悪者だからですわぁ
制圧されたという現場にたどり着くと、我が国の第二王子であるクリストファー殿下が、まるで廃墟の様になった食堂にて、魔術師団の団員と職員に、脱力したような話し方で尋問を行っていた。
「・・・・・・・魔術師団団長は、今日ココに居るの?・・・・」
「え、え~と。殿下。団長に何の用でしょうか?」
「・・・・・・・そう。居ないのか・・・制圧された呪術師組織のアジトの検証に行ってるんだね・・・・ねぇアリス・・・ココに団長居ないって・・・」
確実にクリストファー殿下と職員の会話が、不気味な感じに噛み合っていないが、尋問がサクサク進んでいる。
・・・なにコレ怖い。
その異様な尋問風景を、恐々と物陰からうかがっていると、背後から声が聞こえた。
「ふえぇ・・・クリス様ぁ。ココにだらしの無さそうな不審者がいますぅ・・・」
驚き振り返ると、私の背後に、黒髪、ワインレッドの瞳の美少女が、立っている。
硬直した私に向かって、彼女は涙目で、私の喉元に巨大なフォークを突き付ける。
多分、彼女がクリストファー殿下と一緒に、魔術師団に襲撃をかけたブルネスト侯爵家の令嬢だ。
確か・・・6歳。
ヤバイ。6歳児の女の子に背後をとられた・・・・軽くショック。
ってか、なにこのフォーク。大きすぎない?
何で武器にフォークの形を求めたのっ?!
お前の命を飯のたねに、俺はビッグに育ってやるゼ、的なメッセージでも込められているのか?
もうヤダ、なにこの状況。
そもそも、だらしの無さそうな不審者って私の事か?
確かに無精髭とか生やしてるけど、これオシャレのつもりなんだけど・・・
あ、ここ数日、研究室に缶詰のせいで、ヨレヨレになったローブと無精髭が合わさって、くたびれ感がでてるのか?
いや、現実逃避はこの辺で終わりにしておこう。
なんとなくだけど、早く降参しないと命がヤバイ気がする。
そう判断して、恐る恐る両手を後頭部に組んで、ゆっくりと床に両膝を突き、抵抗しない意志を表す。
すると軽快な足音と共に、この食堂に一人の少年が飛び込んで来た。
「あっ!! ここに居たんですねぇ。クリス様とアリス様。いい加減にしないと、王妃様が自ら事態の収拾に動き出しますよぉ・・・って、アレ?」
アリス嬢とやらに視線を向けた少年は、そのアリス嬢の前で膝をついている私に気が付き、声を上げた。
薄茶色の髪に、糸目の6歳位の少年。
あぁ、彼はスネイブル商会の次男。ウルシュ・スネイブル君だ。
きっと彼は、暴走している殿下と令嬢を引き止めに来たのだろう。
私はウルシュ君に向かって、助けを求める視線を送る。
するとウルシュ君は困ったように微笑むと、アリス嬢に声をかける。
「アリス様・・・・その人にフォークを突き付けちゃ駄目ですよぉ~。その人、イザベラの身内なんですからぁ・・・」
おや、彼は私の事を知っているのか? 私と彼は初対面のハズなんだけどな。
イザベラが私の写真か絵姿でも見せていたのだろうか?
「ふ、ふえぇぇぇぇっ?! この人、ベラちゃんの親戚なんですかぁっ!! この無精髭に、眠そうな半開きの眼をした、顔は良いけど、かなり胡散臭そうなオジサンがっ?! あ、でもよく見たら、ベラちゃんに似てます」
そう言って、アリス嬢は私に向けていたフォークを下げた。ありがとうウルシュ君。
なるほど、彼女はイザベラの知り合いなのか。
・・・・どうりで。過激派と言うか、武闘派と言うか。
っていうか、私への評価、酷くない?
ちょっと、オジサン悲しい。
本当はオジサンって言う様な歳でも無いけど・・・いや、6歳児にはオジサンか?
そんな事を考えていると、私のすぐ横までやって来たウルシュ君が、アリス嬢に向かって私を紹介する。
「アリス様、クリス様。彼は、魔術師団研究室のニコライ室長。ちなみにニコライはミドルネームだよぉ。ファーストネームが副団長と同じだから、区別するためにニコライって呼ばれてるんだってぇ。ファーストネームはトレヴァー。トレヴァー・ニコライ・ロッテンシュタイン。イザベラのお兄様で、ルーシー嬢の婚約者だよぉ」
やれやれ、これでやっと解放される。
・・・・と、思いきや、再びアリス嬢から巨大フォークを突き付けられた。
なんで?! 今、私の身元が証明されたよねっ?!
なんで私はまた武器を突き付けられてるの?!
って言うか、さっきよりもフォーク近くない?!
ギリギリだよ? ギリギリ!! って言うか目に刺さりそう!! 超コワイっ!!
なんで身元が判明した事で、更に警戒されてるの?!
私、彼女達に何かした?!
「え、アリス様・・・・ちょっと待ってぇ、落ち着こう? 彼がココに居て、状況が分かっていない事から考えて、彼は今回の騒ぎには関わってないと思うよぉ? ねぇ? クリス様」
そう言って、ウルシュ君はアリス嬢を、ドウドウとなだめる。
なんて良い子なんだ、ウルシュ君!!
君がイザベラのお婿さんに成ってくれるなら、安心だよ。応援するよ。
そして、サッパリ状況がつかめないんだけど、何がどうなっているの?
今回の騒ぎって何だ。状況が理解出来ずに混乱する。
だが、ウルシュ君に声をかけられたクリストファー殿下が、私達に近づき発した言葉で、事態が僅かに開示される。
「・・・・うん。・・・・彼はギースの誘拐にも、・・・・そしてイザベラ嬢の誘拐にも関わってないよ・・・・」
はっ?!
私はギースの誘拐の関与を疑われてたのかっ?!
いや、待て。
その後に、信じられない発言を聞いたよ?!
イザベラが誘拐っ?!
いやいやいやっ!! そんな馬鹿なっ!!
ダイモンに近衛騎士や騎士、そして獣人部隊と冒険者の合同作戦でも捕らえられなかったイザベラを、誘拐?!
誰だよっ?! そんな事を可能にした奴はっ!! 魔王か!!
「・・・・・・ルーシーだよ・・・・・」
クリストファー殿下が、私の疑問に答える。
あれ? 私は今、疑問を口にしていたかな?
いや、イザベラの事を知っていて、更に私の表情を見れば考えも予想が出来るか。
しかし、ルーシーかぁ。
ルーシーがイザベラを誘拐ねー。
は? ルーシーがイザベラを誘拐?
ルーシーが、イザベラを誘拐?
なんで?!
まさかの私の婚約者、最強説?!
たすけてっ!! 意味が分からないっ!!
小出しにされているとはいえ、状況を把握する為の情報が、入れば入るほど状況が見えない!!
そんなパニック状態の私を、さらに追い詰めるアリス嬢。
「ふえぇぇ・・・・トレヴァー様ぁ。今すぐルーシー様の居る所か、自宅に案内するですぅ」
え? もしかして魔術師団が襲撃されていると言うこの事態は、ルーシーとイザベラによって引き起こされてる感じ?
って言うか、アリス嬢止めてっ!! そのフォークで私の額をグリグリするの止めてっ!!
もうやだ、最近の6歳児っ!!
とか考えてたら、いつの間にか子供が増えてない?!
いや、増えた子供の一人は知ってるっ!!
ちょ・・・助けて。願いを込めて彼に呼びかける。
「ギースっ!!」
私の声に、ウルシュ君とクリストファー殿下。そしてアリス嬢が私の視線の先を見る。
食堂の真ん中にルーシーの弟、私の義理の弟に成る予定のギースが、赤毛の少年と一緒に立っていた。
静かに首をかしげて何も言わないギースの代わりに、赤毛の少年が口を開く。
「えーーーと。クリストファー殿下?・・・と、誰だアイツら。まあ良いや、何してんの?」
それに対して、アリス嬢が返答を返す。
「ふえぇぇぇ、誰ですかぁ? 今、ルーシー様の居場所を聞き出すのに忙しいのですぅ。邪魔すると『ですとろーい』ですわぁ」
何だ、ですとろーいって。
可愛らしい響きの裏に、物騒な何かが隠されている予感がして恐ろしいのだけど。
「え~と。ルーシーってギースの姉貴の事か? 何で探してるんだ?」
頭を掻きながら、赤毛の少年がアリス嬢に問いかける。
その横で、ギースはキョトンとした表情で、赤毛の少年とアリス嬢を交互に見ている。
が、次のアリス嬢の言葉に、ギースは動きを止めた。
「悪者だからですわぁ」