に返ったウルシュ君が慌てて上半身を起こした。
ふに。
「わぁっ!! イザベラっ!! 大丈夫? 苦しいの? それとも、どこか痛い・・・・・ふに? 」
「・・・・・・ふに? 」
私とウルシュ君の視線が同時に、私達の身体の間へと落ちる。
上半身を起こしたウルシュ君の左手は私の脇下の床に。ウルシュ君の右手は私の左胸の上に。
ふおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!
「ウルシュ君おめでとうっ!! これ、世にいう『ラッキースケベ』とか言うやつだよ。ラブコメの主人公が週一の頻度で起こす、ラッキーでスケベなイベントだよ」
私の思考が混乱を極めて、訳分からん説明をウルシュ君に始める。
しかし事態を把握したウルシュ君が、慌てて私の上から跳び退くかと思いきや、ウルシュ君は一向に私の胸から手を離さないし、私の上から降りようともしない。
不思議に思ってウルシュ君の方を窺うと、ウルシュ君は私の胸を掴んだ自分の右手を凝視したまま、完全にフリーズしていた。
そうなって来ると、かえって私の混乱が落ち着いて来る。
自分より混乱している人を見ると、自分が落ち着いてくるって本当だったんだね。
「・・・えーと。おーい、ウルシュ君。ウルシュくーん。・・・・・・あぁ、駄目だ。完全にフリーズしてる」
どうしよう、ウルシュ君完全にフリーズして応答が無いから、強制終了させなきゃ駄目かなぁ。
そんな事をつらつら考えていると、足元から疲れ切った男の子の声が聞こえて来た。
「大きな物音を聞いてやって来たら、イチャついてる新入生が居るんだもんなぁ・・・なんか切ない」
声の方に視線を向けると、錬金術科のチョコレート色のローブを羽織った十二歳位に見える少年が、疲れ切った表情で立って居た。
「あ、ルイス・ハントだ」
「しかも、その新入生から名前知られていて、いきなり呼び捨てられるし・・・なんか切ない」
ごめん。いきなり呼び捨てて。でも、私この人の事知ってるんだ。
ルイス・ハント。錬金術科の一学年上の先輩。
『ラブ☆マジカル』のVer2で追加される攻略対象者の一人で、世を儚む系の合法ショタ枠。
まぁ、ゲームで攻略対象だからって私には関係無い。
Ver1で退場する悪役令嬢イザベラは、ルイス・ハント先輩とは何の接点もないからね。
「えーと、ハント先輩。私のピュアな婚約者がラッキースケベに精神が耐え切れず、凍り付いてしまったので、何とかして貰えませんか? 」
「『ラッキースケベ』って・・・。確かにその状態は自分の意図しない形で、幸運にも舞い込んで来たスケベなシチュエーションだから言い得て妙だよね。だけど紳士にとってはある意味、生殺しの生き地獄だね。理性と本能が全面戦争して固まりもするよ。ふふ・・・羨まし過ぎて、なんか切ない」
いや、理性と本能が全面戦争した結果が固まっている現状だと言うなら、それはもう紳士じゃ無いよ。
だって理性とエロスの戦力が拮抗してるって事でしょ?
本当に紳士なら理性が圧勝して既に再起動している筈。
「成る程!! つまりウルシュ君は、私でヤラシイ事を考えているとっ!? 」
私が叫ぶとウルシュ君がようやく再起動して反応を返した。
「そうだけど違うよぉっ!? 」
いや、どっちやねん。
そのままソロリと私の上から降り、横で膝立ちになったウルシュ君は、落ち着かなさげに右手を開いたり閉じたりしながら、左手で目を覆う。
「なんか最近・・・イザベラが異性に変化して来て、接し方が分からない」
ちょっ!! ウルシュ君!! それ、どういう意味さっ!!
私は初めから異性だよっ?!
ウルシュ君。今まで六歳児だったからさ、執着の意味合いが恋愛的意味とちょっと違ったんだよね。
彼には頑張って思春期の階段のぼって貰おうと思います。