突破できたもん
「もう、よく分からなくなるからぁ、最初から最後まで順を追って事細かに話してくれる?」
ウルシュ君に言われた私は、正門でバーバラ・ミリアーナ姉妹とマリエタの帰還を待っていた辺りから、順番に思い出せる限りを話し始めた。
話している途中、ミリアーナとの会話の中で『無貌の怪人』の正体に思い当たったことや、その答え合わせについて思い出したけど、ここでその話を持ち出すと話が本筋から脱線してしまうので、置いておくことにした。今の主軸はそこじゃない。
要点をまとめてしまうと、そのとき省いた内容が重要な情報だと困るので、思い出すまま、本当に全てをそのまま話し続ける。
私の下手な上にダラダラと長い説明を、ウルシュ君はさえぎること無く、真剣に、時々メモをつけながら聞いてくれていた。こんな自分でも聞くのが疲れそうだと思える長い話を、最後まできちんと聞いてくれたウルシュ君。本当に好きだ。
話を最後まで聞いたウルシュ君は、顎と口元に手を当て、んーー……っと、しばらく考ると
「その『委員長』については、まったく手掛かりがないからぁ、置いとくとしてぇ。やっぱり、イザベラが噴水の所で聞いた唄が、本来の正しい唄なんじゃないかなぁ……」
と言って、もう一度マリエタのノートをパラパラと見る。
「それ、さっきウルシュ君が言おうとしてた話だね。マリエタの知ってる禁書庫と、私が行った禁書庫が違う事は分ったんだけど、それがどう唄の歌詞につながるの?」
「イザベラがぁ……禁書庫って聞いてイメージするのはどんなのぉ?」
「え、禁書庫のイメージ? う〜ん。持ち出し禁止な重要な本が沢山あって、関係者や許可がでた人しか入れないっていう印象かな」
改めて『禁書庫』とは? を考えてみたが、ふんわりとしか思いつかなかったので、そのまま答えると、ウルシュ君は更に質問を重ねる。
「ちなみにイザベラが考える、禁書庫に収められるような、持ち出し禁止な重要な本ってどういう物かなぁ?」
「なんだろう……禁止された危険な魔法とか、禁術とか、あとは……本自体が呪われてるとか、力があるとか、広まったり世に出たら困るような本とかじゃない?」
禁書庫って言われるくらいだから、禁書と認定された書籍が収められているのだろう。ファンタジー世界で禁書になる位なら、やっぱり禁術の情報が記された物が多いだろうと予想をつける。
「そう思うよねぇ? でもイザベラがその禁書庫で読んだ本なんだけどぉ……そんな書籍あった? 資料とか論文とか、後は伝記や歴史書的な物ばかりだよねぇ」
「……言われてみれば確かに。危険だと感じる内容の本なんて無かったわね。私が読んだ本の中に、禁書扱いされる理由がありそうな本なんて、なかった気がする」
たまたま調べた本の中に、危険な書籍が無かっただけだと仮定しても、少なくとも私が目を通した本については、禁書と認定されるような問題があるようには感じなかった。
頭をひねっている私に頷きながら、ウルシュ君は更に続ける。
「それに名前も気になるんだよねぇ『真なる禁書庫』。禁書庫が複数あるからかなぁって始めは思ったんだけどぉ、複数あっても禁書庫は禁書庫だし、真も偽も無いと思うんだよねぇ。ダミー部屋はあるかもしれないけどぉ」
そう言われて考える。『真なる』とは何にかかっているのか。
禁書庫自体に対してなのか、そこに収められている書籍に対してなのか。
私が真なる禁書庫で読んだのは、禁じられる理由が全く分らない資料や歴史書。
そこでウルシュ君の言っていた、『真なる禁書庫』に続く噴水で聞いた唄の方が、正しい内容だと言う意味を知る。
私が思い至った事に、表情で気づいたウルシュ君は言う。
「イザベラがさっき言っていた、“広まったり世に出たら困るような本”というのは合っていると思うよぉ。ただ理由が危険だからじゃ無くてぇ、誰かや何かにとっての不都合な真実が記されていたからなんじゃないかなぁ? って思ったんだぁ」
「その不都合に思っている、誰かや、何かってなに?」
「さぁ? それは分からないけどぉ、でも時代の権力者や組織や国にとって、不都合だからっていう理由でぇ、改ざんされた歴史や抹消された記録っていうのは、世界に沢山あると思うよぉ。僕が思うに真実が抹消されないよう、何者かが回収してそこに保管しているんじゃないかなぁ」
「偽物の情報で塗り替えられる前の、本当の情報が載っている本が、真なる禁書庫に保護されているって事だね」
「うん。記載されている出来事や事件だったりぃ、歴史上から消したい人物や土地の名称だとかぁ、本来であれば集められて燃やされる予定だった、『不都合な真実』が含まれてる本なんだと思うよぉ」
だとするなら、私が読んだ資料や歴史書が一見普通に感じたのも理解できる。
色見本表なんてものが禁書庫にあったのは、例えるなら『ティ■ァニーブルー』みたいな感じで、色の名前に人物や団体、植物や土地などの名称が含まれていたのかも知れない。
色の名前まで抹消しなくて良いじゃんって思うけども。謂れも含めて、なにか隠したい事でもある色彩名だったのかな?
気になるけど、探したところでどれがその色なのか分からないんだろうな。
「だから私が聞いた童謡の内容が、今の童謡に変化する前の本当の唄だってウルシュ君は言ってたんだね」
「そうだよぉ。時代とともに変化したというより、おそらく改ざんされたんじゃないかと思うんだぁ。改変後でも大罪王スキルとの関係が深そうだから、改ざん前の本来の唄の方だともっと重要な情報が読み取れる可能性があるねぇ」
「ごめんウルシュ君。私が唄を覚えていれば……」
「それは良いってばぁ。それにイザベラは何時でも禁書庫に行けるんでしょ?」
「うん。利用者カードをステータス画面に発行してもらったから行こうと思えば、いつでも行けるよ」
するとウルシュ君はニッコリと笑うと、こう言った。
「だったら、改ざん前の童謡集みたいなのが、真の禁書庫にあるんじゃないかって思うんだぁ」
嫌な予感を感じつつ、ウルシュ君に返す。
「えーーーと、つまり?」
「そのナビィさんって管理者に、探して貰えば見つかるんじゃないかなぁ。本来の『おうさまのかけら』の歌詞が」
それを聞いて、思いっきり首を横に振る。
「やだやだやだ!! 怖いから嫌だし、何より暗記できないよウルシュ君!! あそこ謎次元っぽいから、メモ取って持ち出す事が出来るのかすら分からないし、また居ない筈の女子高生にあったらどんな反応して良いか分からないっ!!」
するとウルシュ君はアッサリと引き下がった。
「イザベラがそんなに嫌がるのは珍しいねぇ。だったら止めとこうかぁ。じゃあ、僕も真の禁書庫に行けるように、ランダム出現するっていう精霊の像を探すしか無いねぇ」
重要な手掛かりを前に、我がままで拒否して申し訳ない気持ちになりながらも、何度も首を縦に振る。
「ごめんねウルシュ君。その代わり私も全力で精霊の像を探すから」
「う~ん。その場にいる人間の中で一番乗りで見つけなきゃいけないらしいからぁ、探すのは僕がするけどぉ、問題は解読しなきゃいけないっていう出現する『日本語』が固定かどうかっていう所だよねぇ」
「たとえランダムだったとしても、多分ウルシュ君なら読めると思うから心配はしてないよ」
私は転生してから秘密のメモは『日本語』で書いている。そして、それをウルシュ君にもこの9年間の間ずっと共有しているので、ウルシュ君は日本語が読める。
さらに言うと、桜花列島連合国の文字も日本語と酷似しているので、そこから応用していけば読み解くなんてこと、ウルシュ君なら簡単だ。
「読めるのは読めるんだけどぉ……発音が難しいんだよねぇ」
確かに、読み書きが出来るのと、聞いたり話したりするのは別物だ。秘密のメモのやり取りはしても、日本語での会話はあまりしてこなかった。桜花列島連合国の言葉は学んでいるけど、日本語と酷似しているとはいえ完全一致というわけではない。
でも、その点についても心配はいらなかった。
「大丈夫だよウルシュ君。私も日本語がカタコトになってたけど、突破できたもん」
「なんでイザベラがカタコトなのぉ……」
「それが15年間ロゼリアル語で生活してきたから……はじめは無自覚だったんだけど、禁書庫で日本の女子高生と話しているときに、日本語がカタコトになっている事に気が付いて。どうやら使わな過ぎて日本語が下手になってたみたい」
元日本人なのに、日本の女子高生から「海外の方ですか?」って判断されるレベルの日本語だよ。
見た目の問題もあると思うけど、日本在住の外国人ではなく、日本語が話せる外国籍の人に対する反応だった気がするよ。
「そっかぁ。イザベラが大丈夫って言うなら信じるよぉ。じゃあ早速行こうかぁ」
そう言ってウルシュ君は立ち上がって、部屋を出るためにティーセットを片付け始めた。
「あれ? ウルシュ君どこに移動するの?」
「学院の端にある『お静かにの池』だよぉ」
どこだ、そこ。
・ティ■ァニーブルー:別名 / ロビンズエッグブルー(コマドリの卵色)。商標登録された色彩なので、無断で使用すると商標権侵害にあたり、法的に問題となるそうです。
・私は転生してから秘密のメモは『日本語』で書いている: ep9参照 / 日本語も覚えているので、秘密のメモとかは日本語で書いています。