閑話:闇ギルド
イザベラ達が、山小屋についた頃。深夜。
王都の運河に沿って建つ船舶倉庫の一つ、その地下室に、男達が集まっていた。
年齢は下は20代なかばから、上は60代後半頃の男達だろうか。
中にはマントのフードを深くかぶった者や、マスクを付け顔を隠した者など、実際の年齢や人種が分からない者も多い。
地下室の中央では、丸テーブルを5人の男が囲み、それ以外の男達は壁にもたれて立っているか、無造作に置かれた箱やソファ等に座っている。
「・・・・今月末に予定していた、奴隷オークションは中止だ。」
丸テーブルを囲んでいる男の1人が、低く不機嫌そうな声で告げた。
「王都、東区内5か所のアジトに運び込んだ、選りすぐりの奴隷達が、全て騎士団に奪われましたからねぇ。オークションどころでは有りませんよ。」
「それどころか、芋づる式にメンバーや協力者が捕縛されると来た。関係者名簿も奴らの手に渡り、既にこの国の王都支部は半壊だ。」
「半壊だなんて、強がりはよせよ。関係者の3分の2が既に押さえられてんだ。壊滅状態だよ。」
重たい空気が地下室を支配する。
誰からともなく、苛立ちを含む呟きが漏れた。
「なんで、あの日に限ってあんな騒ぎが・・・・。」
今月末に、王都で行われる闇の奴隷オークションの為に
各地から誘拐や買い取りで集めて来た商品達、その中でも特に高値で取引できそうな商品を
先日、運河や陸路を使い、秘密裏に運び込む事に成功していた。
商品全員をまとめて収容するにはリスクが大きい為、オークション当日まで商業施設や鉄工所の倉庫が多くある東区内、5か所のアジトに分けて商品を収容する手筈に成っていた。
だが、商品を移動させる当日、問題が起きた。
王都、東区内を昼から深夜にかけて、王国軍のライカンスロープ部隊、騎士団に近衛騎士団、騎馬部隊、果ては多くの冒険者達が縦横無尽に走り回る騒ぎに成ったのだ。
とある、公爵令嬢を追いかけて、だ。
「くそっ!獣人部隊は特に鼻が利くからな、あんな連中に街中嗅ぎ回られたら、たまったもんじゃねぇよっ!」
「そもそも、なぜ、商品を日中から運ぼうとしたんだ。人目が付きすぎるだろう?」
「それが、騎士団が何か情報を掴んでいたみたいでな、忌々しい事に深夜から明け方にかけて、憲兵と衛兵の見回りが強化されてたんだ。あの時期、深夜に荷馬車なんか走らせたら、辿り着くまでに5回は止められて、荷物検査を受ける羽目に成る。」
「それでも、5か所全てが押さえられるのは、防ぎようが無かったのか?」
「一部の馬鹿が、やらかしちまったんだよ。」
街中を騎馬部隊や獣人部隊が走り回る原因となった公爵令嬢を、捕まえて早急に事態を収束させようと動いた者達の中で
愚かにも”捕まえられないなら、どさくさに紛れて殺してしまえば、手っ取り早い。”と考え、行動した者達が居た。
確かにあの騒動の中、どさくさに紛れて公爵令嬢を殺し、犯人として誰かを付き出してしまえば、そこで事件解決。
それ以上、街中を騎士や獣人部隊が走り回る事は無かっただろう。
だが、件の公爵令嬢は、簡単に殺されるようなタマでは無かった。
まず、刺し殺そうにも動きが速すぎて、接近する事はもとより、追いつく事すら出来ない。
切りつけようとすれば、建物の壁面を駆け登り、手の届かない所へと行ってしまう。
魔法も避ける。放たれた矢は全て叩き落す。
どさくさに紛れて殺すつもりが、むきになり本来の目的を忘れ、なりふり構わなくなった者達が出て来た。
そしてその結果、同じく公爵令嬢を追いかけていた騎士や、冒険者達に気付かれる事になった。
当然騎士達は、公爵令嬢の命を狙っている者達の、正体や目的を追いかけ始める。
「最悪なのが、たまたまあの場に、冒険者パーティー”架空の騎士団”のリーダーが居た事だ。」
「あの、男装した仮面の女共のリーダーか。王宮で大人しくしていれば良いものを。」
「下手に、騎士団を動かす権限を持っているから厄介だな。」
「なんでまた、リーダーの”深紅の役者”が街中に?今となっては、そうホイホイと出て来れる立場じゃないだろう?」
「これはあくまで噂だが、騎士団から公爵令嬢の身体能力の高さを聞きつけて、”架空の騎士団”の次世代メンバーに。と様子を見に来たとか。」
「多分、それだな。」
「あの女が、公爵令嬢を逃がしながら、殺る為に追い駆けて行った馬鹿共をおびき寄せて、道を封鎖して取り押さえやがった。」
あの壮大な鬼ごっこは、途中より、方向性が分かれていたのだ。
公爵令嬢を追いかける騎士達、冒険者達。
公爵令嬢を亡き者にしようと追いかける者達。
公爵令嬢の命を狙う者達を追いかける騎士達。
公爵令嬢の命を狙う者達から、公爵令嬢を逃がそうとする冒険者達。
「騎士団に引き渡された馬鹿の内の一人が、商品の輸送についてゲロッたんだよ。」
「その結果が、部隊の追加投入さ。さらにはマジックアイテムの最大手のスネイブル商会まで巻き込んで、街中で野外放電灯を打ち上げやがった。おかげで裏通りと言う裏通り、深夜だと言うのに真昼間みてぇに照らされちまったよ。その上、野次馬の住民が大通りを占拠してるしよぉ。あれじゃ、商品の移動も出来やしねぇ。」
そうして、住民の眼が公爵令嬢と、追いかける騎士団に惹きつけられている間に、別働部隊がアジト5か所を制圧し、囚われていた者達を保護したのである。
その際、重要書類や関係者名簿も押収され、その後、数日間で多くの関係者が捕縛される事となった。
「スネイブル商会はなぁ・・・。あそこの商品には世話に成っているが、商会自体は色々と邪魔なんだよなぁ。どうにかなんねぇのか?あそこ。」
「スネイブル商会・・・あの魔女の店か。あの女は厄介だから、極力敵に回したくない。雇われている従業員連中も不気味な上に、変に統制がとれていて気味が悪い。」
「この国、厄介な女ばかりじゃねぇか・・・。」
「やはり、王族や王宮内部の深い所に、協力者や仲間を潜ませるべきだ。」
「王宮内に潜入している者は、今回の件で殆どが捕まったから補充が必要だが、それ以上に、それなりに王宮内での権限を持った役職の者を引き入れたい。」
それに対して、部屋のあちこちで相談や、話し合いが始まった。
しばらく、ざわついていた部屋の中だったが、ある者の発言によって静まり返る。
「そう言えば、今代の”取り替え子”はどうした?そろそろ育った頃じゃないか?」
「はい、現在”取り替え子”は11歳に成りました。」
「第一王子と第二王子の間位の年頃か・・。確か今代は女児だったか?」
「はい、女児で双子です。」
「双子?・・・どちらに能力が備わっている?」
「一卵性の双子ですので、どちらにも能力が備わっています。」
その報告に、周囲がざわめく。
「”取り替え子”が二人だとっ!?」
中央の丸テーブルを囲んだ男達はしばらく、話し合うと指示を出した。
「その双子を、直ぐに王都に連れて来なさい。」
「第一王子は既に、同盟国であるザハール王国の王女との婚約が決まっている。ザハール王国のハレムは侵入困難だから、取り替えは不可能だ。狙うは第二王子。第二王子の婚約者が決まればすぐにその者と、そして予備として第一王子の側妃か、第二王子の婚約者候補に成りえそうな令嬢、とくに家格が高い家の娘と取り替えよう。例え王子妃と成れなくとも、それなりの家の娘なら、上級貴族へと嫁に行くだろう。そこから繋がりを作って行けばいい。」
「今一番、権力が有る家の娘で王子達と年が近いのは、件の公爵令嬢ですが。」
「あれは無理だ。取り替える為には、”取り替え子”よりも相手のHPとMPが低くなければならない。”取り替え子”よりも低くなるまでHP・MPを削れば取り替え可能だが、そもそも、あの娘のHP・MPが簡単に削れるようで有れば、今回みたいな事態には成っていない。」
「あの娘、回復薬も使わずに半日、騎士団や冒険者、そして我々から逃げおおせたからな。一体、なんなんだアレは。」
あの騒ぎを実際に見た者達の中で、ひそひそと会話が始まる。
さらに一部の者は、遠い目をしていた。
「しかも、アレは、スネイブル家が目を付けている。既に、あそこの次男坊の婚約者だ。」
「ますます、手が出しにくくなるな、スネイブル商会は・・・。」
「今は、スネイブル商会の事は置いとけ。」
「では、誰だ。どこの娘が一番取り替えやすいか。」
「次に、第二王子の婚約者に成れそうなのは、ブルネスト侯爵家の次女。アマリリス・エリー・ブルネストですかな?」
「ふむ。では、これからブルネスト家の次女についての情報収集を始めよう。取り替えた時に違和感が無い程度に、”取り替え子”に教育と知識を教え込まねば成らないからな。更に、もう一人の取り替えるべき候補者を見繕おう。」
これで、ひとまずは話が終わったと、場の空気が緩み始める。
立ち上がり、帰り支度を始める者も現れた。
緩んだ空気を引き締める様に、咳ばらいをした男が宣言する。
「それでは、これにて闇ギルドの緊急会議を終わる。次回の開催はそれぞれいつもの方法で知らせる。次回の開催場所もその時に。では解散。」