”私達”の目的の為に
「と、言っても今のカラーズコレクターは2代目か3代目なんだけどねぇ。」
ウルシュ君は、私が読み終わった報告書をピラピラさせながら告げる。
「へ?2代目か3代目?カラーズコレクターって、受け継がれているの?」
「そう。さっき、”前子爵の浪費癖で子爵家にお金が無い”って言ったと思うけどね、そのお金の使い道が監禁場所と言った、誘拐に必要な物の経費に消えていた訳。前子爵が当主だった時に、ヒルソン子爵家に不穏な噂が流れてたんだよねぇ・・。”ヒルソン子爵は、違法な奴隷か攫って来た人間を集めているようだ”って。その時に前子爵が、屋敷の捜査でも何でもしてくれて結構。って啖呵切って、憲兵の立ち入り検査を受けたんだよねぇ。何も見つからなかったけど。」
え~と。つまり、先代の子爵もカラーズコレクターだった。って言う事なのかな?
「でも、その噂は真実だったって言う事よね?話の流れで言うと。屋敷じゃ無くて別の所に被害者達を移動させたか、始めから屋敷以外の場所に集めていたか・・・所で、噂はどこから流れたのかしらね?」
「多分、当時被害者達の世話を命じられていた、使用人か何かじゃないかなぁ?過去の使用人達に話が聞けないか探して貰ったんだけど、一人も見つからなかったよぉ。」
・・・使用人達は、どこかへ逃げ切って、隠れてひっそりと生きている事を願おう。
「あと、前子爵の浪費癖って言っても、借金が有るわけじゃ無い。それにロゼリアル王国の王都の官職って言うのは、それなりの収入が得られる筈なのに、奥さんの実家から援助受けなきゃいけない程お金が無いのはおかしいよぉ。不自然極まりないねぇ。」
借金が無くて、官職として真面目にやって行けば、それなりにお金は貯まるかな?とは確かに思うけど・・・
「ごめん、ウルシュ君。基本的に子爵家の所得がどの位か分からないんだけど・・・。そんなにお金が無い事が不自然なの?」
「そうだねぇ・・・まず、ロゼリアル王国の貴族には、国王に対する直接税って言う税金の免除が有るって知ってる?まあ、領地を持っていると荘園税の一部を王家に収めないといけないんだけどぉ、ヒルソン子爵は領地を持たない法服貴族だから関係ないねぇ。だから税金は無いでしょー。それと仕事内容は行政を扱う官職。つまり高級官僚だねぇ。他所の国ではどうか知らないけど、月収だけで町民の4人家族が一年生活出来る位貰っているんじゃない?」
そんな稼げるの?それなら不自然だわ。カツカツ遣り繰りどころか、貯金が出来て当然の収入だわ。
「別に贅沢している様子も無いのに、お金が無い。周囲の人は愛人を沢山囲っているか、人に言えない変な趣味にお金使ってんじゃないかって噂してたみたいだねぇ。まぁ、人に言えない変な趣味って言うのは当たっているんだけど。」
「それにしても、代々12色の髪色の人達に執着するって、ヒルソン子爵家って変わっているね。」
途中でまともな当主は現れなかったのだろうか・・・。
そんな変な趣味嗜好が受け継がれなくてもいいのに。
「実際に子爵家が求めていたのは、12色の髪色の人達じゃないよぉ。彼らを使用した呪術こそが求める物だったんだぁ。監禁場所はいわゆる呪術の材料と成る人達の、一時的な家畜小屋だったんだよぉ。」
・・・・呪術の”材料”と成る人達?
集めた人達を、材料にしているの?
「ウルシュ君・・・ちょっと席外すね。すぐ戻ってくるから。」
「え?うん。いってらっしゃーい。」
私は席から立ち上がると、階段を駆け降りる。
そのまま作業場から外へ出て、大きく息を吸うと・・・思いっきり吼えた。
胸の内のいろんな気持ちを、吼えて叫んで吐き出していく。
正直、あのまま作業場にいたら、子爵に対する怒りで大暴れして色んな物を壊しかねなかった。
気分が落ち着くまで、吼え続ける。
気が済むまで叫んだので作業場に戻ろうと方向転換すると、ポカーンとしたポールさんと御者の二人と目が合った。
どうやらポールさんはうちの御者と外でお茶をしていたようだ。
ちょっと気まずい思いをしながら、2人に軽く頭を下げ、ウルシュ君の待つ作業場へと戻った。
作業場で、ちょっと困った表情で笑いながら出迎えてくれたウルシュ君は、私の肩を優しくさする。
「イザベラ、気分は落ち着いた?」
「うん。話を中断させてゴメン、ウルシュ君。落ち着いたから、話の続きをお願い。」
お互いに元の席に着くと、ウルシュ君は話を続ける。
「そもそも、初めにイザベラからカラーズコレクターの話を聞いた時に、不思議に思ったんだよねぇ。12色の髪色の人達に執着してコレクションしているなら、どうしてわざわざ山の中に、監禁場所を作ったんだろう?って。」
どうして山の中・・・って、人目が付かない安全な所だから選んだんじゃないのかな?
「何が気に成るの?山の中じゃ駄目なの?」
「駄目って事は無いけどぉ・・・せっかくのコレクションが王都から離れた山の中じゃ、自分の好きな時に見に行けないじゃない?コレは僕の偏見かも知れないけどぉ、何かをコレクションする人って、コレクションを自分の手元に置いといて、自分の好きな時にコレクションを広げて、お酒を飲みながら眺めてニヤニヤしたいんじゃないの?」
いや・・・・それはかなり偏見が入っていると思うけど・・・でも言わんとする事は分かる。
コレクションって自分の気に入った物を、”所有”しているのが醍醐味なので、直ぐに手に届く位置に無いと味気無い。
王都で官職をしていて王都に家庭を持っているなら、せっかく集めたコレクションを見る為に、山に行く事は中々出来ない筈だ。
危険を冒してまで集めたコレクションを、気軽に通えない様な山の中で管理するのは勿体無い気がする。
それに、世話をする誰かを雇わないといけない。
「だから、誘拐された被害者自身では無くて、その人達がもたらす何かに執着もしくは傾倒しているんじゃないかなぁ・・・って。で、調べた結果が呪術だったってわけ。ほら、頭にも不気味な豚の頭の呪術具をかぶっているでしょ?」
「でも、忙しくて呪術なんてしている暇は無いんじゃないの?」
「彼がするんじゃないんだよぉ。王国の魔術師団にも呪術師はいるけど、そういう真っ当な呪術師じゃ無くて、裏社会に潜んでいる呪術師って言うのも沢山いるんだよねぇ。」
”真っ当な呪術師”って言うの言葉の違和感がヤバい。
呪術師ってみんな裏社会に潜んでいるイメージが有るんだけど。
「え~と、その裏社会の呪術師って言うのと、ヒルソン子爵が繋がっているって事ね?」
「そうだよぉ。禁術とか呪殺とかを請け負っている家業って言うのかなぁ?その人達に、集めた鮮やかな髪色の人達を材料に提供していたんだぁ。呪術師の世界に古くからの迷信みたいなのが有ってねぇ、12色の色鮮やかな色味を持つ人間を使った黒魔術や呪術は威力が上がるって。実際は何色の髪色でも関係ないんだけどねぇ。狭いコミュニティーだから、そう言う古い考えが未だに根付いているんだろうねぇ。」
「つまり、迷信を信じて12色の髪色の人達を集めては、その人達を生贄にしているって言う事ね・・・。ふざけてる。」
むしゃくしゃして、ポールさんの用意してくれた茶菓子を口に詰め込んで、お茶で一気に流し込む。
行儀が悪いけど、そんな事も気に成らない位に腹の底が煮え滾っている。
ヒルソン子爵と、裏社会の呪術師達に厳しい鉄槌を下して欲しい。
「もっとふざけたお知らせが有るんだけどねぇ・・・。ヒルソン子爵家は表向きは困窮しているように見せているけど、実は子爵は、呪術師達との取引で得た隠し財産を持っているから、子爵夫人と政略結婚する必要も、子爵夫人の実家から援助を得る必要も無いんだぁ。」
「・・・・・・へ?。じゃあ、何で困窮している振りしたり、奥さんと政略結婚したりしたの?」
「逆なんだ。奥さんと政略結婚する為に、困窮している振りをして近づいたんだよぉ。イザベラはゲームで子爵姉妹の姿を見た事有るんでしょ?彼女達はどんな姿をしていたぁ?」
ヒロインの異母姉妹で、悪役令嬢のヒルソン子爵令嬢姉妹。
彼女達のキャラデザは・・・・
「姉のミリアーナは、濃い緑色のストレートヘアで長身。妹のバーバラが黄緑色の・・・・緑と黄緑っ?!12色の内の2色だっ!!」
「そう。どうしても緑色や黄緑色が手に入らない時の、ストックだねぇ。緑の髪の人とピンクの髪の人って中々居ないんだよねぇ・・・青と水色もだけど。子爵夫人が美しい鮮やかな緑色の髪の毛でねぇ、子爵自身の髪が薄い金髪だから、子供の髪色が緑混じりに成ってもおかしくは無いもんねぇ。」
子爵は、奥さんや愛人、実の子供達を在庫を確保する感覚で傍に置いていたのかっ!!
「で、話の初めに戻るねぇ・・・。子爵夫人には離縁して貰って、姉妹を連れてディアナ王国に渡って貰う。ディアナ王国は医術やそれに関する学問が進んでいるからねぇ、髪の色で効果が云々と言った迷信は鼻で笑うよ。この国より安全かな?」
ウルシュ君の話に頷きで返す。
ここまで聞いたら、それが今出来る一番だと思う。
一刻も早くヒルソン子爵家から逃げ出して欲しい。
「そして、ヒロイン親子なんだけど、そもそもヒロイン母はヒロインを産んだ後、妹と一緒に王都を去ろうと思っていたみたいなんだぁ。既婚者の子供を産んだから、その奥さんや子供に申し訳ないってねぇ。でもある日突然、大切な妹が消えた。」
彼女は妹と一緒に孤児院で育ったが、孤児院は12歳で出て行かなければならない。
妹より先に孤児院を出た彼女は、いつかお金を貯めて妹を引き取ろうと考え、孤児院の近くで洗濯婦として働いていたが、ある時子爵と出会う。
その後の詳しい経緯は分からないが、彼女は15歳でヒロインを産んだ。
妹は孤児院から、毎日姉の子供を見るために通っていたが、その帰り道に姿を消す。
「だから、ヒロインの母親は王都から離れられないんだぁ。いつか妹が帰って来た時に、自分が王都に居なかったら妹は帰る場所が無いんじゃないかって。それに、子爵が手を尽して妹さんを探してくれているからねぇ。まぁ、誘拐したの子爵だけど。」
立ち上がり走って部屋から出ると、階段を飛び降り作業場の外へ出る。
吼える・・・・叫ぶ、叫ぶ、吼える
行方不明になった妹を待ち続け、王都に留まり続けるヒロインの母に
実家の為を考え、不義を行う夫の事を誰にも相談も出来ずに泣き暮らす子爵夫人に
いつか呪術の材料と成り命を落とすかもしれない、母親の為に怒りを燃やす子爵家の姉妹に
そして、その姉妹の怒りを全て受け止め耐え続け、叔母の次に呪術の材料として狙われるヒロインに
彼女達に対する様々な気持ちが、押し寄せて来て、もはや自分の感情が何処に向いているのか分からない。
怒っているのか、悲しいのか、憐れんでいるのか、愛しいのか。
ギースが狙われたと言う事は、その前に居た青い髪の人はどこに行ったんだろう?
さらに、その前に居た人達は?
叫び疲れて憔悴しきった顔で戻って来た私を、ウルシュ君は無言で出迎える。
部屋の入り口をくぐると、そのままその場でうずくまってしまった私の背中を、ウルシュ君は何も言わずに撫でる。
「ウルシュ君、私、今の自分の感情が分からないの。グチャグチャで、どういう気持ちか分からないの。」
「そっか。・・・泣いても良いよ?イザベラ。」
「ううん。私は泣けない。私は話を聞いているだけの第三者だから。本当になりふり構わず泣きたい人達が我慢しているんだよ。泣いて泣いて怒って、暴れてしまいたいだろう人達が耐えてるんだ。泣く権利はその人達の物だよ。だから私は泣くべきじゃない。」
「そう、イザベラがそう決めたなら、それで良いよぉ。でもあまり我慢はしないで。他人の事だろうと、泣きたくなる時は有るだろうし、泣いても僕はイザベラを否定しない。」
そう言うと、ウルシュ君は私の横に座ると、片腕を回して私の肩と頭をすっぽり包み込む。
そのままピタリと引っ付いたまま、ウルシュ君に話を聞いてもらう。
「私、クリス様の気持ちが少し分かったかもしれない。どこかに辛くて苦しい人達が居て、私はそれを知ってしまったの。その辛い人達を、苦しんでいる人達を助けて欲しい、助けてあげたい。苦しんでいる人達を救ってくれる正義の味方が居ればいいのに。」
「そっかぁ。・・・僕は正義の味方じゃないけど、今回の件に限っては、自分の目的の為に早急に終わらせるつもりでいるんだぁ。だから、この事態を収束させる為にする努力はいとわないよぉ。だからイザベラは心配しないで。」
「辛くて苦しい人達の為じゃないのが、ウルシュ君らしいね。・・・私も、クリス様みたいに”自分が正義の味方に成る”って言い切る事が出来ずに、何とかしてくれる誰かを待つ気持ちを捨てきれずにいる分、正義の味方には向かないけど。」
するとウルシュ君は、”僕達はクリス様と違い、他人の為だけには生きられない狡い生き物なんだ。物語のヒーローにもヒロインにも向かない人種なんだよ”っと静かに笑った。
そうだね、ウルシュ君はサポートキャラで、私は悪役令嬢。
お互い、物語の中心には成れないし向かない。それで良いか。
主役に成らなくても役割を持っている、その役割内で出来る全力を出させて頂きましょう。
脇役の底力を見せてやろうじゃないか。
「そう言えば、ウルシュ君の今回の目的は何?」
「イザベラがヒロインと関わらない様に、ヒロイン家族を王都から追い出す事だよぉ。問題を全て片付けて、ヒロイン母の当初の予定通り、彼女達には王都から去って貰う。仕事を斡旋しても良いよぉ。この国に居る限り、ヒロインは魔術学院に入学して来るだろうけど、その時点で主人公の設定が、ゲームとかけ離れるでしょ?周りの設定や状況を変えるより、物語の主人公の設定や状況を変える方がより効果的だと思って。」
ウルシュ君・・・いつも私の為を考えて行動してくれているんだね。有難う。
そんなウルシュ君に、私は一体何を返してあげられるだろうか?
「私、ウルシュ君に色々して貰ってばかりだね。私がウルシュ君に返せる事は無いかな?」
「イザベラは既に、僕の人生に大きな影響を与えてくれたから良いんだよぉ。コレはそのお返しだと思って。」
いや、大きな影響なんて与えたつもりは無いよ。
もし、影響を受けたとしても、それはウルシュ君自身の受け取り方だと思うし。
困惑していると、ウルシュ君は私に向かって悲しそうに笑う。
「イザベラがくれた物については、今はまだ内緒だよぉ。」
「・・・お、おん。」
おぅ。・・・・変な返事が出た。
「・・・・・”おん”ってイザベラ・・・・・ふっ、ふふふふふ。」
やばい、めっちゃ恥ずかしい・・・・
でもウルシュ君が笑ってくれたから良いか。
あの悲しい笑顔のウルシュ君は、何か嫌だったから。
おかえり。ウルシュ君の笑顔。
・・・でも、ウルシュ君、そんなにツボるの止めて。
そろそろ、笑うの止めよう?そんなに笑う程面白くなかったよね?ね?
「じ、じゃあ、気を取り直して・・・”私達”の目的の為に、子爵には退場して貰いましょうか。」
「ふ、ふふふ。そうだねぇ。後々、面倒な事に成らない様に、確実に潰しておこうねぇ。」
騎士団や魔術師団の大人の人達に丸投げしようとしたけど止めた。
私達の目的の為に、私達の望みの為に。
ヒルソン子爵は、私達の手で確実に潰す。
さぁ、害虫駆除の時間だ。
貴族の税金や給料といった物は適当なので、信じちゃ駄目よ。
コレはあくまで、異世界の存在しない国の制度だから。フィクションだから。
地球の中世の貴族階級はややこしいので、知りたい人は各自で調べてね☆