荷物役ですの。
近衛騎士団の、班長さん視点です。
「班長、あそこに居るの、ダイモン隊長の妹さんじゃないですか?ほら、この前の鬼ごっこの。」
王宮の敷地内を見回りしていると、同じ班の部下が声をあげた。
「あぁ、イザベラ嬢の事か?今日のお茶会に参加すると言う話は、聞いたから・・・居てもおかしくは無いな。」
第一部隊のダイモン隊長が、今朝早く、妹のイザベラ嬢をお茶会に連れ出すために、地竜捕縛用の鎖を借りていったのは、一部で話題になっていた。
そうか、地竜用の鎖で捕縛出来るのか、あの子は。
というか、地竜用の鎖が必要な6歳児ってなんだ。
「でも、公爵令嬢が馬車を動かしているのは、おかしいですよね?声かけますか?」
「令嬢が馬車を動かすのは無理だろ。御者が近くに居るんじゃないか?」
そもそも、イザベラ嬢なら馬車を運転するより、走った方が早いだろう。
「いえ、そうじゃ無くて・・・班長、ちゃんと見てくださいよ!”御者”も”馬”も居ないんですよ。ダイモン隊長の妹さんが動かして居るんですよ!!」
その言葉に続いて、他のメンバーも声をあげる。
「あ、本当に馬車を動かしてる。ウケる。」
「っていうか、馬車を引いてる。スゲェ!!」
「はぁっ?!」
慌てて、部下の言う方に目を向けると、イザベラ嬢が馬車を引いて 、凄い速さで駆けていた。
「ちょっ!!待てっ!!おい!お前らっ!!追いかけるぞ!停めろっ!!」
・・・良かった、馬車を引いてる分、イザベラ嬢は前回より遅く、何とか追い付くことが出来た。
停車させるまでに、城壁の近くまで来てしまったが。
少女の引く馬車を、近衛騎士4人がかりで取り囲む。
「イザベラ嬢、馬車を引いて・・何をなさっているんですか?」
これ以上の聞き方が無いとはいえ、なんなんだこの質問は。
6歳の令嬢に、馬車を引いて何しているって、どんな質問なんだ。
本当に、何で馬車を引いているんだ!
少女の引く馬車を追いかけた疲労感と、その意味不明の現状とに、内心混乱しながら問いかけると
この意味不明の現状を引き起こした少女は、満面の笑みで答えた。
「お友達と遊んで居るのですわ!お馬さんごっこですの!!」
「イザベラ嬢が、お馬さんなのですね?ところで、そのお友達は?一体どちらに?」
一体、どこの誰だ。
公爵令嬢を馬役に抜擢した友達とやらは。
「勿論、馬車の中ですわ。アリスちゃんですの。」
アリスちゃん。女の子か。
友達に馬車を引かせるなんて、末恐ろしいな。
いや、そもそもイザベラ嬢が馬車を引けるのがおかしいんだ。
もう、何なんだこの状況。訳わかんねぇ。
・・・帰りてぇ。
「一応、中を確認させて頂きますね。」
「どうぞ。アリスちゃーん。騎士様がドアを開けるそうですわよ。」
「ふ、ふぇっ!!はっはい!!どうぞっ!!」
馬車のドアを開けると、中に居たのはイザベラ嬢と同年代位の黒髪、赤眼の少女だった。
「き、騎士様。ごきげんよう。わたくし、イザベラ嬢の友達のアマリリスですわ。え、えっと。このお馬さんごっこは、ちゃんと王妃様と、お母様達の許しを得ていますの。ご心配なさらないで下さいませ。」
アリスちゃん改め、アマリリス嬢はガチガチに緊張しながら、そう言うが・・
ハイそうですか。では楽しんで下さいと、解散する訳には行かない。
「では今から我々は、王妃様方に確認をしてきます。確認が出来ましたら、お嬢様方がお馬さんごっこで、怪我をされないよう、付き添いますので、少々お待ち頂けますか?」
「ひぇっ!!えーっと。それはですね。確認をするのはよろしいんですけど、付き添いは必要有りましぇんわ。」
さっきから噛み噛みだな。アマリリス嬢。
一抹の怪しさを感じて、馬車の中に視線を移すと、アマリリス嬢の後ろ、奥の座席に
「袋」が座っていた。
そう。「袋」が座っているんだ。
サイズは、アマリリス嬢やイザベラ嬢位の年代の子供が、スッポリ収まりそうな・・・
いや、はっきり言おう。
あれ、絶対に中に誰か入っているだろっ!!
明らかに、誰かが入っている袋の形だろっ!!
だ、誰だっ!!あの袋に入っている子はっ!!
何で袋に入れられているんだよっ!!
そして、何でその状態で、大人しく座ってんだよっ!!
もう嫌だ、見なかった事にして帰りてぇっ!!
でも見つけた以上は、聞かなければいけねぇ。
「えぇと・・・奥に座っている子の紹介が無かったんだけど、誰かな?」
「ふぇっ!!えぇ、えーと。誰も居ません。乗っているのは、わたくしだけですわ。」
んな訳あるか。
明らかに人型の袋が、座ってんだろ。
すると、今まで沈黙していたイザベラ嬢が、会話に入ってきた。
「あの子は、このお馬さんごっこの、荷物役ですの。」
「荷物役っ!?」
「そうですわ。あの子は荷物役で、この馬車に乗っている人間役は、アリスちゃんだけですの。つまりアリスちゃん以外に、この馬車には乗っていませんわ。」
生き物ですら無い、「荷物」の役って必要なのか?!
今時の子供の遊びが、理解できねぇ・・・
「で、その荷物の役をしているのは、誰かな?」
「仕方有りませんわね。ちゃんと自己紹介しますから、皆さん集まってくださる?」
そう言うと、イザベラ嬢は俺達4人を馬車の扉の前に集めた。
「まず、私が馬役の、イザベラ。公爵令嬢ですわ。」
ほんと、何でこの子、公爵令嬢なのに馬役を引き受けたんだろうな。
「そして、こちらが、人間役のアリスちゃん。さぁっ!!アリスちゃん!”予定通り”萌えキュンな感じで、自己紹介よっ!!」
「ひぇっ!!本当に”アレ”をやるんですのっ?!」
「そうよっ!!」
なんだ?もえきゅん?とか、アレとか。
「う、うぅ・・・わたくしはアマリリスですわ。その、あの。」
真っ赤に成り、涙目で、そう言いよどむと
アマリリス嬢は両手を使って、ハートマークを作ると、先程とは違う可愛らしさを強調した声で言い放った。
「あまりりすっ!!騎士のお兄たま達が、だ~いすき♡」
は?急に何を・・・うっ!!・・・なっ!馬鹿なっ!!
急に胸が苦しいっ!!なんだ、何なんだっ!!この胸のトキメキはっ!!
回りに居た班員達は、今の攻撃に耐えきれずに崩れ落ちた。
「なっ、一体・・・何をしたんだ。」
「アリスちゃん!!この人”耐性”持ちだわっ!!でも効いてるっ!!追い討ちでもう一回お願いっ!!」
「ひゃっ、ひゃい!!・・・騎士たま達、いつもみまわりありがと~♡騎士たまっ!!つよくてすてきぃ~♡」
何なんだっ!!この天使はっ!!
真っ赤な顔で、涙目でガクガクしながら、何か可愛い事を喋ってるぞっ!!
「あまりりすたん。可愛い。まじ天使。」
「あまりりすたん、俺の小悪魔・・・」
他の班員も、骨抜き状態だっ!!
いや、なんだこれは、おかしいぞっ!!
そして俺も胸のトキメキに立っていられずに、膝を突いた。
「アリスちゃん、行くわよっ!!ドアを閉めて、どこかに、しっかり掴まってて!!」
「はいっ!!」
なっ!!あいつら逃げるつもりか?
だが、俺は動悸が激しく、立ち上がれない。
これは、おかしいぞ?!異常だ。
なんだ?そう言えば、さっきイザベラ嬢が”耐性”がなんとかって・・・
「がぁっ!!くそっ!!これは『魅了スキル』だっ!!」
なんて事だっ!!
あのアマリリス嬢とか言う少女っ!!
あんな子供のうちから、高レベルの『魅了スキル』持ちだっ!!
末恐ろしいにも程があるぞっ!!
だが『魅了スキル』は気づく事が出来れば、気合いで解除出来なくもないっ!!
よし、立ち上がれっ!!
あの子達を追いかけるんだっ!!
そうして立ち上がり、俺が目線を上げ、見たものは
城壁の向こう側へと、”馬車をぶん投げた”イザベラ嬢の姿だった。
うわぁ・・・・めっちゃ飛んでるわ。馬車。
────・・・・ってっ!!呆けている場合じゃねぇよっ!!
はっ!!ちょっと待て!!
さっきの馬車・・・・中に・・・・
「ぬわぁぁぁっ!!アマリリス嬢ぉぉーっ!!荷物役ぅーっ!!」