でしたら知らしめましょう。
ルーシーが、悪者だから探している。
その言葉に、赤毛の少年が眉をひそめ首をかしげた。
「は? ギースの姉貴が悪者って・・・なんだそれ。確かに、ギースの姉貴は俺も好きじゃねえけどよ、悪者って言うほどじゃねえだろ」
「あははぁ~。 ブライアン様はルーシー嬢の事、好きじゃないんですねぇ? なんで?」
「ん? だってよぉ、ギースの姉貴がギースを見る時の眼が、な~んか嫌いなんだよ。なんでかは自分でも分かんねぇけど、俺は嫌い。ん? そういや、お前誰?」
「あ、自己紹介が遅れましたぁ。僕ウルシュ・スネイブルって言います。よろしくお願いしますねぇ」
「おう、よろしく。ウルシュな、覚えた。俺はブライアン。何となくだけど、お前とは仲良くしておいた方が良い気がするから、俺達は今日からダチな。だから敬語はいらねぇ」
目の前で、謎の友情(?)が育まれているが、今はそれどころじゃない。
私の婚約者のルーシーが、悪者として彼女達に探されている理由が、早く知りたい。
一体、どういう事なのかを、早く聞かせて欲しい。
その私の心の訴えに気付いてくれたのか、クリストファー殿下が脱線した話の流れを戻してくれた。
「・・・・ルーシーが、ギースを誘拐させるために・・・・・犯人を王宮に入れたんだ・・・・あと・・ウルシュの婚約者のイザベラ嬢を、ついさっき誘拐して行った・・・らしい・・・・から探してる・・・イザベラ嬢はアリスとボクの親友だから・・」
クリストファー殿下、説明有難うございます。だけどそれは、さっきも聞いたので、何故かを教えて頂きたい。
何故、ルーシーがイザベラを攫うんだ。動機が分からない。
ギースの件については・・・動機が全く無い訳じゃ無いから、信じたくはないが否定は出来ない。
詳しい事を聞くために、クリストファー殿下に問いかける。
「それは確実な確かな情報なんですか? 私にはルーシーにイザベラを誘拐する理由が有るとは思えないんだ。もっと詳しく教えて頂けないでしょうか?」
私の問いかけを受けて、クリストファー殿下は私からウルシュ君に視線を移す。
「・・・・ボク、話すの苦手・・・・ウルシュ、よろしく・・・」
そうクリストファー殿下に、説明を任されたウルシュ君は、6歳児とは思えない様な理論整然とした話し方で、順を追って説明を始めた。
聞いた内容に、私は愕然とする。
私が今までやって来た事は、結局、役に立たなかったのか。
ルーシーが追い詰められ、行動に移すまでに間に合わなかった。
「と、まぁ・・・今起きている事がこんな感じなんだぁ。ただ分からないのは、ルーシー嬢が命を狙う程ギース様を憎んでる理由だよねぇ。」
そう話をまとめたウルシュ君は、呆然としている私に視線を向ける。
ウルシュ君の話を黙って聞いていた、赤毛の少年、ブライアン君は両手を腰に置き、天井を仰ぐ。
「ほんとだよな。何でギースの姉貴はそんなにギースを嫌ってんの? って言うか、クリストファー殿下が、そんなに盗み聞きが得意って初めて知った。色んな奴の話を集める特技、そこまでだとスゲェな。」
「ブライアン、盗み聞きじゃなくてぇ、諜報活動って言おうか。流石に王子のクリス様が盗み聞きが得意って、人聞きが悪いからねぇ? で、トレヴァーお義兄様は、何かルーシー嬢の事情を知ってますかぁ?」
そう、ウルシュ君は私に問いかける。
それに対して、私はゆっくりと、かつて婚約者から聞いた彼女の心の闇の原因を話し始める。
彼女が私に心を許し、だからこそ語ってくれた心の内を、彼女の許可を得ず、子供の彼らに語るのは気が引けたが、事態が動き始めている以上、いつまでも隠しきる事は出来ないだろう。
それに、何となくだが、情けなくも私にはどうする事も出来なかった事態を、彼等なら打開する手段を持っているのではないかという、期待が生まれていた。
他の者が聞いたら、子供に期待するなんて情けないと呆れるだろうが、私には今、どう動いたら良いのか途方に暮れ、子供にすら縋りたい気分だった。
ルーシーが子供時代に受け続けたプレッシャーと、血のにじむような努力。
そして、それらが無駄に成りそうな時に、慰め励ましてくれた母親の存在。
唯一の心の拠り所だった母親を失った悲しみと、その母親の死をそっちのけでギースの誕生を祝い、喜ぶ身内への不信感と憎しみ。
それらを、少年少女達は黙って聞いていた。
「そのルーシーの苦しみと憎しみを、少しでも和らげようと寄り添い続けたが、どうやら彼女の心を癒すには、私の力は足りなかったようだね」
そう自嘲して笑う私に、ブライアン君が声を荒げる。
「いや、悲しかったのは分かるけど、ギース関係ねぇだろソレ。悪いのギースの親父じゃねぇの? 恨むなら、誘拐するならギースの親父にしろよっ!!」
「・・・・・いや・・・それもどうかと思う・・・」
「なんでだよっ!! ギースが生まれて喜ぶのは分かるけど、死んだ嫁さん放置ってオカシイだろ。ギースの親父が、両方ちゃんとしないのが悪いっ!!」
そう言って怒るブライアン君に、私は魔術師団長のフォローをする為に、口を開く。
「実は、その場に団長は居る事が出来なかったんだ。どうしても自宅に帰る事が出来ずに、奥方の出産の立ち合いなど、全てを身内に任せていたんだよ。そして団長は、身内から男児が誕生した事だけを報告され、3ヶ月後に帰宅出来た頃には、すでに奥方の葬儀が終わり、娘であるルーシーと埋めようのない溝が出来上がっていた。団長は奥方の死も知らず葬儀にも出なかった事を引け目に感じて、ルーシーと上手く接する事が出来なくなったらしい」
「はぁ?! ギースが生まれて嫁さんが死んでんのに、帰れねぇわけないだろっ!! それより大事な事って何だよっ!!」
真っ直ぐ気持ちのまま怒る、ブライアン君の子供ながらの素直さは、その素直さを手放しながら大人に成って来た身には堪え、気持ちが押されながらも言い訳の様に説明を始める。
「ギースが生まれる5ヶ月程前かな? 私もまだ当時15歳位で、詳しい事は知らないんだけど、王都のどこかに大きな次元の亀裂が入り、そこから大量の『力』が流れ込んだんだ。」
王都は混乱に陥った。
様々な憶測が王都内に流れ、なかには言い伝えにある、遥か昔に次元の隙間に封じ込められたとされる、魔王が復活したのではないかと言う噂まで、まことしやかに流れる始末だった。
だが、その力は1ヶ月程王都内に停滞したのち、ある日急に消失した。
その『力』の正体と何故消えたのか、次元の亀裂が王都のどこに出来たのか、何故できたのか。
その正体を突き止める為、その頃の魔術師団は長い期間、調査に明け暮れた。
「もちろん、団長は魔術師団のトップだから率先して調査に走り続けなければいけなかったし、報告を受けたり、まとめたり、国に提出したり。子供の出産に立ち会いたいから帰りたいとは言える状況では無かった。」
その話に、フォークを私に突き付けたまま、今まで黙っていたアリス嬢が反応した。
「ふぇ、その話、お母様から聞いた事が有りますわぁ。結局、何も分からなかったらしいと聞きましたぁ」
そう、亀裂が何故できたのか、どこに出来たのか、まだ亀裂が存在するのか。そもそも本当に次元に亀裂が入ったのか。
そして亀裂から流れ込んできたとされる『力』の正体と、なぜ消えたのか、もしくはどこかに行ったのか、全てが未だに解明されず、謎のままとされている。
「あぁ、結局は何も分からなかった。でも、その当時は団長には家族を置いてでも、調べなければいけない立場と義務があった。たとえそれが無駄に終わったとしても。私はルーシーとの婚約が決まってから、ルーシーと団長の間に出来てしまった溝を、少しでも埋めようと魔術師団に所属する事にしたんだ。少しでも二人の仲を取り持ちたいと」
私は魔術学院に入学出来たが、魔力の量は入学にギリギリ足りる程度だった。
入学した学院で私はルーシーと出会い、彼女を知り彼女の為に、魔力の少なさを補えるだけの知識を付け、研究室の研究員として魔術師団に入団した。
魔術師団に入団してからは、彼女と団長の距離を縮める事と、研究に全力をそそいだ。
もし、彼女と父親の仲を修復できなかったとしても、私が、誰も無視できない程の大きな研究を成し遂げ、名を世に知らしめることが出来れば、私は魔術の名門であるトーランド家に婿養子になる事が出来るのではないか?
そして、彼女をトーランド家の当主にしてあげる事が、出来るのではないか? と。
そんな期待を込めて、着実に成果を残し続け、研究室の室長まで上り詰める事が出来たが
「時間切れだ。彼女の心を救うのに私の力は及ばなかった。私は彼女の心を癒す事が出来ずに、彼女を凶行に走らせてしまった」
自分自身への情けなさと、後悔の念に押し潰されそうになり、視線を下に落とす。
廃墟の様に成ってしまった食堂に、沈黙が落ちる。
私達の様子を窺っていた、制圧され拘束された職員や団員も静かに、固唾を飲んで見守っている。
沈黙を破ったのは、冷たさを含んだ、しかし優し気にも聞こえる笑い声だった。
その笑い声が食堂に染み渡るにつれて、徐々に室温が下がる様な、体温を奪われるような気持に襲われる。
笑い声の聞こえる方向へと視線を向けると、笑っていたのは優し気な表情を浮かべたギースだった。
気の済むまで笑ったギースは、静かに口を開く。
「ふふふ、つまり、僕の誘拐もトレヴァー兄様の妹であるイザベラ嬢の誘拐も、僕の家族の所為で起こった事だと言う事ですね。そう言う事なら、家族のした事は家族の僕がきちんと終わらせる事にしましょう。」
それに、対してブライアン君が驚きの声を上げる。
「お前、豆知識以外も喋れるんじゃねぇかよっ!! 普段から喋れよっ!! あと、終わらせるってどうすんだ?」
それに対して、ギースは笑顔を浮かべる。
心なしか、更に食堂の室温が下がる。
いや、気のせいじゃ無く、下がっている!!
「姉上には呆れますね。大切な母上が、自分の命と引き替えに産んでくれた僕を殺すと言う事は、母上の命すら軽く見ている事になるというのが分からないんですから」
ギースを中心に、床が凍り付き始め、パキパキと音を立てながら床から壁、天井が氷に覆われ始めた。
どんどん下がって行く室温に、アリス嬢は震え始め、クリストファー殿下がそのアリス嬢に上着をかける。
「ふふふ、こんな大騒ぎになるような事をした僕の姉上は、自分の努力が報われずに僕が当主の座に収まるのが納得できないんでしょう? でしたら知らしめましょう。姉上と、そして姉上が協力した呪術師組織とやらを全て叩き潰し、断罪し、僕の方が上だと証明するんです。姉上ではなく僕こそが、当主に最も相応しいと。男だからと言う理由だけで、当主に成れたと思われるのは癪ですからね。」
そう言って、満面の笑みを浮かべたギースの周りにブリザードが吹き荒れた。物理的に。