閑話:公爵令嬢VS王国近衛騎士団・王国騎士団・冒険者達②
いつものこの時間ならば、買い物客と、仕事から帰って来て酒を飲む男達で賑わう大通りが、今日は異様な様相を呈していた。
大通りを軍馬と王国軍のライカンスロープ部隊が駆け回り
各所で、王宮か王城周囲で働いている筈の近衛騎士団と、騎士団達が合同で一人の人物を捜索しているのだ。
その探されている人物は6歳の公爵令嬢。
それだけ聞けば、公爵家に賊か、何者かが侵入して公爵令嬢を連れ去ったのかと誤解しそうだが、どうやら、そうでは無いらしい。
「もしかして、日中あいつらが追いかけ回してたっつう幼女じゃねぇか?」
「軍馬でも追いつけねぇ、凄まじい威圧を放つガキが、そう何人も居てたまるかよっ!!」
「あの追われてた子、公爵令嬢だったのか・・・」
騎士達は、日が落ちるまでには令嬢を確保したかった様だが、とうとう日が落ちてしまった。
街中の住民たちは、幼い公爵令嬢が、屈強な騎士達を振り切って駆け抜ける様子に随分と盛り上がり、酒や軽食を片手に表に出てきている。
ここ最近、催しや娯楽が無かった事も有り、一目その令嬢を見ようと、街中の通りがお祭り騒ぎだ。
一体、どの通りに現れるだろうかと、住人たちは期待に目を輝かせる。
必死で追いかけている騎士達には申し訳ないが、少しでも長く、この逃走劇を見て居たいと考える住人達も多かった。
本当に娯楽が無くて、暇だったのだ。
長引けばいいと考えるのは、住人たちだけでも無かった。
それは、屋台や、飲食店といった商人たちもだ。
現に、いつもよりも多くの屋台や夜店が続々と集まって来ている。
通りの向こうで喝采が上がる。
その喝采が近づいてくると同時に、通りの角を曲がって、少女が姿を現した。
天使か妖精の様な、輝く黄金の髪。将来美女に成るだろうと簡単に予想できる美しい顔をもった少女。
その少女が豪華なドレスの裾を優雅に摘み上げ
軍馬に跨った屈強な騎士3人に追われて通りを駆け抜ける。
と、次の瞬間、少女の身体が舞い上がり、野次馬達の上を跳び越えると、建物の壁面に足をかけた。
そのまま”壁面”を駆け上り、5階建ての建物の屋根の上まで辿り着くと、そのまま屋根の上を駆け、次の建物へと飛び移って行く。
屋根の上を駆け抜ける少女と、その下を並走する、軍馬に乗った騎士達。
大喝采。
そんな中、設置された騎士団の天幕に、倒れたロッテンシュタイン公爵が運び込まれていた。
「おいっ!お前ら見たか?!凄ぇぞ!!あの令嬢。あの追いかけるのって、ギルドの依頼に例えたら何ランク?!」
ギルドに興奮した冒険者が飛び込んで来る。
「街中に出現した魔獣の討伐と仮定するか?」
「討伐すんなよっ!!って言うか、どの魔獣に当てはめる気だ?もしかすると、ワイバーンより捕獲が難しいぞ。」
「なぁ、騎士より俺達の得意分野なんじゃねぇか?この騒ぎ。」
「確かに、騎士達は捕獲よりも、討伐が主な仕事だからな。」
一同沈黙。
「やるか。」
「「おうっ!!」」
「いやいや、お前ら待て。何やる気になってんだ。何の稼ぎにもならねぇぞ?」
「じゃあ、お前は行かねぇのかよ?」
「いや?行くぞ?こんな面白れぇ事は中々ねぇからな。」
冒険者達、参戦。
冒険者が加わった事により、少女は本気を出したのか、逃走スピードが上がり、アクロバティックな動きが増え、捕獲の難易度が上がっている。
騎士たちの為にスネイブル商会が全面協力体制に入り、街中を照らす魔石を使用した野外放電灯といった、大掛かりなマジックアイテムを貸し出し、空に打ち上げ、夜でも明るく見通せるようになっている。
住人たちは、長期戦に入ったと喜び、椅子やテーブルを持ち出し、どんちゃん騒ぎだ。
そんなに騒いで、明日まともに仕事が出来るのかと聞きたい。
いや、明日の朝までに、公爵令嬢を捕獲できるのかが問題だ。
「スネイブル商会でーす。え~回復薬、回復薬はいかがですかぁ?本日に限り大変お安くなっておりま~す。今なら30%オフで~す。」
「「くれっ!!」」
追いかける方は体力の限界が来ているのか、座り込む者達も目立ちだした。
「毎度有難うございま~す。そして、冒険者の皆さま、ご協力有難うございま~す。」
「おうっ!!って、は?ご協力ってなんだ?スネイブル商会は関係無いだろ?」
「いえいえ、関係ありますよ~。今、街中を迷子になって駆け回っているイザベラお嬢様は、当商会の次男坊のウルシュ坊ちゃまの”ご婚約者様”なのですから。」
「「「はぁ?なんで公爵令嬢が?」」」
「・・・ってか、”迷子”じゃねぇだろアレ。」
「いやぁ~、何でも公爵令嬢の方が、ウルシュ坊ちゃんを気に入られた様でして、是非、どうしても婚約者にと望まれましてね?今回の騒ぎは、お嬢様が愛しの”婚約者の”ウルシュ坊ちゃんに会いたいと、公爵家に内緒で、護衛も付けずに一人で屋敷を脱走した事が始まりでして。」
「「「「・・・・・・・へぇ。」」」」
「そういう事で、ウチのウルシュ坊ちゃんの”婚約者”のイザベラお嬢様の事を、是非よろしくお願い致します。」
「おう、事情は分かった。」
「他の冒険者の方々にも”スネイブル商会”が、お嬢様の事をお願いしていたと、お伝えいただけると助かります。」
「うん?おう、任せておけ。」
周りで聞き耳を立てていた住人達にも、はっきりと聞き取れる様に話していた、回復薬売りは、冒険者達が立ち去ると、にやりと笑うと小さな声で呟いた。
「奥様。コレでよろしかったでしょうか?」
すると、回復薬売りの耳にかけた飾りから、女性の声が返答する。
『えぇ、今のを、1ブロックごとの角で繰り返して頂戴。あと、街中に散らばっているウチの者達に、人当たりが良い、話し好きな夜店や屋台の主人を狙って、世間話の体を装って情報を流す様に伝えるの。”スネイブル商会が全面協力しているのは、イザベラちゃんがウチのウルシュの婚約者だから”ってねぇ。』
「事態の収束は?」
『ある程度、話が広がったら、ウルシュにイザベラちゃんを迎えに行かせるわ。多分それで事態は収束するわねぇ。それまで、よろしくねぇ。』
「かしこまりました。」
そう答えると、次の角に向かって回復薬売りは歩き出した。
「よぉしっ!!こっちに来たぞっ!!投擲網用意っ!!────放てっ!!」
「よし、捕獲できっ・・無かったっ!!網が切り裂かれたぞっ!!」
「なにっ?!スカートの中から鎖鎌だとっ?何で公爵令嬢がスカートの中にそんな物・・・・いや、態勢を立て直すのが先だっ!!次の班に報告せよっ!!」
「ちょっ!!やめっ!!誰だぁぁぁぁっ!!矢を打つなぁ!!令嬢に矢を打つなぁぁぁぁ!!」
「おいっ!!なんか偽の情報が飛び交っているぞっ!!」
「くそっ!!令嬢側に付いた冒険者グループがいる様だっ!!」
「がぁ!!あいつら、馬が走れねぇ様に通りを塞ぎやがったっ!!」
「何?!何?!このお祭り、あの子を捕まえればいい訳?────生け捕り?」
「生け捕りに決まってんだろうがぁ!!公爵令嬢だぞ?!殺ってどうするっ!!」
「いいか?傷一つ付けんじゃねぇぞ?!」
「無理じゃね?」
「うるせぇっ!!とにかく、傷一つ付けんじゃねぇぞっ?!」
「いや、無理じゃね?傷一つ付けずに、アレを生け捕りは、無理じゃね?」
日付を跨ぐ直前まで続いた混沌とした騒ぎは、ある一人の少年によって収束される。
逃げ回る令嬢イザベラの”誰もが知る婚約者”である
スネイブル商会の次男。ウルシュ・スネイブルによって。
このひどい騒ぎで、軍馬や屈強な騎士達、冒険者達が駆け抜ける中
広い大通りの真ん中に、幼い少年が立っていた。
気付いた観客たちが”危ない”と呼びかけようとした時、
少年のいる方向に向かって、大通りの真ん中を”例の少女”が軍馬に追われて駆けて来る。
少年は、その少女に向かって優し気な、人当たりの良さそうな笑顔で手を振ると
それに気づいた、追われている少女は、
花が咲いたかのような満面の笑みになり、両腕を広げた。
「きゃぁぁぁぁ♡♡ウルシュ君っ!!ウルシュ君っ!!ウルシュく~ん!!」
そう叫んだかと思うと、少女はウルシュ君と呼ばれた少年の胸に飛び込むと、しっかりと抱き着いた。
抱き着かれた少年は、にこやかな笑顔のまま、そっと少女を
後ろ手に隠していた鞭で自分ごと縛りつけた。
我に返った少女が、少年から離れようとするが、鞭はしっかりと結ばれており
無理に暴れると、一緒に縛られている少年に害がおよぶため、本気で抵抗が出来ないようだった。
遅れて軍馬で追いついた騎馬騎士達は、馬から降りるとその場で崩れ落ちていた。
こうして突如始まった
公爵令嬢VS王国近衛騎士団・王国騎士団・冒険者達の壮大な鬼ごっこは
令嬢の婚約者の少年の、一人勝ちで終わった。
※ワイバーン:イギリスの紋章や旗章等の図像に良く使われている架空の竜。蝙蝠に似た翼、先端に矢尻様の棘が有る蛇の尻尾、鷲様の脚を持ち、炎を吐く、色は赤か緑。
※ライカンスロープ:獣人。普段は人間の姿だが獣に変身する能力を持つ。月夜、凶暴化して人を襲うといわれている。病気や呪いという説も有り。元々は狼男の事だが、最近は狼以外に変身する物も一緒にされている。
ぎゃーっ!!誤字報告有難うございますっ!!修正しましたっ!!




