【閑話】イザベラ専属メイド、『アン』
七歳になってしばらくした頃、屋敷の敷地内で野営時の調理練習をしていると、お父様が応接間で呼んでいると執事のショーンが迎えに来た。
なんでも、新しく雇い入れた使用人を私の専属メイドにするとの事で、顔合わせをするらしい。
私には既に専属メイドがマリーを含めて3人居るのに、まだ増やす必要が有るのかと疑問に感じながらも、ショーンに付いて応接間に向かった。
応接間の扉は開いていたので、そのまま中に入って行くと、お父様の横にオレンジ色の髪をポニーテールにした可愛い少女が、真新しいメイド服を着て立っていた。
お父様はその子の背を私の方へと押しながら、彼女を紹介する。
「あぁベラ、来たね。早速だが紹介しよう。彼女はアン、アン・エンビだよ。スネイブル家からの紹介で、今日からお前の専属メイドとして雇い入れる事に成った。彼女はお前が学院に通うようになった時に一緒に連れて行く事になる予定だ」
紹介されたアンは、見た感じ十~十二歳位だろうか。
だけどアンは年齢に見合わない、妖艶さと言うか、色っぽさと言うか、とにかく女の私でもどぎまぎさせられるセクシーさを持つ、ある意味心臓に悪い感じの少女だった。
アンは私にゆったりとした微笑みを向けると、ゆったりと口を開いた。
「お初にお目にかかります。本日よりイザベラお嬢様の専属メイドとして、お傍につかせて頂きますアン・エンビと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくね。私はイザベラよ。私は学院を卒業したら婚約者のウルシュ君と結婚して、行商しながら世界一周するつもりだから、18歳までの付き合いに成るけど、それまでは色々と貴女のお世話に成ると思うわ」
そう私が言うと、アンは少しキョトンとした後、ふふっと花がほころぶ様に笑って、世界一周良いですねと小さく呟いた。
その小さな呟きは社交辞令じゃ無くて、本当に羨ましそうな響きだったので、一瞬、一緒に連れて行ってしまおうかと思ってしまうほどだった。
まぁ、楽しい事ばかりじゃ無くて、苦労も沢山するだろうから可愛い彼女は置いて行くけど。
でも、初めて会ったはずの彼女なんだけど、どこかで見た事有るんだよな・・・
どこだっけ? オレンジ色の髪の女の子で『アン・エンビ』。
ん? オレンジ色の髪?!
そう言えば、マリエタからオレンジ髪の少女に気を付けろって言われていたぞ!!
彼女かっ!? マリエタが言ってたのは彼女の事かっ?!
でも、スネイブル家からの紹介だしなぁ・・・
ウルシュ君が私に危険人物を近づけるとは思えないから、アンとは別のオレンジ髪の子じゃないかなぁ?
分かんないから、ちょっと鑑定してみようかな。
《強欲王》発動!!
【ステータス】
名前:メリー・エンビ (12) Lv:19
種族:人族
HP:55/57
MP:73/73
身分:
ロゼリアル王国 王国民
ロゼリアル王国 ロッテンシュタイン公爵家 使用人/公爵家三女専属メイド
■職業スキル
《暗殺者》《護衛》《料理人》《狩人》《剣士》《魔術師》
《斥候》《盗賊》《呪術師》《踊り子》《狙撃手》
■継承特殊スキル
※このスキルは条件を満たしたため、継承性が消失。
《憑依》へ変換され、《特殊スキル》へと移行しました。
■特殊スキル
《憑依》《物体透過》
■固有スキル
《魅了》《MP譲渡》
《闇属性魔法》《闇属性耐性》
■スキル
《隠密》《狙撃》《気配遮断》《気配察知》
《魔力察知》《身体強化》《防御》《解錠》《感知》《鑑定》
《看破》《火属性魔法》《水属性魔法》《風属性魔法》《土属性魔法》
《物理攻撃緩和》《火属性耐性》《恐怖耐性》《不眠耐性》
《毒耐性》《呪術耐性》《読唇術》
■称号
《取り替えられ》
これ、アレや。
世にいう『戦闘メイド』とか言うやつだ。
12歳と言う若さで、どう鍛えられたらこうなる事やら。
あと、名前が二重に成ってる・・・。どうしよう、この子ちょっとヤバイかもしれない。
この名前の重なりは、ヒルソン子爵であるアーロンさんの名前に、ライアンの名前が重なっていた時と同じなのかな?
それとも、偽名とか違う要因で二重に成ってるのかな? もしや二重人格とか?
他には・・・・えっ?!
この子、《継承特殊スキル》持ちだったの?!
え・・・どんなスキル持ってたんだろう?
そして、消失した《継承特殊スキル》が《憑依》スキルとか言うのに変わっている・・・。
これ、名前の二重は《憑依》スキルによる物なのか?
今現在メリーっていう子に、アンっていう子が憑依している状態って言う事かしら?
いや、違うな。発動中のスキルだったら、鑑定結果に『発動中』って表示されるもんなぁ。う~ん分からん。
気になると言えば《大罪王の欠片スキル》以外で、《継承特殊スキル》って有るんだろうか?
《大罪王の欠片スキル》は、少なくてもその大罪王と同じ罪の魔眼と《嫉妬》を持っていないと、継承権の消失は出来ないと思っていたんだけど、もしかして継承系のスキルから、継承性を消失させる方法が他にもあるのかな?
う~ん。せめてアンの持っていたスキルが、『大罪王の欠片スキル』か、大罪王以外の『継承系スキル』かだけでも知りたいわね・・・
あ、そうだ。大罪王の欠片が『大罪王』へと姿を変えたら、対象となった魔眼が消えるんだった!
クリス様の《傲慢王の耳》が《傲慢王》へと変わった時に、私の《傲慢》が《千里眼》へと変わったように。
【ステータス〝〟
なまぇ:イざベラ・アリー・ロッテンシュタイン (7) Lv27〇
咒蔟:膩N。。蔟
HP:67820/67820
∑P:10787/10787
《中略》
■特殊スキル
《クローゼット》《強欲王》《憤怒》
《暴食》《色欲》《怠惰》
《千里眼》《絶対複製》
・・・・・以下略。
ちょっ!! 《嫉妬》さんが居なくなってるーーーー!?
その代わり《絶対複製》さんが来てるーーーー!?
ウルシュ君の《絶対鑑定》もそうだけど、この『絶対〇〇』の『絶対』って何だ?!
何が何でもやり遂げてやるぜ!! 的な自信と決意の表れですかーーー??
スキルのクセに生意気な!!
そして、《嫉妬》が消失していると言う事は、アンが持っていたのは《嫉妬王の〇〇》って言う事かな?
でもアンが持っているスキルが《絶対複製》じゃ無くて《憑依》に成っているのは何でだ?
それぞれが持っていたスキルが《嫉妬王の欠片》と《嫉妬》で違うせいだからかな?
いや、待て。たまたまタイミング良かっただけで、アンの持っていたスキルが《嫉妬王の欠片》かどうか、まだ確定したわけでは無い。
スネイブル家の紹介で我が家に来たって言う事は、ウルシュ君が何か知っているかもしれない。
今度会った時にでも聞いてみよう。
ところで、この称号の《取り替えられ》って何だろう?
とりあえずウルシュ君に聞く前に、自分で聞き出せそうな事は聞いておこう。
再び野営時の調理練習をしに、アンを連れて野営場所に戻る。
広い敷地内の小川の近くでテントを張って設営した野営場所を見て、ついてきたアンは目を丸くした。
「イザベラ様。ココで一体何をなさっているのですか? 」
「さっき、世界一周しながら行商するって言ったでしょ? でも、それだと旅の途中で宿どころか村さえ無い場所も有ると思うの。だから、一人でも野宿と言うか野営が出来る様に練習してるの」
「このテント張りと言った設営も、全てお一人でされたのですか? 」
「そうよ。私、五歳位から悪さをするとお仕置きとして、お兄様に獣人部隊の軍事訓練や行軍練習に放り込まれていたから、テント張りは得意なのよ。この調理用の魚もそこの小川で捕まえたのよ」
私の説明を聞いたアンは、しばらく悩まし気に考え込むと口を開いた。
「その野営練習にメイドが手を出すと、練習に成らないので良くないですね・・・。では、・・・私は突如襲って来た山賊の役でも致しましょうか? 」
なんか真面目に山賊役を買って出てきた。
確かに野営をするなら、山賊や魔獣、魔物、に対する対抗策を練る必要性はあるけど、そう頻繁に襲われる物でもないし、七歳児が実家の敷地内で行うままごとみたいな野営練習に、山賊ぶっこんで来るのはなんかちょっと違うと思う。
頓珍漢な方向へと協力的なお色気メイドを、片手をあげて制する。
「・・・いえ、結構よ。今は対人戦よりも調理練習の方をどうにかしないといけない状況なの」
「調理練習でございますか? 」
「そう、私が料理した物は何故か全て、とっても美味しいヘドロに成るのよ」
料理人スキルが有るから、味に問題は無い。とてもおいしい。
切ったり、洗ったりの作業も問題無い。
だが、何故か完成形がヘドロなのだ。
まるで呪いかの様に、サラダであってもヘドロに成るのだ。
先程作った料理を見せると、アンは口元を手で隠しながら目を丸くする。
「まぁ・・・でも食べられるのですよね? 」
「見た目を気にしなければ、食べられるわよ。食べてみる? 」
そう言って、ヘドロをマグカップに入れて木のスプーンを刺して渡すと、アンは恐る恐る受け取りスプーンを持ち上げる。
不安そうな表情でヘドロを口に運んだアンだったが、すぐにパッと表情が明るくなった。
「イザベラ様、コレ、とても美味しいです!! 濃厚なミルクとチーズの味と、スパイシーな香辛料の香りが口の中に広がります。味が濃くてコッテリしているのに、後味が爽やかで喉ごしが爽快な感じがするんです」
「でしょ? 見た目はヘドロなのに、味は美味しいでしょ? 程よく焦がしたチーズの様な味が何とも言えないでしょ? でも見た目がヘドロで気味が悪いでしょ? この見た目をどうにかしたいのよ」
「そうですね。見た目がもう少し、せめて色が黒っぽい灰色で無くなれば食べやすくなりますね。ところでこの料理は、何と言う料理になる予定だったんですか? 」
「牛肉とトマトのワイン煮込みよ」
「えっ? 」
「牛肉とトマトのワイン煮込みよ」
「・・・・・・ミルクとチーズは? 」
「全く使っていないから問題なのよ。材料を何使っても、全然違う味のとてつもなく美味しいヘドロに成るの。不気味でしょ? 」