生き物?
ゾンビには勇ましく突っ込んでいった馬が、アリスちゃんの爆撃魔法には怯えて進まなくなったので、通りの端に馬車を停めて、ウルシュ君と爆撃魔法が繰り出されている方向に走る。
近付くにつれて見えてきたのは、やっぱりアリスちゃんだった。
周囲の騎士や冒険者が、爆撃魔法に阻まれて近づこうにもに近づけず、遠巻きにアリスちゃんの戦いを見守っている。
アリスちゃんは周囲に小型の『爆華野』をいくつも発動、そしてそれを地面の上で素早く不規則に移動させている。
その『爆華野』の間を器用にすり抜け移動しては、ゾンビを巨大フォークで殴り付け『爆華野』の上に放り出していく。
相手のゾンビ達は、チョロチョロと地面を動き回る『爆華野』とアリスちゃんを何とか避けながら・・・
避けながら? ・・・ゾンビが?
ゾンビって、簡単に言ってしまえば動く死体だよね?
知能がないために進行方向に地雷があろうが、仲間が吹き飛ばされようが、理解できずに進んで行くイメージを持っていたんだけど、違うのか?
私は走りながら、隣のウルシュ君に疑問を投げ掛ける。
「ウルシュ君、私、ゾンビを初めて見たんだけど・・・ゾンビってあんなに判断力というか知能を持っているものなの?」
「ゾンビに知能は無いよぉ。リッチとかなら別だけど。アレは普通のアンデッドじゃないねぇ。何かの詠唱もしているみたいだし、知能がある様に見えるねぇ・・・」
ウルシュ君に指摘されて、ゾンビ達をよく見てみると、確かに何体かが何かを詠唱している。
が、ランダムに動き回る『爆華野』に気をとられて上手く詠唱を組み立てられない様だ。
逆に詠唱の方に意識をとられると、足の下に移動してきた『爆華野』が爆発する。
自分から足の下に潜りこんでくる地雷って、新しいな。
空が飛べない限り脅威だわ。
ちなみにアリスちゃんは一人ではなく、クリス様も居る。
クリス様は騎士団の馬車の上で、アリスちゃんの地雷型爆撃魔法から逃げまどうゾンビ達を、爆撃魔法を付与された弓で、次々と射っていた。
ギースとブライアンはどこだろうと視線を周囲に向けようとした時、駆けてきた私達にアリスちゃんが気付く。
「ふわぁぁぁああ☆ ベラちゃんです!! ベラちゃーん! ブタさんが居たんです! ブタさんがネックレスを付けたアンデッドさんを、いっぱい連れてきたんですぅ。ネックレスを付けたアンデッドさんは頭が良くて、なかなかドッカーンて成らないから気をつけて下さーい!」
ブタさん?
アンデッドを率いるブタってなんだ?
私はアリスちゃんの言っている事が理解できず、首をかしげて考えていると、困った様に笑ったウルシュ君が、私に問いかける。
「もしかしてイザベラ、ルーシー嬢の事とか色々ありすぎてぇ、カラーズコレクターの存在を忘れてない?」
「へ? ・・・あ、居たね、そんな敵も」
「イザベラ、一番重要な敵を忘れないでよぉ。まぁ、そばに居る僕が覚えているから忘れても問題ないけどぉ。」
そうだ、そうだった。
そもそも私達は、カラーズコレクターを追っていたんだよ。
本来の目的が、記憶の彼方に押しやられていたわ。
ウルシュ君という頭脳担当のパートナーが居てくれなかったら、私はカラーズコレクターの存在を未来永劫忘れたままだったかもしれない。
いろんな意味で、私はウルシュ君が居ないと人生渡っていけないわ。
「ウルシュ君、ずっと見捨てずに私の傍にいてね」
「当然」
当然なのかぁ。そうなのかぁ。ふふふ
「それでぇ話を戻すけどぉ、アリス様が見かけたブタさんって言うのは、ブタの頭の皮を被ったカラーズコレクター。つまり僕達が倒すべきヒルソン子爵じゃないの?」
「あ~。・・・ヒルソン子爵ね」
カラーズコレクターの正体が、子爵なのはなんとなく覚えていたけど、名前ってヒルソンだったっけ? 全然覚えてないわ。
「イザベラ・・・ヒルソン子爵の事も半分忘れてたでしょ?」
「・・・・うん」
いや、本当に記憶力の無い婚約者で申し訳ないです。
そんなんじゃ商人の嫁をやっていけないから、せめて人を覚える能力は鍛えよう。
ウルシュ君とそんな会話をしている間に、ココに居た最後のゾンビが爆散し、アリスちゃん・クリス様ペアと、ネックレスゾンビ集団の決着が付いた。
アリスちゃんは残った爆撃魔法を消すと、褒めながら撫でて来ようとする騎士や冒険者達の間をかき分けながら、私の元へと一直線に走って来る。
そのアリスちゃんの後ろを、馬車から飛び降りて来たクリス様が、アリスちゃんを撫でようとしていた騎士や冒険者の一部に対して、不愉快そうな視線を浴びせながら追いかけて来た。
なんだろう・・・アリスちゃんを撫でようとした人達の中に、一部ロリコンでも混ざっていたのだろうか。
ちなみにクリス様のいまだに治っていない、ハイライトの無い死んだ目で不愉快そうに見られると、嫉妬に狂ったヤンデレに敵認定されたみたいで、ある意味怖い。
中身は優しくて、穏やかな正義感溢れる性格をしているのに、見た目はヤンデレというギャップ。
普通はギャップの方向性が逆じゃないのか、そこは。
大抵の人は見た目で判断するから、そのヤンデレ感あふれる見た目は人間関係で損をするぞ。
早く治れ、その死んだ目。
威圧するクリス様と、そのクリス様の病んでそうな視線に引いている大人達を眺めていると、アリスちゃんが走るスピードを落とす事なく、私に突っ込んで来た。
6歳のアリスちゃんが突っ込んで来る事くらい何てこと無いんだけど、目の前で止まると思っていたから、受け止めつつもビックリさせられる。
勢いよく突っ込んで来たアリスちゃんは、そのまま私にしがみつくと思いっきり私に頬擦りしてくる。
「ふぇぇぇ。ベラちゃんが無事だったのですぅ・・・良かったですぅ。私、ベラちゃんを助けに行きたかったのにぃ、変なブタさんがアンデッドさんをいっぱい連れて来てぇ、街がなんか大変でベラちゃんを探せなくてぇ・・・心配だったんですのー」
「有難う。心配してくれて有難うアリスちゃん」
心配だったと涙声で頬擦りしてくるアリスちゃんの背中を撫でる。
親友のアリスちゃんが、心から心配してくれていた事がよく分かったよ。とても嬉しいよ。
とても嬉しいんだけど、でも、その頬擦りはそろそろ止めて欲しいかな。
なんかウルシュ君が、今にも舌打ちしそうな視線でアリスちゃんを見ているから、居たたまれないんだ。
それはそれで嬉しくもあるんだけど、クリス様も一緒に死んだ目で首をかしげて、じっとこちらを眺めてくるから、それがやけに怖いんだ。
クリス様に、こちらを威嚇する意図も敵認定しているつもりも無い様なんだけど、あの死んだ目でじっと見られるのは怖い。
私、人を見た目で判断しないよう努力はするけど、怖いものは怖い。
だから、ちょっと離れてアリスちゃん。
しかし、私の気持ちが中々届かないのか、アリスちゃんが中々離れない。
困ってウルシュ君に視線で助けを求めると、満面の癒しの笑顔で頷いたウルシュ君が、アリスちゃんの肩を掴むとバリっと私からアリスちゃんを剥がす。
・・・・おう。まさかの実力行使。
なんだろう、妬いてくれて腹に据えかねていたんだろうかウルシュ君。なにそれ照れる。
引き剥がされて、キョトンとしているアリスちゃんに、ウルシュ君は質問する。
「アリス様に聞きたい事が有るんですけどぉ、一緒に居たギース様、トレヴァー義兄様、あとついでにブライアンは、どこに行ったんですかねぇ」
ウルシュ君についで扱いされたブライアン、まだ関わった事ないけど不憫。
そして質問に対して首をかしげながら、のんびりと返すアリスちゃん。
「ブタさんが連れて行きましたわぁ」
「え? ブタさんが連れて行った?」
いやいやいや、アリスちゃん。
とんでもない事実を、あっさり言うね君。
「はい。ギース様が、アンデッドさんを引き連れたブタさんに、魔法攻撃を仕掛けたんですけどぉ、ブタさんには魔法が全然効かなくてぇ。それでブライアン様が剣で切りかかったんですけどぉ・・・ブタさん素手で強くてぇ、魔法も使えてぇ。あっという間にブライアン様を気絶させたブタさんは、赤毛だからと言う理由でブライアン様を抱えて行こうとしたんですけどぉ。そこにギース様がブタさんに魔法を当ててぇ、でも当たったのにブタさんには効いていなくてぇ。ギース様は負けましたの。それで、ギース様は青い髪だから連れて行かれたんですけどぉ、私とクリス様は黒髪と金髪で珍しくないから無事でしたの」
うん。6歳児の説明。
言いたい事は分かるんだけど、要領をえなくて聞きづらい。
いや、これでも、この歳にしては分かりやすいのか?
6歳児の比較対象が、チートのウルシュ君しか知らないから、平均が分からない。
とりあえず、ブライアンとギースがカラーズコレクターに敗れた事は分かった。
今のギースとブライアンのレベルを知らないけど、勝てるわけが無いんだよ。カラーズコレクターに。
あいつ、18歳のハイスペックなギース、ブライアン、クリス様と、私がカンストするまで育てたヒロイン、そして他の攻略対象達の7人がかりでも、何十回と負けたんだから。
アリスちゃんの話を聞いてたウルシュ君は、納得したように頷く。
「やっぱり豚の頭の皮で出来た呪術具をどうにかしないとぉ、アリス様の爆撃魔法でも勝つのは難しいよねぇ。魔法攻撃を吸収して自分のMPに変えちゃうんだからぁ。魔法攻撃が主なギース様が負けるのも当然かなぁ」
「でも吸収できるのは魔法攻撃だけで、物理が効くなら、アリスちゃんの爆撃魔法は有効だよね」
私の言葉に、アリスちゃんとクリス様が首をかしげる。
「ふぇ? でも、今ウルシュ君が魔法攻撃は吸収してMPにしちゃうって・・・爆撃魔法も魔法ですよ?」
うん。そうだね。
でも、カラーズコレクターに直接当てさえしなければ、吸収できない。
どうやら私と同じことを考えていたらしいウルシュ君が、私の代わりに説明する。
「え~と。つまり、イザベラが言いたいのはぁ、爆撃魔法で直接『攻撃』しなければ良いんだよぉ。例えばブタ頭の上にある屋根とかを吹き飛ばして崩落させるとかねぇ? 崩落して来た屋根は『攻撃魔法』じゃ無いでしょぉ? ある意味、物理攻撃に成るよねぇ」
「ふわっ!! つまり、ブタさんが近くにいる時は、好きなだけ建物を爆撃しても良いんですの?!」
良くない。
「あー。そう取るかぁ・・・そう取るよねぇ・・・そうだよねぇ」
ウルシュ君が遠い目をして、否定の言葉も説明の続きも投げた。
すごいなアリスちゃん。ウルシュ君に何かを諦めさせている。
頑張って、諦めないでウルシュ君。
このままじゃアリスちゃんが、王都内で広範囲爆撃する建前が出来ちゃう。
それにカラーズコレクターが建物内に居るとも限らないし、よく考えたら倒壊する建物にギース達が巻き込まれる。
とにかく、あの魔法攻撃が吸収される呪具がネックだ。
装備されたブタ頭の皮を何とかしないと・・・・
「あっ!! そうだ!! 大丈夫だよ、ウルシュ君。私があの豚の頭の呪具を、『暴食』で奪っちゃえば良いんだ! そしたら魔法攻撃が効くよ!」
よく考えたら、私の『暴食』なら、被っている呪具なんてすぐ奪える。
いつかクリス様の装備していたズボンを、奪ってしまった時の様に!!
「それは無理だよぉ。だってイザベラの『暴食』は生き物には効果が無いしぃ」
「生き物? いや、私はカラーズコレクターその物じゃ無くて呪具を奪おうと・・・」
すると、ウルシュ君は腕を組んで首をかしげると、しばらくして何かに気付いた表情をした。
「あ、そうか。イザベラはあの呪具がどうやって出来ているのか、知らないんだねぇ」
※リッチ:死者の王、最高位のアンデッド。高位の魔術師や僧侶が自らアンデッドに変わった存在で、骸骨の姿に豪奢なローブを好む。魔法攻撃が使え、知能が有る。
前話で、「元傲慢」とあるべき所が「元嫉妬」に成っていたので訂正しました!!
嫉妬はまだ健在でした・・・
指摘して下さった方、本当に有難うございました。
あと、念のためにタグを追加します。
追加するのは「R15」と「残酷描写あり」です。
どこまでがセーフなんだろう? という線引きが分からなくてビクビクするので念の為の保険です。
某少年雑誌位までならOKなのかなぁ・・・「少年」って付いてるし。