絶対に奴らを釣れると思うの。
重たく大きな音を立てながら進み始めた機関車を、遠くからマリーちゃんと見送る。
「お嬢様、本当に声をお掛けしなくて、よろしかったのですか?」
「えぇ、良いの。彼女達は私の事を知らないから、声を掛けても不審がられるだけよ。」
ディアナ王国方面へと、徐々にスピードを上げながら走り去って行く車体を見つめながら、私はマリーちゃんに答える。
あの機関車には、子爵夫人・・・いや、”元”子爵夫人と2人の娘達が、新しい父親と成る予定の貿易商の男性と共に乗り込み、新居の有るディアナ王国へと旅立って行った。
国王から婚姻や離婚の許可が必要となる伯爵家未満とはいえ、子爵も立派な貴族だ。
離婚には時間が掛かるかと思われたが、スネイブル家と夫人の実家が裏で手を回したようで、1カ月程で離婚が成立した。
それとほぼ同時期に魔術師団と騎士団が協力の元、誘拐された人達の監禁場所に踏み込み、被害者達を保護したらしい。
ウルシュ君が言うには、監禁場所が捜査の手に落ちる時期に離婚の成立が間に合うようにと、かなり無理をしたとの事。
監禁場所が暴かれた事によって、子爵や呪術師達が混乱をしている間に彼女達を逃がせば、彼女達への追手にそこまでの人員は割けないだろうという理由の他に、子爵が犯罪を犯していた事がもし公になった場合、本来は被害者であるはずの彼女達も犯罪の関与を疑われる可能性が有る為、その前に国外へと出してしまおうと言う事だった。
子爵は離婚を拒否しごねていたのに、どうやって離婚を成立をさせたのか疑問でウルシュ君に尋ねたところ、流石にウルシュ君は役場のお偉いさんを動かす力は持っていないと言う事で、代わりにウルシュ君のお母様が裏で動いてくれたらしい。
そう言えば私ウルシュ君のお母様に会った事ないなと思い、後日ウルシュ君のお母様にお礼とご挨拶に伺いたいと伝えたんだけど、”10歳以上に成るまで会ってはいけないっ!!”とウルシュ君とポールさんに強く止められた。
・・・・なんでよ。
「さぁ、お嬢様。機関車も見えなくなった事ですし、そろそろお屋敷に戻りましょう。」
走り去る汽車を見ながら考え込んでいた私に、マリーちゃんが帰宅を促す。
それに返事を返し、駅の前に待たせている馬車へと戻る。
屋敷へ帰る馬車の中で、マリーちゃんは夢見心地で話し始めた。
「それにしても素敵なお話しでしたね。政略結婚で泣く泣く引き離された幼馴染を、ただひたすら想い続けていた男性が、その幼馴染が嫁ぎ先で辛い思いに遭っている事を知って助け出しに来て、最後に2人は結ばれるって・・・・本当に素敵。男性と再会したあの女性が、彼の胸へと泣き崩れて行った姿を見て、私もつられて泣きそうになりました。」
そう。裏でスネイブル家が手を回していたんだけど、表向きはそういう形に収まった。
カラーズコレクターの話は完全に伏せて、夫人の幼馴染の男性に協力を要請したところ、男性は計画に飛びつき快く了承。
彼に表舞台に立って貰い、今回の離婚騒動は”想い続けていた幼馴染の女性が辛い生活のあまり、心労で臥せってしまった事を彼が知り、彼女を救い出そうと尽力した結果”と言う事に成っている。
当初2人の娘達は複雑そうにしていて、嬉しそうな母親の様子を見て無理やり納得した様子だったが、さっき汽車に乗り込む時には、新しい父親と成る男性からの暑苦しい程の構い様に、照れ笑いの様な表情を浮かべていた。何とか上手く交流を深めている様だ。
今まで家庭を顧みない父親と、その事に苦しみ臥せってしまった母親と言った具合に、自分達を見てくれる人が居なかったので、新しい父親の暑苦しい程の構い様に、反応に困りながらも悪い気はしないのだろう。
新天地で彼ら家族が上手くやって行けると良い。
屋敷に帰り着くとすぐに、ウルシュ君がポールさんを連れて訪ねて来た。
「被害者達は教会に移送されて、そこで家族達と再会できたみたいだよぉ。ヒロインの叔母さんもねぇ。今は騎士団と憲兵、傭兵が合同で犯人の手掛かりを探っている所だねぇ。裏の呪術師組織が関わっているから、証拠や手掛かりに成る物は中々見つからないだろうけどねぇ。」
「そうなの?じゃあ、ウルシュ君はどこから子爵に辿り着いたの?」
「僕はイザベラから犯人の容姿を聞いていたから調べられたんだぁ。頭に被っている”豚の頭の皮で創った呪具”は前にも言ったけど、かなり高度な呪術が組み込まれていて、中々手に入らない物だからねぇ。その呪具の出所から辿って行ったんだよぉ。」
なるほど。ゲームでの情報が有利に成ったのか。
ちなみに私達は、魔術師団や騎士団に被害者達の監禁場所は教えたけど、犯人の正体の情報提供はまだしていない。
子爵が裏の呪術師集団と繋がっているのは確実なのだけど、彼らが何処を拠点としているのかが、まだ分かっていないのだ。
現時点の情報じゃ、子爵は捕まえられても呪術師集団に逃げられる。
それに例え捕まえる事が出来たとしても、子爵はともかく呪術師集団がちゃんと司法の元、正しい裁きを与えられるのか心配なのだ。
何故なら彼らの依頼人に貴族達が含まれるから。
政敵や邪魔な者を彼らを使って葬った貴族達が、彼らを必要として逃がす可能性も有るし、逆に呪術師の方が貴族達が依頼した内容を司法の元で暴露すると脅して、逃げる手助けをさせる可能性だってある。
正直、依頼人の貴族も含めて一網打尽にしたいところだけど、肝心な呪術師組織の拠点が分からない今の時点じゃ、証拠も少なく上手く逃げられる。
「流石に長い事裏に潜んで居ただけあって、中々呪術師達の拠点が掴めないんだぁ。うちの従業員達もあまり深入りさせると、命を落としかねないからねぇ・・・。」
「ここまで調べられただけでも十分すぎるよ。これ以上は流石に無理はさせられないよね。」
ウルシュ君に返事を返しながら、私は【クローゼット】の中身を確認する。
確かアレが大漁に有った筈・・・複数の攻略者を同時攻略するために必須だったアイテム。
あぁ、有った・・・。コレだ。
【クローゼット】から取り出したアイテムを、テーブルの上に並べる。
「ふふふ・・・コレの出番が来た様ね。」
「コレは・・・・『変身☆ヘアカラーシリーズ』? 何コレ? これもゲームのアイテム? うわぁ・・・いろんな色が有るねぇ・・・。」
そう、変装アイテムだ。
実は『ラブ☆マジカル』は、攻略対象者とのデート中に、他の攻略対象と鉢合わせす事件がランダムで起こる。
・・・だいたい、デートの3回に一回は他の攻略対象に見つかる。
見つかると、その鉢合わせた攻略対象者の好感度がかなり下がってしまう。
それを防ぐには、攻略対象者とのデートイベントの時に、変装アイテムを使用する必要が有るのだ。
・・・・そこまでして複数人とデートしたいか?
まぁそれは置いといて、それを使用すれば”せっかく上げた好感度を下げる心配が無くなる”と言う事で用意されている変装アイテムのうちの一つが、この『変身☆ヘアカラーシリーズ』だ。
ちなみに、この変装アイテムは全て課金アイテムです♡
本当に商魂たくましいな、このゲーム会社(?)
「そう、今なら全ての獲物を逃がしてしまった事で、補充に躍起に成る筈。保護された被害者達はしばらく教会で保護されるから手出しはし辛い。そこに珍しい髪色の子供が一人で歩いていたら、絶対に奴らを釣れると思うの。」
「まさか、その囮役をイザベラがするとか言わないよねぇ?」
私の作戦を聞いて、ウルシュ君は黒い気配を漂わせながら満面の笑顔を向けて来る。
あっ、これ絶対反対される流れだ。
「いや・・・。ほら・・・。捕まっても無事に逃げられるの私くらいじゃない?例えば魔力を封じられるアイテムとか使われても、私のMP量なら封じる事は困難そうだし、例え封じる事が出来ても、私の地竜並みのHPなら、どんな拘束されても力技で引き千切れるし、どんな場所からでも脱出できそうだし、何より私[状態異常無効]が有るから呪いは効かないし・・・・。」
思いつく限りの利点を並べ立て説得を試みる。
が、どんどんウルシュ君の気配が怖くなって行く・・・そんなに怒らなくても良いじゃんかぁっ!!
涙目でウルシュ君の返答を待っていると、ウルシュ君は深くため息をついた。
「仕方が無いなぁ・・・僕が駄目って言っても、イザベラはコッソリやりかねないから、見張りを付けてやらせた方が良いのかなぁ・・・。絶対に一人でしちゃ駄目だからねぇ?」
そう言ってウルシュ君は、絶対に監視役から離れない事を条件に許可を出してくれた。
そして、決行日。私は紫色に髪を染めて、青い髪の美女と手を繋いで街中を観光しています。
私と美女の設定は、他の領地から観光の為、王都にしばらく滞在する予定の親子です。
”しばらく滞在”って言うのがミソです。
急いで誘拐しないと、観光を終えて王都から出て行っちゃうよー。
中々いないよー。紫色の髪の子なんてー。貴重だよーー。レアだよーーー。
まち行く人たちが、ギョッとした目で私の髪を二度見するレベルで珍しいよーーー。
うん。本当に居ないんだ。紫の髪。
前世の日本では紫の髪のお婆ちゃんやオバちゃん、珍しくないんだけどなー。あれも人工染料だけど。
え?一緒に手を繋いで歩いている、青髪の美女は誰かって?
ポールさんです。
はい。ポールさんです。
彼、[女装]スキルと[変装]スキルと[演技]スキルと[声帯模写]のスキルを持ってます。
他にも色々なスキルが有るんだけど・・・
まぁ、前の職業で必要だったんでしょうね。今でも重宝しているみたいですけど。
そんな感じで、街中を練り歩いていて3日目、私達親子(偽)に声を掛けて来た人達が居ました。