気安く呼ぶな。
トーランド家は、魔術師の育成に力を入れているロゼリアル王国の中でも、群を抜く魔術の名門で、過去に宮廷魔術師や、魔術師団長となる実力者を数多く輩出して来た家系だ。
そのトーランド家を、私が継ぐのだと、ずっと思っていた。
私は、トーランド家の現当主である父の唯一の子で、将来は婿養子を貰って、我が家系の存続と発展に力を入れて行くのだと思っていたし、そう教育されてきた。
それは、私の望みでもあり、誇りでもあった。
あの子が、ギースが6年前に生まれて来るまでは。
魔術学院への入学準備の時までは、私は周囲に次期トーランド家の当主として期待され、祝福されていた。
だけど入学半年前に、もう第二子は望めないだろうと言われていた、母の懐妊が分かった。
それまで、私を次期当主と持ち上げていた周囲の人間が『男児であれば、ようやく待望の次期当主が』と、喜び始めた。
ようやく? 待望の次期当主? だったら私は?
今まで私を次期当主だと、もてはやしておきながら、本心では私を次期当主とは認めていなかったのか。
これまで私が、女性であっても次期当主としてふさわしくあろうと、続けて来た努力は何だったのか。
もし、男児が生まれたら、私はもう用済みなのか。
そんな不安に襲われ、母の懐妊を心から祝福できずにいた私の苦しみに、唯一気付き、慰めてくれたのは、その身重の母だった。
母は自分の妊娠に、弟か妹の誕生に、素直に喜べない私を叱るでもなく寄り添ってくれた。
『ルーシーが将来、次期当主に成ろうとも、それ以外の道に進む事に成ろうとも、貴女は私の誇り。貴女はいつまでも私の大切な娘であり、現ロゼリアル王国の魔術師団長である、素晴らしい才能を持ったお父様の娘よ。立ち位置が変わったところで、貴女の価値はこれまでと何一つとして変わりはしないわ』
そう言って慰めてくれた母は、私が魔術学院の一年生、15歳の秋に、弟ギースの誕生と引き換えに命を落とした。
知らせを受けて、慌てて屋敷に戻って私が見たのは、男児の誕生の喜びに沸く親族と関係者、そして、屋敷の奥の部屋でひっそりと、静かに眠る母の亡骸だった。
私は生涯、忘れはしない。
薄暗い部屋でたった一人、冷たくなった母の身体に縋って泣きながら、遠くから聞こえてくる喜びの声を聞いた日を。
私から母を、当主の座を、奪った弟ギースの誕生を祝う、喜びの声を。
「だから、ギースを呪術師に売ったんですか? ルーシーお義姉様。」
「ええ。そうよ、イザベラちゃん。これは復讐なの。母の死をそっちのけで、ギースの誕生を祝っていたあいつらへの復讐なの。それに、ギースが死ねば、奪われた当主の座だけでも取り返せるもの。そしたら、イザベラちゃんのお兄様であるトレヴァーは、我が家に婿養子として来る事に成るわね。お父様はトレヴァーを気に入っているから、失ったギースの代わりに、息子として大切にすると思うわ。だからイザベラちゃんは安心して逝ってね。」
そう言って、ルーシーお義姉が歪んだ笑みを浮かべるのを、私は樽の中から見上げた。
ルーシーお義姉様について行った先で、私は身体の自由と魔力を封じる呪術具を着けられ、ココまで連れて来られた。
と、言うよりも、相手がルーシーお義姉様だからと、特に警戒心も抱かず、言われるままに両手と首に呪術具を着けたんだけど・・・
連れて行かれた先は、そこそこ大きな、元々教会か修道院っぽい廃墟になった建物。
そこに、深くフードを被った人や、仮面を被った人、透けた布で目元を隠している人など・・・とにかく顔を隠している人達が揃っていた。
顔を隠したところで、私には意味ないけど。ちなみに彼等の鑑定結果は、呪術師。
って事は多分、ここは呪術師組織のアジトか作業場の一つだな。
連れて来られた廃墟の、ジメジメと苔の生えた石造りの地下には、魔法陣の上に樽が乗ったものが大量に並んでいた。
キッチリと封をされた樽の上には、セージの束と骨がクロスするように置かれていて、樽の表面にも魔法陣や呪術式的な物が、びっしりと書き込まれている。
・・・・・多分、中身はワインとかでは無いな。
流石に、中身を[色欲]で見る勇気が無くて[強欲王]のみにしたんだけど、その判断は間違いではなかった様だ。
でた鑑定結果を詳しくは語らないけど、呪術師達のやっている事には反吐が出る。
並ぶ樽の一つ、まだ未使用の空っぽの樽の中に、目元を透けた布で隠した男達に入れられた。
ルーシーお義姉様の目的が分からず問いかけたところ、返って来た答えが今の話だ。
「もしかして、トレヴァー兄様との結婚を先延ばしにしていたのは、お嫁に行かずに、ギースが死んだ後でトレヴァー兄様をお婿に貰う為なの?」
「そうよ。一応、正式な様子見もあったのよ? もしギースに魔力や魔法の才能が無かったら、私が当主に成るでしょ? でも駄目ね。ギースには魔法の才能が有った。」
なるほど。正式な様子見ね。
正直、長兄のトレヴァー兄様の結婚が延期されたところで、それは当事者達の都合なんだから、ダイモン兄様は気にせず、マリンお義姉様とさっさと結婚すれば良いのに、と思っていたんだけど、そう言う事情も有ったのか。
トレヴァー兄様が婿養子になる事に成ったら、ダイモン兄様が次期ロッテンシュタイン公爵で、マリンお義姉様が公爵夫人に成るんだね。
って事は、トーランド家の当主がハッキリとしないうちは、どちらにしても結婚は無理だったのか。
誰か、教えててよ私に。実の兄達の結婚の事なんだからさ・・・。
まぁ、普通は6歳の子供に、そんな深い事情説明しても分かんないだろうから、言わないんだろうけど。
この、子供は蚊帳の外な感じ。前世でも有ったわぁ~。
さて、ルーシーお義姉様の事情は分かった。
だからもう、私は大人しく樽に入っておく必要は無いし、呪術の材料に成る義理も無い。
「ルーシーお義姉様、貴女の憤りと悲しみは分からなくは無いけど、私はそれに付き合って死んでやる気なんて無いわ。」
「ふふ、イザベラちゃんが、どんな気で居るかなんて関係無いのよ。ギースの誘拐が失敗する切っ掛けを作っただけじゃ無く、呪術師組織の存在を、表に引きずり出そうとしているイザベラちゃんは邪魔なの。私達を嗅ぎ回っている、イザベラちゃんの婚約者もね。安心して、イザベラちゃんとイザベラちゃんの婚約者の魂は、同じ呪術具の材料として使用してあげるから。そしたら、二人はずっと一緒よ。」
それ、遠回しにウルシュ君も殺して、呪術の材料にするって言っているのよね?
それを理解した瞬間、こんな状況でも残っていた、私の中のルーシーお義姉様に対する情が、全て引いて行くのが分かった。
「・・・・私、さっきまで貴女に対する同情心が少しだけ有ったけど、それが今、全て消え失せたわ。ウルシュ君に危害を加える様な発言をした時点で、貴女は私の身内では無く、私の敵。」
「あら、残念だわ・・・。私にとってイザベラちゃんは、今でも可愛い私の義妹なのに。だけど、イザベラちゃんがどんなに怒っても、ここから出られない以上、どうする事も出来ないわ。イザベラちゃんも、婚約者のウルシュ君っていう子? その子も死んで、ここに並ぶの。」
「お前は私の婚約者の名前を気安く呼ぶな。あと、私が、ここから出られないってどうして思った?」
本気で私を、この程度の呪術具で封じられると思っているなら、大間違いだよ。
私を封じるなら、中型地竜を封じられる程度の、ウルシュ君製の物を持ってこいっ!!
金属製だろうと、魔石で出来てようと、ウルシュ君が合成した物じゃないなら、私の握力の前では、クッキーみたいなもんよっ!! 両手と首に着けた呪術具を力任せに素手で砕くと、入れられていた樽を内側から叩き割る。
爆散する様に砕け散った樽の破片を防ぎながら、ルーシーは驚愕に目を見開いた。
「そんなっ!! 高度な術が組み込まれた、強固な樽がっ!!」
あ、なんか術が掛かっていたの? この樽。普通に壊れたけど。
だけど、壊すのはこれだけじゃないから。
私は天井に向かって、人差し指を突き出す。
これ、魔法が使える世界に転生してから、ずっとやりたかった魔法なのよね。
『雷撃っ!!』
その夜、轟音を立て、王都の端で巨大な雷の柱が、下から上へと落ちて行くのを多くの者が目撃した。
鑑定結果の樽の中身とかは、描写すると「R15」と「残酷描写あり」タグが必要そうなんですけど、どの辺りまでがセーフなんでしょうか?
もしかして、既にアウトですかね?
指摘されたらタグ足します。