魔王扱いするのやめてねぇ?
「寒いぃっ!! めっちゃ寒い!! ちょっ! ギース寒いから吹雪止めろっ!!」
肩をすくめて両腕を抱き締めるように組んだブライアンが、その場で足踏みをしながらギースに苦情を訴える。
その時、食堂の壁に金色の魔法陣が発生した。
「うぅ・・・寒いですぅ。・・・・『ですとろーい』」
アリス嬢の呟きに反応するように、爆発する魔法陣。
大きな音をたて、外側へと吹き飛ぶ壁。
その衝撃で大きく揺れる建物。
コレかっ!!
さっきから魔術師団を襲っていた、衝撃と轟音の正体はコレかっ!!
壁が吹き飛んだ事により、食堂から外へと繋がる大穴が空き、室内の冷気が逃げ寒さが和らぐ。
「うおぉぉぉお! ヤベェ!! 今の魔法なんだよっ!! 魔術師団をボコボコにした犯人お前かよっ!!」
ブライアン君は壁に大きく開いた穴を、目を見開いて凝視しながら叫んだ。
そんなブライアン君を放置して、アリス嬢はギース君に向き直り、宣言する。
「わ、私。ギース様を手伝いますわぁ。ギース様、一緒にルーシー様を探しましょう。ルーシー様はもっと愛に生きるべきだったのですぅ!」
「「え?」」
アリス嬢の宣言を黙って聞いていたギース君だったが、アリス嬢が言い放った最後の言葉に首をかしげる。
私もアリス嬢の言っている事が理解できず、ついていけない。
「だって、そうです! ルーシー様は嫌だった事ばかりを今も見てて、周りが見えてないですぅ! ルーシー様は、何もしてくれないどころか、嫌な事しかしてこないトーランド家なんて、すぐに捨てちゃって、自分の事をちゃんと見てくれて、支えてくれているベラちゃんのお兄様の手を掴むべきだったんです! それなのにベラちゃんを誘拐したりして、ルーシー様はもう何か駄目ですわぁ! ギース様!! ルーシー様を叩き潰しましょう!」
「は、はい。叩き潰すのは良いんですね?」
アリス嬢の分かるような分からないような謎主張に押されて、困惑しながらギース君が確認をする。
「はい! 王妃様も、王子妃教育の時に言ってました! 修正のきかない馬鹿は徹底的に叩き潰しなさい。その方が世のためですわよ。って!」
え? アリス嬢って王子妃教育受けてるの?
あ、だからクリストファー殿下が一緒に・・・・
「王子妃教育の前に、お前は王妃様から学ぶべき事が有るだろっ!! 王宮の敷地内にある魔術師団施設を爆破してんじゃねぇよっ!!」
ブライアン君が叫ぶが、残念ながら王妃様から学んでいるからこそ爆破している可能性もあるんだよ。
あの方なら一階の半分と言わず、館内全てを制圧しているかもしれない。
そもそも成人するまでダンジョン内で育った王妃様が、まともな王妃教育を受けているかも疑問だ。
常識面の教育は、王妃では無くアリス嬢のご家族に期待しよう。
「ふぇ? 今回の事はルーシー様と呪術師組織の人が悪いんですよぅ。だから爆発は仕方がないんですの。さぁ、これでルーシー様の弟君と婚約者さんが見つかりましたぁ。クリス様ぁ、私は魔術師団の詰所と寮に放り込んだ『眠り玉』の効果が無くなる前にココから逃げて、団長のおうちにルーシー様の行き先が分かりそうな物を探しに行きますわぁ。クリス様は、どうされますかぁ?」
あっさり責任をルーシーと呪術師に押し付けたアリス嬢は、聞き捨てならない事を言い放つ。
『眠り玉』を魔術師団の詰所と寮に投げ込んだ?!
どうりで、こんな状況なのに、応援の団員が来ないハズだよ!!
その事実に驚いていると、ウルシュ君が更に新事実を放り込んだ。
「アリス嬢。僕が、周囲に防御壁を張って魔術師団の侵入を防いでいるから、もう少し猶予は有ると思うよぉ。あと、ルーシー嬢を探すって言ってるけどぉ、僕、イザベ」
「アリス・・・・ボクも一緒に行くよ・・・尋問とか情報手に入れるのが得意・・・だし、周囲の様子とか分かるから・・・ボクが行くと便利。・・・それに正義の味方は悪者と戦うべき・・・だからね・・・」
ウルシュ君、魔術師団が駆けつけない原因に、君も一枚噛んでいたのか・・・君は味方だと思っていたのに・・・お義兄様、悲しい。
そして何かを言いかけたウルシュ君の言葉を遮って、クリストファー殿下がアリス嬢に協力することを表明した。
いや、表明しちゃ駄目ですよ。
第二王子(6)が呪術師組織と戦うのは、どうかと思うよ。
「ねぇ、二人ともぉ。そんな事しなくても僕はイザべ」
「ふわっ!! クリス様が一緒なら心強いですわぁ。じゃあ、ベラちゃんのお兄様を人質にしながら、ギース様のお宅を目指して出発ですぅ」
ちょっ!!私が人質にされることが、勝手に決定しているっ!!
やめてっ!! やめてっ!!
暴れる私のローブを、アリス嬢は巨大フォークでパスタのように巻き込んで、私の体を持ち上げた。
凄い力だねー!! アリス嬢!
身体強化かな? 身体強化だよね?!
なんで、君みたいな幼い令嬢が、身体強化を習得してるのかな?
いや、うちの末妹も身体強化が出来るらしいけど、そんなポンポン習得出来るような物じゃ無いよね?!
そのまま私をぶら下げたフォークを肩に担ぐと、アリス嬢は先程壁を爆破して開けた穴から外に出て走り出した。
続いてクリストファー殿下とギース君が走り出す。
それをウルシュ君が慌てて、大きな声で呼びかけ引き止めようとする。
「わぁーーっ!! アリス様!! クリス様!! 待ってぇ!! イザベラの居場所分かっ」
「はいっ!! ベラちゃんの居場所は必ず突き止めますわぁ。 ウルシュ君は知らせを待っていて下さい! ベラちゃんの居場所が分かったら直ぐに知らせますからぁーーー」
ウルシュ君が引き止める声に返事を返しながら、アリス嬢は足を止める事なく走り続けた。
私はフォークにぶら下がった状態ではあるけど、アリス嬢との身長差のせいで、ガクガク揺さぶられる度に、靴のかかとが地面にぶつかり削られている。
地味に痛いっ!! 誰かっ!! 誰か助けてっ!!
遠ざかる魔術師団施設を涙目で見ていると、大穴から出てきたウルシュ君が、大きな声で私に言葉をかけてくれた。
「トレヴァー義兄さーーん。 直ぐにイザベラを連れて助けに行きますので~! それまで彼女達が街を火の海にしないように頑張って止めておいて下さーーーい!」
は?! この子達、街を火の海にする可能性が有るのっ?!
「何それっ!! ムリーーーーっ!!」
叫びながら遠ざかっていくトレヴァー義兄さんを、手を振って笑顔で見送る。
トレヴァー義兄さんは無理だと叫んでいるけど、彼はイザベラとダイモン様のお兄様をやってきた実績があるので、なんだかんだと上手くやれるんじゃないかな? 多分。
彼らの姿が見えなくなると、僕は隣に立っているブライアンに目を向けた。
「え~と。ブライアン? は、皆と一緒に行かないのぉ?」
するとブライアンは苦笑いしながら首を横に振って、否定する。
「付いて行ったら、俺も仲間だと思われるから嫌だ」
どうやら彼には、それなりに危機管理意識がある様だ。
でも、見通しがまだ甘いんじゃないかなぁ?
「このまま引き止めもせず、自由に行かせてぇ・・何か問題が有ったとき、共犯として一緒に怒られるんじゃないのぉ?」
「あーーー!! あり得るっ!! それヤベェ!! ついて行っても、勝手に行かせても、共犯にされちまうなら俺どうすりゃ良いんだ?」
ブライアンは頭を抱えて、唸りながら上半身を振る。
正直、彼のテンションは少し鬱陶しい。
僕について来られても困るので、彼らを追いかけて行ってもらう事にしよう。
「ブライアンは騎士団長の息子で、訓練も受けてるんでしょ? だったら知り合いの騎士も居るよねぇ? その人達に状況を伝えて、クリス様と街の安全を守るために騎士と一緒に追いかけたらぁ?」
「あー。そうだな、それが一番親父に怒られずに済む方法かもな。ありがとなウルシュ。・・・で、お前はどうすんの?」
う~ん。何も聞かずに素直に行ってくれれば良かったのに、上手いこといかないなぁ。
まぁ、聞かれて困ることじゃないし、本当はアリス嬢達にも伝えたかった事だから言っても良いかな。
「ルーシー嬢が拐って行った僕の婚約者であるイザベラには、居場所が分かるようなアイテムを付けておいてるんだぁ。だから僕はそれを頼りにイザベラを迎えに行くよぉ」
「お前、それもっと早く言えよ!! アイツら飛び出して行っちまっただろ!!」
穴の方を指差したブライアンから責められるけど、僕もわざと言わなかった訳じゃないから、一応言い訳はさせて貰う。
「言おうとしたのに、アリス様とクリス様が盛り上がっていて、僕の話を遮って聞いてくれなかったんだよぉ」
「・・・そういやウルシュ、お前、さっき何回か何か言い掛けてたな。すまん、ちゃんと聞いてやらなくて」
思い当たったのか、ブライアンは僕に向かって軽く頭を下げながら謝る。
うーん、素直。
「良いよぉ謝らなくてもぉ。僕も彼らの相手するの面倒くさくなって、途中で言うの諦めた訳だしぃ」
「諦めんなよ!! もっと粘れよ!!」
まぁ、諦めた原因は面倒だったのもあるけど、彼らを連れてイザベラの元まで駆けつけるのは、ちょっと疲れそうだと思ったんだよね。
そして何より・・・・・
「よく考えたらぁ、イザベラの元に駆けつけるのは、僕一人でいいかなぁ・・って」
「お前・・・・一人で駆けつけて、婚約者に自分だけ良い恰好するつもりだな? あれ? ところで、その居場所が分かるアイテムが付けられているの、婚約者の方は知ってんの?」
「知らないよぉ?」
「うわっ!! いくらお前が俺の親友とは言っても、その行動には引くわ」
さっき友人に成ったばかりなのに、いつの間に親友に格上げされたんだろう。
便利そうだけど、何となく彼苦手かもしれない。
「まぁ良いや、ウルシュ。婚約者の所にはギースの姉貴が居るかもしれないんだろ? ギースの姉貴も魔法が得意だからさ、俺の知り合いの騎士に、お前の方に付いて行って貰うよう頼むから、何人か連れて行けよ」
「別に騎士は要らないかなぁ。イザベラは強いから、今回の相手程度、自力で何とかしてそうだしぃ」
「んな訳ないだろ!! 相手はギースの姉貴だし、呪術師集団も居るかもしれないんだぞっ!! 大人が相手だし、罠とか戦略とか策略とか使われると、いくら婚約者がすっげぇ強くても、負ける事が有るんだぞっ!!」
確かに、どんな強者も頭脳戦で負ける事は有る。
あるんだけど・・・・・・・・・イザベラの場合は・・・
「ブライアン、君の言う事は正しいけど、圧倒的な強さの前には、どんな策略も意味をなさない事があるんだよぉ。イザベラは罠が有ろうが、どんな策略や戦略を張り巡らされてようが、それらをあざ笑うかのように力技だけで全て叩き潰して、ねじ伏せるだけの力を持っているんだぁ」
「それが本当なら、ヤバ過ぎだろお前の婚約者。魔王かよ。」
魔王に一番近い存在だけど、彼女を魔王にしない様に頑張っているんだよ、僕は。
「人の婚約者を魔王扱いするのやめてねぇ? とにかくそういう理由で、イザベラの無事は確信しているんだけどぉ、そんな事を知らずに誘拐して行ったルーシー嬢は災難だったねぇ。むしろ相手の無事が心配だよぉ」
「お前、相手を心配するような事言いながら、眉根を寄せて困ったように眉尻下げて見せてるけど、その三日月形に笑った口元が邪悪さを隠してないからな? ゲスイぞ、今のお前の笑顔」
ブライアン。親友にゲスイ笑顔は酷いんじゃないかなぁ?
確かに、相手を心配してるなんて心にもない事を言った覚えは有るけど、そこまで僕の表情は邪悪では無いハズ。
「とりあえずお前の反応で、お前の婚約者が無事なんだろう事は分かったけど、違う意味で心配になってきたから、絶対に騎士を連れて行けよな」
アリスちゃんが魔術師団の詰め所と寮に放り込んだ眠り玉は、ワーム編の辺りで、イザベラがアリスちゃんのポケットに詰め込んだ物の残り。