問題でも有ったんですか?
※虫注意
※若干ホラー注意
「犠牲は大きいけど、ヒルソン子爵の進行が止まったわ!! お手柄だね、アリスちゃんと建築物!!」
「止まったっていうより埋まっているよねぇ。あ、瓦礫の隙間から手が出て来たぁ」
流石ヒルソン子爵。倒壊した地下空洞と廃工場の下から這い上がって来た実力と執念は、ダテじゃ無い様で、じわじわと脱出をして来ている。
しかし、途中で身体が引っかかっているようで、もがき出した。
「体格が細長く変わったせいで、挟まりやすくなったのかな? 」
「形体進化がアダに成ったねぇ」
ウルシュ君、形体進化とか言うの止めて。
ボスキャラって、第三形態まであったりするから。
「とにかく、動けない今がチャンスだね。『へるずゲート!!』を展開させちゃおうか」
「あー。待って、イザベラ。その前に面倒事の対策を取っておきたいから、アリス様とギース様を連れて来てくれるかなぁ? 」
「へ? 良いけど。すぐ連れて来るから待ってて!! 」
『色欲』と『千里眼』を使ってアリスちゃんとギースの居場所を掴むと、すぐにそこへ向かって走る。
アリスちゃんとギースは一緒に居たので、そのまま二人を両肩に担いでウルシュ君の元へと急ぐ。
その際二人は、私の肩の上で悲鳴を上げていたが、急いでいるので気にせず最短距離を全速力で走った。
ウルシュ君の元に辿り着いた時には、何故かアリスちゃんとギースがヨレヨレに成っていたが、気にせず彼らをウルシュ君の前に降ろす。
すると二人の休む間もなく、今度はウルシュ君からの、演出の打ち合わせが始まる。
なぜ、演出が必要なのか私にもよく理解できないが、素直に話を聞いていると、途中からギースがキラキラした目で興奮しだし、ノリノリで演出に必要なセリフを考え出した。
すると今度はギースの考えたセリフに興奮しだしたアリスちゃんが、立ち位置とセリフの配役を決めだした。
私一人だけ、ついて行けずにポカンとする。
というか、背後でウゴウゴと瓦礫から出ようともがいているヒルソン子爵が気になって、打ち合わせに集中できない。
何なんだ、この状況。
誰か私にも分かる様に説明してくれ。
「じゃあ、ヒルソン子爵の顔が瓦礫から出て来た事だしぃ、皆、打ち合わせ通りに行くよぉー」
「「はーい!! 」」
「は、はーい・・・」
なんか分からんまま、打ち合わせが終わり、配置とセリフが決められてしまった。
まず、皆でヒルソン子爵の前方3M程の位置に移動する。
私がいつでも『へるずゲート!!』を発動出来る状態に成ったのを確認して、最初にウルシュ君が高らかに声をあげる。
「我ら4人の愚者の願いを、誓いと対価のもとに、地獄の底より聞き届け給え」
私が続きを引き継ぐ。
「おくる魂無き、無念の葬列を創りし呪われた罪人はここに」
私の後をアリスちゃんが引き継ぐ。
「地の底より漆黒の慟哭を引き裂き、灰銀の門番をここへ」
そして、ギースへ。
「還らざる数多の魂を喰らいし、悪しき魂に裁きを下せ」
最後に四人で声を合わせる。
「「「「来たれ、断罪の門《地獄門》!!」」」」
言い終わると同時に、『へるずゲート!!』を発動させる。
発動させると、晴れて明るかったはずの周囲は、急に冷たく青暗くなった。
様子を見に集まって来ていた騎士や冒険者達も、身を固くして蒼褪める。
耳鳴りがしそうな静けさの中、どこからともなく鐘の音が響き始めると、私達とヒルソン子爵の横に、地獄門は、次元を裂くかのように現れた。
見上げる程の大きな門だった。高さは5~6Mはあるだろうか。
どんな素材かも分からない、光を反射せず吸い込むような漆黒の扉の中央には、扉を固く閉ざす様に、左右から伸びた銀色の骸骨の腕の手が、祈りの形に組まれていた。
エフェクトでは小さくて見えなかった扉の銀色の縁取りは、苦悶の表情を浮かべた沢山の顔で出来ていて、蠢き呻いていた。・・・やばい、怖い。
周囲の空気も蠢き始め、空気が形を成したような、透明の溶け崩れたような人達が辺りを舞い始める。
少しでも身動きをすると、何かの呪いを受けそうな不気味な空間の中、その場に居る者達全員が身を固くし地獄門の様子を窺う。
その間も、鐘の音が反響し、急かす様に鳴り響き続けていた。
とうとう精神的に限界が来たのか、横に立っていたアリスちゃんはふらつき、そのまま気絶して瓦礫の上にぶっ倒れるのが横目に見えた。正直、私も倒れたい。
倒れたアリスちゃんを、透明の女の子っぽい人が心配そうに覗き込んでいるのが見えて、アリスちゃんに害は無さそうだと安心する。
と、アリスちゃんの様子を窺っていると、地獄門の骸骨の腕が、ガラスを引っ掻くような音を立てながら祈りの形に組んでいた手を開き始める。
組んでいた手が解けた瞬間に、内側から叩き付けるかの如く勢いよく扉が開け放たれた。
門の向こう側は真っ暗で、風鳴りがすすり泣きの様に響いている。その奥からザワザワと何かが這い出て来るかのような音が近づいて来たかと思うと、大きな手の形をした黒い靄が吹き出して来た。
いや、違う!! これ、靄じゃ無いっ!! 蟲だっ!!
黒い虫が大量に集まって、固まって、大きな手の形をしているんだっ!! スイミーかっ!!
それが、瓦礫に埋まっているヒルソン子爵を、虫の大群で埋めるかのように襲い掛かったかと思うと、どす黒い煙で出来たような人型の何かを握って持ち上げた。
どす黒い煙の人型から、耳にタールかヘドロを注ぎ込まれるような不快な叫びが撒き散らされる。
あぁ、きっとアレが、ライアン・ヒルソン子爵の魂だ。
そのライアンの魂が放つ叫びを封じるかのように、大量の虫が群がりライアン子爵の魂を埋め尽くすと、そのまま門の奥へと吸い込まれる様に消えて行った。
虫の手が門の内側に消えると同時に、勢いよく門が閉じ、骸骨の手が祈りの形に組まれ、あっという間に門は、鐘の音と共に次元の向こう側へと消え去って行った。
門が消え去ると同時に周囲は明るく晴れ渡る元の姿に戻り、飛び回っていた透明の人達も跡形も無く消えていた。
ただ、さっきまで鳴り響いていた鐘の音が、まだ耳の奥にこびりついている感じがする。
100年以上に渡り沢山の罪も無い人達を誘拐し、呪術の材料にする為に樽の中で溶かし続けていた男が、今ここに倒れた。
だけど、喜びの歓声が上がる事も無く、あまりの衝撃に人々は無言のまま立ちつくし・・・・・・と、思っていたら、遅れて歓声が響いた。大歓声だ。
集まっていた騎士や冒険者、その他、協力していた人達が手を挙げ、肩を叩き合い、抱き合って喜んだあと、解散する人達や瓦礫の撤去を魔法や自力で始める人達で、急に賑やかに成った。
これが、魔獣や魔物のいる魔法世界に生きる人達か・・・・・・メンタル強いな。切り替えが早いわ。
ヒルソン子爵の残された身体を掘り返す為に、意識を取り戻したアリスちゃん達と瓦礫の撤去を手伝っていると、王宮から近衛騎士が馬で駆けつけて来た。
「イザベラ様ですか? 王宮で王妃様と第二王子殿下がお呼びです。一緒に王宮まで来て頂けますか」
そう言えば、クリス様は王宮でヒルソン子爵の奥さんである、リンゼイさんが入った魂の牢獄を探していたな。
「なにか王宮で問題でも有ったんですか?」
「いいえ、問題と言う訳では有りません。お探しの樽が見つかったらしいのですが、鑑定も看破も全て弾き返されるので、それが探している物で正しいのか判断が付かないそうです。そこで王妃様から高レベルの鑑定持ちであるイザベラ様をお連れするよう言われて参りました」
そう言えばお茶会で王妃のステータスを鑑定したり、看破を弾き返すクリス様のステータスを鑑定して、呪いの原因を明らかにした事があったな。
だけど、なんでリンゼイさんの魂の牢獄は、鑑定を弾き返すのだろう?