【閑話】お姫様と落ちこぼれ
今日から私の主人となったイザベラお嬢様は、あまり手を加えなければ大丈夫だろうと、せっせと一口サイズに切ったクク鳥と玉ねぎを交互に串に刺し、塩を振ってウキウキと焼いていた。
目に眩しい金色のフワフワの髪を揺らし、鼻歌を歌いながらクク鳥が焼けていく様を見ているお嬢様の姿はとても微笑ましく、自分の頬が自然と緩んでいくのが分かった。
お嬢様と並んで、クク鳥が焼けていくのをのんびりと眺める。
聞こえて来るのは、すぐ横を流れる小川のせせらぎに小鳥の声、時々パチパチと鳴る火の音。
離れた屋敷の方を見ると、庭師が花壇に腰かけお茶を飲んでいる。
こんなに穏やかな時間を過ごすのは、私の人生で初めてではないだろうか。
我儘な姉のヒステリックに喚く声が聞こえないだけでも、心穏やかに過ごすには十分だけど、その求める以上の平穏過ぎる時間に、少しソワソワした落ち着かなさも感じる。
「そろそろ焼き上がる頃かしら? 」
隣で立ち上がったお嬢様の声に、ハッと我に返る。
危ない危ない、完全に穏やかな時間に沈んで呆けてしまっていた。
お嬢様とクク鳥の焼き加減を窺う。
順調に焼けていくクク鳥だったが、食べごろに焼けて行くにつれてヘドロへと変わり始め、串から溶け落ちてきた。
何故っ?!
慌てて小皿を持って来て、串から溶け落ちるヘドロを受け止める。
横目でお嬢様の様子を窺うと、小さな口をポカンと開けて呆然としていた。呆けた顔がちょっと可愛い。
食材がヘドロへと変わって行く原因が全く分からず不思議だけど、正直ワクワクが止まらない。
ショックを受けているイザベラお嬢様には申し訳ないが、次は何味のヘドロが出来あがったのか楽しみだ。
立ったまま呆けるお嬢様を椅子に座らせ、溶け落ちて行くヘドロの下に小皿を並べて行く。
最終的にクク鳥も玉ねぎも完全にヘドロへと変わり、火の周りには焦げた串だけが残った。
「ごめんなさい、アン。今度こそ、まともな食べ物を食べさせてあげたかったんだけど・・・」
ショックから立ち直り、椅子から立ち上がったお嬢様がションボリと謝って来た。
元気いっぱいのお嬢様も、5回も立て続けにヘドロを生み出した現状には落ち込みを隠せないらしい。
公爵令嬢と言う立場の彼女が、料理を失敗(?)したくらいで、使用人の私に謝る必要性なんて無いのに。
お嬢様はキラキラと太陽の光を反射させる金髪頭のつむじを私の方に向けて、両手の指をモジモジと絡めている。
ふふ、落ち込むお嬢様もなんか可愛い。
見た目はお人形か妖精みたいにお綺麗なのに、チマッとした姿と、ちょこちょこ動く姿が金色のヒヨコみたいだ。
可愛いヒヨコを、いつまでもションボリと落ち込ませたままでいるのも可哀想なので慰める。
「お嬢様が謝罪する必要なんてありませんよ。それに味は確かなのですから自信を持って下さい。お嬢様の料理は見た目でどんな味がするのか分からない事で、それを予想したり、食べた時に驚いたりできるエンターテイメント性を持っている世界唯一の料理だと思います。私はお嬢様の料理が大好きですよ」
するとお嬢様は顔を上げて、おずおずと上目遣いで私を見つめ返し、不安そうに口を開く。
「本当? でも将来ウルシュ君のお嫁さんに成った時に、食べるまでどんな味がするのか分からないヘドロが、毎回食卓に並んだら嫌がられないかしら? 」
私だったら嬉しいけれど、お嬢様が聞きたいのはそう言う意見では無いのでしょう。
でも私の予想だと、あの糸目の少年は、お嬢様の料理なら例え不味いヘドロだったとしても、喜んで飲み干すと思う。
「ウルシュ様は魔道具の製作などに時間を使いたい方だと思うので、すぐに栄養補給する事が出来るお嬢様の料理は重宝されるのでは? 」
「でも、すぐに食べ終わったら、休憩時間が減ちゃって作業時間が長くなっちゃうわ。ウルシュ君ってば、ただでさえ根を詰めて作業するのに」
「でしたら、お嬢様が固形の食べ物が食べたいとウルシュ様にお願いして、時々料理をお願いして製作作業を中断して貰えば良いのではないでしょうか? 気分転換にも成りますし、お嬢様はお皿やお茶の準備などをして一緒に台所に立てば共同作業みたいな時間も取れますし」
それを聞いたお嬢様は成る程と頷き、検討を始めた。
あら、ちょっと待って。
「お嬢様、お茶を淹れる事は出来ますか? 」
「お茶は大丈夫よ。問題無く淹れられるわ。あとは、そうね・・・果物を絞って作るジュースも大丈夫なのよ」
成る程、液状の物であれば問題無く作れるけど、固形の料理に成るとヘドロ化するのね。
「でしたらスープはどうですか? 」
「スープは具が溶けてやっぱりヘドロに変わるし、ポタージュ系も裏ごしまでは良いのに、火を通して混ぜている間にヘドロに変わるからお手上げなの」
本当に『料理』に成ると駄目なんですね・・・。
何故なのかしら・・・。
二人でしばらく考えてみるが分からないので、とりあえず新しく出来上がったヘドロを食べる事にした。
クク鳥と玉ねぎの串焼きに成るはずだったヘドロは、私が今まで食べた事のない味だったけれど、とても美味しい。
何だろう? 少し塩分を含んだまろやかな旨味を感じる。貝類かな?
それとバターの風味に、ほんのり胡椒?
考え込んでいると、横でヘドロを口に含んだお嬢様がポツリと呟いた。
「ムムル貝のバター焼きの味がする・・・」
お嬢様が言うには、鉄板の上でムムル貝という貝を、バターとお酒で蒸し焼きにした料理の味なんだとか。
成る程、ムムル貝のバター焼きという料理はこんな味がするのね。食べた事ないから分からなかった。
「ムムル貝のバター焼きは、あのプリプリした食感と、殻に溜まった貝とバターのスープを飲むのが楽しみなのに、味と匂いだけの再現じゃつまらないわ」
私にしてみれば、クク鳥と玉ねぎで貝の旨味を引き出すだけでも凄いと思うのだけど、お嬢様は残念な様子。
私の過去十二年の人生で食べてきた物の中でも、お嬢様の作るヘドロはご馳走以外の何でもないから、見た目がヘドロでも問題はない。
これまで食べてきた物と比べると雲泥の差だ。
ちなみに雲の方がお嬢様のヘドロだ。見た目は泥っぽいけれど。
スネイブル家にいる間にも、普通の食事を食べさせてもらっていたけど、糸目の少年が不気味で食べている気がしなかったし、お嬢様の料理の方が美味しい。
そういえば今まで生きてきた場所では、美味しいと思える食べ物を食べた記憶がない。
どんな令嬢とでも入れ替われるようにと、味は二の次の栄養だけを与えられて、レベルを上げるために鍛えられ続け、時には泥水を啜っていた。
時々気まぐれにお菓子や、ちゃんとした食べ物を与えられる事もあったが、私より出来の良い双子の姉に奪われ続け、自分の口に入る事など無かった。
奪われ続けた私は、人の物を当然のように奪える姉のように、どこかの誰かの人生を奪う役目に前向きに成れずにいた。
そのうち訓練に身が入らず落ちこぼれていき、双子の姉と比べて出来が悪いと扱いに差を付けられるようになり、生活環境が悪くなって行った。
いつしかお姫様扱いされる様になった姉と、不出来と蔑まれる私。
私は取り替え子なんかに生まれたくなかった。
普通の子供のように育って、学んで、普通に仕事につく。そんな人生を夢見ていた。
どこかの貴族令嬢に成り変わってまで、贅沢な生活をしなくても良い。
闇ギルドとは関わりなんて持たない、普通の暮らしがしたい。
だから、今回は奪ってくれた姉に感謝しなければ。
保護された先で、普通の仕事を斡旋して貰って普通の生活を送るよりも、お姫様扱いをしてくれる闇ギルドに帰りたかったのね。
あの糸目の少年にそそのかされて、妹と入れ替わってまで。
でも、私と入れ替わって闇ギルドに帰ったところで、温かく迎えて貰えると思った?
何度も聞かされていたではないか。
私達の能力は一度発動させると常時発動へと変わるから、一度乗り移った体から出られなく成ると言う事を。
だから入れ替わりがバレて任務に失敗し、囚われた時は切り捨てるからそのつもりでいろって何度も。
それなのに彼が言う、『一卵性の双子なら、入れ替わっても自分と同じ身体だから、他人の身体に入れ替わるのとは違い、能力を使った事に成らないから無効』だなんて嘘くさい言葉を信じちゃったの?
耳に聞こえの良い、自分の都合の良い事だけを聞いて信じる姉さんだから、真に受けたのね。
姉さんが無駄に能力を使ったから、私達の入れ替わり能力は消えたわ。
そして、私は姉さんと入れ替わった事で、何もせずにギルドから逃げ出す事が出来た。
私はこれから姉さんの身体で、望んでいた普通の生活を送る事にする。
ヒヨコみたいなお嬢様に癒されながら、普通の使用人として勤めるの。
それでは姉さん。どうかお元気で。
本当はウルシュ君が言うように、双子で入れ替わっても無効となり、能力は消えない筈だった
だけどメリーがスキル発動させた時に、ウルシュ君が『嫉妬』で『嫉妬王の心』を模倣して自身の『嫉妬』を『嫉妬王』へと進化させた事により、欠片スキルである『嫉妬王の心』が消失し『憑依』へと変化している。
嫉妬:七大罪の魔眼の一つ。スキルが発動しているのを見れば、その能力を模倣する事が出来る。
この発動条件に基づき、『嫉妬王の心』が発動させるのを見る必要が有ったけど、
誰かを犠牲にするとイザベラが悲しみそう→でも双子なら入れ替わっても見た目一緒だし問題ないよね
と言うウルシュ君の独断と偏見で実行された。