力強いの?
マリーちゃんを追いかけながら、ウルシュ君の腰元に視線をやる。
初めに気が付いた時には、ウルシュ君のイメージとミスマッチだったので、何故そんな物を腰にぶら下げているのかが分からなかったけど・・・・
ウルシュ君の正体を知った今となっては、似合いすぎて怖いです。
午前中と午後で、ずいぶん私の中のウルシュ君のイメージが変わったな。
ちなみに、ウルシュ君が腰にぶら下げているのは・・・
『鞭』です。
しかも、乗馬とかに使う、スティック状の短い物では無くて
革製の、しなる長い鞭です。
あの、猛獣使いとか、SMの女王様が使う様な、長い鞭です。
ウルシュ君・・・・君、商人の息子だったよね?
猛獣使いの息子では無いよね?
商人に鞭って必要だったっけ?
私の視線に気が付いたウルシュ君が首を傾げる。
「朝からずっとコレを見てるよねぇ。欲しいの?」
いらんわ。
「いや、何でそんな物を持ち歩いているのか疑問で。」
「あぁ僕ねぇ、今朝は鞭を扱う練習をしようかと思って、家を出て来たんだよねぇ。」
何故?!
何だろう・・・商人って鞭が扱えなきゃ駄目な職業だった?
ウルシュ君と鞭の組み合わせが、凄く怖くて、変な想像しちゃうんだけど。
「うん。イザベラ?あのね?決してコレ、僕の趣味じゃないからねぇ?なんか変な想像して無い?」
ゴメン、してる。
だって商人と、鞭が、どうしても結びつかないんだもん。
「・・・・・荷馬車を動かす為だよぉ。御者台から馬に鞭を当てる為には、長い鞭が必要なんだけど、長いから下手すると自分にも当たっちゃうし、周りの人に当たったら危ないから練習をしようと思ったんだぁ。」
思っていたより、真っ当な理由だった!!
ゴメン。ウルシュ君、色々疑っちゃってゴメン!!
そして、なにより・・・
「ウルシュ君、人に鞭を当てちゃいけないって言う常識は有ったんだねっ!!」
「ねぇ、僕、そこまで人間性を疑われるような事、イザベラにしたかなぁ?」
なんか正直申し訳ない。
確かに、そこまでの事はされてないよね。黒いけど。
流石に人間相手に鞭を振るう様な人間じゃ無いよね。黒いけど。
・・・あ、なんかウルシュ君の笑顔が怖くなって来た。
話題を変えちゃえ☆
「荷馬車を動かす練習って、そんなに早い時期から始めるの?」
「今回は、その話題転換に乗るけど、毎回それが上手く行くとは思わないでねぇ。」
こっ、怖いっ!!
ウルシュ君怖いよっ!!
6歳児なのに、正直勝てる気がしないよっ!!
私カンストしてるけど、一生勝てる気がしないよっ!!
「僕は商会の息子だから、荷馬車は従業員達が動かすし、必要無いんだけどねぇ、イザベラが行商しようって言ったから、一応練習しておこうって思ったんだぁ。」
私の為ですか。
・・・ふふ、ちょっと照れる。
「イザベラは、僕がスネイブル商会の支店を任されて、そこで働くのと、独立して行商するのはどちらが良い~?」
「えっ?そこで私に判断を求めるの?実際に働くのはウルシュ君なんだから、自分の好きな方を選んでくれて良いよ。私はウルシュ君がどちらを選んでも付いて行くから。」
私は魔法使えるし、ウルシュ君は黒いから、どこでもやっていける気がする。
「今も、付いて来てくれるつもりなんだねぇ。僕のお嫁さんに成る気は変わって無いんだぁ?」
何を言っているんだろう、ウルシュ君。
「当然だよ、ウルシュ君が黒くても、私はウルシュ君が好きなんだもん。ちょっと思っていたのと違ったけど、それでも好きなの。ただ信用は出来ないけど。」
今朝までの私と違うのは、狂信者的に崇拝する気持ちが、取れただけで。
好きな気持ちや、結婚したい気持ちは残っているんだよね。
それに、今日ウルシュ君と過ごして、ウルシュ君について分かった事が有る。
多分。ウルシュ君は黒いけど、自分の懐に入れた人は、絶対に守る人。
そして、ウルシュ君が本気で私を騙し通すつもりなら、出来たはず。
でも、そうしなかったのは、私を信じてくれたから。
私の想いが、その程度ですべて消える物じゃないって信じてくれたから。
ならば、その信用っ!! 応えようじゃないですかっ!!
ウルシュ君が私を信じるなら、私はその信用を裏切らない!!
と、いう事で、付いて行きましょう何処までも。
「なんで、笑うのっ!!」
「あはは~。別にイザベラを笑っていたわけじゃ無いんだよぉ。ただ、イザベラと出会えた事が嬉しかったんだぁ。」
「今度は、何企んでいるの?」
「・・・・もう少し僕を信じてくれても、良いんじゃないかなぁ」
そう言って、ウルシュ君がため息をついたとき、
前方でマリーちゃんの小さな悲鳴と、怒鳴り声が聞こえた。
「おい、お前ぇ!何してくれてんだっ!!お前のせいで、獲物が傷物になっちまったじゃねぇか!!買い取り価格が下がんだろうがっ!!」
声に驚いて前を見ると
マリーちゃんを取り囲んで、3人の屈強な男達が怒鳴っていた。
しまった、どんな状況か全然分かんない!!
ウルシュ君に気を取られて、マリーちゃんを見ていなかった!!
「あの人が上の空で歩いててぇ、あの冒険者さん達の後ろを通るときに、背負っていた獲物に引っかかって、獲物ごと引き倒す様に転んだんだよぉ。その時、討伐証明部位で素材の角が欠けちゃったみたい。」
凄いウルシュ君っ!!私よりちゃんと尾行・監視してるっ!!
そして、完全にマリーちゃんの過失じゃないか!!
マリーちゃん、君ドジっ子キャラじゃ無かったよね?!
本当に一体どうしちゃったのっ!?
怒っている冒険者さんの内の一人、短気そうなオジサンがマリーちゃんに拳を振り上げた。
ちょっ!!オジサン!!
怒るのは分かるけど、その屈強な体格での一撃は若い女性に向けちゃ駄目だよっ!!
慌てて”制止しなきゃ”と思った瞬間、うっかり発動させてしまった
そう、魔眼の《憤怒》さんです・・・
視界に入っている人を威圧し、行動不能、戦意喪失させる
飛んでいる鳥さんを落下死させる、あれです。
ちなみに、私の「視界」に入っているのは
3人の屈強な「冒険者」の方々と
「若手メイド」のマリーちゃん。
他、騒ぎを聞いて「冒険者ギルドから出て来た野次馬」の皆さんです。
さて、問題です。
この中で一番《憤怒》の効果をモロに受けそうな
気の弱い人は誰でしょう?
そうですね。マリーちゃんですね。
助けるつもりが、気絶させてど~すんじゃいっ!!
かえって逃げられずにピンチじゃんっ!!
撤退!!撤退ぃ!!
マリーちゃんを回収し次第、撤退っ!!
ダッシュで気絶するマリーちゃんの近くまで距離を詰める。
「なっ?!瞬間移動?!」
視界から微妙に外れていた、野次馬の冒険者さん達から声が上がる。
瞬間移動じゃないよっ!!
そこまで人間離れして無いよっ!!
ただの50Mダッシュだよっ!!
そのままマリーちゃんを抱えて、逃げても良いんだけど
一応、マリーちゃんの過失で冒険者さん達の獲物の価値を下げたので、雇い主としてその分を補填するべきだよね?
もしかしたら、ロッテンシュタイン家で働いているメイドだって事が知られて、後で苦情が来るかもしれないし。
ただ、私。お金持ってない。
公爵令嬢って、お金を自分で持ち歩かないし。
【クローゼット】には、アイテムしか入っていないし。
ん?アイテム?
お金になりそうなアイテムで、代わりにならないかな?
よし、(アイテム整理もかねて)高そうだけど、使い道の無いダブっている「ドロップアイテム」を渡して、誤魔化しちゃおう!!
ちなみに、何故ドロップアイテムかと言うと、
ゲームのウルシュ君から購入したアイテムは、色んな物が付与されていたり、特殊効果が付いていたりと、魔改造されているっぽいので、渡したらとんでもない事に成りそうだから。
ドロップアイテムなら、他にも持っている人が居るでしょ?多分。
スカートの裾から、中に手を突っ込んで、まるでそこに仕舞っていたかの様に【クローゼット】から出した武器を取り出します。
取り出したのは「ミスリル製のジャマダハル」。
これなら、スカートの中に入っていても、おかしくは有るまいっ!!
あと、ミスリルなら、お高いはず。
それを、マリーちゃんと冒険者さん達の間の地面に、そっと突き刺して謝罪。
「まぁ!まぁ!まぁ!ウチのメイドが粗相をしたいみたいねぇ~。まぁ~この子ったら、御免なさいねぇ~。あっ!!コレ、この子が壊した分の弁償の代わりねっ!!今、持ち合わせが無いのよぉっ!!これで許してやって頂戴。じゃあ、この子、連れて帰るからっ!!」
くらえっ!!一方的に喋るおばちゃん攻撃っ!!
口を挟む隙があるまいっ!!
一連の流れに、ポカンとする冒険者さん達を置いて
話は終わったとばかりに、さっさとマリーちゃんをお姫様抱っこする。
踵を返して、そそくさと歩き出した私の後ろから、
我に返った冒険者さんが追いかけて来た。
「ちょっ!!お嬢ちゃん!ちょっと待てっ!!」
くっ!!誤魔化しきれなかったか。
こうなったら、逃げるが勝ちだっ!!走ろうっ!!
獲物の報酬金額は知らないけど、補填の品は置いたんだし、流石に深追いしては来な・・・・
追いかけて来たしっ!!
やばい!やばい!やばい!
流石にマリーちゃんは、6歳児の私の体格で抱えるには大きくて、はみ出た足を引きずっているから、本気で走れないぃ!!
いや、走れるんだけど、マリーちゃんの足が摩擦で削れて無くなるからさ。不味いでしょそれはっ!!
そんなハンデ有りの状態で、中途半端なスピードで走るから、なかなか距離が離せないっ!!
街中を、大人のメイドを担いで爆走する貴族らしき幼女と、それを追いかける3人の屈強な冒険者。
なんだこの状況はっ!!
もう、諦めろよぅ!!追いかけてくんなよぅ!!
若干涙目になりかけて来た時、背後から”凄まじい勢いで風を切る”ような音がした。
言うならば「バシュンッ!!」みたいな。
それを聞いた頃に、遅れて来た風圧で髪が前へとなびく。
驚いて思わず、足を止め振り返ると
片手に鞭を下げたウルシュ君と、石畳に出来た細くて長くて深い溝と、その前で腰を抜かす冒険者さん達。
「はい。今のうちに、逃げちゃおうねぇ~。」
ウルシュ君に片手で背中を押されて、もう一度走り出す。
「・・・・・・。ウルシュ君。」
「なぁに?」
「さっき、鞭は人に当てない常識は有るって話、していなかったっけ?」
「大丈夫!”当たらなかった”から。」
「あぁ!あの人達に、当ててないんだね。良かったぁ~、驚かせて足止めしただけね。当てて恨みを買うと大変だもんね~」
「そうだねぇ~。」
でも、足止めには威力が大きすぎるよ。
あの石畳、どうするんだろう?
ん?
「ウルシュ君、鞭の威力にしては大きすぎない?力強いの?」
「僕、力は強くないよぉ。この鞭、錬金術の練習で創ってみた『マジックアイテム』だから、特殊効果が付いているんだよねぇ。」
ウルシュ君・・・・。
君の『魔改造アイテム』の製作は、すでに始まっているんだね。
※ジャマダハル:別名ブンディ・ダガー。19世紀頃までインドで使われていた武器。メリケンサックに短剣が付いたような形状で、刺す事に特化している。
※ミスリル:ファンタジー鉱石。銀の輝きが有り、鋼をしのぐ強さが有る。希少。
感想有難うございます。
ウルシュ君が黒くなったのは、イザベラがスイッチで間違い無いです。
スネイブル家は宝物認定したと同時にファフニールみたいに成ります。
手に入れる為には何でもするし、奪われない様に牙をむき守ります。
ちなみに、スイッチは人とは限りません、物である可能性も有ります。
実際、ゲーム通りに進んでいたら、ウルシュ君の宝物は「金貨」になりました。
ウルシュ君がイザベラの髪を「金貨」に例えたのはその名残です。




