辿り着けなかったわ。
馬車を追いかけて行ったイザベラの背中を見送り、ポールは血を吐きながら苦しむ誘拐犯らしき男達に駆け寄る。
口封じの呪いをかけられているという事は、彼らは有力な手掛かりになる情報を持っているはずだ。
ここで死なれては困ると判断したポールは、念の為に持たされていた、呪い耐性のブレスレットを外し、男達の腕につける。
既に呪いが発動しているので、どの程度の効果が期待できるか分からないが、時間稼ぎさえ出来れば、呪いを解除できる仲間が駆けつける筈だ。
ポールが男達を裏路地の端に移動させた頃、ウルシュが目元を透けた布で隠した三人の女性を連れ、裏路地に現れた。
ポールは現れたウルシュに頭を下げる。
「坊っちゃん、申し訳ありません。イザベラお嬢様を行かせてしまいました」
「あ~、想定の範囲内だから良いんだよぉ」
そのウルシュの言葉にポールは首をかしげた。
今回、近づいてきた不審者が呪術師や子爵関係の誘拐犯だったら、おとり捜査だという事を、うっかりを装ってバラして逃がし、泳がせる作戦だったはず。
なぜイザベラが誘拐犯を追いかけて行ったのかが、ポールには分からなかった。
「・・・ウルシュ坊っちゃん。今回の作戦、イザベラお嬢様に伝えてますよね?」
「伝えてないよぉ。イザベラ、誘拐される気満々だったからねぇ。捜査の為とはいえ、イザベラが誘拐されるのは反対だったから、堂々と追いかけて行かれた方が、まだマシなんだよねぇ」
だったら、始めから囮捜査を許可しなければ良いのに、とポールは思ったが口には出さずに、ため息をついた。
「追いかけていくのも危険でしょうに」
「誘拐犯と一緒に、馬車の中という密室で大人しくされているより、大暴れしてもらったほうが全然いいよぉ~。陽動にもなるし?それに、イザベラの危険度が周囲に知られたほうが、手出ししようとする馬鹿が減って良いかなぁ?なんて」
そう言うと、ウルシュは背後で待機している三人の女性に、地面で苦しんでいる男達を指さし合図する。
音もなく、地面の上を滑るようにして移動し、男達の傍にしゃがみ込んだ女性達は、無言で彼らをのぞき込む。
それを横目で眺めながら、ポールはウルシュに疑問を投げかける。
「そんな事して、かえって目をつけられませんかねぇ?」
「一応、イザベラは王族の親族だし、何より権力過多なロッテンシュタイン家の令嬢だから、囲い込むのは大変だと思うよぉ。だから、どちらかというとイザベラ自身より、イザベラの婚約者である僕か、スネイブル商会の方が目をつけられるだろうねぇ」
そう言うとウルシュは、不気味にほほ笑む。
あぁ、ウルシュや商会に目をつける馬鹿は終わったな。とポールは視線を遠くする。
「さて、ポールの機転で呪いが彼らの体にあまり回ってなかったから、予想より早く済んだみたいだねぇ。もうすぐ他の応援が来ると思うから、彼らを運んでおいて。」
無言のまま、いつの間にか並んで立っていた女性達の足元で、静かになって気絶している男達を指さし、ウルシュはポールに指示を出すと歩き出した。
そのウルシュの後ろを、三人の女性達が無言でついて行く。
「お気をつけて、ウルシュ坊ちゃん。」
そのポールの言葉に、ウルシュは振り返らないまま返す。
「うん。気を付けるよぉ~」
「くそっ!! この小娘がっ!! そこから降りやがれっ!!」
私は、蛇行して走る馬車の上でステップを踏み、御者台から憲兵が振るう鞭を避ける。
ふはは、ウルシュ君の鞭の威力とスピードに比べれば、そんな攻撃ぬるいぬるいっ!!
いやぁ、だけど周囲の人達の反応で、馬車の上にいるのがバレるなんて、私もまだまだね。
気配遮断するとか、クリス様の光学迷彩を真似して、姿を消すとかするべきだった。
追いかける事に意識を向け過ぎて、そこまで頭が回らなかったわ。
馬車の屋根に子供が張り付いているのを見たら、そりゃあ周囲の人は悲鳴を上げるわよね。
仕方がないわね、本当はアジトまで案内させるつもりだったけど、ここで彼らを捕獲する事にしましょう。
連れて帰りさえすれば、後はウルシュ君が必ず彼らの口を割らせて、情報を引き出すはず。
爆走する馬車の上で、放たれる鞭を飛び回り避けながら、馬車の屋根の四隅を手加減しながら平手で叩き割る。馬車ってけっこう柔らかいのね~。
拳で殴ると馬車が粉々に砕け散るかもしれないから、優しく壊しすぎないように叩き割る。
最後に跳び上がり、馬車の屋根に肘鉄を喰らわすようにして体当たりをかまして、砕け落ちる屋根と一緒に馬車の中に侵入すると、粉々の屋根と一緒に降ってきた私に、中に乗っていた憲兵二人が驚愕の表情で固まった。
憲兵が放心している間に、内側から馬車の扉を蹴破ると、進行方向の座席に座っていた憲兵の胸倉を掴み、爆走する馬車の外に投げ飛ばした。
受け身も取れずに石畳に叩き付けられる憲兵。
たぶん肩の骨と、肋骨が何本か逝ったかも。
我に返ったもう一人の憲兵が、素早く剣を抜くと、私に向かって振り下ろす。
屋根が無くなったとはいえ、狭い馬車内で剣を振り回すのは悪手だよ。お兄さん。
子供の小さな体を利用して、振り下ろされる剣を軽々と避ける。
避けられた剣が座席にくいこみ、憲兵が一瞬動けなくなった隙をついて、憲兵を後方座席側に蹴り飛ばした。
つぶれたカエルみたいな声を出して憲兵が気絶したのを確認すると、馬車の床を蹴り跳躍し宙返りをする要領で御者台側に飛び移った。
あれ? さっきまで御者台から、私を鞭で攻撃していた憲兵がいない。
ふと、馬のほうを見ると、憲兵が馬の上に飛び移っていたようで、馬に跨ったまま、馬と馬車を繋ぐハーネスを切断しようとしていた。
現時点じゃ手出しをしづらいので、切断が終わるまで待つ。
無事、ハーネスが切断されると同時に、ハーネスを繋ぐ馬車の部品が石畳に叩き付けられ、部品を砕きながら馬車が止まった。
馬車を置いて馬で走り出し、ドヤ顔で振り返った憲兵に向かって微笑みを返すと、手のひらを地面に向ける。
今まで力技のゴリ押しだけで何とかなっていたから、使う機会が無かっただけで、魔法の勉強してなかったワケじゃ無いんだよ?私。
しかも、私には[嫉妬]というチートスキルと、万能なウルシュ君と言う素晴らしい教師がいるから、殆どの属性魔法をゲットしている。
と、いう事で食らうがいい。
イザベラオリジナルの追尾型、爆撃魔法、『地中雷』
地中で爆発が起き、下から石畳を爆散させ土を巻き上げながら、馬で逃走する憲兵を『地中雷』が追いかける。
石畳を粉砕しながら馬を追いかけた『地中雷』は、あっという間に馬で逃げる憲兵に追いつくと、馬ごと憲兵を空中へと高く吹き飛ばして消失した。
前方に向かって吹っ飛んでいった憲兵は、馬ごと石畳に叩き付けられる。
流石に死にかねないので、地面に激突する間際に馬には強化魔法とシールドを、憲兵には死なない程度に強化魔法をかけておくと言う、女性ならではの細かい気遣いは忘れない。
狙い通り、馬は無傷。憲兵は気絶という、我ながら素晴らしい結果だ。
しかし、500M以上の石畳が粉々だ。しかも日が傾いている上に、土煙で視界が悪い。
叩き壊すより直す方が手間がかかるから、本当はあまり使いたくないんだよなぁ。魔法。
私の魔法、威力が強すぎて、ファイヤーボール程度でも直径500M位の、ガラス質のクレーターが出来上がるからなぁ・・・・。
下手に使えないから、結局、腕力に物を言わせて力押ししちゃうんだよなぁ。
あぁ、私の女子力が息してないわ。
とりあえず、騒ぎを聞きつけた他の憲兵や衛兵が来る前に、石畳の修理をしておこうと『視界クリアゴーグル』を着けて、袖をまくった。
石畳の修繕が終わり、憲兵三人をガチガチに拘束した所で、ポールさんが駆け付けた。
「ごめんなさい、ポールさん。途中で気付かれて、アジトまで辿り着けなかったわ。」
「いえっ!! 良いんですっ!! それよりも聞いて下さい、イザベラちゃんっ!! 大変な事が起こったんですっ!!」
慌てた様子のポールさんが、私と視線を合わせる様にひざまづくと、両肩を掴んで私の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「誘拐され、監禁されていた方々が保護されていた教会が、何者かに襲撃されましたっ!! 現在、行方不明者などを確認中ですっ!! ウルシュ坊ちゃんがお待ちですので、付いて来て下さいっ!!」