甘えたんだよきっと
ウルシュ君となかなか進まない列に時間を取られていると、列の前の方から受け取ったローブを持ったバーバラが歩いてきた。そのまま私たちの横を通り過ぎて行こうとするバーバラを呼び止める。
私の呼びかけに振り返ったバーバラは私の所まで戻ってきた。
「おはようバーバラ、錬金術科のローブを無事に受け取ったんだね」
「そうよ。早くからきて並んだのに、列がなかなか進まなくて疲れちゃったわよ!! それもこれも学科主任の先生が、ローブの受け渡し場所で面談なんかするからよっ!! 一度ローブを受け取ったら学科変更が出来ない事くらい知ってるって言うのに!!」
相変わらずツンギレキャラが炸裂だねバーバラ。でも世の中には事前の注意事項や説明を聞いてなかったり、頭に入れていなかったりする人達は一定数いるものなんだよ。しょうがないね。
「ところで、バーバラはマリエタが戻って来たか知ってる?」
あの火災の翌日、事件の関係者として騎士団に話を聞かれることになった生徒たちは、しばらく騎士団にて一時的に保護される事になったらしい。
すぐにマリエタと話せるようになると思っていたが、どうにも上手くいかないようだ。
でも、考えたら事件を起こした魔王崇拝集団が見つかっていない状態で、何かしらの手掛かりを持っているかもしれない生徒達を保護しないわけにはいかないだろう。下手すると犯人たちに狙われる可能性がある。
ちなみに、未だに事件の実行犯達の手掛かりは一切掴めていない。
バーバラは、マリエタが騎士団の保護施設に移動する際に、ベラの受け渡しのために面会する事が出来たようなので、何か知らないか聞いてみる。
「あぁ、今日の夕方には、帰ってくるみたいよ。一応血縁者っていうことで、マリエタが私の事を緊急時の連絡相手として騎士団に伝えたみたい。だから戻ってくる日時を騎士団から聞かされたわ。緊急時の連絡相手に指名するのは良いけど、なんで私なのよ。たいして接点ないでしょうに。この前ベラの受け渡しの時に九年ぶりに顔を合わせたばかりなのよ? それもほんの短時間の出来事よ?」
「あーー…。マリエタは一人っ子だから、バーバラをお姉さんだと思って甘えたんだよきっと」
というより、これまでのループの時に支えあって一緒に生きた人生もあったみたいだから、その時の感覚が抜け切れてないんだろうな。この世界では関係性が薄いんだろうけど、ほかの世界の時の、口うるさくも面倒見の良いイメージが先行しているんだろう。
そう思いながら適当にごまかすと、バーバラは頬を赤くしながら拗ねた表情をした。
「ばっ馬鹿ね、あの子は。私はまだ昔のことを謝れてないっていうのに、再会したばかりで簡単に信用して甘えてくるなんて。いつか誰かに騙されるんじゃないの。のんきな子ね!!」
バーバラはそう言うと踵を返し、聖魔法科の学科棟の方へと駆けていった。多分姉のミリアーナのところに向かったのだろう。
でもバーバラの言う通り、確かに何回もループしている割にはマリエタってばのんきだよね。危機感も一応有るみたいなんだけど、何十回も同じ人生を繰り返している割には、悲壮感が足りない。全く無いわけじゃないんだけど、今ひとつ重みにかけるっていうか。
私だったらとっくに心が折れているかもしれないわ。それか分かりにくいだけで、すでに心が少し壊れているのかも。
よし、SAN値が回復するアイテムのレモネードをマリエタに飲まそう、そうしよう。
現在、【クローゼット】の中身をウルシュ君と処分している最中だ。衣装系、装備品は結構処分できたけど、武器とか消耗品とかは数が多すぎて手が回っていない。
伝説級や神話級とかのSSレアアイテムとか真レアとか、本当に処分に困っている。
ちなみにゲームで手に入れたポーションは、安全性を確認した後、冒険者ギルドや、騎士団に流している。そのかわりウルシュ君が創ったポーションを【クローゼット】に補充していった。
レモネードの横流し先は、マリエタで決定だな。毎日マリエタにレモネードを飲まそうぜ。
ぶっちゃけ、ループしているだけでもしんどいのに、その間も悪役令嬢のイザベラと闇ギルドの魔の手から逃げ回ったり、カラーズコレクターと対峙したり、実はカラーズコレクターが実の父親だったりとか過酷なイベントを毎回消化しているんでしょ? 精神や魂が擦り減っていないわけがないよね。
そんな事を考えたり、ウルシュ君とおしゃべりしたりしながら時間をつぶし、ようやくローブを受け取ったころには昼過ぎになっていた。
ローブをウルシュ君に預けて、マリエタが帰ってくる夕方までどうやって時間をつぶそうかと考えていると、ウルシュ君が提案する。
「ねぇイザベラ、せっかくだから一緒にお昼ご飯を食べようかぁ」
「そうだね!! せっかくだし、一緒にご飯食べたいね。どこで食べる?」
せっかくウルシュ君と待ち合わせたのだから、ローブを受け取って、ハイ解散じゃ寂しい。
もう少し一緒にいたいに決まっているよ。
そこでウルシュ君に誘われて、錬金術科の前の広場にある噴水に腰かけた。この噴水はあれだ、火災の時にゴーレムを搬出するために使った、ウルシュ君のお母さん作の『大型転移装置』だ。
近くで見ると結構な大きさがある。
人としてどうかと思う性格をしているが、創ったものは錬金術界の歴史に残りそうなものだ。
「ウルシュ君のお母さんは、在学中によくこんな凄い物を創り出せたね」
「牙楼帝国にある『超古代大型魔道具』の『転移門』を参考に創ったらしいよぉ。転移できる距離が本物と比べて遥かに短いとはいえ、よく在学中に再現できたよねぇ」
「あぁ、一体いつから存在するのか分からないって言う牙楼帝国の『転移門』を参考にしたんだね。確か残存する『超古代大型魔道具』の中で、今でも稼働している数少ない物の一つだっけ?」
過去にギースが『超古代魔道具』の在りかを指し示すアイテムを出店で購入して、みんなで宝探し気分で出かけた事があるんだけど、その大型魔道具は『転移門』と同じくらいの時代の物らしい。
ちなみに牙楼帝国にある『転移門』は、『牙楼帝国』と『桜花列島連合国』の二か国の管理下に置かれている。
と、言うのが、転移門の片方が東方の海の向こう、桜花列島連合国に存在するからだ。
牙楼帝国と桜花列島連合国はこの転移門を使って、国交を深めている。
一応ロゼリアル王国の東北側にも港町があって、その海を渡れば桜花列島連合国に行けるのだけど、海には沢山の海獣が出るので、船で行き来することはないのだと。
だけど、古くから存在している転移門が、いつ動かなくなるか分からないので、他の国交手段がないか頭を悩ませていたらしい。
そんな中発表された、メタリア王国の飛行船が完成したという情報に、桜花列島連合国とロゼリアル王国は大きな期待を寄せているらしい。
もし、飛行船で桜花列島連合国と国交することになれば、その飛行船の飛行場は確実にロゼリアル王国に造られるからね。ディアナ王国は冬場は寒くて吹雪く事もあるから、飛行場を造るのは少し難しい。
ところで国名からわかる通り、私が持っている武器の『桜花風月』という刀は、桜花列島連合国からの留学生イベントの時のアイテムだ。
一昨日、ウルシュ君が解体して『桜花風月』の鍔と柄を取り外したら、中心の部分に桜花列島連合国の文字で『売主』と彫られていた。ちょっと笑った。
調べたところ、変な材料を使っているわけでもないし、安全性も確認できたので、騎士学校に行ったブライアンにあげる予定。物は良いんだよ、物は。ただウルシュ君が焼餅焼いてしまうから私が使えないだけで。
他にも調べて問題がなさそうな物は、誰かに譲ろうかと思っている。
そんな【クローゼット】の断捨離中のなか、ウルシュ君が本気を見せた。
私が【クローゼット】の存在に気が付いて、中身のチェックをしていた時にドン引きした、八個もダブっている『メデューサの頭部が付いた盾』。それを解体して、『メデューサの頭部』だけを取り出し、なんとそれを素材に……。
『反魂の首飾り』を創り出しおった。
ウルシュ君いわく、
『頭部だけになって盾に合成されているのに、石化の邪眼の能力を持ったままって言う事は、生きてるってことだよねぇ? それってさぁ、人間の魂の五つ分以上の丈夫な魂と生命力を持っているよねぇ? いくら討伐対象の魔物だと言っても、このまま生涯盾に縫い付けられたままでいさせるのも残酷だから有効活用してみたよぉ。あと「怠惰の棺」みたいな面倒なもの使って魂を取り出さなくても、普通に素材として使ってみたらできたよぉ』
と言う事らしい。
ちなみにメデューサの頭部一つで、『反魂の首飾り』が二つも作れた。合計十六個なり。
いや、人の魂使わなくても良いなら、ゲームウルシュ君もメデューサで盾創らずに、『反魂の首飾り』を創れば良かったのに……。
もしかして思いつかなかったのかな?
レシピはコレ。って思っていると、ほかの素材を使うって事が思いつかなかったりする感じかもしれない。