いい例だよね!
「それじゃあイザベラ。用事も済んだことだしぃ、もう一度地下6階に戻るよぉ」
マリエタ達と離れてウルシュ君と合流すると、ウルシュ君はそう言って今度は階段で地下6階へと向かい始めた。
「なんで地下6階? 」
「さっき話し合いついでに学科長と交渉したんだけどねぇ、この新人戦騒ぎが収まるまで6階の休憩室でのんびりさせて貰おうと思ってねぇ」
新人戦なんだから新入生の私達が活動する場では? と首をかしげていると、私の疑問に気づいたウルシュ君は説明してくれた。
「新人戦もなにも、授業初日で何も習ってないからねぇ。とくに錬金術科と魔法科は専門知識を全くもってないっていう生徒も多いんだよねぇ。その状況はフェアじゃないからぁ、学科対抗新人戦とは言っても、魔術師科と魔法戦士科、それと聖魔法科の新入生の実力確認って側面が強いんだよぉ」
言われてみれば確かにフェアじゃないかも。
錬金術科と魔法科は非戦闘職向けの学科だから、戦闘系の家系じゃない生徒が多い。つまりほぼ一般人。
それに対して魔術師科や魔法戦士科の生徒は、地元がダンジョン都市だったり魔物が多い地域の出身だったりで、子供の頃からそこそこ鍛えられている生徒が多い。
聖魔法科は、聖魔法の属性を持って無いと入れない。その聖魔法をどの程度扱えるのかを初日に把握しておきたいだろうけど、怪我人が大勢出ないと新入生全員の査定ができない。それに聖魔法科にはラビィのような、殴りアコライト系の戦闘タイプもいるから、戦闘面での活躍の場も欲しい。
だからと言って戦場に新入生全員連れていくわけにはいかないから、新人戦で実力見ようってことね。
それを見て、それぞれの実力を把握したうえで専門学科の授業ランクを振り分けるっていう感じかな?
「なるほど。じゃあ、錬金術科と魔法科は実質不参加って事? 」
「いや、そんなこと無いよぉ。新入生全員がそれを念頭に置いてるわけじゃ無いしぃ、パニック起こして無差別に暴れる生徒や戦闘狂の生徒や、広範囲攻撃タイプの生徒もいるからねぇ。錬金術科と魔法科にも、入学前にある程度の知識や実力を持ってる生徒もいるしぃ」
広範囲攻撃タイプの生徒と聞いて、代表格のアリスちゃんが頭によぎる。
入学前に知識や実力を持ったウルシュ君という新入生もいる。
「なら、なおのことウルシュ君は参加しなきゃいけないんじゃないの? 」
「僕はこの日までに、ゴーレムの件だけじゃなく色々と協力してきたからねぇ。授業開始までの準備期間にあれだけ手伝ったんだから免除してもらったよぉ」
「確かにまだ正式な学科生じゃない段階から、ずっと呼び出されてたもんね。でも私は参加しなきゃでしょ?」
「もしイザベラが『魔法戦士科』ならそうだろうけどぉ。イザベラは現時点で『錬金術科』の生徒として活躍できるぅ?」
できないな。最近レモネード作れるようになっただけで、錬金術科の生徒としての能力はほぼ無い。
「でも魔道具もって特攻したりはできると思うけど…… 」
「最終的に魔道具かんけいなく物理攻撃になる未来しか見えないよぉ」
否定は出来ない。正直私の戦闘スタイルは魔法戦士科もしくは聖魔法科の殴りアコライトよりだからね。
私が入るべき学科として錬金術科は対極に位置するよね。ウルシュ君がいるから錬金術科一択だけど。
「授業初日の段階でぇ、あまりにも得意分野と選択した学科がかけ離れていると判断されたらぁ、強制的に学科移動されるかもしれないしぃ。そういう事例もあるって学科長も言ってたからイザベラは今回は大人しくしててほしいなぁ」
ぉおう……。私の場合高確率でミスマッチ判定が下りそうだ。大人しくしとこう。
どんなに私の得意分野と合わなくても、ウルシュ君と離れると言う選択肢はない。
私の中の優先順位は、『1にウルシュ君で2にウルシュ君。3、4は無いと見せかけてウルシュ君で、5にウルシュ君』だからね。
絶対に新人戦で目立たない。特に戦闘スタイルは見せない。引きこもり一択だ。これはフリじゃないぞ。私は本気で意地でも関わらないからね!!
どんなに錬金術科が新人戦中に不利になっても、入学式みたいに事件が起きても、ウルシュ君と3年間学科を引き離されるような下手は打てない!!
「了解!! 地下6階の休憩室でのんびりサボります!! 土下座されて頼まれても、誰かが泣き叫びながら助けを求めても、ぜーーーたいに動きません!!」
「そういうところ、イザベラは一貫して軸がぶれないからぁ、僕は婚約者として本当に安心だよぉ」
「私は事前に起こりうる問題を提示されてれば、自分なりに慎重にできる女ですから!! 」
「そうなんだよねぇ。問題は連携がなにも取れてない状況下で、イザベラが単独で事件に遭遇した時なんだよねぇ」
「頭脳なしで脳筋が単独行動すると、ろくなことにならないと言ういい例だよね! 私達!! 」
「そんな嬉しそうに主張する事ではないと思うよぉ。ただ、僕たちは情報共有をしっかりとしておかないと駄目だと思うんだぁ」
そう言いながらウルシュ君は、辿り着いた地下6階の休憩室のドアを開ける。休憩室はリビングダイニング位の広さで壁が本棚になっている。そこには資料や本が無造作に詰め込まれていた。
カウンタータイプのティースペースも設置されていて、ソファやソファベッドが点々とあり、テーブルのかわりに低めの本棚が設置されている。カウンターの近くにはお菓子の入った箱が積みあがっている。
予想したより綺麗に使われている空間だった。
「お邪魔しまーす。あ、他に誰もいないね」
「新人戦真っ只中だからねぇ」
「それもそっか」
ウルシュ君とカウンターに並んで座ると、私は『クローゼット』から自分で創ったレモネードを2つ出して片方をウルシュ君に渡す。
ウルシュ君は受け取ったレモネードをカウンターの上に置くと、私の方に向き直ったので、私もウルシュ君の方へと向き直る。
「でねぇ、イザベラ。もう一度繰り返すけどぉ、僕たちは情報共有をしっかりとしておかないと駄目だと思うんだぁ」
「そうだね!! 私達に報・連・相は大事だよね!! 」
「うん、そうなんだぁ。大事なんだよぉ」
そう言って、ウルシュ君はニッコリ笑った。
………あれ? ウルシュ君、ちょっと威圧していらっしゃる?
なんか今、『大事』の部分の言い方に力が入ってたね。
怒っている風ではないけど、静かに叱っているような雰囲気が……
「あれ? 私、また何かやっちゃいました? 」
てへっ。と無自覚チート主人公風におどけてみたら、両手で頭をがっしりと掴まれ固定された。
「その大事な報・連・相。全くできてないよねぇ? 」
ほんのり青筋浮かべたウルシュ君の顔が至近距離に迫ってくる。
どどどどどどうしよう。怖がればいいのか、照れればいいのか分からない!!
怖いのと、ウルシュ君のご尊顔のドアップに照れくさいのと両方の感情が入り混じって、自分でも自分の感情が分からない!!
「イザベラ聞いてるのぉ? 」
ごめんなさいぃぃぃ。聞いてなぃいい。
「ううう、ウルシュ君のご尊顔が至近距離の状況で、私がいったい何を聞き取れると言うのかね?! 」
あわわ、動揺しすぎて、オジサマみたいな喋りになっちゃったよ!!
その私のパニックをみたウルシュ君は、脱力したのかガックリとうなだれた。
「……イザベラ。自分から急接近するのは平気なのに、こっちが急接近すると照れたり怯えたりパニック起こすのなんでぇ。かと言って、全然平気で余裕そうな時もあるしぃ。よく分からないよぉ」
たぶんそれは、私の精神状況とウルシュ君の様子の違いだよ。ウルシュ君のほうがうろたえてると、こちらは余裕が出るんです。
ウルシュ君だって、こっちから距離詰めるとピュア成分が弾けるじゃん。それと同じだよ。
私がそう脳内で分析している間に、気を取り直したウルシュ君は、私の頭を固定していた両手を私の肩へと降ろすと言った。
「イザベラ。僕に報告してないでしょ? さぁ、今から情報共有するよぉ!! 」
「なんかあったっけ? 共有する情報」
「禁書庫!!」
そうでした。さっき話してたのに秒で忘れてた。
ちょうどマリエタから童謡の歌詞を書いたノートを渡されたし、このノートに他の情報も書いてくれているって事だったから、禁書庫だけじゃなくてこのノートの内容もウルシュ君に見て貰って、一緒に考えて貰おう。