表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/145

そういう事かぁ

 森とは言えど学院の敷地内。きちんと管理がされているようで、ウルシュは何の問題もなく『お静かにの池』まで進むことが出来た。

 森の中の池と聞いて予想していたものとは違い、『お静かにの池』の周囲は庭石や低木が計算されつくされた自然な配置で並べられ、計算されつくされた自然な配置で野花や野草が生えていた。

 生徒によっては、手が加わっている事に気がつかないだろう自然な美しさで整えられたその場に、あきらかに人工物であるガゼボが設置されていた。木製で白く塗装された八角形のガゼボは、ほぼ使用されていないようで、あちこち塗装が剥げ亀裂が入ったままになっている。手入れはされていても利用する者が居ないようだ。

 ここまで手入れされていれば、マリエタ嬢が女性一人で何度も張り込みに来る事は無理ではない。


 精霊像が現れるまでテントを張って待機する予定でいたウルシュだったが、予定を変えてガゼボで待機をする事にした。ガゼボには柱と柱の間にランタンが下がっている。自動で点灯するものでは無かったので、ウルシュは日が完全に落ちる前にと、全てのランタンに灯をともした。

 その後周囲の状況を確認し、他に誰もいないことを確認すると、邪魔が入らないようにアイテムを使って周辺に防御壁を張る。

 禁書庫に行っている間は時間が進んでいない、という話は聞いていたが、その際禁書庫に行っているのは精神のみなのか、肉体ごと行っているのかの確認が出来ていないので、どうであっても問題がないようにアイテムの設置位置や効果範囲を調整する。その間も池からは目を離さない。

 張り込みの準備が整った頃には完全に日が落ち、森の中が暗くなったが、ランタンの灯りで周辺の見通しは良かった。池の水面にランタンの明かりが反射して、なかなか綺麗な場所だ。七不思議から邪魔さえされなければ、静かにゆっくり過ごすのに丁度いい穴場スポットだろう。

 

 唄が聞こえて来たときに、すぐに記録できるようにメモとペンを用意し、黙って池を見つめながらウルシュはイザベラの事を考えていた。

 おそらくイザベラは自分に何かが起きた時の為に、寝ずに待っているのであろう事。できればイザベラに眠るようメイドのアンから説得してもらいたいところだが、アン自身が劣悪な環境で闇ギルドから訓練を受けていた事から、数日眠らない事に問題を感じない価値観である上に、近年はイザベラがやりたい事を問題なくやれるようにサポートする事を使命としているので、確実に期待できないだろう。


 当初の予定ではテントで待機するつもりだったが、ガゼボがあり手入れされたこの場所であれば、イザベラが居ても問題無かったかもしれない。という考えが一瞬よぎったが、一晩中池を見つめ続ける自分と、そんな自分を一晩中見つめ続けるイザベラを想像し、ウルシュは軽く頭を振った。


 出会った頃からずっと変わらないキラキラした瞳が、真っ直ぐな好意を一心に乗せて自身を見つめてくれるという事実は、ウルシュにとってなによりの幸福であり喜びではあるが、それを当然のものとして自然に受け取れるほどの、大人の余裕は持っていない。そして、ウルシュはそれを痛いほど自覚していた。

 イザベラは自分自身の言動には無自覚で鈍感なのに、ウルシュが照れたり羞恥心で赤面しているときは気が付くのだ。そしてそんなウルシュを急に大人目線で(いじ)り始める。

 その年若い青少年が感情に振り回されている姿を、ほほえましく見るような振る舞いに、ウルシュは自身がまだまだ男として未熟だと思われているような気がして、そのたびに恥ずかしさと焦燥感に襲われるのだ。

 だからこそ長時間二人っきりの状況で、キラキラした瞳に熱心に見つめられて、照れくささや羞恥心で挙動不審になる姿を、イザベラにあまり見せたくないという、男としての小さなプライドが一瞬思考の端にチラつく。

 そんな自分もイザベラは喜んで受け入れてくれるだろう事は分かりきっている。

 だがそれでも動揺せず余裕を持った姿を見せていたい。


 思考しながら、そんなささいな意地を自身が持っている事をウルシュは自覚してしまい、これではまるで虚勢を張っている子供みたいで、大人の余裕にまだまだ遠いなとため息を付いた。


 ただそんなイザベラだが、前世で生きた年月分の精神年齢が加算されているのかと思えば、そんな事もなく、むしろ同年代よりも子供っぽいと感じることもある。


 『生まれ変わったことで前の世界の自我が消え、記憶(データ)がリセットされたにも関わらず、急に6歳児にリセット前の記憶(データ)が復活し追加された』などというイレギュラーにより、この世界の6歳児の自我や身体に異世界の記憶(データ)が混ざり合った事による、不安定さではないか。とウルシュは予想しているが、記憶(データ)の元となった日本人女性の自我・性格が本来どのようなものだったのかを確認する術がないため、答え合わせは出来ずに予想のままで終わるのだろうと思っている。

 それにこの予想は、ウルシュの希望も含めた『希望的観測』でしかない。


 イザベラの魔王化計画の妨害が順調に進み、その問題に関しては心の余裕ができたウルシュにとって、今もっとも恐れている事は、急に復活したイザベラの前世の記憶(データ)が急に消失する事だ。

 だが、もしウルシュの『希望的観測』の通りであってくれれば、今のイザベラは6歳の時に前世の記憶(データ)を手に入れただけのイザベラであり、あくまでも大元となる自我はイザベラ本人である。であれば急に前世の記憶(データ)が消えたとしても、イザベラ本人の自我やこれまで一緒に過ごしてきた思い出は残るので、前世の記憶(データ)を思い出せなくなるだけで済むのでは無いか。

 いや、そうであって欲しいと、このイザベラと過ごす大切な日々を、幸せを、失いたくないウルシュは、毎日、今もずっと胸の内で祈り続けている。



 どれだけの時間イザベラについて考え、想っていただろうか。そんなに長い時間では無かったかもしれないし長かったかもしれない。

 そんなウルシュの目の前で、口元を隠した真っ白に輝く精霊の像が池の上に出現し、クリスタルの様な翅で光を乱反射させながら回転する。


 風の音、遠くから聞こえていた新人戦後の後処理の音、森の木々のざわめきが消える。


 少女の唄声が聞こえる。それは池の中から響いているように聞こえた。



 ヘルバンダーニャの山の上 寂しい王様おりました

 ヘルバンダーニャの山の上 独りで王様おりました

 王様山から降りません それでも誰より物知りで

 王様両手を組んだまま それでも誰より強かった

 王様瞼を開けません それでも誰より見通して

 王様声を出しません それでも誰より魅力的

 ヘルバンダーニャの山の上 寂しい王様おりました

 ヘルバンダーニャの山の上 独りで王様おりました

 ある日空から聖騎士が 王様助けにやって来て

 王様十個に分けました

 ヘルバンダーニャの山の下 優しい聖騎士消えた時

 ヘルバンダーニャの山の上 十個の王様嘆きます

 遠い遠い海の向こう 十個の王様旅に出て

 七個は地につき 二個消えた

 ヘルバンダーニャの山の上 強い王様おりません

 ヘルバンダーニャの山の上 独りの王様おりません



 ウルシュは歌詞を暗記する事は出来たが、念のためメモに書き留めると池に近づき水面を見た。

 水面に文字が浮かびあがり、ウルシュはそのまま読み上げた。

 



 『私の味方になれば、世界の半分をお前にやろう』




「暗号は固定なんだねぇ〜。あ、なるほどぉ。そういう事かぁ」




 気づいた瞬間、ウルシュは池に現れた魔法陣に吸い込まれて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 再開、喜びで飛び上がりました。 これからも更新心待ちにしております。
[良い点] 更新嬉しくて何度も読み返してます。 安定のウルシュ君ラブの姿勢にニヤニヤさせられるとともに、今回は、ウルシュ君の心境吐露に甘酸っぱさと切なさを感じて、二重に悶えました。 尊い。。。 ミステ…
[一言] 更新楽しみに待っていました! 何度も読み返しています! 素敵な物語をありがとうございます♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ