こっちから進めば良くないかな?
視界の中に居る、一番『カルマ値』の高い者に対して発動すると言う『へるずゲート!!』
だけど、『カルマ値』が何だか分からないから、不用意に発動させられない。
「こんな時にウルシュ君が居てくれれば・・・」
「呼んだぁ? 」
一人で悩んで呟くと、後ろからウルシュ君の返事が返って来た。
慌てて振り返ると斜め後ろでウルシュ君が、にこやかな表情を浮かべて立っていた。
「ウルシュ君!! 体は? もう大丈夫なの?! 」
「うん。イザベラの治癒魔法と、着けてくれたアイテムのおかげだよぉ」
フニフニと笑うウルシュ君に抱き着いて、回復を祝うと、ウルシュ君は抱きしめ返してくれた。
ふぉぉぉ!! ウルシュ君が元気に成って抱きしめ返してくれている!! 幸せだ。
そのまま抱きしめあった姿勢で、ウルシュ君が問いかけて来る。
「それでぇ? 一体何を困っていたのぉ? 」
「えーと、『カルマ値』って言うのが分からなくて」
するとウルシュ君は、私を抱きしめたまま少し上半身を放し、私の顔を見る。
「何でそんな物が知りたいのか知らないけどぉ・・・『カルマ値』って言うのは『業』の高さを表す数値の事だと思うよぉ」
「ごう? 」
「そう。『業が深い』とか言うでしょ? 簡単に言うと、魂レベルで背負っている『罪』みたいな物だねぇ。それがどうかしたのぉ? 」
そこで、ウルシュ君に今発見した【裏クローゼット】の事、そこに在った魔道《地獄門》と思われるエフェクト、『へるずゲート!!』を見つけた事を順を追って説明する。
エフェクトについては、なけなしの語彙力を使って、仮の身体の周りに纏わせる、動く絵だと説明して無理やり納得して貰う。
動く絵が何故魔道へと変わるのかなど、ツッコミどころが多い話だけど、そこの説明はもう無理なので、そう言うものだと受け入れてもらうしかない。
「ふーん、成る程。多分その『へるずゲート!!』って言うのは、確実にヒルソン子爵相手に発動するんじゃないかなぁ? だって100年以上に渡って、沢山の人達を呪術の材料として殺してきたわけだしぃ、何より自分の子供の魂を食べて、その人生を4代にわたって乗っ取って来たからねぇ。ちょっとやそっとの業じゃないと思うよぉ?」
「でも、もし他にもヒルソン子爵より業が深い人がいて、その人が巻き込まれたらどうしよう?」
「・・・どうもしないよぉ。世界が少し平和に成るだけだと思うよぉ。ヒルソン子爵より業が深いって、よっほどの悪人じゃないかなぁ」
確かにそうね。
ヒルソン子爵以上に人を殺しているか、外道な事をしている事になるわけだものね。
私が納得していると、ウルシュ君は首をかしげて考え込んだ。
「成る程ねぇ、前々から『七大罪の魔眼』と呼ばれる特殊スキルにしては、《憤怒》が『威圧』という効果だけしか無いのは疑問だったんだよねぇ。他の、例えば《嫉妬》と比べると余りに効果がお粗末だなぁ、なんて思ってたんだぁ。まぁ今の問題は、ちゃんと発動するかどうかだよねぇ」
ウルシュ君が言うには、視界に入っていれば発動はするのだろうけど、『門』と呼ばれているだけあって、出現した位置から移動できないんじゃないかという危惧があるらしい。
つまりヒルソン子爵が移動して、地獄門の間合から外れてしまい、不発もしくは効果対象が変わる可能性が有るんじゃないかと。
周囲には冒険者や騎士が多く、盗賊団の討伐とかで人を殺している人もいるだろう。
だけどそんな致し方の無さそうな物まで『カルマ値』に数えられるかどうかは地獄門にしか分からない。
今ココで街や王宮を守ろうと頑張っている人達の誰かが、第二候補として地獄門に引きずり込まれて行くのは防ぎたい。
「つまり確実にヒルソン子爵が門に届く位置で、発動をさせなくてはいけないと言う事だね」
「そうだねぇ。出来れば彼の真正面で門を出現させたい所だねぇ」
ならばすぐにヒルソン子爵の正面へ移動しようとしていた時、引きずられていた捕獲装置2機が耐え切れずに横転し、拘束していた電流が2本消失した。
「あー・・・対地竜用の新型捕獲装置が・・・・・・まぁ試作機だから良いや。あれ創るのに結構時間をかけたんだけど、あの調子じゃ改良がかなり必要だねぇ。ワイバーンをギリギリ捕獲出来る感じかなぁ。イザベラ、急いで正面に回ろうか。多分残りの2機じゃ、これ以上ヒルソン子爵の動きを止められないよぉ」
ウルシュ君の予想通り、拘束電流が減った事によってヒルソン子爵の進行速度が上がってきた。
残りの2機を必死に大勢で抑え込んでいるが、その人達ごと引きずって進んで行く。
「イザベラ、向こうの方から行こうかぁ」
そう言ってウルシュ君は通りの反対側、ドワーフの冒険者さんが上に乗っている捕獲装置側を指さす。
「ウルシュ君。わざわざ向こう側に回らなくても、こっちから進めば良くないかな? 」
そう疑問を口に出すと、ウルシュ君は表情を無くして首を振る。
「とにかくアッチ側から行こう。こっちの捕獲装置に乗っている人とは、目を合わせたら駄目だよぉ。さぁイザベラ、急いで」
そう言ってウルシュ君は私の手を取ると、通りの反対側へと走り出す。
通りの反対に辿り着くと、そのままドワーフのオジサンが乗った捕獲装置の横を通り抜ける。
その際ドワーフさんから手を振られたので振り返しておいた。
でも何で向こう側の捕獲装置に乗った、あの白髪、金目の女の子と目を合わせたら駄目なんだろう?
まるであの子を避ける様にして、こちら側に来たみたいに感じるんだけど、ウルシュ君と仲が悪いのかな?
良い子っぽそうで、友達に成れそうな感じだったから、少し残念。
そのまま走って、ヒルソン子爵と横並びになる。
子爵の足が倍に伸びている所為で、一歩の歩幅が大きく後ろから見るより進行速度は速かった。
「これは、彼の足を止めないと門を発動させられないねぇ」
「でも、今は彼自身が『暴食の豚』と同じようにMPを吸収する能力を持っているのよね。魔法以外で足止めさせる方法から考えないと」
「奥さんを生き返らせる悲願を前にして、とうとう人間辞めちゃったかぁ。あ、イザベラ。このまま進むと危ないかもぉ」
そう言ってウルシュ君が走っていた足を止める。
驚いてウルシュ君の顔を見上げると、彼は通りに並ぶ建物の上を指さした。
他の人達も気付いて足を止める。
数人の騎士達が前方から、こちら側へ向かって走りながら叫んだ。
「全員退避ー!! 皆下がってくれぇぇ!! 」
慌てて、捕獲装置を押さえていた人や、上に乗っていたドワーフさんも捕獲装置を置いて後方へと退却する。
見上げた建物、通りに面した左右の8階建ての建物の角を、斜めに切り取るような形で巨大な魔法陣が貫通していた。
あ、あの魔法陣、見覚えがある。
アリスちゃんがいつも使っている爆撃魔法の魔法陣だ・・・って、え? まさか。
「ですとろーい!! 」
何処からともかくアリスちゃんの声が響いたかと思えば、頭上で爆発音が鳴り響く。
そのまま建物の角が爆発で斜めに切り取られ、通りに向かって滑り落ちて来た。
誰だっ?! 建物の爆破を許可した奴はっ!!
思い切りが良すぎるよっ!! 避難していた住人が帰ってきたとき、呆然とするわっ!!
だけど、かなりの犠牲を払っただけ有り、流石にヒルソン子爵の進行は止まった。