神官さんですか?
カラーズコレクター、もといヒルソン子爵を都立公園に隔離する事に成功し、ウルシュ君と考えた作戦の第一段階が完了した。
公園に誘導され、閉じ込められた事に気付いたヒルソン子爵は、狂ったように防御壁に攻撃を加えて破壊しようとしているが、何も準備無しで地下空間で張った防御壁とは違い、僅かだが前準備が出来た今回の防御壁はそう簡単に砕く事が出来ない。
しかも今回の防御壁は、私がヒルソン子爵を誘導している間に、ウルシュ君が周囲に居た冒険者達の中でシールド展開が出来る魔術師に協力をお願いしているので、数人がかりの防御壁だ。強固である。
彼を隔離する理由は沢山あるが、まず周囲の被害を防ぐことが第一。
次に、ヒルソン子爵が別の身体に移動すると言う事情を知らない騎士や冒険者達により、ヒルソン子爵が倒されてしまう事を防ぐ為。
ヒルソン子爵自身は、すぐにでも奥さんに反魂の首飾りを届けたいので、死んで身体を移動させてる場合じゃ無い。だから、その方法での逃亡は行わないだろうと考えた。
そもそも死んでしまうと、ようやく手に入れた反魂の首飾りが発動するかも知れないし。
そして最後に、ライアン・ヒルソン子爵の魂だけを倒す方法を探す時間稼ぎだ。
ヒルソン子爵を閉じ込めて直ぐに防御壁から出して貰った私は、防御壁の外側で地面に手をついて防御壁を保っているウルシュ君の横にしゃがみ込み、状況を確認する。
「ウルシュ君、乗り移って行く魂を倒す方法は見つかりそう? 」
「うーん。それが、その禁術自体があまり知られていないからぁ、その対策方法を見つけ出すのに時間が掛かると思うんだぁ。母さんにも調べて貰うよう伝言を頼んだんだけどねぇ・・・ 多分今頃、沢山の商会職員が情報収集と情報伝達に駆り出されていると思うよぉ」
ウルシュ君のお母様か。
実際に会った事は無いのだけど、何度か間接的にお世話になった事が有るので、お礼と挨拶に行きたいとお願いしているのだけど、10歳を超えるまでは会わせられないと言われているのよね。
なんで会うのに年齢制限があるのかしら?
「ウルシュ君のお母様とスネイブル商会の職員さん達なら、伝手を辿って調べる事が出来そうだけど、それまで防御壁は持ちそう? 」
「微妙かなぁ。マジックアイテムで補強しているから防御壁の強度は心配ないんだけどぉ、僕達のMP量がねぇ・・・ 強度が高い分、MP消費が大きいんだぁ。ポーションも飲める量に限界があるし」
そうよね、アリスちゃんが気合と気力で飲めた量が13本。
でも後から聞いた話によると、普通は胸焼けや胃もたれ、あまりの不味さに精神的に受け付けられなくなるのと、胃の容量的な理由で物理的に受け付けられなく成る等の理由で、10本が限度らしい。
「だったらヒルソン子爵のMPとHPを、かなり削って戦闘不能にするしか無いわね」
再度、ヒルソン子爵の鑑定を行いMPとHPの残量を確認する。
人族:アーロン・ニック・ヒルソン (33) Lv:32 + 213
HP:0/35 + 20030/45445
MP:0/146 + 12790/19882
・・・・・・思ったより削れてないな。
ココまで連れて来る間に、かなり削れていると思ったんだけど、予想外だ。
軽くショックを受けていると、横でウルシュ君が首をかしげながら呟く。
「・・・・・・おかしいねぇ」
「ん? ウルシュ君、何か気になる事でも有った? 」
「うん。MPの消費緩和や自動回復、高速回復といったスキルを持っていないのに、ヒルソン子爵のMPの減りが少ないし回復が早いんだぁ・・・他にも、持って居ない筈のスキルを沢山使っているように見えるんだよねぇ」
確かにヒルソン子爵は能力の割に、鑑定結果に出て来るスキルが普通だ。大した事が無い。
「もしかして、鑑定や看破を妨害する様なスキルでも持っているのかな? 」
「イザベラの《強欲王》を妨害出来るとは思えないんだよねぇ・・・ あ、そうかぁ!! 」
言いながら、途中で思いついたように、ウルシュ君は声を上げた。
「見えているのは、アーロンさんの方のスキルだ! でも中に居るのはライアン子爵の方。ライアン子爵は自身の持っているスキルを使っているんだよぉ。ねぇイザベラ、ライアン子爵を鑑定する事は出来る?」
ウルシュ君に指摘されて、腑に落ちた。
言われた通りライアン子爵の方の鑑定をしようと試みる。
が、どうしても鑑定が出来ない。
どうやら、スキルを確認する為にはライアン子爵自身を視界に収めないといけない様だ。
「ごめんウルシュ君、無理みたい。見えているのがアーロンさんの身体だけだから、ライアン子爵のスキルが確認できないの」
「そっかぁ、確かに本人が居ない、見えないのに鑑定なんて出来ないよねぇ」
そう、ウルシュ君が言い終わらないうちに、ヒルソン子爵の蹴り上げた防御壁に亀裂が入った。
「あー・・・大変だぁ。ねぇイザベラ、僕、両手が塞がっているからイザベラがMP回復薬を口元まで持って来てくれないかなぁ」
「うん! 分かった!! 」
【クローゼット】からポーションを取り出し栓を抜くと、ウルシュ君の口元へと持っていく。
ウルシュ君はポーション瓶を銜えると、そのまま上を向いて一気に喉に流し込み、ポーション瓶から口を放した。
私は落っこちるポーション瓶を慌ててキャッチする。
ウルシュ君、飲み方が豪快だ。男らしい。素敵。
ウルシュ君のMPが回復され、防御壁の亀裂が少しずつ修復され塞がって来ている。
ウットリとウルシュ君を眺めていると、少し離れた所から声がかかる。
「ねーー! そこの女の子っ! もし、他にもMPポーション持ってたら、私にもちょうだーい!! 私、もう防御壁張り続けるの限界きてるー!! 」
声の方に視線を向けると、ライトブラウンの髪をツインテールにした女の子が、ファンタジー感満載の魔女っ子っぽいステッキを防御壁に構えながらこちらを見ていた。
「はいっ!! 有ります。今持って行きますね!! 」
ポーションを持って駆けつけると、彼女はステッキから片手を放してそれを受け取る。
「ありがと♡ 今、ウチのパーティーのメンバーが皆、魔術師ギルドや冒険者ギルドに情報伝達に行っちゃってて、ポーションの手持ちが無くて困っていたの。後でちゃんと返すからね♡ あと、その虎耳カチューシャどこで買ったの? 超かわいい。私も欲しい!! 」
「こ、この虎耳は・・・ 試作品でまだ売ってないんです」
予期せず虎耳カチューシャに話を振られ、かろうじて誤魔化すと、彼女は残念そうにしていた。
「そうなんだー! ざんねーん。私、可愛い物大好きなんだー。それが商品化されたら絶対買うから、そこのスネイブル商会の坊ちゃんにも商品化をお願いしといてー」
そんな可愛い物が大好きな彼女は、白を基調とした学ラン風と言うか神官風の恰好をしていた。
詰襟の白い膝丈の上着は前を開けて着ていて、インナーに薄い緑色のハイネック。下は白い上着と同じ素材のホットパンツに、ニーハイ。ライトブラウンのベルトが巻かれた白のショートブーツ。
「えーと。貴女は神官さんですか? 」
「え? 違う違う。私は冒険者だよ。後衛の魔術師兼回復役」
彼女は今朝まで、王都のアンデッド騒ぎに駆り出されていた冒険者の一人との事。
パーティーメンバーは、ウルシュ君やスネイブル商会から知らされたヒルソン子爵の特性をギルドに報告、
対策方法の情報収集に動いてくれているとの事だった。
どうやら沢山の人達が動いているらしい。
王都周辺の連続誘拐に、アンデッド騒ぎに、今朝の広範囲攻撃による爆発騒ぎ。
本当は周りの人達を巻き込まずに、自分達だけで片付けたかったのだけど、それは自惚れが過ぎたのかも知れない。
もっと上手くやれれば、と言う気持ちが無いわけでは無いが、それでも今回の件は私達だけでは手に余る事態だと判断して、もう少し周囲の協力を得ていた方が早期解決できたのかも。
落ち込みかけていた所に、他からも声がかかる。
「お嬢ちゃーん。もうポーション無ぇかぁ? 俺もそろそろMP枯渇するわ」
「こっちもだ! おーい誰かポーションくれや」
「私はHPポーションが欲しいわ。昨夜から駆けずり回って体力が限界なのよ! もう、立ったまま寝そう!! 」
私は考えるのを止めて、慌ててポーションを持って駆け回った。