もういったん寝よう?
まだ、日も登る前の薄暗い中、山小屋の一室に大きな声が響く
「おっはようさーーんっ!!飯出来たぞ~。ほら飯が冷めねぇうちに、起きて下に降りて来いっ!!」
寝室に飛び込んで来たのは、ブレイズヘアーの大柄な黒人のオッサンです。
彼の名前は、マーキス・ジェファーソンさん。スネイブル商会の素材採取部門(?)の職員さんで、C級冒険者でもあるそうです。
スネイブル商会から連絡が来ていたらしく、昨夜遅くに山小屋に到着した私達を出迎える為に、一人山小屋で留守番をしてくれていました。
現在山小屋に居る職員さんはマーキスさんを含めて、7人。
他の6人は、深夜に光ると言う”雫灯草”と言う植物を採取しに出ていたそうで、まだ会えていません。
ちなみに、マーキスさんが飛び込んで来たのは、私とアリスちゃんが使わせて貰う事に成った寝室です。
そう。”公爵令嬢”と”侯爵令嬢”が寝ている部屋ね。
私は別に平気だよ?前世の記憶が戻る”前”から、不定期的にダイモン兄様が、日の出前に叩き起こしに来る事が度々有ったせいで慣れているから、何とも思わない。
でも、アリスちゃんは、”ちゃんとした”お嬢様育ちなわけなんですよ。
私みたいに、ダイモン兄様の弟なのか?部下なのか?みたいな訳分かんないような扱いされて無いんですよ。
ちゃんと令嬢らしく扱われていて、朝は”日の出の後に”女性のメイドさんが、優しく起こしに来てくれるのが普通の生活だった訳でして・・・・。
アリスちゃん、マーキスさんの大きな声にビックリして跳び起きた後に、完全にフリーズしました。
完全に、ビックリして動けなくなった小動物状態です。
箱入りお嬢さんとして在るべき姿とは、こう言う物かも知れない。
同じ令嬢として、この状況でも平然としている、自分の腹の据わり具合が逆に恥ずかしいよっ!!
そんな、完全にフリーズしているアリスちゃんをお構いなしに、マーキスさんはズカズカと部屋に入って来ると、カーテンを開けて行きました。
待ってっ!!まだ、アリスちゃんが着替えて無いから、カーテンを開けるのは待って!!
え?私?私は【クローゼット】の中に入っている物から、一瞬で直接装備を変えられるから平気っ!!
そして全てのカーテンを開け終わったマーキスさんは、この部屋を出た後、他の部屋にも同じように大きな声で挨拶しながら飛び込んで行きました。
どうやら、この山小屋に居る間は、日の出前起床みたいです。
フリーズ状態から解凍され、パニック状態になったアリスちゃんを落ち着かせながら、身支度を済ませて下に降りると、マーキスさんを含めた3人の職員さんが居ました。
お互いそれぞれ自己紹介と、挨拶をしました。
「昨夜は夜分遅くに押しかけてしまい、申し訳ないです。しばらくお世話に成ります。」
「いえいえ。おかまいなく。」
「本当に何もない所で、たいしたもてなしも出来ずにこちらこそ申し訳ない。」
他の4人は、私達が増えた事で食材が足りなくなるかも?と言う事で、2時間前に買い出しと狩りに出て行ったらしい。
何時に”雫灯草”採取から帰って来たのかは知らないけど、それじゃ睡眠不足じゃないだろうか?
本当に急に押しかけて、申し訳ないです。
「あれ?ウルシュ君は?」
私の質問に、マーキスさんが答える。
「坊ちゃんなら、2時間前から裏にある作業場で何か作っているよ。」
ウルシュ君、育ち盛りなんだから、もう少し寝た方が良いと思うの。
マーキスさんにお礼を言って、朝食を頂いた後にウルシュ君の様子を見に行くことにする。
ちなみに、朝食はマーキスさんお手製の、お子様ランチ風でした。
この屈強な黒人のオッサンが、ニンジンを星形に切ったり、サンドイッチのパンをクマの形に切ったりしている姿が、想像つかない。
っていうか、クマの形にパンを切った方法が知りたいです。
第二王子は、起きて来ていないけど、起こさずにそのまま寝かせておくことにする。
今までスキルのせいで不眠状態が続いていたから、ぐっすり眠れているなら、そのまま寝かせておいた方が良いっていうのと、王子が起きる前に、しておかないといけない事が有るんだよね。
食事を食べた後に、しておかないといけない事の一つ目の進み具合を確認する為、ウルシュ君が作業している裏にある小屋にアリスちゃんと向かう。
「ウルシュ君おはようっ!!ちゃんと寝た?」
「うん、おはよ~。3時間しっかり熟睡したよぉ~。」
むぅ・・・。3時間。
熟睡したのは良いけど、6歳児的に3時間熟睡したからOKって言う考え方は、良いのだろうか?
なんか、仕事に忙殺されて感覚が麻痺してきている社会人みたいな発言じゃ無い?
「え~と、その作業が終わったら、もう少し寝てね?ウルシュ君。」
「わかったぁ~。昼前には完成品が出来ると思うんだけどねぇ。多分、第二王子が起きて来るのが昼すぎだから、その前ギリギリに完成するんじゃないかなぁ?」
現在ウルシュ君は、『ダッタン人の矢』を分解加工して、装備型のスキル封じのアイテムを創っています。
「物自体は完成しているんだけどぉ・・・第二王子が身に着けるには、武骨すぎるんだよねぇ。装飾を施しているんだけど、なんか納得できる形にならなくて。」
完成しているのか。
「ウルシュ君、苦戦するべきところはソコじゃ無い気がするの。物自体が出来ているなら、デザインはひとまず置いといて、もういったん寝よう?」
2時間そこらでアイテム完成させるのは流石なんだけど、変な所で完璧主義が出ている。
育ち盛りの睡眠時間削ってまで、デザインにこだわらなくても・・・。
「う~ん。昼前には出来ると思うんだけどぉ・・・」
昼前って言うけど、今はまだ日の出前だからね?装飾にあとどれだけの時間を割くつもりなのか。
コレは予想だけど、ウルシュ君は普段からこんな感じで、寝食削って作業しているんだろうな。
この感じじゃ、作業止めさせて寝かしつけるには時間がかかるな。
「ウルシュ君。婚約者の私ですら、まだウルシュ君が創ったアクセサリー貰ってないのに、第二王子にそんな手の凝った物創って贈るなんてズルイ。」
「うん。そろそろ作業止める事にするよぉ。」
あ、案外アッサリ作業止めるのね。
「じゃあ、時間が余ったから、イザベラに何か創る事にするよぉ~」
「いや、時間余って無いから。何も作らなくて良いから、もう寝て。」
私に何か創ると言い張るウルシュ君を作業場から引き剥がし、お姫様抱っこで寝室に運んで、奪い取った麻酔針で寝かしつけると、アリスちゃんと表に出る。
「では、アリスちゃん。第二王子が起きて来るまでに、アリスちゃんは、しておかなければならない事が有りますの。」
「ふぇっ?!何ですか?」
「レベル上げですわ。」
そう、実はアリスちゃん、第二王子よりレベルが低い。
つまり、この山小屋に居るメンバーの中で、おそらくただ一人『傲慢王の耳』により、心の声が聞かれてしまうのだ。
ウルシュ君のアイテムが完成しているので、急ぐ必要は無いけれど、第二王子はスキルの訓練の為に、アイテムを外す時間が必要になって来る。
その時、アリスちゃんが近くに居ると、心の声が第二王子に筒抜けだ。
恋する乙女的に、好きな相手に心の声が筒抜けに成ってしまうのは、アリスちゃん的にも望ましくないだろう。
と、いう事で。
「アリスちゃんには、今日の正午までに、一人で一角ウサギを狩れる様に成って頂きますわ。」
「ふ、ふぇぇぇぇぇっ??!!」
すわっ!!名前間違えのご指摘、有難うございますっ!!言われるまで全然気づきませんでした。