綺麗な金貨だね
ウルシュ君と噴水のへりに腰かけて昼食を済ませた。だけどお互いにまだ離れがたくてお喋りを続ける。
そんななかウルシュ君の胸元で、日の光を浴びてキラキラと光る物が揺れている事に気が付いた。
気になってよく観察して見ると、それは勲章メダルの様にぶら下がった、金貨の形をしたブローチだった。
「ウルシュ君がアクセサリー付けているのって珍しいね。その金貨モチーフのブローチどうしたの?」
そう言ってブローチを指さすと、ウルシュ君はブローチを摘まんで金貨を一瞥した後私に笑いかける。
「これはねぇ、先代会長……僕のお爺ちゃんが入学祝いにくれた金貨を、ブローチの台座に取り付けたものなんだぁ。実は十歳に成った時も、お爺ちゃんからお祝いで金貨を貰ったんだけどねぇ。気付いたらウォルター兄さんに取られていたから今度は取られないように身に着けておこうと思ってぇ」
「よし分かった。今度ウォルターをぶちのめしに行くよ」
「ウォルター兄さんのHPじゃ、イザベラの一撃でミンチになるから止めてねぇ。事件の隠蔽が大変だよぉ」
何でよ。ウルシュ君が貰ったお祝いの金貨を奪うなんて、満場一致で万死に値するんだけど。
ゲームウルシュ君も確か、何かで見たキャラクター紹介の所に
◇ウルシュ
商人の息子。錬金術科で学ぶ生徒で、様々なアイテムを売ってくれる。珍しい金貨を集めるのが趣味。
って書かれていたくらいなのに。
え? 紹介文が少なくて短いって? ゲームではサポートキャラだったからね……。悲しい事に攻略対象ほど詳しい紹介文なんて無いんだよ。
それでも、この少ない紹介文だけ見て、ウルシュ君とお爺様のくれた金貨には、何かしら思い入れがあったんじゃないかなぁ? なんて推測してみたり。
もう少しキャラクター紹介で情報を開示して貰えていれば、並行世界の『大賢者ウルシュ』について何か分かったかもしれないのに……残念。
「ウルシュ君が十歳の時に貰った金貨と、この金貨は同じタイプの物? 私は見た事ない形の金貨だけど、綺麗な金貨だね」
よく見ると、金貨は正円じゃ無くて八角形だった。細工も細かく魔杖と麦の穂が交差している図案だ。八角形の金貨の角には鮮やかなグリーンの小さな石が埋めこまれている。
「これは記念金貨だよぉ。先代国王がまだ王太子の頃、グラッシェン王国の第三王女と結婚した時に作られた物なんだぁ。だから魔杖と麦の穂がクロスしてるんだってぇ」
グラッシェン王国は線路で繋がれた七カ国同盟の一国で、農業大国だ。現国王は、そのグラッシェン王国出身の正妃から生まれている。つまりクリス様のお爺様とお婆様の結婚を記念して発行された金貨だと言う事だ。
ちなみにその金貨は、ロゼリアル王国とグラッシェン王国の共同発行。婚姻式の翌日に二つの国で同時に発行されたが、『魔杖』と『麦の穂』の組み合わせが『魔法をかけた様に豊作になる』と縁起が良いとして、あっという間に入手困難な貴重な金貨になったそうだ。
そんな貴重な金貨が今、私の目の前でブラブラと無防備に揺れている。ウルシュ君、もうちょっと危なくない所に厳重に仕舞おうよ。落っことしたら大変だよ。
「ウルシュ君は金貨を集めたりしているの?」
「してないよぉ。商人的にはお金は大切だと思うけど、金貨自体に興味はないかなぁ。お爺ちゃんが金貨を贈ってくれるのはお爺ちゃんの信条による物だから、別に僕が金貨好きっていう訳では無いよぉ」
そうなのか。こういう些細な事もゲームウルシュ君とはだいぶ違うみたいだね。ゲームウルシュ君と言う存在は、もう完全によく似た他人と考えて良さそうだ。
「ちなみにお爺さんの信条って言うのはどういう物なの?」
「『金貨はお前を裏切らない。金貨はお前に助言はしないし、慰めもしないが、他の誰が見捨てても、金貨だけはお前を助けてくれる』とかいう考えみたいだよぉ。でも金貨を狙う人とかも寄って来るから良し悪しだよねぇ?」
なんか前世で聞いた歌みたいな考えをしたお爺さんだな。
ダイヤモンドは女の子の大親友、いざと言う時には家賃や弁護士代を払ってくれる的な歌を、めくれたスカートを両手で抑えた姿が有名な金髪の女優が歌っていたね。
この場合はダイヤモンドじゃ無くて金貨だけど、言ってる意味合いは似たようなもんだろうし。
ちなみに私の場合は、HPとMPが大親友だよ。いざとなればHPとMPが大抵の事は片付けてくれるからね。
「まぁ、でもお爺様的にはウルシュ君の事が心配だから、いざとなった時のお守り代わりに貴重な金貨を贈ってくれたんだろうね」
「本当は僕じゃ無くて、叔母さんが十歳に成った時と、成人の十五歳に成った時に贈りたかったみたいだけどねぇ。だけどそれが叶わなかったから、かわりに僕に金貨をくれたんだよぉ」
ウルシュ君の叔母さん? そう言えばウルシュ君の親戚の話は初めて聞くな。
「どうして叔母さんに贈れなかったの?」
「ウォルター兄さんが母さんのお腹に居る頃にねぇ、叔母さんが朝起きて来なかったらしくて呼びに行ったら、ベットで眠ったまま亡くなっていたんだってぇ。十歳の誕生日が目前で、前日まで元気だったのに何故急に亡くなったのか原因が分からないままらしいよぉ」
そうなのか。だから十歳の誕生日に贈るはずの金貨を渡せず、代わりにウルシュ君に金貨を贈る事に……いや、なんで?
ウルシュ君の前にスネイブル家の長男のウォルターが生まれて居るんだから、ウォルターに贈っても良かったんじゃないの?
スネイブル商会の次期会長は長男のウォルターでしょ? それに完全父親似のウルシュ君と違って、ウォルターは母親似、つまりスネイブル家寄りの見た目だから、亡くなった叔母さんにも僅かに似ている所があるんじゃないの?
私の疑問を読み取ったウルシュ君は、困ったような笑顔で私の疑問に答えてくれた。
「亡くなった叔母さんはねぇ、先代の『強欲王の眼』の所有者だったんだぁ。当時ねぇ、叔母さんが亡くなったすぐ後に生まれてきたウォルター兄さんに能力が受け継がれると思われたんだけどぉ、違ったんだぁ。見た目は叔母さんによく似ていたらしいんだけどねぇ」
たしか、『大罪王の○○』と言った『大罪王の欠片スキル』を継承して生まれて来るのは、一卵性の双子とかではない限り、その時に居る一族の中で一人だけ。そのスキルを所持している人物が生きている限り、次のスキル所有者は生まれて来ないって言う話だった気がする。
これは王家の呪いと言われていたクリス様の『傲慢王の耳』と、スネイブル家の『強欲王の眼』、アンの一族エンビ家の『嫉妬王の心』。そして、ウルシュ君いわくブライアンが所有しているらしいアンダーウッド家の『大罪王の欠片スキル』の継承者も、双子を除いて同時期に二人は産まれなかったことから、他の『大罪王の欠片スキル』もそうなんじゃないかな? と思っている。
「叔母さんと同じ能力を持っていたから、お爺さんはお守り代わりに金貨をウルシュ君に贈ったんだね」
「それもあるけどぉ……違う要素もあるんだよねぇ。ただ、この件に関しては僕もまだ確証を得ていないからぁ、言って良いのか悩むんだよねぇ」
「う~ん。まだ確定していない内容なのに、私がそうだと思い込んでも良くないもんね。難しいね」
どちらかと言うと脳筋の私は、難しい事考えられないからね。中途半端な情報を与えられると、後々話をややこしくしそうな気がするから、ウルシュ君が言うのをためらうのは正しい反応だと思うよ。
だから、ウルシュ君の判断に任せようと、視線を送る。
するとウルシュ君はその視線を受けて口を開いた。
「でも、気を付けて欲しい気はするから、確実な事だけ言っておくよぉ。僕は見た目は父さん似だけど、中身は典型的な『スネイブル家』の性格らしいんだぁ。そしてウォルター兄さんは見た目はスネイブル家寄りだけど、中身はどちらかと言うと父方の『ハイド家』に近いんだってぇ。だからお爺ちゃんは、ウォルター兄さんとの接し方がイマイチ分からないから距離が出来てるんだよねぇ」
「へ~。ウルシュ君のお父様の旧姓は『ハイド』って言うの?」
「そうだよぉ。父さんは『エキスタラーダ国』から、沢山の国を超えて『ハイド商会』の商隊を率いてこの国に流れ着いたんだぁ。ある事件をきっかけにお爺ちゃんに認められた父さんは、スネイブル家に婿に入って、その時に『ハイド商会』は『スネイブル商会』に吸収合併されたんだぁ。でもねぇ、叔母さんが亡くなった頃から、お爺ちゃんとお父さんの雰囲気が少し悪くなったんだってぇ」
「そうなの? なんで?」
「お爺ちゃんが、お父さんがスネイブル家に近づいたのは、『継承性の鑑定スキル』つまり『強欲王の眼』が狙いだったんじゃないかって疑い出したんだぁ。母さんがウォルター兄さんを妊娠中に、叔母さんが不審死した事で、疑い出したんだよぉ。だから『ハイド家』寄りの性格のウォルター兄さんが『他人の大事な物を欲しがる』性格だった事で、余計に疑いを強めてしまったんだよねぇ」