どっちなのかな?
「え、ウルシュ君あの呪具の作り方知ってるの?」
「うん。少し前に作ってみようと思って調べたことがあってねぇ。でも、作る前にイザベラと出会ったから、作るのやめたんだぁ」
私と出会ったのと、呪具を作るのをやめるのとに、どんな関係があるんだろう?
私の疑問が顔に出ていたのか、ウルシュ君は自分の髪をかき混ぜながら、気まずそうに説明をする。
「あんなの作ってるのを知られたらぁ、イザベラのお父さんから婚約を許されなかっただろうしぃ、イザベラから嫌われるかもしれないからねぇ」
私はちょっとやそっとの事ではウルシュ君を嫌うことはないけど、作るだけで婚約が許されないって、どういう代物なんだろう。アレ。
「そんなにヤバイの? あの呪具」
私の質問に答えるかわりのように、ウルシュ君はブタ頭の呪具メイキング講座をはじめた。
待ってウルシュ君、私、メイキング講座は、頼んでない。
「まず雄と雌の子ブタを、オークキングの脂を混ぜた餌で育てるでしょぉ、そしたら凄く狂暴なブタが出来るんだぁ。本当に凶暴だからぁ、雷魔法が付与されたマジックアイテムが飼育に必須だよぉ」
オークキングの脂を手に入れる時点で、コストがかかりすぎじゃ無いだろうか。
それだけで中々手に入らない呪具に成るのも、うなずけるよね。
そして、雷魔法付与のアイテムって言うのは、スタンガンみたいな物かしら。
スタンガンが必須の養豚場って、物騒にも程が有るわよ。
「ふぇぇ・・・そもそも何でオークキングの脂を、ブタさんのご飯に混ぜようと思ったんですかぁ」
本当だよ。
一番はじめに『ブタにオークキングの脂を喰わせて見ようぜ☆』って言い出した奴、頭おかしい。
そして、それを実際に実行に移した行動力に引くわ。
「いや、何でって言われてもぉ・・・そうなった経緯までは知らないけどぉ。多分、新たな魔獣でも作り出そうとしたんじゃないかなぁ」
どちらにしても、ろくな奴じゃないな。その考えついた奴は。
「そうして育った狂暴なブタを番にすると、肉食で狂暴な子ブタが、必ず6匹生まれるんだぁ。で、それをやっぱりオークキングの脂を混ぜた餌で66日間育てまーす」
コストが上がっていく・・・。
あのブタ頭の呪具の値段が、凄く気になり始めたんだけど。
それに、養豚場の衛生面も気になってきたわ。
食用でないうえに、スタンガン必須なレベルで凶暴なブタを飼育している豚舎を、掃除できる気がしない。
ラードでベタベタした上に、悪臭がしそうで、絶対に行きたくないかも。
「でぇ、67日目に狂暴に育ったブタを6匹、頑丈な檻に入れてぇ、餌を与えるのをやめまーす」
「それ、確実に6匹で弱肉強食の争いが始まるよね」
やっている事が、倫理に反する感じで引くんだけど、作り出すのが『呪具』であることを考えれば、普通の事なのか?
呪術師、本当にヤバい。
「ちなみにこの段階に来るまでにぃ、飼育員が5~6人は犠牲になる事を、始めの計算に入れておかないといけないよぉ」
え、飼育係が5~6人犠牲になる事が前提とされてるの?
もはや、コスト以前の問題じゃ無いの、それ。
なんで、そこまでしてアノ不気味なマスクを創りたいの?
「最後の一匹になったブタを、魔法か薬で眠らせてぇ、魔方陣の中で頭のてっぺん以外の場所に、呪術の専用塗料で術式をびっしり書き込みまーす」
あ、なんか儀式っぽくなってきたな。
そして、呪術専用塗料とか存在するのか。あんまり塗料の材料は知りたくないけど。
「そして、そのブタを呪術でアンデッドに変えまーす」
「え? ブタをアンデッド?」
とうとうブタを魔物に変えよった。
考案者が危険人物過ぎる。
「そう、ポイントは『呪術で』ってところねぇ。じゃないとアンデッドに襲わせてアンデッド化する方法じゃ、せっかく書いた呪術式が消えちゃうからねぇ。そうして出来上がったアンデッドのブタは、術式の書かれていてない頭のてっぺんに魔核が出来るんだぁ」
普通、魔物の魔核は心臓か胃の近くに在るものなんだけど・・・
頭のてっぺんに魔核が有ったら、倒されやすいんじゃないのかな?
「最後に、魔核を壊さないように魔核ごと頭の皮を剥がして干してぇ、裏に呪術式を書き込んだら・・・頭の皮だけになったブタのアンデッド、呪術具『魔力喰らいのマスク』別名『暴食の豚』の完成だよぉ」
ん? ちょっと待って、それじゃあ・・・
「あのブタの頭って、魔核が無事だから生きたままなの?」
「アンデッドだからぁ、『生きてる』と言えるかは分からないけどぉ、魔物としては生きてるよぉ。皮だけに成っちゃってるから自力で動けないけどぉ」
「つまり子爵は、皮だけになりながらも生きている魔物を、頭に被っていると」
「そうだよぉ。頭おかしいよねぇ。そして、そんな頭がおかしい男に連れ拐われたのが、ギース様とブライアンだねぇ」
最悪だよ!!
余裕かまして話していたけど、それどころじゃ無かった!!
子爵の危険人物度が、私の中で爆上がりだ!!
「すぐ助けに行かなくちゃ!!」
「ふぇぇぇぇ!! ブタさんが思ったより怖いですぅ! 大変ですぅ! アッチです! ベラちゃん!! 怖いブタさんはアッチに行きましたぁ」
半泣きになったアリスちゃんが示す方向に走り出そうとしたが・・・
あれ? ちょっと待って、誰か忘れてない?
何かが気にかかり振り返ると、ウルシュ君がクリス様に声をかけていた。
「クリス様、さっきから話題に出てないんですけどぉ・・・トレヴァー義兄さんはどこに行ったんですか?」
ウルシュ君ナイスっ!!
そうだっ!! トレヴァーお兄様が居ない!!
完全に存在を忘れていた・・・ゴメン、お兄様。
聞かれたクリス様は、さっきまで上に登っていた騎士団の馬車を指差して答える。
「・・・・・トレヴァーは・・・アンデッドのネックレスを見て・・・自分が調べていた押収品・・と同じ首飾りだって・・・言って・・・アンデッドから奪う事が出来たネックレスを・・・あの馬車の中で調べてる・・・」
あぁ、あの知能が有るアンデッドが着けていたネックレスか。
「ウルシュ君、ウルシュ君もあのネックレス見たよね? あれ、知能を持ったアンデッドを産み出すネックレスなのか、あのネックレスを着けると魔物に知能ができるのか、どっちなのかな?」
「んー。多分アレは失敗作だねぇ。昔から残されている文献とかでアイテムを復刻というかぁ、復元というかぁ・・・とにかく失伝されたアイテムなんだけどぉ、それの失敗作」
成る程、失敗作と言うことは、本来の効果は違うのかな?
そして、ウルシュ君が失敗作だと解ると言うことは、ウルシュ君は本物を知っているのかしら。
もしかしたら本物を所持しているか、創った事が有るのかも。
「本物はどんな効果があるアイテムなの?」
興味本位で聞いてみると、ウルシュ君にしては歯切れが悪く、少し答えたく無さそうに返事を返された。
「んー・・・とにかくアレは失敗作。だけど、あの人達が失敗作を増産している所を見るに、あの人達は本物を知らないんだろうねぇ。本物を知らないから、ああいう効果のアイテムだと思いこんでるんじゃないかなぁ」
なんか本物について知られたくないような答え方をするのね、ウルシュ君。
多分ウルシュ君の事だから、今必要な情報だったら、隠さずに教えてくれると思うのよね。
きっと、ウルシュ君に何か考えがあって言わずにいるんだろうから、深く突っ込んで聞くのはやめておこう。
「ふえぇぇぇ・・・ネックレスの事なんて今は良いですよぉ。早くブタさんをドッカーンってしないと、あの二人が変な風にされちゃいますわぁ~」
変な風にってなんだろう・・・・。
いや、確かにアリスちゃんの言う通りだ。
ネックレスの事は、今は置いておこう。
トレヴァー兄様が調べてくれているわけだし、そのうちネックレスの正体も分かるだろう。
「そうね、早くヒルソン子爵を追いかけて、ギースとブライアンを救出しましょう」
だけど、そんな私達をウルシュ君が引き止める。
「でもぉ、ヒルソン子爵が向かった方向しか分かっていないんだよねぇ? その方向に走って闇雲に探しても見つかるわけがないよぉ。今まで騎士団とかの眼を欺いて、隠れきっていたわけだしぃ」
確かにそうよね、今まで上手く隠れていたのだから、こんな騒ぎの中で私達が呪術師の隠れ家なんてみつけられないわ。
「一応確認なんだけどぉ・・・クリス様。ヒルソン子爵の痕跡を辿る事が出来ますかぁ?」
クリス様に向かってウルシュ君が確認すると、クリス様は自分を指さして首をかしげる。
「・・・・・え・・・ボク?」
ウルシュ君が何故、クリス様がヒルソン子爵の痕跡を辿れると思っているのかが分からず、ポカンとしていると、それを察したウルシュ君が私に説明をする。
「そう言えばイザベラは知らなかったよねぇ。『傲慢王』の能力は、望遠、地獄耳、読心、感情察知、そして、その場に残った感情の残滓を察知する能力と言った、精神と距離・・・距離じゃ無くて空間かも知れないけどぉ、とにかくそう言った物に関連した、多岐にわたる能力が有るんだぁ」
よく分かんないけど、簡単に言っちゃうと『自分の縄張りを、正しく把握・情報収集する系の能力』って事かな?
それなら、クリス様の能力を使えば、ヒルソン子爵の感情の残滓とかを追いかけて、見つけ出す事が出来るかもしれない。
言われたクリス様は、真剣な表情で周囲を見渡し・・・
思いっきり肩を落とした。
「・・・・・・・あっちこっちで、怯えている人の感情や・・・・戦っている人・・・走り回っている人達の強い感情で・・・・ゴチャゴチャしていて・・・良く知らない人を特定するのは・・・無理。・・・ごめん」
んーーー。残念。
でも、仕方が無いと言えば仕方が無い。
ゾンビが王都内をウヨウヨしていて、右へ左への大騒ぎのところ、最近手に入れたばかりの『傲慢王』を使って、ここから知らん奴を見つけ出せって言われても、正直お手上げだよね。
だからクリス様、そんなに目に見えて落ち込まないで。
本当に仕方が無いんだ。クリス様悪くない。
「ふぇ・・・・クリス様ぁ・・落ち込まないで下さいませぇ。他に方法が有る筈ですからぁ」
アリスちゃんはクリス様に寄り添うとそっと手を握り、クリス様はそんなアリスちゃんに、悲し気な表情で頷く。
そして、そんな良い感じの雰囲気の二人に、ウルシュ君がのんびりとした声で割り込んだ。
「だよねぇー。無理だよねぇー。この状態じゃ無理も無いよぉ。だから何の情報も無しに走り回るのは止めよう。他の手掛かりをイザベラが思い出すまでぇ。ね? イザベラ」
ちょっ・・・ウルシュ君。今二人がいい感じの雰囲気だったのに・・・
───って・・・は? え? ・・・・・私?
私、何か手掛かりを持っていたっけ?